2013/06/17 - 2013/06/17
458位(同エリア565件中)
ottoさん
6月半ば、あやめ祭りで賑わう潮来駅のすぐ傍の川を手漕ぎ船で30分(1000円)観光したが、船着場周辺には早咲きのアヤメが植えられていたものの ”イタコのイ〜タロ〜ウ。。。” と唄われた頃の野趣溢れる田園風景への期待は満たされなかった。観光「嫁入り舟」が出るのは水、土、日曜だけで「昨日の雨で中止になったNHKテレビがさっき取り直しに来たところですよ」とは
....「水郷あやめ祭り」の日程などは予め観光協会に問い合わせて詳しい資料を貰った方が良さそう。
気候変動とアヤメ園の維持管理や舟をこぐ船頭さんの後継者不足で年々風情が失われてきているのだと地元の人が慨嘆。
鹿島神宮を参詣した後、鹿島からJR鹿島線で潮来まで短時間で行けるが、交通事情から潮来で先に降りて観光し、鹿島へ移動する方が良かったと後悔。しかしネットで見分不相応な貴賓室がお得に設定されたホテルプランに応募し非日常の贅沢を味わえた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
鹿島神宮駅から¥200の近さで潮来に到着。
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潮来は,原始 古代から人が居住した痕跡があり、
古くから水運陸路の要所として栄え、大化の改新のころ
国府(現在の石岡市)から鹿島神宮ヘ通じる駅路「板来の駅」
を設けたのがまちの始まりらしい。
古墳や遺跡も多々残されていて豊かな水を湛える一大水郷。
大和朝廷の東国経営が急速に進展し、潮来地方もその
拠点の一つとして比較的早く開発されたと『常陸国風土記』
にも記されている。 -
源頼朝は文治元年(1185年)潮来に海雲山長勝寺を創建して武運長久を祈願した。
そして、元徳2年(1330年)先の執権北条高時が長勝寺に寄進した銅鐘(国重要文化財)の銘文(めいぶん)から、風光明媚(ふうこうめいび)で水上交通の要所として繁栄した当時の潮来の様子が想像される。
戦国時代の末期になると、およそ400年間当地方を支配した島崎氏が滅び豊臣秀吉の力を背景にした佐竹氏が次第に勢力をのばしたが、関ヶ原の戦に勝利した徳川家康によって慶長7年(1602年)秋田へ移封された。 -
近世になると、奥州諸藩の物産を集めて江戸に向かう千石船が銚子河口から利根川にて潮来に至り、潮来で1〜2反帆の高瀬舟に積み荷の積み替えを行い、前川は行き交う大小の船で賑わい、荷の揚げ降ろしの船付場(河岸)が続き中継港として大いに繁栄した。
が、元文年代(1736〜1740年)の大洪水で利根川の本流が佐原地方に移ると、中継港としての機能を失ってしまった。 -
明治に入って常磐線が開通し、陸運が盛んになってからは、水運は一挙に衰退し、それに歩調を合わせるかのようにして潮来も寂れてしまった。
それ以来、この地方では、産業らしき産業もなかったことから、地元の若い娘の収入源として、観光客の案内を兼ねてサッパを操ったところ観光客に好評を博したことから“娘船頭さん”として知られるようになったのだと聞いた。
船着場まで駅から足型をたどって行く。 -
囲いのテントが見え、中に入ると、
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看板が立っていて江戸情緒漂う雰囲気。
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右手の奥に手漕ぎ船の乗船場がある。
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橋の向こうは西の方。
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切符売り場に入りチケットを買う。(30分¥1000 )
順番待ちの椅子が置いてあり、1グループずつ前にずらして
進み戻りの船を待った。 -
唄になり大流行した"潮来の伊太郎" の像が合羽を風に靡かせて立っている。
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橋向うの建物が近代的でミスマッチ。
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昨日までの雨はすっかり晴れ空も水も澄み切ったブルー。
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待ちかねた順番が回ってきて小船に乗る。
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娘船頭さんではないようだ。
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笠をかぶった団体さん
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潮来が水運の基地として栄えた時期には遊郭や引出茶屋が軒を連ねる賑わいぶり、で、江戸方面から多くの文人墨客が来訪し、数々の作品を残していて。その頃、牛堀河岸も「風待ち港」として潮来と同様に繁栄したという 。
伊勢の「おかげ横丁」のように工夫すればもっと楽しいスポットになるだろうに。 -
期待したあやめは見えず、申し訳なさそうに紫陽花が咲いていた。
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早咲きのあやめが育てられている一画
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われらの "潮音丸”身体にロープを巻きつけて舳に陣取った...
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橋の欄干にあやめのデザイン
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最上川の船頭さんは 唄をうたってくれたのにな〜
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この辺りはいい感じ
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サルビアは夏に似合う花、背景の家がせめて藁葺き風だと嬉しいのだけれど。
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あやめ咲き誇る”田園風景”の中を幾曲がりして船が行く”イメージは期待外れだった。
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幅広いほぼ直線コースを行って帰ってくるだけで
スケール感ある四万十川、球磨川下りのスリルは無理
としても松江の堀川めぐり、天竜、保津川下りの感動
は得られなかった。、 -
行き交う船もせめて屋形船にすればいいかも..
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エンジン音が聞こえる...
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ま、考えすぎずのんびりと身を委ねるにしかずか。
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白い紫陽花は清楚で癒される。
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あやめ、あやめと探せども.....
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最後の橋をくぐる。
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船着場のアーチ型架橋がみえてきた。
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あの橋がJR車内から見えていたんだ
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降りる準備にかかる
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この建物はなかなかチャーミング
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地元の人も気候は年々予想しずらく今年は咲くのが遅いとやきもき。
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コレだけの広さに一面咲けば見ごたえあるだろう
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白と紫だけのようだ
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あやめ園だけなら近畿にももっといい所があるけれど。
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あやめに罪はない。あでやかなその姿。
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お土産の苗売り場。
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タクシーでホテルまで行くことにしたが4000円もかかってしまった。
JRで鹿島まで戻り銚子行きの路線バスを利用すれば良かったと猛省。
でっかい洋風の入り口はちょっと好みではないけれど... -
別館の和風旅館へ長〜い渡り廊下を案内される。
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その名も「アトンパレスホテル 茶寮・砂の栖」
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広々した玄関に上がる
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館のそこ此処に見られる室飾は渋い。
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おもむきを感じさせる部屋の入り口。
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洋室から見た控えの間、左手のドアは衣装箪笥。
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広いベッドルーム
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ゆったりした和室、窓の外は安全点検の為の工事中で足場が組んである。
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部屋つきの風呂は清潔感あり湯量が豊富。
さっぱりと汗を流して午睡を愉しみ... -
お待ち兼ねの夕食。タイミングよく次々と運ばれてくる。
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梅酒に始まり(アルコールは弱いので)
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ゴマ豆腐、えび、卸醤油の先付け
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前菜は にやま馬鈴薯、滝そうめん、築真丈、
蟹サーモン、子鮎唐揚げ、紅花胡瓜、岩真丈
風雅な盛り付けが見事でしばし観賞。 -
鱸葛叩き、二輪人参、豆腐、万能ねぎのお椀
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鱸薄造り、はまち、甘海老、
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名物の豚しゃぶは美味しそうだが
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箸をつけずじまい。
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揚げ物はバナナ、エシャロット、ミニトマト、
海老文化揚げ、スナップエンドウ -
茄子、紫陽花饅頭、南瓜、オクラの煮物
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蛸の梅肉和え、新玉葱、菊花、
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鮎の塩焼には目がない。
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グリンピース釜飯、わかめ葱の汁物
香の物3点盛りで終わる。 -
デザートのメロンは大歓迎。
目も口も満腹で動けない。 -
翌朝心地よく目覚めた。
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今日も晴れそうだ。庭のみどりが眩しい
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朝風呂を使った後は、2人分のシンクが並ぶひろい洗面台へ
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朝食が部屋に運ばれてきた。
少量多種、口に胃に優しい。 -
地元の食材をおいしく炊いて出された。
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バスを待つ間 洋館のロビーにあるラウンジで珈琲サービス。
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便数の少ない路線バスが銚子から鹿島へ走っていることは知らなかったな〜。
此処は車社会の絶頂期に立てられた団体客向けのホテルなんだと納得。 -
このルートは鹿島灘で帆船祭りが催される頃は賑わうのだろう。
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鹿島線〜成田線に乗り換えて
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又潮来を通り、川船から見上げていたあの橋が見え
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十二橋の案内板を過ぎ
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大利根川を渡る。
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ず〜と上流の方へ旅した思い出に耽る。
尾瀬、水上、老神....etc -
懐かしい成田山新勝寺が見え
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成田到着。当初東京へ寄って江戸文化に触れ、
何ならもう一泊してもと思っていたがくたびれて
早々に帰阪と相成った。
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