2014/05/03 - 2014/05/03
803位(同エリア1908件中)
みなみんさん
ゴールデンウイークに大阪なんばで同窓会があり、開始時間が午後の遅い時間だったので午前中大阪城界隈を散歩してきました。大阪に住んでいた頃はあまり行く機会のなかった大阪城ですが、大きなお堀に開放感を満喫し新緑の中リフレッシュされてきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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京阪電車天満橋駅で降りてお散歩の開始です。駅北側を流れる大川べりに八軒屋浜があります。今は単なるポンツーンの船着場ですが平安の頃はこのあたりに渡辺の津があり熊野街道の起点となっていました。平安貴族は京から舟で淀川を下りここで上陸し上町台地を歩いて熊野まで目指したのです。江戸時代になって八軒屋浜となり同じく京から下ってきた三十石船の拠点となっていたそうです。ずっと下流には天神橋が見えています。
天神橋 名所・史跡
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上町台地の北端をじんわり登って官庁街を東に抜けると大きいお堀が見えてきます。さらに東にあるOBPのビル群がバックになって近世と現代が対照的です。
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府庁の裏手を通り大手口から大阪城に入ります。開放的な大きいお堀が印象的です。かなり幅の広いお堀です。大坂冬の陣と夏の陣でお堀はあらかた埋められたのですが家康によって再び掘り返したとのこと。当時としてはとってもな土木事業だったのでしょうが、徳川氏によるその他大名の経済的疲弊を狙ったものなのでしょう。
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大手口を守るのが千貫櫓です。ここからの眺めがとても雄大です。
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城内に入ると右手に石山本願寺跡地(推定地)です。戦国時代の本願寺の本拠は山科にありましたが、時の守護であった細川氏等に追われて大坂の地に中心が移ってきたとのことです。元々この地は飛鳥時代以前の難波宮跡ですので大きい礎石が地中にゴロゴロ、石がゴロゴロあるところなので石山とのこと。難波宮跡は大阪城から南側阪神高速を挟んですぐです。広大な広場で特に何もないです。(奈良の藤原京跡と同様)
で、この石山本願寺、お寺なんですが他の城よりも優れた城塞となっており信長でさえも容易に落とせず10年にもわたって合戦を繰り広げたのです。 -
さらに進むと豊国神社。太閤秀吉さんの銅像が建ってます。
豊國神社 寺・神社・教会
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豊国神社社殿の裏手に枯山水のお庭がありますが門が閉まっていて中には入れません。
豊國神社 寺・神社・教会
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豊国神社境内を東に抜けるとすぐに蓮如上人袈裟懸け松と石碑があります。その昔蓮如上人が袈裟を松にかけ本願寺派の繁栄を祈ったとのこと。その後本願寺派は信長に対抗するほどの一大勢力となった訳ですが、その石山合戦の終戦処理の事情により東と西に分裂してしまうとは思ってもみなかったことでしょう。
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東側のお堀も広々していて気持ちがいいです。
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さて、本丸に登ってゆくと井戸があります。昔のお城での井戸は生命線です。
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本丸に至る桜門をくぐり抜けると正面に巨石の一枚岩が見えます。左が蛸石、右が振袖石、いずれも豊臣時代ものではなくて徳川さんが大阪城を修復した時に瀬戸内海の島から運ばれてきたものです。
大阪城 名所・史跡
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蛸石にはやはり蛸がいました。
大阪城 名所・史跡
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本丸から眺めるお堀。
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天守閣に登るにはとってもな行列ができていたので断念、でも下から眺めるだけで十分です。
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この日はお休みということもあり、鉄砲隊による「発砲」もありました。地響きのような音がすごい。
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蔵の跡です。
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真下から天守閣を見上げます。
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銃眼からお堀方面。
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天守閣の裏側(北側)には虎がいます。
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北側に降りると山里丸、ここで淀君と秀頼が自刃したとのこと。ひっそりと観音様が祀らてれいます。
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山里丸の石垣には米軍機による機銃掃射の跡がクッキリと。
太平洋戦争当時ここ大阪城は軍需施設のど真ん中、東側にあった造兵廠は当時世界有数の軍需産業集積地であり大空襲に襲われた土地です。終戦の日の前日の大空襲により造兵廠は灰燼に帰し、その跡地は不発弾問題もあり長らく荒地のまま捨て置かれたようです。そう言えば昔は環状線に乗っていて京橋と森ノ宮の間が広大な空き地であったという記憶があります。 -
京橋口の方に来ると凛々しい大阪城の姿が眺められます。最もお城らしい風景です。
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大阪城を後にして、大川方面に向かいます。大川に架かる人道橋です。京阪電車が天満橋駅を出て京橋方面に向い地上に出てすぐに見えるのがこの橋です。いちど渡りたかったんですね。結構長い橋です。
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大阪の川でもいろいろな船が行き来しており、水陸両用車も大川をスイスイ。東京のダックよりもこちらの方が水面を進む距離は長いようです。
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大川端の桜並木も季節が終わると誰もいません。造幣局桜の通り抜けの頃とは全く異なる趣で、これはこれでいい景色です。
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大川に架かる天神橋まで来ました。中之島の中洲も公園になっており、次回は中之島を端から端まで歩いてみたいと思います。
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天神橋袂からすぐ近くに大阪天満宮があります。その昔南森町近くに会社があってこの辺りまで通っていたのに、大阪天満宮には初めて来たような気がします。
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天満天神繁昌亭、これは何かのバラエティ番組で紹介されていて興味がありました。
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天神橋筋商店街もすぐです。
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本当に久しぶりに来ました。
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堺筋線でなんば方面に向かいます。道頓堀川はきれいに整備されていて、自分が知っている何だかきたない川というイメージは払拭されていました。道頓堀界隈ではたこ焼き屋さんが熾烈な競争を繰り広げておりました。
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くいだおれの人形も健在です。
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そしてグリコのランナーも健在。このあたりは数十年前と余り変わっていないかと。
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同窓会終了後淀屋橋に出てうろつきます。緒方洪庵先生の適塾跡です。銅像がありました。実は私、適塾の南側にあった緒方病院(産婦人科)でこの世に出てきました。(とってもな難産でここにあった病院に急遽転院したとのこと。生まれる前なのでよく知りませんが。)緒方病院はもうなかったですが、現在ではクリニックビルになっており、ちゃんと産婦人科もありました。
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適塾ですが、夕刻になっていたので閉まっていました。しかしこの適塾といい、隣にある愛珠幼稚園(日本最古の幼稚園らしいです。元銅座跡でもあるとのこと。)といい、歴史的建造物がビル群の中でよく残っていたものかと思います。
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淀屋橋から京阪特急でおうちに帰りました。
同窓会で結構飲んだのですが、何とか無事に帰れました。
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