2013/12/27 - 2014/01/04
276位(同エリア1304件中)
aminaさん
- aminaさんTOP
- 旅行記78冊
- クチコミ7件
- Q&A回答0件
- 214,222アクセス
- フォロワー25人
やっとの思いで、何年越しにもなって行くことになったイラン。
アラブ圏、トルコには行ったことがあるけどペルシャ圏は行ったことがなかったのでどうしても気になっていた。
イランに降り立って、第一印象は、自然がシリアに似ていること、人もちょっと似て見えた。そして第二印象が、パキスタンやアフガニスタンに接している国だからか、アラブにはない南アジアっぽさを町に少しだけ感じた。
イランに行くのは本当に大変だった。これまでの経緯は以下の通り。
絶対イランに一番行きたい!と決めたのが2008年。でも休みが取れるお盆には30万近いチケットしかない。
それでもやっぱり行きたい、と決めた去年、2012年の夏、航空券を先に取ったものの、女性の一人旅は認めないという大使館のトップになり、HPにはビザ取得のためのサイトがあるもののリンク先に飛べないというトリックが・・w
イラン人と結婚された日本人女性の方が一緒に大使館に行って申請までしてくれたにも関わらず、女性は現地の外務省の許可番号が必要で間に合わない、ということで取れなかった。男性ですら大使館に行っても門前払いされたそうだ。
夏休み5日間のうち2日間を大使館に行くのに費やし、7000円のビザ代を払ったのに、結局ダメになってしまって本当に失望してしまった。ご夫妻もとても怒ってくれていた。とても親切にして頂いたので私も申し訳なかった。
去年の夏は、エアアジアでキャンセルが出来ないので5万円以上を諦めてキャンセルにし、途中からの行き先をスリランカに変えた。
今年の冬は、年末年始がちょうど長いので、チャンスが来て、航空券が27万円、ビザ代を旅行会社に依頼して3万円かけて、30万円で旅行することに。今年は大使館のトップが代わったからか、ものすごくビザが取りやすい。何度も心配して旅行会社さんに電話したけど、大丈夫、とのことで、本当にあっさりとビザが取れた。
イランでも政治家が交代して、人々が「政治家が変わっただけで全然生活が変わる」と言っているのをニュースで見たけどそのうちの一つなのかな。
やっと訪れたイラン。シーラーズ、イスファハーン、ヤズドと行きたかった所をまわる事ができた。
時間がなくてテヘランを観光することが出来なくてとっても心残りだけど、それ以外は大体行けて良かった。テヘランの都会度や他の都市、人々の違いを見たかったのでとても残念。
イランではずっとスカーフ生活。日本で買ったお気に入りのをずっとつけていた。冬だからだんだん慣れてきた。やっぱり、夏と冬しか長期休暇がないけど、冬に旅行して良かったとつくづく思う。
イランを訪れて、イラン人のイメージが何重にもなってしまった。
イランって宗教や社会が決められているから仕方なくやっている面とか、イスラーム以前の伝統文化、文明や宗教も混ざっていて、本当に複雑。
イラン人のイメージも3重にも4重にもなってしまって、もっと長く滞在しないと分からない、もっと何度も訪れて知りたいと思う。
まず、日本に昔いた、日本語を話すイラン人のおじさん達。違法テレカを売っていたから日本のビザが厳しくなり追い出されてしまったイラン人達が大勢いた時代。その人達にたまに出会うと、びっくりしてしまう。
スカーフをつけて、イランの社会になじもうとしながら、随分と遠い所に来てしまったな、と思っているのに、日本語をたくさん話されるのだから感激する。「えっなんで日本語知ってるの?」
そして、何より、子どもの頃父がドバイに住んでいた時、大勢いたイラン人のことを思い出す。
男の人も女の人も、ああいう人達がイラン人だったんだな、とイランにいる人々のいろんな格好や態度を見て思い出す。
イランの人々は見た目はものすごく保守的だから、私のことをけしからん、と思っているのだろうか、などと最初はとても緊張してしまっていた。ある程度イスラム教のことを知っているから、余計にいろんな所で気にしてしまうのだ。何も知らなかったらあっけらかんと観光してたんだろうけど・・。
でも、だんだん、数日いると、なーんだ、全然内面は違うんだ、と分かってきた。
学生達と出会い、女子学生が車に乗せてくれて男友達と一緒に連れて行ってくれた時から、緊張は急激に解けてきた。
その後はやっと、日本ですごく一生懸命覚えようとしていたペルシャ語も使ってみようという気持ちの余裕がようやく出てきて、コミュニケーションを楽しもうと思えてきたころに、もう帰らなくてはいけなくなった。
本当に、7日ぐらいの滞在ではなかなか短かったな、という実感。こんなそっけなく帰ってしまうよりももっと長くいるべきだととても思う。あまり話しかけられなかったけど、自分からもっと積極的に近づけば、親切でとても優しい人達だと気づいた。
やっぱり中東大好き、私はMiddle East LOVERなんだと実感。
もっとイランに行く機会がこれからも増えると良いな・・!
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回もまたエミレーツ航空のドバイ経由。今年は、モロッコ、マルタ、イランと超長距離を全部エミレーツで往復したので、マイレージに入っていたら相当貯まったはずなんだけど、前回の方法がよく分からず、結局今回からになってしまいそう・・。
機内食はおいしかった。 -
エミレーツ、よくルートを選んで変えているようなのだけど、今回も行き方はまさにシルクロード。天山北路を通って、アフガン国境付近のパキスタンを通りイランを通ってドバイへ行きます。
ちょうど、私がすごく憧れているパキスタンのフンザの近くになると、ヒマラヤのものすごく澄んだ空気の中で、三日月が美しい色でくっきりとありました。
きっと美しい山脈は雪で覆われてものすごく寒いのだろうな。でもものすごくきれいだなー。
アフガニスタンでは寒さで凍えている人がいると思うと、暖かく過ごせるようになって欲しいと願います。
そして、フンザの地域に近いうちに行けますように・・! -
-
2回目の機内食。
そういえば、ソーセージが入ってるけど、普通の豚肉そっくりな味に感じます。
エミレーツで豚肉は出ないはずだから、何の肉なんだろう??と想像したけれど分からず、不思議に思いました。 -
ドバイ空港。
雪がしたたり落ちていくようなきれいなクリスマスツリーがありました。
私は今年、3回もここを経由したので、また来たなー、最近もここに来たな、と身近に感じてしまいました。 -
今回も仕事の後直行したので、睡眠不足でかなり疲れていましたが、テヘランに近づくと、ザクロス山脈が・・!さすが、雪に覆われています。
イランに行くと見れると憧れていたのでとても嬉しかったです。 -
砂漠地帯の中の雪山には感動です・・!
-
テヘランの空港へ到着。
ここからが、大変。今回、イランの祝日、たぶん聖地巡礼と重なっていたため、国内線で移動する予定だったのが、全部早いうちに埋まってしまっていたのです。
本当は、仕事後一度も横になって寝ていなくて、ホテルで休んでから、テヘランを見たくてうずうずしていたのですが、とにかく国内線をキャンセル待ちで取れるかだけ試さないと、翌日以降行けるか分からなくなる、と思い、国内線の空港までタクシーで行くことに。
その途中で、テヘランのランドマーク的なモニュメントが。一応車内から撮っておく。
まさか、この後テヘランを訪れる時間がなく、撮れる写真がこれだけになるとは思っていませんでした・・。
テヘラン、近いうちに行けるように望んでいます・・! -
国内線はイラン航空と他の便があり、ターミナルが違うのです。
イラン航空のあるターミナルのインフォメーションセンターに行くといっぱいだと言われ、別のターミナルに行くよう言われました。
そこに行くには大荷物持っていくにはタクシーが必要・・。
一つの所に行ってキャンセル待ちの手続きをすると、まだお昼なのに5時半頃にまた来ればキャンセルになるか分かるといいます。
今度はまたイラン航空の方でキャンセル待ちをしたくてイラン航空の方に行くために、またお金がよく分からないままタクシーを使うことに・・。
お金が全然わからなかった私はぼられ、合計でかなりの距離を行けたはずだと知るにはあと数日必要でした・・。
イラン航空の方は3時頃に分かるといいます。それまでお腹がすいて仕方ないので、食べられる所は一箇所しかなく、本当はペルシャ料理の気分でいっぱいなのに、ハンバーガーショップへ。 巨大なバーガーにポテト、ざくろジュースです。今見るととてもおいしそうですが、胃がもたれる思いで食べました。
そこで居合わせた女性がとても世話焼きさんのようでたくさんしゃべって、飛行機に乗るまで出会うたびにいろいろ話してくれました。彼女は地理の教授をしていて、日本のようなきれいな所に憧れていてまずはシンガポール、そして日本へ行きたいと言っていました。 -
これは国内線の機内食です。
というかフードパックというのかな。
搭乗ゲート待ちのトイレでまた先ほどの女性に会いました。
トイレの案内?番?をしているおばさんが親切でカバンをここにおいていけば良い、と行ってくれ、心配だけど置いておいたのですが大丈夫でした。
地理の女性教授の人は彼女のような親切な人ばかりじゃない、と言ってましたが、当然ですね・・。
遅れたりゲートが変わったりするから気をつけて、といろいろ言われ、言葉が通じないと、途中、日本語が話せるおじさんが「どうしましたか?」と通りがかり、自分の友達?か家族?が日本人と結婚した、という方が搭乗するまでついてきてくれました。 -
機内からの景色は、やっぱり砂漠、というか土漠に岩山が多いんだなー、と実感。そして雪山も見えました。
シーラーズ空港へ到着です。
そこからタクシーを使うのですが、インフォメーションの人が、ここのタクシーはとても高いよ。と言ったので、その後、チャータータクシーによく分からないまま大きなお金を使ったり、この言葉に惑わされてしまっていました。
何より、イランのお金は、最初本当に難しすぎてどうしようもなかった。リヤルで十万、百万単位でゼロをいちいち数えないといけないし、さらに一般ではトマムという十分の一で言い表すから本当に紛らわしい。
「歩き方」の円に換算するのがものすごく大変。あとで、ドルにして考えたら全然楽に、違う計算になってしまった。 -
宿に着くまで、初めてのイランの夜の町並を見ました。
最初は、生えている木々に、シリアにそっくりだと思い出しました。
そして、町のお店の連なりを見ると、どこか南アジアに似たものを見つけました。
そっか、イランはパキスタンやアフガニスタンが東隣にあるんだなー。
わりとこじんまりとしたホテルに着きました。
夜はもうぐったり寝ました。中東のアルジャジーラのニュースのテレビをつけっぱなしで・・。大好きなシリアのニュースがあまりにも痛ましく、その度に平和が来るように願いました。
心身共に使い切ったようです。
朝食には間に合いました。イラン風のパンにバター、チーズ、ゆで卵、紅茶・・はどこのホテルでも定番のようです。確かペルシャ語ではソプハーネっていうんだよね。 -
宿の人、英語がはっきり通じないようで、お昼からペルセポリスに行くタクシーをチャーターしてもらうよう頼んだのだけど、時間を勘違い。
その前に、翌日のイスファハーンのバスチケットを買っておきたかったのです。バスチケットは出て歩けばすぐだ、と言われたのですが、しばらく歩いて道の人に聞くと、実際はタクシーでもかなり行くところのターミナルで買わなくてはいけないのでした。
さらにその前にエラム庭園が閉まる前に、ペルセポリスに向かう前に見る時間が必要!と思って急いでいました。
後で、やっぱり、チャータータクシーに一緒に行ってもらえば良かったと分かりました。 -
なんだか公園のようなのもついてるバス停でした。インフォメーションのおじさんに尋ねて、建物の中で買えました。
-
途中の道は、とても渋滞していました。運転手さんはイラついたりしてますが、前を走る子供が後ろを向いたまま、元気いっぱい、すごくはしゃいでいました。こっちを指差して笑ったてたので、手を振ってみました。カメラを向けると隠れて怒っちゃったようだけどw その後は何もないので撮りました。
-
ザ・イランの交通渋滞・・。という良い感じの写真にw
-
せっかくエラム庭園まで着いたのだけど、ちょうど閉まってしまう時間でした。次は3時頃とか・・。でも翌日、バスに乗る前にさっと見れました!
-
がっかりしていると、タクシーのおじさんが、その代わりに近くの他の所に連れていけるといいます。
ホテルに帰る前に、クルアーン門を訪れられました。 -
クルアーン門。
同じ名前でそっくりなのが、ウズベキスタンかどこか他の国にもあったような。あ、モロッコか。イスラム圏ではどこでもあるものなのかな。 -
シーラーズのメインスポットの一つのようで、夜にはライトアップがきれいでした。
上まで上がれるのですが、時間がないのでさっと写真だけ撮りました。
ここは聖なる?感じの水が流れていて、記念撮影している人たちがいました。 -
斜めの地層の土地に、ヨルダンなどで見られる劇場遺跡のようなものが・・これは最近造られたものだと思いますが、ちょっと似てました。
この辺は、良い季節になると地元の人たちにとってピクニックやお茶の良い場所なのでしょう。実際、寒い冬ですら、ちらほら、数人が座ってましたね。
シーラーズは田舎の、のんびりした暮らしに、いつもの庭園やメインスポットでゆっくりくつろぎ歩く町、という感じです。春頃ならベストシーズンなんだろうなと思います。
観光には、冬は公園は寒くてあまり緑もないけれど、東京からの私には、そんな暮らしを過ごしてみたいと思ってしまいます・・。 -
観光スポットの城壁もホテルの側だったのでタクシーを降りてサッと撮影。
ウズベキスタンのイチャンカラにそっくりです。
中央アジアはペルシャ系が築いた遺跡ばかりだからその面影を思います。
イランのモスク、塔のタイル造りの感じも中央アジアそっくりですね。 -
ホテルに戻って、ペルセポリスに行く前にハーフェズ廟に行きました。
ハーフェズとはイランの歴史的な偉大な詩人です。
彼は男女の愛の詩を唱ったのですが、後に実はそれはクルアーンのことを暗に意味していたとも言われている、とのことで聖地のようにもなっていますが、どうもそれはイスラム化が強まった近現代にこじつけてそうされたように思えますね。
偉大な詩人の廟に大きな庭園で敬う、イランらしいですね。 -
-
とてもフレンドリーに話しかけてくれたカップルです。
-
イランで初のネコ、発見・・!
何か毛玉を捕まえている子ねこです。可愛い・・!
ペルシャ猫なのかな?と思ってとっさに写真撮りました。
確かに、毛が少し長めでフワフワですね。
普通のネコも側で歩いていました。親猫のようにも見えましたが・・。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- SATORUさん 2014/02/15 12:54:07
- ひょっとして・・・
- amina様
初めまして。
aminaさんも同時期にイランへ行かれていたんですね!
12月27日に日本から出発されてるという事は28日にイランの国内線でシーラーズへ行かれてたんですか!?私も28日に午後4時の便でマシュハドへ行くためにテヘランのイラン航空国内線ターミナルで飛行機を待ってました。
それはともかく、今回ヤズドとシーラーズ、イスファハンは行かれたんですね〜〜。私もシーラーズにどうしても行きたかったのですが、道中トラブル続きで…。今回はカットせざる得ない状態になりました。aminaさんの旅行記を拝見し「またイランへは行きたいな〜〜」ってより一層そのように感じました。それにしても、aminaさんも書かれています通り、イラン人、本当に親切でしたね!
今回はシーラーズの旅行記でしたが、ヤズド編、イスファハン編の旅行記の続きを楽しみにしてますね♪
SATORU
- aminaさん からの返信 2014/05/11 16:05:01
- RE: ひょっとして・・・
- コメントに気づかず、お返事遅くなってしまいすみません・・!
同じ時期にイランへ行かれていたんですね。旅行記、読ませて頂きました。
地元の人々とすごく交流されていて、本当に羨ましいです。
私はそういうのが好きで期待していたのですが、スカーフをつけなきゃいけないし、有名なモスクではすごい大きい布ひきずらないように被らなきゃいけないし・・厳格なイメージが先だって、どこか緊張していたせいか、全く話しかけられることが少なかったんです・・。
観光客が多い所ばっかりいたから珍しがられることもなかったですね。中国人のツアー客とよく同じになりましたし・・。
最後の方、慣れてきてから、全く、宗教の余計な知識など気にしないで、急にイラン人とうちとけられるようになり、もっと交流したくなりましたが、帰らなくてはいけなくなった感じです。
同じ時期に、マシュハド、タブリーズと随分違う所に行かれたんですね。今度は行ってみたい所です。
ホームステイが一番羨ましかったです。そういう旅の仕方がイランで一番してみたい憧れだったからです。
シリアやパレスチナでは本当に温かい交流をよくしてホームステイも何回もしましたが、長い旅行だったからこそだと思いました。でも、イランで同じくらいの期間でもそんな機会に恵まれたんですね。
本当に羨ましい限りです。
今回は全くそういう感じになれなかったので、次回の旅からはSATORUさんのようにもっと地元の人と交流モードになれるようにしようと思います。イランはもっと積極的に、自分から入って行けば良かったのかもしれないと思いました。
タブリーズ空港のチョコレートマンにも会ってみたいですね!タブリーズがそんなに親切な人達がいる所だと知って、ぜひ行ってみたくなりました。
ペルセポリスには行かれなかったみたいですね。ペルセポリスは訪れた中で一番良かったのでお勧めですよ。私は中東の石造りの遺跡が一番好きなのでとっても嬉しかったです。
機会があればぜひ!
私の旅行記ですが、写真はすごい量を撮ってあるのに、いつも休みをフルに旅行に費やし、翌日から仕事の生活なので、疲れてしまい、どうしても途中までになってしまっているんですね。本当すみません。
今、カンボジアから帰ってきたばかりなので、それが終わればぜひ続きを書きたいなーと思います。
旅を振り返り、まとめることで気持ちの整理になりますしね。
旅行記を全部拝見して、イランをとても思い出させていただきました。どうもありがとうございます。
amina
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
26