2013/08/02 - 2013/08/04
248位(同エリア346件中)
かとぽんさん
東北の夏の祭りを満喫した親子3人。
奥州市のホテルでは再びどっと疲れて風呂も入らず爆睡。
早朝に起き出し朝風呂につかるw
今日は朝ごはんを食べたら397号線を走って大船渡に向かい、
その後沿岸を走って陸前高田から行けるところまで南下してみようということに。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
-
昨夜は宿に着くなり疲れ果てて風呂にも入らず爆睡。
翌朝4時に目が覚めムクムク起き出し、窓の外を眺めると
すでに東の空がうっすら明るくなり夜が明けるところでした。 -
昨晩はくたびれてて気がつかなかったが
このホテル、古いけどけっこー大きくて立派です。
次男も起き出したので2人で大浴場へ。
もちろん男女別ですw -
風呂には誰もいなかったのでこっそり撮影w
こんなまるい浴槽です。
しかし体を洗ってから浴槽につかろうと片足を突っ込んだら、飛び上がるほど熱かった!
湯温の温度計をみると驚きの49度〜
(lll゚Д゚)ヒィィィィ!
深夜に温度調節のサーモスタットが切れるらしくものすごく高温になってました。
風呂からあがって脱衣場の貼紙を見たらちゃんと注意書きがあった・・・・(;^_^A アセアセ・・・ -
部屋に戻ると完全に朝日がのぼってましたが
この部屋ずいぶん見晴らしがよかったんですね〜 -
朝食を食べにレストランへ
なんとなくレトロな造りのレストラン“サウンド”
バイキング方式でお好みの食材をピックアップ。 -
種類はそれほど多くないけど
和洋取り揃えてあるしなんといっても無料サービスなので満足です。 -
食事を始めた途端、なにやらサッカー少年とその父兄たちの一団が怒涛の如くやってきてレストランは大混雑。
早めに来てよかったw(´∇`) ホッ -
朝食を終えて部屋で一服。
-
宿泊したのは奥州市の水沢翠明荘という旅館でした。
なにやら風呂トイレ洗面なしという訳アリとかで
朝食付きで3人で10,500円という格安のお宿でしたが
ドアを出ればすぐすぐそばにトイレも洗面所もあるし
大浴場があったのでなんの不満もありません!
駐車代ももちろんタダです! -
宿を出発し今から国道397号線を通って沿岸部へとむかいます。
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北上川を渡り風光明媚な景色を楽しみながら順調に走行。
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道中土砂崩れなどがあって片側通行になっているところもありました。
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先日の大雨の影響だろうか。
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1時間半ほどで大船渡港に到着〜
この辺りも津波被害のひどかった地域ですが
がれきなどはほとんど片付けられていて更地になっているところが多かったが
やはり港の防潮堤などは破壊されたまま手付かずの状態。 -
5月の東北六魂祭の帰りに訪れた南相馬の海岸と同じ状態です。
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海岸線はかなり地盤沈下しているのだろうか。
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防潮堤はくずれいたいたしい姿をさらしています。
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継ぎ目からすっぱりはずれてしまい、意味をなさない防潮堤。
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一見被害のないように見えた沿岸部の鉄筋の建て屋は中はからっぽでした。
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相方がトイレに行きたいというので大船渡駅へ向かいますが
ナビの指し示す駅の場所に来ても駅どころか線路も架線も見当たらない。
そこで初めて駅自体が津波で流されていたことに気づく。
そういえば電車の姿を全然見なかった。 -
現在はJR大船渡線はBRT(バス高速輸送システム)として仮復旧しています。
線路のあったところをレールを剥がしてBRT専用路を作り運行しています。 -
ちょうど盛駅行きのBRTがやってきたが時刻表を見ると毎時1本か多くて2本。
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それでも住民にとっては貴重な交通手段です。
いつかまたJRの列車がレールの上を走る日がくるといいんですが。 -
震災後半年ほどでいち早く営業再開した大船渡プラザホテル。
宿泊利用者は大部分は復旧作業者です。 -
大船渡から海岸線を走って陸前高田に向かいます。
ここは何かの競技場のあとだろうか。
ナイター設備の照明灯だけが目立ちます。 -
鉄筋の社宅風の建物が見えます。
5階建てですが5階の部分は無傷なのに
4階まではめちゃくちゃに破壊されてます。
津波がここまできたってことですね。 -
いたましい津波の爪あと。
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防潮堤の復旧工事の標示板。
28年の3月までとありますがその頃には立派に復旧しているのだろうか。 -
かなり地盤沈下しているのか盛り土がしてあります。
まだまだ気の遠くなるような作業が続く。 -
奇跡の1本松のBRTのバス停です。
7・8月のみ期間限定で臨時停車するようです。 -
駐車場に車をとめ1本松にむかって歩き出します。
けっこー大型バスとかもとまってて大勢の人が歩いてさながら観光地の様相です。 -
孤独に立ち尽くすたった1本の松。
背後の建物は陸前高田ユースホステル
震災後2年以上経ってもそのままなのはモニュメントとして残すため?? -
案内板をみるとこのあたりは高田松原という風光明媚な景勝地だったようだが7万本の松は一瞬にして津波にのまれ
震災以来景色は一変してしまった。 -
唯一残って奇跡とたたえられ復興のシンボルとして賞賛された1本松も
結局塩害で立ち枯れ状態になり切断して防腐処理をほどこし金属の心棒で補強して再びこの地にもどされた。
作業を行ったのは愛知県の業者だとかききました。 -
夏休みということもあってかたくさんの小学生が引率されて見学に来てましたがどんなことを感じてるんでしょうかね。
現在陸前高田市では住宅地を高台に移転するための造成工事をおこなってます。
やるせない思いを抱きながら1本松をあとに。 -
このあと気仙沼に向かうため45号線を走行
左手にみえるのは被災した気仙中学校の廃墟
津波発生時、気仙中学校の全校生徒、教職員は避難して全員無事。
津波は校舎最上階まで達し、体育館を含め全壊。
3ヵ月後には旧矢作中学校校舎で授業を再開しています。 -
バス停はあるけどここから乗り降りする中学生はいません。
-
10m以上の津波が来て校舎をのみこんでしまったわけだが
犠牲者を1人も出さなかったのは驚異的です。 -
過去の津波浸水区域を知らせる標識。
こんなのがそこかしこに建っている。 -
一面津波に流され基礎だけが残っている。
地盤沈下も激しいようです。 -
コンビニに入ってトイレを借り、買い物をしていると
相方が「なんか揺れてない??」とつぶやくや否や
ものすごい揺れが襲ってきました!
(lll゚Д゚)ヒィィィィ!
するとコンビニの店員の女の子がすぐ「ドアの外に出てください!」と誘導。
ちゃんと地震発生時の対応マニュアルがたたきこまれてるんですね。
さすがです。
ちなみにこのあたりは震度4、宮城県中部は震度5でした。 -
道中の電光掲示板にも県内大地震発生の文字が躍る。
不安のなかの走行。 -
気仙沼市に入ると前方に巨大な船がみえました。
-
近くのコンビニに車をとめてあるいてゆく。
近づくほどにあらためて巨大さに驚く。
第18共徳丸と船体にかいてあります。
全長60m、330tの大型巻き網漁船です。 -
こんな大きな船が津波によって港から750mも離れた市街地まで運ばれた。
周囲のがれきがとりのぞかれ更地になった今も
巨大過ぎてそのままにされてます。
気仙沼市ではモニュメントとして残すかどうか論争になったが住民のアンケートでは7割が反対で解体の方向に進んでいるという。 -
漁船からもう少し高台へのぼっていくとJRの駅がありました。
鹿折唐桑駅とかいてあります。
さっきの大船渡で見たBRTに代わったJR大船渡線です。 -
このあたりはBRTの路線にはなってないのか
線路ははがされずにそのまま放置です。 -
雑草が生い茂り枕木もガタガタにこわれています。
-
ここから東南16kmの陸中海岸国立公園にはこんな景勝地があるが今となってはむなしい。
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ワンマンカーにお乗りの方はこの付近で待つようにと案内されてるが
いつまで待っても列車はきません。 -
駅の看板だけがやけに新しいのがなんとも皮肉だ。
うしろの漁船が異様な背景になってます。 -
このコンビニ、プレハブ作りですがやはり津波で流されてしまったのか?
あの漁船の見物客のおかげか結構流行ってます。
周りはすべて流されて基礎部分しか残ってませんが。 -
気仙沼港にやってきました。
お魚いちばというお店に入って昼食をいただきます。 -
今月のおすすめ
カツオ刺+刺身3品定食1,300円を注文。
新鮮な刺身に舌鼓をうつ。
気仙沼港周辺の被害はまだまだ復興には程遠いが
このさかな市場は活気がありました。
お腹も満たされたところでそろそろ東北道に戻り家路をたどります。 -
帰路も相方と交代で運転し
東北道〜中央環状線〜首都高〜東名〜新東名と、
往路と同じルートをたどりました。
帰宅したのは翌日の午前5時。
全走行距離1889.2kmでした〜。
おつかれ〜ヽ(´ー`)ノ
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