2005/05/25 - 2005/05/31
2位(同エリア612件中)
ねんきん老人さん
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娘の卒業式に参列するため、日頃娘を可愛がってくれている伯父伯母たちを誘ってロングビーチに行きました。
私の姉3人、その連れ合い2人、それに私たち夫婦。52歳から70歳までのジジババ軍団です。
湯治場の方が似合いそうな7人ですから、あれもこれも心配だらけ。まずは薬の準備から始まり、最後は車椅子まで買って、ようやく出発の日を迎えました。
ロサンゼルス空港には娘が迎えに来ており、6人を空港に待たせて私は娘の車でレンタカー会社に。
借りた車で6人を迎えに空港に戻ったのですが、後ろを走った娘の話では、私の車は常に2車線に跨って走っていて、周りの車が何度もクラクションを鳴らしていたそうです。左ハンドルで走っていながら目が右ハンドルでの走行に慣れているため、つい右へ右へと寄ってしまったようです。
そんな調子でロサンゼルス、サンフランシスコ、ヨセミテを走っての旅行でしたので、後ろに乗っているジジババ達はハラハラし通しだったようですが、そういう自分たちも歩きはよたよた、買い物はもたもたで、互いに笑い合っての珍道中でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- レンタカー 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
【 大学構内に咲くジャカランダの花 】
卒業式当日。大学の構内にはカリフォルニアらしい青空の下にジャカランダが咲き乱れていました。
薄紫の清楚な色合いですが、桜を思わせる豪華な咲き方で、辺り一面、華やいだ気分が漂っています。 -
【 体育館 】
一辺105m、高さ59mのピラミッド型体育館です。
てっきり卒業式はここでやるのだと思ったのですが、なんと式は屋外でした。
校庭の芝生の上にテント張りの仮設ステージがあり、卒業生と保護者(?)の席が設けられています。それがすべて安っぽいパイプ椅子で、それらを囲むように階段状の桟敷席のようなものも作られています。全体を見回しての印象は花火大会の会場といったところでしょうか。
参列者も、日本では父母と相場が決まっていますが、アメリカでは兄弟や親戚、さらには近所の人たちまでもが押し掛けているようです。
服装もスーツ姿はまれで、半袖シャツや半ズボンの人も多く見かけました。 -
【 保護者席(?) 】
これがその保護者席です。 日本の卒業式を見慣れた私たちの目には、なんともくだけた、運動会の観覧席か何かのように見えます。 -
【 卒業証書授与 】
“厳粛、厳か”を旨とする日本の卒業式とは大違いで、一人名前を呼ばれるたびに、その親戚か友人かの一団から歓声(奇声?)と拍手が湧き上がります。中には指笛を吹く者までいて、日本ではまったく考えられないお祭り騒ぎのうちに式は終わりました。
そうそう、もう一つ日本とは違うことがありました。ワーワー、キャーキャー騒いでいる人たちが、学長やら誰やらのスピーチのときにはピタッと静まりかえることです。
これは外国で何かの集会に参加したときにいつも感じることで、日本の結婚式などで誰もスピーチを聞いていないというのとはだいぶ違います。もっとも、日本では気の利いたスピーチがほとんどないのも原因ではありますが。 -
【 ロサンゼルス空港 国内線ターミナル 】
ロサンゼルスからオークランドまでは飛行機。そこでまたレンタカーを借りてサンフランシスコに移動しました。
ジジババ7人に娘が加わっての8人組。運転は娘と私とで交代しながらでしたが、私はやっぱり左右の感覚がつかめず、右折のあとそのまま反対車線に乗ってしまったり、山道でのカーブで脱輪しそうになったりの連続でした。
毎日夕食の席では私の運転がいかに危険であったかということが話題になり、娘は自分で運転している方がよっぽど楽だと愚痴っていました。 -
【 フィッシャマンズワーフのアザラシ 】
サンフランシスコではまずフィッシャマンズワーフに行きました。
ピア39(39番桟橋)には野性のアザラシが棲みついていて、筏の上にごろごろ寝そべって「ボアッ、ボアッ」と大声を上げています。筏は彼らのために設置してあるもののようで、野性とはいえ、ちゃっかり人間様を利用しているようにも見えます。
よく見るとアザラシだけでなく、オットセイかアシカもいます。白状すると、私にはオットセイとアシカの区別がつきません。ここのものは、水族館で芸をやるような可愛いものではなく、大きな図体で、ときどき頭をもたげるほかはアザラシのようにゴロゴロしています。
数の多さもさることながら、その強烈な匂いには閉口します。 -
【 ゴールデンゲートブリッジ 】
子供の頃「金門橋」と言っていました。だから、娘と妻はゴールデンゲートブリッジと言っていましたが、私を含むジジババは「金門橋、金門橋!」と騒いでいました。
私は初めてなので、それなりの感慨を覚えましたが、小さなヨットで太平洋横断の末この橋をくぐった堀江健一さんの感慨とは比べようがありません。 -
【 ゴールデンゲートブリッジを歩く 】
でもこの橋、渡ってみると案外散文的ですね。車の音もうるさいし、手すりも所々塗装がはげていて、あまりムードはありません。
やはり女性と橋は遠くから見た方が・・・。おっとっと! こういうことを言うとたちまち「撤回して謝罪します」となるんでした。今のうちに“撤回”します。 -
【 アルカトラズ島 】
橋から望むアルカトラズ島。1963年まで刑務所として使われていたとのことで、冷たくて速い潮流に囲まれているため、脱走は極めて困難だったそうです。
クリント・イーストウッドの映画を思い出しますね。 -
【 ロンバードストリート 】
世界一急な坂道として知られるロンバードストリートです。
ほかに普通の道が沢山あるので、生活上この道を通る必要はほとんどなく、走っている車は皆、ここを走ること自体が目的のようです。その証拠に、見ていると同じ車が何回か下りてきました。
テレビで見て以来、一度走ってみたいと思っていた所なので、私も走ってみました。
下から見るより急傾斜で、おまけに荷物を含めて8人が乗れる大型のワゴン車なのでカーブでは運転席から路肩が見えず、加えて左ハンドルなので結構なスリルです。
面白がって2回走ったのは我ながら年甲斐のないことでしたが、まあ旅のハズミということで・・・。 -
【 ケーブルカー 】
これはもう、サンフランシスコといえばケーブルカーですから一応写真を撮りました。
残念ながら私たちは車で行動しているので乗りませんでした。もっとも、ジジババがもたもた乗り降りしたのでは他の客の迷惑でしょうが。 -
【 ブーゲンビリア 】
歩いていると、何ということもない路地に、見事なブーゲンビリアが咲いていました。
生垣を巡らした家も多く、どこもよく手入れがされています。
ビバリーヒルズの高級住宅街も通りましたが、そこはただ通っただけです。なまじゆっくり見て、我が家との違いにユーウツになってもいけませんので。 -
【 チャイナタウン 】
昔、渡辺はま子さんという歌手が「サンフランシスコのチャイナタウン・・・」と歌っていました。
ジジババ軍団はまさしくその「サンフランシスコのチャイナタウン」で夕食をとり、大感激です。
でもあの歌、チャイナタウンの恋の夜・・とか、泣いているおぼろな瞳・・とか、なぜサンフランシスコなのかなぜチャイナタウンなのか、さっぱり判りませんね。ま、いいか。 -
【 国道5号線 】
サンフランシスコからヨセミテに向かいます。
国道5号線沿いは風が強く、丘陵の上にはおびただしい数の風車が並んでいます。(写真左にその一部が見えます)
道路は舗装されていますが、日本のように滑らかではなく、そのせいか、やたらとバーストしたタイヤが落ちています。道路の端がきっちりしておらず、舗装面と草むらの境が曖昧なので、怖くてついつい中央に寄ってしまいます。
所々、写真のような空き地があって休憩できますが、日本のサービスエリアのように道路から隔離されていないので、猛スピードで走る車の音がモロに響き、落ち着きません。 -
【 路傍のルピナス 】
モデストから州道99号を南下します。
道沿いの小さな空き地に車を停めて休憩しましたが、周りにルピナスが咲いていました。近くに町などありませんし、倒木の間にひっそりと咲いている様子からして、誰かが植えたものとも思われません。まあ、雑草なのだと思います。 -
【 山火事の跡 】
黒く焦げて幹だけになった木が無数に立っています。一目で山火事の跡だと判りますが、この山火事がまた新しい樹木の生育を促すのだということですから、自然の営みとは不思議なものです。
昔、リチャード・ウイドマーク主演の『赤い空』というアメリカ映画で山火事と戦う消防士の話がありましたが、火を消すという作業が全くなく、火とはかなり離れた場所に防火線を築いていました。
今こうして見渡す限りの焼野原を見ると、なるほど“消す”などということはできるものではないと納得します。 -
【 マーセド川 】
州道140号線に沿ってマーセド川が見えてきました。
ヨセミテ渓谷を通り抜けて西に向かう180kmほどの川だそうです。 -
【 ヨセミテ国立公園への入り口 】
ここで公園への入園料を払います。(車の場合は人数に関係なく、1台いくらとなっていました。金額は忘れましたが、5ドルかそこいらだったと思います)
入園の車が並んでいて殆ど進まないので、私以外の者は降りて散歩しながら料金所まで行きました。
手前で全員乗り込んで「1台分」にしたのは言うまでもありません。 -
【 エル・キャピタンとリボン滝 】
ヨセミテ国立公園に入りました。
左に見えるのはリボン滝。落差492m、途中で霧になってしまい、下まで届かないそうです。
右にそびえるのは巨大な岩山、エル・キャピタンです。高さは約1000mで、花崗岩の一枚岩としては世界一の大きさだとか。
ここを登るロッククライミングが人気だそうで、途中で蓑虫のようにぶら下がって寝ながら、2、3日かけて登るということです。なんとも酔狂な話で、私には無縁の世界です。
-
【 ブライダルベール滝 】
同じ名前の滝が世界中にあるような気がします。 まあ、滝を竜に喩えるよりは素直な命名だと思いますし、不動明王に喩えるよりも見た感じは近いと思います。 -
【 ブライダルベール滝に近づく 】
林の中を歩いて行くと滝の近くに出られます。
この辺でもう全身にしぶきを浴びることになります。 写真を撮っている人たちも、手や帽子で必死にカメラを守っていました。 -
【 杉にもへそ曲がりが ? 】
滝への遊歩道にはこんな木も。
杉であることは確かですが、杉の幹というのはたいていが地面から真っ直ぐ立っているもので、たまに枝分かれした先が曲がっていたりしますね。 それなのに根本からいきなりうねってこのような形になっているのですから、杉にもへそ曲がりがいるのだなと、妙な親近感がわいてしまいました。 -
【 リス 】
駐車場に戻るとリスがいました。 大きくて、一瞬猫かと思ったほどです。
人間を恐れる様子もありませんが、やはり野性は野性、手を差し出すと逃げて行きました。 -
【 ヨセミテ滝 】
ヨセミテ渓谷にある滝の中で、高さ、水量ともに最大の滝。
落差739mということですが、それはこの滝が3段になっていて、その合計の数字です。(上段436m、中段206m、下段97m)
とはいえ、日本で最大の滝である那智大滝ですら落差133mですから、大きいことは間違いありません。
とにかくアメリカは何でも大きいですね。この滝の見える所で拾った松ぼっくりはソフトボールを長くしたような大きさでした。これを集めて売れば次の旅行の足しになるのではないかと笑い合ったくらいです。 -
【 ハーフドーム 】
花崗岩の岩山で、桃かリンゴを縦に割ったような形をしています。
渓谷からの高さは1500mもあるそうで、これを登るには往復26km歩くことと、垂直の岩場を120mほどケーブルに掴まってよじ登る必要があるとか。
それでも年間(6か月弱)数千人の登頂者がいるそうですから、まあ私には分からない世界があるということですね。 -
【 ハーフドームにあたる夕日 】
ハーフドームを望めるヨセミテバレーは雪が多く、冬季は閉鎖されるそうです。いつ解除されるかはその年の積雪の様子によって決められるということで、大体5月中だそうです。
私たちも行けるかどうか気を揉みましたが、前日にオープンしたという知らせがあり、大喜びで出かけました。
しばらく眺めていると、太陽が傾いてハーフドームの上半分を赤く染め始めました。
この日は、ヨセミテ国立公園の一つの入り口であるオークハーストにあるベストウエスタンに泊まりました。 -
【 ロサンゼルスまでの峠越え 】
オークハーストからは国道41号線でフレズノまで行き、その先州道99号線でベイカーズフィールドに向かいました。
ベイカーズフィールドからはまた99号線で南下しますが、それが国道5号線と合流した先にグラペヴィン峠が待ち構えています。
峠といっても道幅は片側4車線。広すぎて、左右を追い越してくる車を意識しながら走るので、気が休まりません。 -
【 ハリウッド大通り 】
ロサンゼルスに着いて、まずはハリウッドに向かいました。
大変な人出で、どの駐車場も満車でした。やっと1台分空いた所に強引に潜り込み、キーを預けて観光に出ました。
映画のキャラクラーに扮した人が沢山いて、一緒に写真を撮りたくなるのは人情ですが、うっかりそんなことをしたら、勿論チップを要求されます。
はるばる日本から来てそのくらいの小銭を惜しむこともないのですが、「チップ」とか「有料」という言葉にはついつい拒否反応が起こってしまい、1枚も撮りませんでした。
これは他人が撮っているのを盗み撮りしたものです。 -
【 チャイニーズシアター 】
ハリウッド大通りにあるチャイニーズシアターです。
ここに来たのは2回目ですが、前回(1988年)も今回も、てっきりここがアカデミー賞授与式の会場だと思っていました。
ところが実際には、ここで授与式が行われたのは1944年から46年までの3回だけなのだそうですね。90年近い歴史の中での3年間なのに、どうしてそう思い込んでいたのか、我ながらうかつなことだと恥じ入るばかりです。 -
【 ジュリー・アンドリュースの手形 】
シアター前の広場にはハリウッドの映画史に輝くスターのサインと手型、足型が押されたセメントタイルが並んでいます。
同行のジジババたちが「ジョン・ウエインだ!」「ナタリー・ウッドだ!」とはしゃいでいるのを見ると笑ってしまいます。
そういう私はカーク・ダグラスやアラン・ラッドのサインに興奮していましたから、人のことは言えませんが。 -
【 綺羅、星の如し 】
ハリウッド・スターと呼ばれる人がどれだけいるか知りませんが、その中からここに手型を残せる人というのは、どんな基準で選ばれているのでしょうか?
どうやら基準というものはなく、チャイニーズシアターが「この人」と決めた人が栄誉に浴するのだとか。
それにしても、そのサインを見ると、どれも瞬時に書き手の顔が浮かんでくるスーパースターばかりです。 -
【 コダックシアター 】
これが現在アカデミー賞の授与式が行われているコダックシアターです。そうとは知らないで写真を撮っていました。意味も分からずシャッターを押すのは、オノボリさんの典型的な習性でしょうか。
(コダックシアターは現在ドルビーシアターと名を変えているそうです) -
【 ハリウッド・ハイランドの中庭 】
コダックシアターを含む総合エンターテインメント施設、ハリウッド・ハイランドには様々な店とレストランが集まっています。
その中庭はバビロンコートと名付けられていて、バビロンの門(古い映画に出てきた、象のモニュメントを載せた門)が作られています。 -
【 バビロンの門 】
正面奥がバビロンの門です。門を通して次の写真にある巨大看板が望めます。 -
【 HOLLYWOOD の看板 】
遠くの山に、有名な巨大看板が見えます。
ただ文字を並べただけの何の変哲もない看板で、こういうものなら日本でも東北自動車道など走っていると山の斜面によくあるじゃないか・・・と思いますが、ここのは1文字で高さ14m、幅9mもあるそうですから、やっぱりそれなりのものなのですかね。 -
【 サンタモニカピアの遊園地 】
サンタモニカビーチに突き出た板張りの桟橋です。
桟橋といってもその大きさは桁外れで、観覧車やジェットコースターを備えた遊園地があったり、ゲームセンター、フードコート、水族館などがひしめいています。
写真はその遊園地「パシフィックパーク」です。 -
【 絵文字屋さん 】
桟橋には似顔絵描きなどもいますが、写真の男性は鳥や草花を文字の形に変えて客の名前を書いていきます。その変形も見事ですが、板切れのようなものに絵具をつけて一気に書いていくその巧みさに見とれてしまいます。
というわけで、我が女房も見事に餌食にされました。
以前、韓国で同じものを見ましたが、この男性も韓国人のようでした。 -
【 k・I・Y・O ・・・ 】
KIYOまで書いたところです。
ところで、後ろに見えるビーチに並んでいる白いものは十字架です。
イラク戦争で犠牲になったアメリカ軍兵士の数だけ建っているそうです。これ以上増えないようにとの願いを込めたものだとか。 -
【 サンタモニカビーチ 】
その十字架に続くビーチでは、たくさんの人々が遊んでいました。
ほとんどの人は着衣のままで、膝より深い所にいる人は見えません。 泳いでいる人もいないようです。
まあ、5月ですから。 いくらカリフォルニアといっても、まだ水温は低いのでしょう。
ガクーン! ここでカメラのSDカードがいっぱいになってしまいました。これ以降の写真はありません。
自分ではモウロクしていないつもりでしたが、基本的な旅の準備ができていませんでした。
7年前の家族旅行では、子連れだということで多くの人から親切にしてもらったアメリカですが、今回は年寄りだからといろいろ親切にしてもらいました。とくに足の弱い姉を車椅子に載せていたもので、なにかと気を遣ってもらい、席なども譲ってもらいました。
アメリカ人の横柄さは、ときに腹立たしいくらいですが、一方、赤の他人に対する態度は、日本人よりはるかにフランクだと思います。
総じて言えば、弱者(年寄り・子供・障害者など)に対して積極的に手を差し伸べる風土があるようで、おかげでジジババ軍団の急ぎ旅も案ずるより産むは易しの感を強くしました。
「また来たいね」「また来られるかなあ」と言いながらの旅でしたが、それが果たせぬまま、先日その一人が他界しました。
やるせない思いの中で、この旅行記を書いています。
※ 追記 ( 2020.12.19 )
その後、2017年5月に、このときのジジババ軍団で一番若かった妻が、ヨセミテ再訪を果たさぬまま世を去りました。
※ 追記 (2022.03.27)
2022年2月、参加者の一人、義兄が鬼籍に入りました。 残り4人、ヨセミテにもう一度行ける者はどうやらいなそうです。
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この旅行記へのコメント (15)
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- satom4traさん 2025/06/08 15:58:14
- ユーモアというか機知に富む記事でいつも素晴らしいと感じています。
- 今頃加賀屋の記事に訪問頂いたので、ねんきん老人さんのブログを前から辿るとすべて見ているので、最後から辿ってジジババ軍団がいくという記事のなかで、追記にこの軍団の一番若い奥さんが旅立ったとあって、そういえば旅行記の中でも1人は自分だけとかがあり、なんとなくそんな雰囲気を感じました。
自分は投稿したらほぼ見ないのですが、ファンが自分より遥かに多いのですが、それにしても追記などは珍しいと思いますが・・・。
感じたたままで失礼しました。
- ねんきん老人さん からの返信 2025/06/08 18:30:01
- 旅行の思い出に古いも新しいもないと思いますが。
- satom4traさん、拙稿への書き込み、ありがとうございました。
いつも小生の旅行記をあれこれお読みくださって、とても励みになっています。
私は、旅行の思い出というのは地震でも火事でもなくならない貴重な財産だと思っていますので、ずっと以前に書いたものをちゃんと読んでくださる方にはとても感謝しています。
私は、旅行記の古い新しいはどうでも良く、学びや感動のある記事にはついついのめり込んでしまいます。そして、これはと思った方のご旅行記は、見落としては勿体ないと思って、古いものから順に読んだりしています。
ときどき、「本人も忘れているような古いものを・・・」とお叱りを受けることがありますが、そういう人にとっては旅行というのは時間とともに色褪せていくものなのかと不思議でなりません。
これからもsatom4traさんのご旅行記を、新旧に関係なく読ませていただくと思いますので、どうぞお許しください。
ねんきん老人
- satom4traさん からの返信 2025/06/10 10:25:32
- Re: ユーモアというか機知に富む記事でいつも素晴らしいと感じています。
- 決して批判をしているのではなく、奥方と旅行に一緒に行った方が永眠されたという追記に感動というか強く感じたことです。貴兄のタイトルからこちらの表現がお粗末だったと気になったので又投稿した次第。
-
- ASARIさん 2022/05/12 17:58:52
- 初めまして
- 初めまして、なのですが旅行記はよく拝見させていただいてました。
ねんきん老人さんのお話が面白くて(^^)
私も2000年にまったく同じ工程のアメリカ旅行をしたので、読みながらそうそうと頷いたり、忘れていた事を思いだしたりと、懐かしく読まさせていただきました。
外国で運転とか凄いですね!
ご自身で運転されたから、道をよく知ってらっしゃる。
私はツアーだったのでバスに乗ってるだけで、道はさっぱり分かりません。同じとこに行ったでも、こうも記憶.経験が違うので、やはり自分でやるというのは何倍もの価値がありますね。
私も子供の頃はいとこ家族と海外に行きましたが、では今行けるか?というと、行けません。
家族も流動的で、数年後も同じかというとそうではないと知りました。増えたり減ったり、弱ったり。仕方がない事なんですけどね。
でも共有できる楽しい思い出があるというのは幸せですよね。
7人と娘さまとのアメリカ旅行2005年、とても素敵なお話で心がほっこりしました。
娘さまの笑顔が可愛らしい!ご両親.叔父叔母さまに会えて、嬉しいのが溢れでてますね!
これからもねんきん老人さまのお話を拝見させていただきたいので、フォローさせて下さい。
ASARI
- ねんきん老人さん からの返信 2022/05/12 20:59:08
- 諸行無常・・・仕方のないことではありますが。
- ASARI さん、こんばんは。
古い旅行の話にお付き合いくださり、その上ご投票、書き込み、フォローまで、恐縮するやら恥じ入るやらで、穴があったら入りたい気分です。 ありがとうございました。
ASARI さんもロサンゼルス、カリフォルニアに行かれたのですか。 同じ所に行かれたというのは私にとってとても嬉しいことで、それなら私のまとまりのない旅行記でもご理解いただけたに違いないと、勝手に思っています。
ASARI さんの仰る「家族も流動的で、増えたり減ったり、弱ったり」というお言葉、胸に沁みます。 いつか、そのうち、と言い合っていた家族が一人減り、二人減りして、言い合っていたことの殆どが実現しないで終わってしまうという現実はいやというほど味わっています。
そもそも私自身が年々弱っているわけで、去年は何でもなかったような階段で何度も立ち止まったりしていますから、好きな旅行もこの先何年、何回行けるやら・・・。
でも、過去に沢山旅行できたのは幸せなことで、それをASARI さんのように共有してくださる方がいらっしゃるのですから、私自身はつくづく恵まれた人間だとしみじみ思います。
ところで、前から思っていたことですが、「ASARI」というハンドルネームはどこからきているのでしょうか? もしかしたら貝のアサリですか?
もしそうだとしたら、私の住む木更津は昔からアサリの産地で、私は人が呆れるほどのアサリ好きです。 潮干狩りに行っても、私は掘ったアサリをその場で割って、塩水で洗って食べるので、妻が信じられないという顔で見ていました。 職場の仲間も私がアサリを生で食べると聞いて、前世はウツボだったのかなどと気持ち悪がっていました。
まあ、貝のアサリを意味するお名前ではないと思いますが、私にはほかに思い当たりません。 ほかの旅行記を拝読すれば、その謎を解くヒントに出逢えるかもしれませんね。
というわけで、私もフォローさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。 重ねて、ありがとうございました。
ねんきん老人
- ASARIさん からの返信 2022/05/12 21:48:25
- ハンドルネームはですね…
- ですよね、ASARIといったら貝のアサリか?ってなりますよね^^;
これは、実家の犬の名前なんですよ。
私が子供の頃「あさりちゃん」というマンガが好きで、次に飼うペットでメスならあさりとつけようと決めていて。
4トラを始める時にハンドルネームは愛犬の名前と同じにしようとして、ひらがなだとまんまだから、少しかっこつけてアルファベットにした。
という訳でございます(^^)
って、アサリは生で食べれるの初めて知りました!
とったその場でなら、新鮮そのものですね。あたったりはしないのですか?
在住地が好物の産地とか、もう相思相愛じゃないですか!
過去の旅行の話もききたいので、ぜひ旅行記にかいて下さい。
お返事ありがとうございました。
- ねんきん老人さん からの返信 2022/05/13 08:51:04
- やっぱり、ASARI はアサリですよね?
- ASARI さん、おはようございます。
ハンドルネームの由来を教えてくださり、ありがとうございました。
愛犬の名前ですか? いやはや!
愛犬を公園で遊ばせているときなどに、「アサリ! おいで!」とか大きな声を出すと、近くの人が「えっ!?」と驚くのではないかと、笑ってしまいました。
また、マンガのあさりちゃんは私も読みましたが、あの子の名前もたしか貝のアサリからきているんでしたよね?
アサリ料理は何でも好きですが、一番はやっぱり生です。 私は掘りながらも食べますが、家に帰って妻が剥いたアサリを肴にビールを飲むのは最高でした。
妻は自分では生のアサリは全く食べないのですが、面倒がらずに大量のアサリを剥いてくれました。 今はその妻もいないので、一人で潮干狩りに行く気にもならず、店で売っている(つまり鮮度の落ちた)アサリを自分で剥く気にもならず、もう何年も食べていません。
ASARI さんにも是非生で食べていただきたいところですが、ご心配のように食あたりの危険はあります。 掘ってすぐに食べるのは問題ありませんが、スーパーなどで買ったものは決して生では食べないようにしてください。
明後日から2週間ほど山陰~北陸を辿ってきます。 旅行記を書けるのはずっと先になると思いますが、もしまたお目に止まりましたら、お読みいただけると嬉しいです。
ねんきん老人
- ASARIさん からの返信 2022/05/13 09:40:37
- ねんきん老人さんもあさりちゃんを読まれてましたか!
- おはようございます。広島は今日は雨です。
ワンちゃんの名前は?と聞かれあさりです。と答えると、だいたいみなさん??という顔をされます。
もし次に動物を飼うならタタミ(あさりちゃんの姉の名)と名づけるので、もっと???になるでしょうね(^^;
奥様は愛情と優しさの溢れる方ですね。世の中縁なく終わる人もいる中、素晴らしい人と出逢えた事が人生の1番の幸せだと思います。相手次第で人生は良くも悪くもなりますからね。
2週間ですか!凄い!
日本海の景色に美味しいもの、いーなー。
北陸は行った事がないので、どんなとこか旅行記を楽しみにしております。
旅の準備の最中にお便りして下さり、ありがとうございました。
お気をつけて行ってらして下さい。
ASARI
- ねんきん老人さん からの返信 2022/05/13 15:46:07
- タタミ!? こりゃまた!
- ASARI さん、またまたASARI さんのおちゃめなお話が出てきましたね。 タタミですか! 公園やドッグランで「タタミーっ!」と呼んだときの周りの反応を思うと笑わずにはいられません。
妻は世間的に見ればどうということもないただの平凡な主婦ですが、私にとってはかけがえのない妻で、よくぞ私なんぞの所にきてくれたものだと感謝しかありません。
人の死後のことは分かりませんが、もし今頃、一人で寂しい思いをしているとしたら、今すぐにでもそばに行ってやらなければと思います。 反面、人が自分で自分の生を終わらせるのは神仏の差配に逆らう不遜なことだという思いもあり、できることなら神様か仏様が早く私を妻のそばに行かせてくれるようにと願っているところです。
とはいえ、人前でめそめそした様子を見せるのは男の美学に反するというヘンなプライドもあり、たぶん周囲の人たちは私が今も妻のことを思い続けているとは思っていないのではないでしょうか。
あいつは女房を失くしてから以前よりも明るく元気になったなぁと笑い合っていると思います。 そう思ってもらえば「ヤッター!」ということであり、これからも地域活動その他、精力的に続けていくつもりでいます。
おっと、余計な私事を並べてしまいました。
日本海沿いの旅行、存分に楽しんでくるつもりです。 ASARI さんもあさり君との散歩で体調を整えられて、次のご旅行に備えてくださるよう、応援しております。
ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- くわさん 2022/04/05 11:11:33
- 外国での障害者への接し方
- ねんきん老人さん、こんにちは。
ヨセミテ旅行記拝見しました。
私が初めて行った海外旅行はアメリカ西海岸。ロサンゼルス、ラスベガス、グランドキャニオン、サンフランシスコをめぐるあわただしいものでした。
サンフランシスコではヨセミテ公園への一日ツアーのオプションに参加し、ヨセミテ公園内には数時間しか滞在しませんでしたが、往復のバスからの車窓が素晴らしく、ねんきん老人さんの写真にある林立する風車も大変印象に残っているなど、ヨセミテ公園が一番充実した場所でした。
(グランドキャニオンは不満足だったので、その数年後再訪してしまいました。良かったのか悪かったのか)
ところで、旅行記の最後に書かれている、
>総じて言えば、弱者(年寄り・子供・障害者など)に対して積極的に手を差し伸べる風土があるようで、・・・
これ、とても共感します。
私の印象ですが、アメリカ人以外でもその風土があるようです。
イギリス、フランス、香港、韓国で地下鉄に乗ると、杖を突いた妻の姿を見るなり、みなさん、我先に席を譲ってくれるのが、とても感激します。それもすごく自然なふるまいなのです。
いちばんひどいのはこの日本で、電車で妻の姿を見ても、みなさん無視されます。きっとお疲れなんでしょうね。
この違い、何なんでしょうね。毎年、夏場になれば黄色いTシャツを着て「身障者に愛の手を」などと叫んでいるTV番組などや、先日もパラリンピックで「感動した」などと放送で言っていたのに。親のしつけ? 教育の違い? 宗教観? 不思議です。
すみません、せっかくの旅行記なのにグチを書き込んでしまいました。失礼しました。
くわ
- ねんきん老人さん からの返信 2022/04/05 11:51:35
- 障害者から距離を置く日本
- くわさん、こんにちは。
遥か昔の旅行を勝手に懐かしんでいるだけの旅行記を丁寧に読んでくださって、その上書き込みまでいただき、恐縮しております。 ありがとうございました。
仰るとおり、日本では障害者を含む弱者について、なるべく触れ合わないようにという空気があるように感じられます。
最近はスーパーなどでも車椅子の方を見かけるようになりましたが、人々は見ないようにという自制が働くようで、知らんぷりをしています。 車椅子ではとても届かないような棚の商品など、「取りましょうか?」と一言かければいいと思うのですが、そういう人はまずいません。
街中で歩行が不自由と思われる人が重そうな荷物を持っていても、手伝おうと声を掛ける人は皆無です。
私の息子は生まれつき右手の指が二本しかないのですが、そういう息子への接し方として「そのことを話題にしないように」というのが世の中一般のスタンスだと思います。
息子は2歳の誕生日をヨーロッパ旅行中に迎えましたが、街で行き交う人たちやレストラン、ホテル等のスタッフたちから次々と声をかけられ、私の下手な英語などお構いなしに、どうしたのか? 医者には相談したのか? ペンは持てるのか? などと親身になって聞かれました。
世の中に障害を持った者がいるというのは当たり前のことで、手伝えることは手伝えばいいという感覚が自然に身についているのではないでしょうか。
また、ずっと昔、韓国人が日本人をあからさまに敵視していたころに韓国に行き、不愉快な思いを沢山しましたが、そのときでさえ、若者たちは電車やバスで何のためらいもなく席を譲ってくれました。 私が日本人であることは分かっていたようで、「ドーゾ」という日本語を何度も聞きました。 私もまだ席を譲ってほしい年ではなかったのですが、「年長者」と見れば礼を尽くすという風土があったのだと思います。
私もパラリンピックでことさらに「感動した」「勇気づけられた」などと騒ぐアナウンサーやタレントたちに辟易しましたし、24時間だの26時間だのと銘打ってバカ騒ぎをしている番組は嫌いです。
お年よりや障害者が社会の一構成員としてごく普通に存在し、周りの者がごく自然に手伝ったり学んだりする社会が日本の姿となる日はまだまだ遠いような気がします。
くわさんのコメントを拝読して、我が意を得たりの感を強くしました。
重ねて、ありがとうございました。
ねんきん老人
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- チーママ散歩さん 2021/01/28 08:02:46
- おはようございます。
- お嬢様の卒業をお祝いするのにご親族7名様ご一行のアメリカ旅行。なんて愉快で素敵なお祝いでしょう。
私も昔留学するのが夢でした。
決して「歴史」が苦手で出来なかった訳ではございません。歴史以外も、まんべんなく出来なかっただけの事でございます。
高校で特進クラスなんてものに浮かれ、褒められて伸びるタイプの私は、出来て当たり前の
世界になじめず・・少し悩んだ時期がありました。何でも1番がいい!の人間が、1番でいられなくなった時、それまで失敗を知らないで育ったので余計にタチが悪く(^_-)-☆
伸び悩んだ結果「睡眠薬」のおかげでさらに成績降下。ここだけ見た人は誤解しそう・・笑
スナイパーに狙われる危機を覚えた高2の夏に私は I came back!
シュワちゃんのごとく復帰。(もともと元気ですが)なんとか普通のおバカになれました。
フィッシャーマンズワーフや金門橋 アルカトラス島など懐かしい景色を思い出します。
少しの間 親のすねをかじり旅をしました。
ケーブルカー発着のユニオンスクエア近くのフォーシーズンホテルに、ぞうの鼻ほど長いリムジンをチャーターするなどの派手なかじり様。 親はさぞ痛かったと思います。
今は二人で2000円のゲストハウスを値切り、地元のバス。エアコンなし。少し立派な大人へと成長いたしました。
ヨセミテ国立公園。
これまた、愛方が若かりし頃 「留学」という名の「遊学」で訪れた場所。
いつも、いつも自慢げに話しております。
そして適当にあいづちを打っています。
今回じっくりと写真を拝見すると雄大な自然とへそ曲がりの木。素敵なところですね。
そして奥様の明るく微笑む姿。
その絵を拝見して思いました。
年を重ね 何度も同じことを繰り返し話すようになりましたが、あまり興味ない
「どちらか片方の思い出」ではなく共通の思い出にするために、彼の自慢の場所を廻りたい。
聞き飽きたけれど、今度は私の思いも残してきたいな。コロナが落ち着いたらまたアメリカに行きたいなと。
夫婦共通の思い出はいつまでも色褪せる事はありませんからね。
その時はアドバイス下さいませ。
- ねんきん老人さん からの返信 2021/01/28 13:32:09
- 共通の思い出づくり・・・是非とも!
- チーママ散歩さん、書き込みありがとうございました。
1番でなくなったときの焦り・・・私のことをご存知だったのですね!?
私が高校に入ったとき、英数のクラス編成のための「実力テスト」というのがあり、その結果が1番から100番まで廊下に張り出されました。
誰もが大騒ぎをしながらそれを見に行ったのですが、私は行きませんでした。 私が1番だということは分かり切っているからです。 私が出た中学は規模も大きく、学力もある学校でしたし、高校には千葉県南部の中学校から大勢の生徒が来ていて、そんな田舎モンに私が負けるわけがない・・・。
放課後、誰もいない廊下に行き、当然ですが1番の名前を見ました。 なんと私ではありません。 そんな!と思いながらダーッと名前を追ったのですが、とうとう100番までに私の名はありませんでした。 何度か見直しましたが、やっぱりありません。
101番から最後(400番ぐらい)までは発表されませんでしたので、私は101番だったかも知れませんが、400番だったかも知れません。
そしてその後の授業でも中間試験・期末試験でも、私は自分がクラスでも学年でも底辺の底辺をうろついていることを思い知らされました。 私の高校時代は、劣等感だけの3年間でした。
私の勤務先の高校にも「特進クラス」というのがありましたが、私はそのクラスでの授業はあまり好きではありませんでした。
ほかのクラスでの私の授業は脱線に次ぐ脱線で、会ったこともない豊臣秀吉や毛利元就のことも、あたかも自分の親友か何かのように語っていました。
つまり、教わるときも教えるときも、私は「ダメ生徒」「ダメ教師」だったわけです。
ヨセミテに限らず、チーママ散歩さんとご主人が同じ場所についての思い出を共有することは素晴らしいことですね。 拝察するところ、お二人ともとてもアクティブな方だと思いますので、それぞれ素敵な思い出を持っていらっしゃることと思います。 それを共有できたらこれ以上素晴らしいことはありませんね。 アメリカはしばらく難しいでしょうが、どこにせよ、ご一緒にどんどんお出掛けになって、共有できる思い出をお作りになってください。
ねんきん老人
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- nikさん 2020/12/19 16:58:53
- ロンバートストリート
- いつもいいねをありがとうございます。
ねんきん老人様も走って来られたのですね。
僕もココへ行き走って来ました。
縁石が色々な色に塗装されキレイでしたよ。
僕はレンタカーなので塗装しない様、注意して降りて来ました。
ヨセミテの写真もステキですね。
ココは何回でも行ってみたい所ですね。
海外はいつ行けるか分かりませんが、お互い頑張りましょうね。
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/19 19:55:36
- 縁石の塗装 !
- nik さん、こんばんは。
投票と書き込み、ありがとうございました。
ロンバートストリートを走られたのですね。 私もさいわい縁石の塗装作業には参加しないで済みましたが、nik さんが同じ体験をされたと知って嬉しく思いました。 体験の共有というのは、理解者を得るということで、旅行記の楽しみの一つでもありますね。
ヨセミテにも行かれたとのことで、なおさらです。
ただ、私は nik さんが見たというジャイアントセコイアの森には行っていませんので、行けるものなら行って、nik さんと同じ感動を味わいたいと思います。
旅費・年齢・コロナ・・・どうもこの先、アメリカまで行く機会は得られそうにありませんが、夢だけは持ち続けたいと思います。
貴重な刺激をありがとうございました。
ねんきん老人
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