1990/02/03 - 1990/03/18
819位(同エリア1043件中)
そばわらさん
カイロで地下鉄へ初乗車。
地下ホームは埃っぽい。砂漠の影響??
カイロの地下鉄の駅名はムバラクとかサダトとか、地名でなく人名駅。当時日本にそういったのはなかったので、とても不思議だった。
そうそうそれに車両が男女別。イスラムだからね。
入ってきた列車に乗ろうとしたら、扉が開くや否や、すぐに閉まって行ってしまった。これもイスラム?
みんな降りたのか?僕は乗れず、近くにいたスーツ姿の西洋人も乗れなかった。
彼曰く「運転手の気分」
本当にそうなのか、
確かに次に来た列車は到着してから、一向に出発しなかった(笑)
夜行列車でルクソールへ向かう。
深夜3時。どこかの駅で、突然子供が乗ってきてモノを売ってた。
もう当時はすべては異文化体験。
到着より2〜3時間遅れてルクソールに到着。
アナウンスも当然ない、払い戻しも当然ない。
今はあまり前と思ってることも当時はホントに新鮮だった
ネットもなく事前情報もなかったし。
ルクソールは暑かった。
もう25年前。いまはどうなっているのかわからないけど、何もなかった。
ナイル川を渡り自転車を借りてスフィンクスを目指した。
若かったかたから行けたけど、ずっとゆるーい登り坂かなりハード。
途中ハトシェプト女王葬祭殿にも寄った。
7年半後の1997年11月にこの場所でルクソールの乱射事件が起こった。
本当にびっくりした。まさか無差別で観光客を狙うなんで考えられない。
スフィンクスは、ツタンカーメン。
行っただけのことはあった。
夜はカルナック神殿を散策してルクソールに泊まった。
翌日、一緒だった友人と別れて再びカイロへ向かった。
カイロの一つ手前、ピラミッドで有名なギザ駅に到着。
なかなか出発しない。
200pくらいの文庫本を読みはじめたが、結局読み終わるまでに列車は動くことはなかった。2時間くらいは停車してたかな。
やっとカイロで降りれた。
あらためて車でギザへ。
ピラミッドを見たー
ちょっと登った。
カイロの街でパピルスを売ってる店へ入る。
「本物のパピルスには右下の刻印があるんだ」と自慢げに言った店員だったが、彼の店にあったすべてにパピルスに刻印はなかった。
自爆発言??
勿論一枚も買わなかった。
カイロ博物館は、すごく感動した。
エジプト、本当によかった。
カイロの空港へ行くと、多くの日本人を見た。
みんな僕の向かい側の搭乗口前で座っている。カイロ便。
みんなは僕と僕の後ろに控えている王冠の飛行機に見とれてた。
ヨルダン航空。
すごく品格のあるデザイン。
僕はその素敵な飛行機でアンマンへと向かうのだが
実は内心それどころではなかった。
空港であのチケットのことが判明したからだった。
続く
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