2013/10/31 - 2013/10/31
918位(同エリア2989件中)
吉備津彦さん
徳川家光は日光東照宮を建立後、諸大名に東照宮の造営を勧めたため、全国各地に東照宮が創建されていった。広島東照宮もその中の一つである。浅野氏広島藩2代藩主浅野光晟は、生母である正清院(振姫)が家康の三女であることから特に造営に熱心で、正保3年(1646年)に東照宮の造営を開始し、慶安元年(1648年)に創建された。
太平洋戦争当時、南下の参道には東練兵場が広がり、境内には大日本帝国陸軍第二総軍通信隊の通信兵約20人が常駐していた[1]。また空襲の可能性が低い区域のため、民間だけではなく公共機関の避難所にも指定されていた。ただ、安全性が高いことから疎開しなかったため、社宝もそのまま置いていた。
1945年(昭和20年)8月6日被爆。ここは爆心地から約2.10km(広島市公式)に位置した。爆風により建物の瓦や天井が吹き飛び北方に傾き、石造の鳥居が跡かたもなく吹き飛ばされた。熱風によりまず拝殿から出火し、瑞垣や本殿、神馬舎へ延焼した。その後も被害が広がりつつあったが通信兵の手により更なる延焼から免れ全焼は回避された[1]。また社宝は大部分が消失した。同日、市内の被爆者が多数避難してきて大混乱となった。境内南下に臨時救護所が設けられ、通信兵や陸海軍救護隊や民間の医療救護班によって治療活動が行われ、特に重傷者は近くの国前寺へと運ばれた。翌日8月7日には境内南下に広島駅前郵便局および広島鉄道郵便局の仮郵便局が設けられた。幟町(現在の広島市中区)の実家で被爆した作家・原民喜は7日夜、親族とともに境内の避難所で野宿して覚書(「原爆被災時のノート」[1])を記し、後日それを元に小説『夏の花』を執筆した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
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イチオシ
広島東照宮 大鳥居
安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん広島東照宮 寺・神社・教会
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広島東照宮
安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん広島東照宮 寺・神社・教会
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安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん
広島東照宮 寺・神社・教会
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しだれ桜
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イチオシ
広島東照宮
安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん広島東照宮 寺・神社・教会
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広島東照宮 回廊
安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん広島東照宮 寺・神社・教会
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東照宮から望む広島駅周辺
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長い参道階段
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広島東照宮
安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮 by 吉備津彦さん広島東照宮 寺・神社・教会
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