2007/11/29 - 2007/12/06
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ペコちゃんさん
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眩しい太陽と光に溢れる情熱の国「スペイン」と、哀愁の「ポルトガル」。
次男が大学の卒業記念にヨーロッパ一人旅に出かけ、スペイン・ポルトガルの写真を見せてくれた時から、私もいつか、この2つの国に行きたいと思っていました。
元気なうちに行ける時がチャンスと、2007年11月末~12月上旬にかけて行って来ました。
15世紀に大航海時代の始まりのきっかけを作ったポルトガル、16世紀に黄金の時代を謳歌したスペイン・・・世界に羽ばたいたイベリア半島の2つの国には、世界遺産や美しい自然・風景など、多くの観光資源があります。
また、718年からグラナダ陥落の1492年までイスラム支配が続いたことで、他のヨーロッパと違った文化に触れることが出来る、観光客にとって魅力的な国です。
第1編は、マドリードなどスペインの中央に位置する街の旅行記です。
写真は、セゴビアの「アルカサル」・・・ディズニー映画『白雪姫』の白雪姫城のモデルとしても知られている優美な城です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
今回は、ポルトガル(リスボン)を含めた8日間のツアーなので、バルセロナには行けませんでしたが、《マドリッド⇒セゴビア⇒トレド⇒コンスエグラ⇒コルドバ⇒グラナダ⇒セビリア⇒ミハス⇒エヴォラ⇒リスボン⇒ロカ岬》と回り、充実した良いツアーを楽しむことが出来ました。
スペインの面積は、ヨーロッパではロシア・フランスに次いで第3位、日本の1.34倍の広さがあり、人口は46百万人。 -
<1日目>
成田発9時30分のエールフランスに搭乗し、パリ・CDG乗り継ぎで、マドリードには17時35分の到着予定・・・マドリードに着いたら、クリスマス・イルミネーションの中心街に出かけることが楽しみです。
ところが、成田の離陸が遅れ、パリでの乗継が当初予定便の2時間後の便となり、マドリードの夜は諦めざるを得ません・・・帰国してからも、このことを夫は残念がっていました。
でも、エールフランスの機内食は、いつも美味しい・・・これは、牛肉のソテー。 -
これは、舌平目のシーフードソース和え。
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この時期のシベリアは、いつも真っ白。
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2時間遅れのマドリード行でも、取り敢えず笑顔でCDGの人達と・・・
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マドリードのバラハス空港に着きました。
この空港は1928年に開港し、乗降客数では世界で10位の国際空港です。 -
マドリードのホテルは、チャマルティン駅に隣接した「ウサ・チャマルティン・ホテル」。
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ホテルのフロントの向かいにあるショップ。
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<2日目>
朝、6時半のチャマルティン駅・・・ホテルに隣接したこの駅は、1933年に工事が開始されましたが、スペイン内戦(1936~1939)の影響で1967年にやっと稼働を開始し、その後マドリードの中央駅となりました。
しかし、改修のため閉鎖していた「プエルタ・デ・アトーチャ駅」が1992年に新しくが開業すると、チャマルティン駅はその役割を奪われ、二番目の駅となりました。 -
駅構内に行ってみると、地下ホームに続く階段には、スパニッシュなペインティングが・・・
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構内にはカフェテリアや売店も充実。
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ホテルでの朝食・・・美味しい!・・・さすがスペイン、生ハムもあります。
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ホテルの部屋から見たマドリードの夜明け。
1561年にフェリペ2世が宮廷をマドリードに移してから、スペインの首都として政治・経済の中心を担ってきたマドリード・・・人口は約325万人(欧州で第5位)、また標高が667mで欧州の首都の中では最も高い街です。 -
マドリッド観光へ出発。
街のあちこちで、クリスマス・イルミネーションを見かけました・・・本当は、昨夜見たかったのに、残念!
これは、シベーレス広場に面した「コムニカシオネス宮殿」。 -
広場の中央には、1782年に造られた「シベーレスの噴水」。
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後ろから見た、シベーレスの噴水・・・農業と豊作を司るギリシャ神話の大地母神・キュベレが、ライオンの曳く二頭立て馬車に乗る姿を描いています。
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18世紀に造られた、ローマ神話の水の神・ネプトゥーノ (ネプチューン) の像がある噴水・・・11月の終わりですが、黄葉も、まだ残っています。
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最初の観光「プラド美術館」へ向かう途中、交通整理のお巡りさんと。
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ワンちゃんも朝のお散歩。
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ここが美術館の入り口・・・まだ9時前なので、開館していません。
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これは、入り口前にある画家・ゴヤの像。
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入り口前にある教会。
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添乗員さん(ピンク)と、美術に詳しいガイドさん(サングラス)に案内されて、我がツアーメンバーが開館に一番乗り。
2004年3月11日に191人が死亡したスペイン列車爆破事件の影響で、館内の写真撮影は禁止です。(以下の写真はHPより) -
1785年に造営されたプラド美術館には、約7,600枚の油彩画、約1,000の彫刻、約4,800枚の版画、約8,200枚の素描などが収蔵されており、約1300点が展示されています。
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『ラス・メニーナス』(スペイン語で「女官たち」の意)・・・1599年にセビリアで生まれたベラスケスは宮廷画家となり、1656年にこの絵を制作しました。
舞台はフェリペ4世のマドリード宮殿の大きな一室で、スナップ写真のように、瞬間的に切り取って写し描いています。
幼い5歳のマルガリータ王女を取り囲んでいるのは、お付きの女官・待女・目付役・2人の小人と1匹の犬。
その背後には大きなカンバスに向かうベラスケス自身が描かれ、背景にある鏡には、王と王妃の上半身が映っています。 -
『裸のマハ』・・・スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤによって描かれた油絵で、1797年から1800年の間に描かれました。
マハ(maja)とは、「小粋な女(小粋なマドリード娘)」という意味のスペイン語であり、人名ではないそうです。 -
『着衣のマハ』・・・裸のマハの直後に描かれました。
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『羊飼いの礼拝』・・・1541年に現在のギリシアのクレタ島で生まれたエル・グレコは、縦長に描かれたドラマチックな宗教画など多くの作品をスペインに残しました。
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プラド美術館の次は、現国王フアン・カルロス1世の王妃・ソフィアに因んで名付けられた「ソフィア王妃芸術センター」で、ピカソの名画を鑑賞します。
良い子も並んで順番に入館。 -
『ゲルニカ』
スペイン内戦中の1937年、スペイン北部の小都市ゲルニカを、フランコ将軍を支援するナチスが空爆・・・5千人の人口のうち1,654人が死亡し、史上初めての都市無差別空爆と言われています。
パリにいたピカソは、同年のパリ万国博覧会スペイン館の壁画として、縦3.49m×横7.77mのキャンバスにこの作品を描きました。
いななく馬の表情や、子供を亡くして泣く母親の顔が印象的で、絵のそれぞれの部分にも、ピカソの平和への思いが込められているのが良く分かります。
実際に観るまでこの絵がこんなに大きいとは思いませんでしたが、この絵が1か月で完成したのも驚きです。 -
その後は、スペイン広場の近くの「マドリッド三越」(4年前に閉店)に立ち寄り。
スペインに来る前、息子のお嫁ちゃんに「お土産何が良い?」と聞いたところ、お部屋に飾れるものを、とのリクエストがあり、我が家と息子宅に壁飾りなどを買いました。 -
三越前の歩道を渡る人・・・坊やの着ている青のカーデガンは、2年前に北欧に行った時も見かけたタイプのアップリケと刺繍の可愛い物で、今、ヨーロッパはこれなんでしょうか?(北欧で孫のお土産に買いました。)
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歩道の花屋さん。
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スペイン広場。
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「ドンキホーテとサンチョ・パンサの像」など、セルバンテスを記念した像がいくつも建てられています。
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スペイン広場の南側にある「王宮」・・・最初の建物は、10世紀頃ムーア人によって造られ、1734年の火災の後、再建されました。
1931年の共和制移行後、王政復古を望んでいた独裁者のフランコ将軍が1975年に死亡すると、その遺言により ファン・カルロス王子(アルフォンソ13世の孫)が王座に就いて現在のスペイン王国へと続いています。
国王は別の宮殿に住んでおり、公的行事で使用される時を除き、一般公開されています。 -
「プエルタ・デル・ソル(太陽の門)」・・・マドリードの中心部にあり、スペイン国道の起点となっている場所で、観光客や地元住民が利用するショッピング街となっている賑やかな広場です。
広場の中央にある「カルロス3世騎馬像」の周りには、デモ隊が集まっていました。 -
今日の昼食は「ムセオ・デル・ハモン」(ハム博物館)という名前のバルで・・・
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パエリアでしたが、味はイマイチ。
私が住んでいる近くの川越には、スペインで修業して、アジア人として初めてコンクールに出場し、何回も優勝を勝ち取った世界一(?)のシェフの店があります。
この店の味がパエリアと思っている私には、全く別物にしか思えませんでした・・・ここのパエリアには、ガッカリです。 -
店内には生ハムが所狭しとぶら下がっています!
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本当は、こういう感じで、イベリコハムとビールのランチをしたかったのに・・・後で考えたら、ツアーであっても、ここでオーダーして食べれば良かったなと、食いしん坊の私は、後悔しました。
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午後は、日本のツアーではあまり行かない「セゴビア」へ。
海抜1,000mの高台にあるこの街は古代ローマ時代から発展し、今も中世の面影が残る城塞都市・・・人口は5万5千人で、マドリードから北に2時間ほどの所にあります。
最初に「アルカサル」を下車観光・・・ディズニー映画『白雪姫』の白雪姫城のモデルとしても知られている優美な城です。
12世紀にアルフォンソ8世が築城して以降、増改築が繰り返され、1940年に今の姿に。
2012年、姫路城やノイシュバンシュタイン城などと共に、トリップアドバイザー・バケットリストの「世界の名城25選」に選ばれました。 -
これは「カテドラル」・・・町の中心に建つカテドラルは、セゴビアが最盛期を迎えた16~18世紀にかけて造営されました。
スカートを広げたような気品ある姿から「カテドラルの貴婦人」とも称される、スペイン最後のゴシック建築です。 -
セゴビアでの一番の見どころは、旧市街の外れに聳える全長約728m、最高所が約29mに達する巨大な「水道橋」。(橋の手前の模様は、クリスマス・イルミネーション)
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水道橋は丘の上の町まで水を供給するために、ローマ時代の1世紀頃に建設されたものです。
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接合剤を一切使わず、花崗岩を積み上げただけで建築された2段アーチ式の巨大な遺跡ですが、2000年もの時の流れと風雪に耐え、当時の姿を今にとどめています・・・しかも、1884年まで実際に使用されていたというから、驚き!・・・ローマ人の高度な技術に脱帽です。
真ん中には、マリア様の像が・・・ -
左の建物は、子豚の丸焼きで人気のある「メソーン・デ・カンディド」。
水道橋のたもとにあるお店ですが、セゴビアの子豚の丸焼きは有名で、皮がパリッパリ、身が柔らかくてトロトロだそうです・・・子豚が可哀そうだけど、食べてみたかった(?) -
アラベスク調の壁と窓辺の花。
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スペインのポストは、黄色。
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セゴビア観光の後、「トレド」に向かいました。
今日のホテルは、トレドの旧市街の中心にある「アルフォンソ セスト」。
トレドをイスラム教徒より回復したアルフォンソ6世の名を冠し、伝統的な外観がアルカサル前の広場の風景に溶け込んでいます。 -
石やレンガで造られた重厚感があるフロント・・・その後ろには上階と地階に行く階段があります。
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地階にあるロビーはお城のような感じで、鎧などが飾られています。
トレドは鉄製品、特に剣の生産が有名で、現在でもナイフなど鉄器具の製造の中心地です。 -
部屋には『着衣のマハ』の絵が飾られ、バルコニーもある、なかなか良い部屋です。
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夕食はホテルのレストランで。
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<3日目>
朝食後ホテルを出発し、タホ川を渡ってトレドの旧市街全体が見渡せる高台のビュースポット「ミラドール デル バジェ」に。(スペイン語で谷(Valle)の展望台(Mirador)) -
三方をタホ川に囲まれた、まさに要塞都市。
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トレドの人口は8万4千人で、奈良市と姉妹都市を結んでいます。
かつての西ゴート王国の首都であり、中世にはイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の文化が交錯した地です。
街全体が博物館と言われ、タホ川に囲まれた旧市街は1986年に世界遺産に登録されました。
また、ルネサンス期のスペインを代表するギリシア人画家のエル・グレコ(1541~1614)が活躍した町としても有名です。 -
「アルカサル」・・・3世紀にローマ帝国の宮殿として建てられ、11世紀にイスラムの支配からトレドを奪還したカスティリャ国王・アルフォンソ6世(1040~1109)が要塞に改築しました。
スペイン内戦中の1936年、共和国軍の包囲戦によって破壊されましたが1961年に再建され、現在は軍事博物館となっています。
トレドで最も高い標高548mの丘に立つ長方形の建物です。 -
「トレド大聖堂」・・・1226年、カスティリャ国王・フェルナンド3世時代に建設が始まり、1493年に完成しました。
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旧市街に戻り、細い路を歩いて行くと、大聖堂が見えて来ました。
スペインのカトリック総本山です。 -
大聖堂の正面入口・・・中央の扉は、ゴジック様式の「免罪の扉」、扉の上部には多くの彫像が飾られています。
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大聖堂の内部はステンドグラスが美しく、主祭壇など内部は新約聖書の場面をかたどった壁画があしらわれています。
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バラ窓や見事な装飾が目を引きます。
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三方を川に囲まれ、難攻不落の城塞都市と言われたトレドの旧市街は、道が狭く・・・
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あちこち入り組んでいるので・・・
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一人で歩くと、迷子になりそう・・・
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シベリアン・ハスキーも朝の散歩。
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多くのエル・グレコ作品が展示されている「エル・グレコ美術館」。
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サント・トメ教会に所蔵しているグレコの傑作『オルガス伯の埋葬』を観たかったのですが、入場できず残念!
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ユダヤ人の家。
『もしスペインで1日しか時間がなかったら、ためらわずにトレドを見よ』と言われている古都トレド・・・ローマ時代からキリスト・イスラム・ユダヤの文化を融合させて形造られたトレドですが、1492年のユダヤ教徒追放後は廃れていったとか・・・何事も排他主義はいいことがないですね。 -
今日は土曜日なので、気球がノンビリと浮いています。
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こちらはトレドの新市街。
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トレドの次はラ・マンチャの風車が印象的な「コンスエグラ」へ・・・起伏のある丘に、11基の白い風車が並ぶ光景は、のどかで懐かしい気がします。
この街は、パエリアに使うサフランの産地としても有名です。 -
ラ・マンチャ地方はドン・キホーテの舞台として知られています。
ドン・キホーテといえば、風車を巨人と見間違えて突撃する姿を思い浮かべますが、その昔の風車の姿を今に伝えるのがコンスエグラです。 -
丘の上から見たコンスエグラの街。
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コンスエグラのこのレストランで・・・
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魚料理の昼食です。
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地元のおじさんも、ビールを飲んでランチ。
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昼食の後は、コルドバを目指して4時間半のドライブです。
スペインの高速道路を車で走ると、必ず目にして驚くのが、巨大な黒い雄牛のシルエット・・・実は、これは幅14mもある看板で、南スペインの至る所に存在しています。
看板は元々、雄牛をトレード・マークにするシェリー酒のメーカー「オズボーン」社の看板でした。
20年程前に景観上の問題から広告看板を規制することとなり、社名が消されて看板だけが残りましたが、荒涼とした大地にスクッと立つ巨大牛は、スペインを象徴する風景の1つです。 -
途中、標高500~1,000mのシエラ・モレナ山脈を越えて行きます。
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ポルトガルとの国境からスペインを東西に走る山脈で、銅・鉄・亜鉛・水銀などの鉱産があるそうです。
この後は、スペイン南部の第2編に移ります。
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