2013/11/03 - 2013/11/06
180位(同エリア295件中)
アーサーさん
昨今の韓国の動きを知りたくて 手軽な方法のツアーに参加した。13年振りの韓国 随分変わっていた。
写真は馬耳山の麓の湖畔で
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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(1)一日目 11月3日-①
韓国の政権と日本の政権の間で さざ波が立っている。李明博前大統領の立ち位置の特殊性かと思っていたら、朴 槿惠新大統領も「歴史認識問題」を重視し、中国寄りのスタンスを取っているように思える。
専門家ではないが 何となく韓国の実情を私なりに触れてみたいと思った。
写真は いつもの成田行きの「アクセス特急」この電車のおかげで 我が家から2時間足らずで空港に行けるようになった。 -
② そんなこんなで 費用も余り掛けたくないし、手軽に行ける方法として ツアーを選択した。その中で韓国の地方も見てみたいし 丁度紅葉の季節なのでそれも楽しみたかった。
それで「お一人様」追加代金の安い11月3日を出発日とする本ツアーを選択した。総ツアー代金約57000円
写真は 見慣れた成田のカウンター。日本からの添乗は無し。受付後各自で出国手続きへ。 -
③飛行機はアシアナ航空101便。久し振りのジャンボ機。
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④空港でマイル積算用のANAカードを忘れたことに気付く。
(面倒だが 登録の為に 後日半券等を送付必要。)また機内で入国カードを書こうとして 筆記用具を忘れたことにも気づく。ツアー参加なので かなり気が抜けている。
写真は機内食。 -
⑤3時間足らずの飛行の後 初めて仁川空港に着陸し、簡単に韓国に入国。空港で1000円だけウォンに両替え。
それから 現地添乗員の女性 石さんの出迎えを受け、バスで最初の訪問地「水原」へ。
写真は黄海に沈む夕日。心なしか靄っているように思える。黄砂の飛来の多さ、汚染大気の影響も日本へのそれとは大分違うのだろう。確かにソウルから見れば 中国は近い。 -
⑥空港の島から高速道路の橋で海を渡ると 仁川の新しいビル群が見えてくる。
43年ぶりの仁川の街。様変わりにも度を越している。高速道路から見る限り、潮の香のする港町のイメージは何処にもない。当時 港湾都市の為か 路上には銃を持た兵士が多く見られ、その他にも 東西冷戦の最前線の緊張を感じることが色々あった。
今はソウルのベッドタウン化や韓国のシリコンバレー開発計画が進行中だとか。 -
⑦約1時間で18世紀の城郭の残る「水原華城」へ到着。バスを降りると少し寒い。東門の周辺を徒歩観光。(約30分)
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⑧城郭都市の内部側を見ると 結構 広い都市計画だったことが分かる。
ただ 現在は 街の中央部にチャペルが存在感を持って見えた。
(実際 韓国の街で キリスト教の教会は良く目にして 後日ガイドさんに「どうして?」と尋ねた。彼女の答えは「日本と違って 家庭に仏壇が無かった。韓国は 宗教を受けれいれ易い環境があった。」との答え。それも一つの答えだろうが 考えてみる必要はあると思った。・・・日本に帰ってネットで調べると 無宗教が約半分、残りが仏教徒とキリスト教徒等。) -
⑨夕食は水原市で「プルコギ」を食す。
キムチなどは好意で無料サービス。但しご飯のお替りは有料。・・・これは日本とちょっと違う。 -
⑩夕食後 本日の宿泊地全州へ。約2時間の高速道路バス移動。
写真は 繁華街の中のホテル「漢城ホテル」玄関。
(バスの中で部屋番号の割り当てを教えられ、ホテルに入ったら フロントで 即自分の部屋の鍵を探せれる。これは便利。パスポート提示必要なし。) -
⑪22時ごろの全州繁華街を歩く。(全州の人口は65万人とか。)
日本の地方都市の夜とは異なり、商店がまだ営業している。歩いている人は さすがに若い人が中心だが。PoP調の音楽が流れ 活気がある。セブンイレブンで
ボールペンを買って帰る。 -
⑫ 私のホテルの部屋は韓国旅館のオンドル式 木床に布団を引いて久し振りに寝た。オンドルの温度調節が分からず 暑すぎて何度か目覚める。
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(2)2日目 11月4日ー①
部屋の外から早朝の街を眺める。7時前だのに近くでコンクリート打設の音がする。遠い昔の子供の頃 成長期の日本でもこうだったのかと思い出す。 -
② ホテルのモーニングバイキング。巻き寿司が提供されているのが韓国らしい。
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③ ホテルを出て バスで「耳馬山」へ。
約1時間後 麓の駐車場へ到着。 -
④駐車場から往復約1時間のハイキング。結構 皆さん 朝もやの中を歩くスピードが速い。
写真は途中の湖畔。紅葉が池に映し出されている。 -
⑤見えてきた「塔寺」と背後の耳馬山。日本の山のお寺に参詣するのと同じ感覚。
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⑥李氏朝鮮時代の19世紀末から20世紀初めにかけて 李甲童という僧が平和を祈願しながら108基の石塔を作り、そのころからこの地は「塔寺」と呼ばれるようになり、現在ではその内80基が残っているとか。
寺の入り口に手水鉢があり 日本文化との交流を知る。(東南アジアでも中国でも お寺の参詣で手水鉢の作法は見たことが無い。) -
⑥一番高い背後の石塔から写す。パワースポットらしい。
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⑦前面から「塔寺」を写す。一人の僧が仏前でお経をあげていた。読経のトーンは世界共通。
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⑧降り道、徐々に 朝もやが晴れて来て 紅葉が綺麗。
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⑨韓国の人もハイキングを兼ねて楽しむ人を見かける。
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⑨途中で見かけた 大根畑。大根が太い。
小規模な畑だが マスキングシートを掛けている。
今回の韓国旅行中、よく農地を見かけたが 米作の稲刈りが終了期を迎え 米藁の白いロールベールラップサイロを至る所で見かける。
また 大規模なビニールハウスが日本より かなり多く見かける。
灌漑の用水路もコンクリート製で整備されている。農家の住宅も極端に貧しい風ではない。 -
⑩ 1970年に初めて韓国を1週ほど 回った時の感想の一つに 朝鮮戦争の休戦から17年経っていたが 戦争の被害の大きさか 或いは国防の軍事費に迫られていたためか 農村の貧しさが極端に目についた。灌漑の水路の整備はなされず、社会資本投下が進んでいなかった。国が工業化して行くためには 農村への社会資本投入が大切なことを学んだ。
それから 43年 日本の農業政策は韓国に もしかしたら追い付かれ 追い越されたかもしれないと 思った。先進国は国土保全、社会安定化のため 農業への支援投資を実施しなければならないが 日本の米の減反政策への補助金政策等は 将来への農業の未来投資にはなっていない。韓国のパブリカ輸出に見られるように 商品経済の中で 国を挙げての農業支援の方向を考え直すべき時と強く思った。(農業従事者の創意工夫の努力を後押しする政策であって欲しい。)
写真は ハイキング途上での道端で見かけた 白菜の山。 -
⑪それから 全州に戻り「韓屋村」へ。
村は観光施設としても 良く整備されている。
道を流れる水路、両側にはモダンな店舗。 -
⑫工芸品展示館の入り口。日本とも共通性を感じる。
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⑬韓屋村のシンボルともいえる慶基殿前の花壇も秋の深まる風情。
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⑭慶基殿の中心に位置する正殿(李氏朝鮮の始祖「李成桂」を祀ったところ。)
日本人の私の感覚では「神社」。 -
⑮それから 昼食のレストランへ。
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⑯昼食は朝鮮半島の三大料理に数えられている全州ビビンバ。
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⑰昼食後 高速を1時間走り 百済最後の都「扶余」へ。
写真はかって百済の山城「扶蘇城」があったところの山門入口駐車場。 -
⑱旧山城の中は公園になっていて ハイキングの道のよう。ここも紅葉が綺麗。
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⑲ 展望台の「落花亭」から。眼下に白馬江の流れ。
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⑳旧山城を下り、反対側から 川下りの船に。
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21)日本の奈良時代の663年に「白村江の戦い」が有り、日本の水軍が敗れたのは歴史で習った覚えはあるが 目の前の風景を見ても ここでその戦闘があったのがピンとこない。
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22)玄海灘の荒波を 800艘の船で渡り 4万もの兵士を送り込んで 唐と戦おうとしたイメージが湧かない。遣隋使、遣唐使を送り、唐のことも それなりに知っていたであろうに。
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23)秀吉の朝鮮出兵もしかり、西郷の征韓論もしかり 日本人は その後のことを 考えるのが苦手のように思える。日本は海に守られているが 逆に 他国を真に知らない 知ろうとしない 戦略観のない勝手な島国根性にもなる。
狭い川面を吹く風を感じながら しばし朝鮮海峡を巡る歴史に思いを馳せた。 -
24)その後 約1時間で百済の古都「公州」へ。
写真は百済王武寧王達の墳墓の陵の丘。
。 -
25)本日はよく歩いた。ツアーの人が2万歩を越えたと言いているのが聞こえた。年齢的にも ツアーに参加が いづれできなくなる日が来ることを感じた。
写真は「陵」の入り口。
出土品中心の展示「博物館」もよく整備されていた。 -
26)それから 本日の宿泊地温陽へ。約1時間のバス移動。
温陽のホテル近くの韓国レストランで韓式しゃぶしゃぶの夕食を食べる。 -
26)温陽は韓国最古の温泉だとか。実際に入ってみると 浴室も広く 湯量も多く 日本人には違和感はあまりない。但し温泉の中に タオルが残ったままはいただけない。
写真は部屋の風景。床が温かかった。 -
(3)3日目 11月5日ー①
朝食は ホテル近くの韓国食堂。トラピックスのツアー客が3グループ。少し慌ただしい。 -
②温容からソウルへ 高速で約2時間足らず。
13年前ソウルに来た時 まだ金浦空港しかなく ソウルへのオリンピック大路も随分渋滞した記憶があるが 高速道路も 橋も 整備されスムーズに走る。
写真は 高速道路のサービスエリア。日本と同じ感じ。朝もやが今日も出ている。 -
③ソウル最初の観光地 王宮「昌徳宮」(17世紀再建)
写真は正門にあたる「敦化門」。 -
④国の重要行事が行なわれた場所「仁政殿」
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⑤仁政殿の内部
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⑥青い屋根瓦が美しい。
軍事を配慮した王宮というより 「政」の中心の感じ。 -
⑦王が政務をとったところ。
現在は「主」の居ない空間という感じ。韓国の人はどう感じているのだろう?
「歴史遺産」? -
⑧美しいと言われている「秘苑」(写真後方)には 時間が無くて行かず。
またのお楽しみ。 -
⑨それから 近くの新しい観光地「北村韓屋村」へ。
通りには昔からの生活が残っている。 -
⑩その通りには多くの観光客が。
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⑪その横を 多分この地の住民であろう老女がショッピングカートを押し上げながら通り過ぎていく。
韓国の熟年の方々も勤勉であることは色々と見かけた。(バスに同乗同行している熟年のカメラマンの方など。)
ただ私の偏見かもしれないが 今回の短い訪問では 老人が大事にされていそうな場面には出くわさなかった。43年前の訪問時には この社会でのお年寄りの威厳を感じた記憶があるが。 -
⑫それから ツアー定番の民芸品店で30分。(買うものなし。)
昼食はサムパブ(肉などの野菜巻き)を食す。 -
⑬昼食後「ロッテワールド」へ。日本の百貨店と同じ感覚。ここで買う必要もなかったが 免税品店で煙草を購入。60分滞在。
それから 王の墓「宣陵」へ。
ガイドさんに寄れば 石畳の左側が神の道、右側が王の道。奥の建物が礼拝所。
韓国の「儒教」の教えでは「孝」が重視されたとか。「神」の概念を含めて 日本と似ていると思った。 -
⑲今となっては 都会の良き公園。
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⑳それからソウルの今を代表するトレンドスポットとかの「カルロスキル」へ。
年寄りの私には買うものなし。60分滞在。
街角の喫煙スポットで 若いサラリーマン達が煙草を吸って 足早に立ち去るのを眺めるだけ。 -
21)街角を眺めると 広い道路。綺麗な自家用車(日本の「軽」規格の車が少ない。)新しい建物。現在の韓国の繁栄を実感させる。13年前とは随分違う。
かっての「東西冷戦」のいびつな桎梏から解放され民事により集中できた結果かなぁと思う。北との融和「太陽政策」は間違っていなかったのだろう。その意味で緊張緩和は隣国の個人としては喜ばしい。
(日本は「拉致問題」「核兵器開発」が巨大な壁となって「北朝鮮」との関係改善が進んでいないが 年寄りの旅行者として 実情に触れる為 いつの日にか「北朝鮮」を訪れても良いのかと思った。) -
22)本日の夕食はソーセージとラーメンの入った「プデチゲ」。綺麗なレストランだったが、さすがに連日の唐辛子風味は飽きた。
帰国後 韓国の唐辛子の歴史を読んでいたら 色んな説があり 面白かった。ただ両国にも 現在唐辛子は存在し、それが伝来の物で それぞれで庶民料理の中に利用定着していったのは同じ。韓国人はたくさん使い、日本人は少なく使う違いはあるが。
夜のオプショナルツアーは 翌朝の出発が早いのでパスし、ホテル近くのコンビニ(セブン)で買い物。何故かクレジットカード(JCB)が使えなかった。 -
(4)4日目 11月6日ー①
朝4時10分にモーニングコールで起こされ、5時10分ホテル出発。韓国食品店に立ち寄り6時半頃仁川空港に到着。ガイドの白さんともお別れの挨拶。(現代韓国女性の一面を知った。実に屈託がなく、手際良い。)出国手続きはスムーズ。
写真は空港のフードコートで食した 朝飯代わりのキムチうどん。 -
②韓国の国土は日本の約25%、人口は約40%、GDPが約33% 一人当たりGDPは90%。
今回の旅で 韓国もいろいろ問題を抱えていそうだが、以前の状況を知る者には韓国の努力はよく分かった。
同じ東アジアの海洋風土で育ち、白い米を主食とし、仏教、儒教を受け入れ、大国中国の文明の影響下にある両国は 他から見たら似た者同士だろう。近親憎悪的に違いを強調して 自分を確認する気持ちは分かるが大同小異の類。 -
③結論的には 日本はもっとしたたかにならなければならないと思った。「あっさりしている。」という日本の美学は 長期的視点に立って 短期的対応では「淡泊」である必要があるのではないか。相手の土俵で戦うことは負けやすい。
また近いうちに 個人旅行で 対馬も通り 韓国をゆっくり旅してみたいと思った。
写真は帰りのジャンボ機。
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