2013/01/01 - 2013/01/01
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asamiyさん
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1月1日。
特に元旦だからといった意識もなく、旅を続けていた。
前日、フエから日帰りのDMZツアーを申しこんでいたので、それに参加した。
DMZとは非武装地帯のことで南北べトナムの境界線を非武装にしたことにより、その周辺で戦闘が激しく行われたので、その戦跡を巡るツアーだ。
写真は米軍ケサン基地跡。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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最初に訪れたのはロックパイルと呼ばれる高さ230mの岩山。当初米軍は頂上に監視塔を設置し、のちに砲撃基地に拡大されたそうだ。
行った時はどこだかわからなったが、後で説明を聞いてようやく理解できた。 -
同上。
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同上。
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ホーチミンルート(ベトナム戦争時の補給ルート)に架かる橋として有名なダグロン橋。
おそらくアメリカ軍に何度も攻撃されたことだろう。 -
ベンハイ川。
ダクロン橋が架かる川だが、今見ると戦争の面影は全然ないただの田舎の川だ。この辺りが戦場になったかもしれないと思うと信じられない。 -
ケサン基地。
ベトナム戦争時のアメリカ軍地。北ベトナム軍の攻撃によって、1968年7月、基地を蜂起した。おそらくその時残されたヘリコプターだろう。 -
北ベトナムに最も近いところに建設された米軍基地。1968年1月から北ベトナム軍の攻撃に会い、同年7月に放棄した。おそらくその時残された米陸軍の小型ヘリコプターだ。
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ケサン基地の展示されている車両。左側の戦車はどうもソ連製の戦車のようだ。だから北ベトナム軍の物だろう。
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この輸送機はアメリカ軍が撤退した時に残されたものだろう。塗装をし直したり、丁寧に保存されている。
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ヴィンモックトンネルの地図。
ホーチミンからツアーでクチトンネルに行ったことがあるが、そちらは戦闘用トンネルだったが、このヴィンモックトンネルは戦火を避けて生活するためにつくられたものだしうだ。 -
最初に資料館は行く途中に、縦穴があった、地下のトンネルに続く空気抗のようだ。
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ヴィンモックトンネルにいよいよここから入る。女性の現地のトンネルのガイドを先頭に中に入っていく。
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トンネルの中を歩く。
当たり前のようだが、トンネルの中は狭くて暗い。ベトナム人の小柄な体型に合わせたのか、掘る労力を節約したのか、とにかく狭い。大柄な欧米人観光客は苦労していた。 -
ファミリールームと書いてある。
こんな風に生活していたということだろう。 -
トンネルのところどころに当時の生活の様子がわかるように、人形を置いて再現している。マタニティルームと書いてあった。
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トンネルの中の会議室。写真に写っている人が現地のトンネルのガイドさんだ。
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トンネルの内部にバスルームがあった。バスルームと書いてある説明板がかかっているから分かるが、シャワーなどの設備はないので説明板がなければ分からない。
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トンネルを抜けると海だった。
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同上。ツアーの参加者。
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トンネルから出て海を見たかと思ったら、再びこの入り口からトンネルに入る。入り口に立っている女性は先ほどの写真とは別の現地のガイドだ。
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5番の出口から出てトンネルのツアーが終わった。クチトンネルといい、私に中には、このヴィンモックトンネルといい、ベトナム人はどうしてトンネルを掘るのだろうかという疑問が残った。
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北ベトナム軍のゾックミエウ基地の跡。戦争で亡くなった方の墓地になっていた。
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墓が並んでいる。
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フォンナムレストラン。
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メニューや客層を見るとローカルレストランの雰囲気だ。だからもちろん価格もリーゾナブルだが観光客向けの内装や雰囲気とは縁遠い。
ブンボーフエ、25,000ドン。これなら満足いく価格だ。
フエ名物の太めで軟らかい米の麺で辛い味付けがされている。
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