2007/02/11 - 2007/02/13
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Miyatanさん
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2007年2月3日〜13日
ペルー・ボリビアというアンデスを巡る一人旅。当時は大阪に住んでいました。アメリカン航空のトラブルのおかげで、とんでもない目に。。。当分は利用したくないです。。。6泊10日の予定が、7泊11日に。。。
02/03 伊丹 ⇒ 成田 ⇒ シカゴ ⇒ マイアミ ⇒
02/04 ⇒ リマ ⇒ フリアカ ⇒ プーノ泊
02/05 プーノ ⇒ チチカカ湖 ⇒ ラパス泊
02/06 ラパス市内観光 ⇒
02/07 ⇒ ウユニ塩湖 ⇒ ポトシ泊
02/08 ポトシ市内観光 ポトシ泊
02/09 ポトシ ⇒ オルーロ泊
02/10 オルーロ ⇒ ラパス泊 (飛行機トラブルで足止め。。。)
★02/11 ラパス ⇒ サンタクルス ⇒ マイアミ ⇒ ダラス泊
★02/12 ダラス ⇒
★02/13 ⇒ 成田 ⇒ 伊丹
2月11日(日)〜13日(火)
ボリビア・ラパスからアメリカ・ダラス経由での長い長い帰国の道。久しぶりのUSAで勿論アメリカン航空もちでちょっとだけリッチなホテルで一泊。最後の最後まで波乱万丈の旅でした。ちなみに、写真はほとんどありません。文章は昔のブログから引っ張っているので、文章と写真が全くと言っていいほど一致していませんので、あしからず。。。写真写りも非常に悪いです。。。
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2月11日(日)
朝四時くらいにたたき起こされる。四時半にタクシーが来ると思っていたのだが、実際四時に来てしまったようである。当然、まだ夜が明けていない。殆ど着替えもせずに寝ていたので、準備はあまり時間がかからなかった。ささっと荷物をまとめて、タクシーに乗る。今度こそ飛行機がしっかりと飛ぶことを願って。
空港のカウンターは少し混んでいた。とりあえず、ダラスまで窓側の席が取れるように交渉。空港税US24$が、ボリビアの物価を考えるとかなり高い気がする。よくみたら、成田から伊丹の便の日付が間違っていたことが判明して、こちらも交渉して代えてもらう。日本に着くのは13日なのに、国内線の日付が12日になっていた。予約を入れ直してもらったはずなのに、ケアレスミスである。ボリビアは麻薬の原料が取れるだけあって、出国の際の手荷物検査が非常に厳しいと前もって聞いていたが、実際はそこまででもなかった。
飛行機は予定よる少し遅れて、ラパス・エルアルト空港を飛び立つ。通常の滑走路よりもやや長めの滑走路である。少したってから下を見下ろすと、アンデス山脈の険しい地形が眼下に入る。あまりの険しさに、よくこんな空港で離着陸できるなと、パイロットを尊敬したくなる。朝早かったこともあり、少しうとうととする。やや飛行機は高度を下ろすと、一面緑の大地が広がる。余りにもあたり一面緑で、今までのアンデスの荒涼とした山岳地帯とはまた一味違った景色である。セルバと呼ばれる森林地帯に、ボリビアの第二の都市サンタクルスは位置する。ジャングルにも近いものがある。しばらく森とか樹木とか見ていなかったので、少し新鮮な気持ちにもなれる。吹き付ける雨の中、飛行機はサンタクルスのビルビル国際空港に到着。かなりの乗客が入れ替わった。
しばらくして飛行機はまた飛び立つ。目指すはマイアミ国際空港である。ラパスを飛び立つ頃は、ものすごい気分が悪くて、このまま日本に帰れるかどうかも不安だったけど、不思議なくらい体調が少し回復している。かなり長い時間のフライト。眼下にはアンデス山脈がひたすら見えて、それが途絶えた頃、カリブ海上空へと差し掛かる。ベネズエラ辺りだろう。今度はコバルトブルーの海が広がる。三年前にキューバに行って、ものすごい美しかったが、またカリブ海に行きたくなってきた。もしもこんな自分が結婚できたら、新婚旅行はカリブ海に行きたいな、なんて密かに思っていたりもする。なんて思っているうちにマイアミ上空に飛行機は差し掛かる。整然として、お屋敷のような大きな家が並ぶ一方で、高層ビルが立ち並ぶ都会でもある一方で、それが途切れた辺りは巨大な沼のような湿地がいた広がる。マイアミを空から見るとそんな印象である。
丁度各地からの国際線がまとめて到着したのであろうか。入国審査が想像を絶するくらいに混雑している。乗換えが二、三時間近くあるから余裕だろう、と思っていたけど、あまりの混雑度にかなり焦る。中南米からの国際線が集まる窓口のマイアミ、というよりは、中南米からの国際線をマイアミに押し込めたのでは、という位に中南米への国際線が集中している。そのためかどうかはわからないが、入国審査が非常に厳しいようである。不法就労を取り締まるためだろうか、明らかに日本人や欧米人一人一人にかける時間よりも、長く慎重に入国審査をしている。指紋の採取や、カメラを向いて、目の撮影は、もはやアメリカの入国では一般的に行われているようであるが、傍から見て明らかに厳しくチェックされている。もっとも私のときは、割と簡単に済んだが。来るもの拒み去るもの追わず、とでも言うべきだろうか、アメリカの出入国審査は。このご時世もあり、テロ防止で異常なまでに厳しいが、何気に出国審査はなかったりする。もはや放置されていたような荷物を引き取り、色々な人に道を聞いて、あわててダラス行きの乗り場を目指す。全速力で走る。国内線でも、検査は非常に厳しい。一旦靴を脱いで検査される。
かろうじて間に合って、ダラス行きに乗り込む。今度は国内線であるが、アナウンスを聞くと、テグシガルパ(ホンジュラス、ホンデュラス)発、マイアミ経由ダラス行きとか。およそ三時間の飛行時間。マイアミからダラスは、以前アメリカに旅行したときに、キーウェスト→マイアミ→ニューオリンズ→ヒューストン→ダラスと旅したので、その遠さはよくわかっている。マイアミからニューオリンズで丸一日くらい、ニューオリンズからヒューストンで夜行バスで一泊くらい、ヒューストンからダラスで午前中いっぱいくらいかかった記憶がある。そんな三時間のフライトを終えて、飛行機はダラス・フォートワース国際空港に到着。何を隠そう、アメリカン航空のまさに地元、本社がある街であり、アメリカの中でも特に大きいハブ空港でもある。
荷物が出てくるまで、なぜかかなり待たされた。出てきたはいいとして、バッグにつけておいた、鍵がなくなっている…。確かにかけたはずなのに…。ホテルまでの行き方がわからないので、アメリカン航空のカウンターに行って聞く。とにかくもう早口で、何言っているんだか分からず、何回も聞き返した。。。まあもっとも、東海岸や西海岸のような外国人の多いエリアじゃなくて、中央のテキサスなので、あまりゆっくりと判りやすく英語を話すということに慣れていないのかもしれない…。でもちょっと悔しかったし、もっと英語をブラッシュアップしなきゃと思った。鍵のことを問い合わせると、政府機関がやったの一点張りで、自分たちは全く悪いことをしたという意識は全く見られない。法律はあるかもしれないが、少なくとも人が預けたものを破壊したことには違いないだろと思ったし、文化の違いといえばそれまでかもしれないが、お詫びの一言も全くなかったことには、ちょっと納得がいかなかった。カウンターの大ボスのおじさんのネクタイが、思いっきり星条旗のデザインだったのは、なかなかすごかった。 -
ホテルのバスに乗る。とにかくここまでかという位に広い空港である。日本よりも面積が広い、だだっ広いテキサスである。ターミナルのビルから乗客を集めて、ハイウェイを疾走する。今までボリビアにいたこともあって、アメリカの高速道路がとても近代的に見えた。ウィンザーホテルに到着。アーリントン市に位置するようである。ウィンザーリゾートホテル、リゾートとついている時点で、自分とは程遠いほどの高級感があふれるホテルである。バスの運転手が荷物を取ってくれたときに、チップとして1ドル札を渡す。前の人たちが当たり前のようにやっていて、アメリカの習慣である。1ドルあったら、ボリビアで定食くらい食べれるのかなあ、とついつい考えてしまう。ホテルのバーが、スポーツバーで、とにかくアメリカのあらゆるプロスポーツをモチーフにしたもので、なかなか興味深かった。部屋はかなり広くて、ベッドも大きくて、景色も奇麗だった。まともに泊まったら一泊225ドルらしい。アメリカン航空のせめてもの懺悔なのだろうか、かなりリッチな気分に浸れた。とはいっても、朝食は付いていないようである。。。ここまできたら、泊まるだけとはいえアメリカ最後の夜を堪能しよう、と思って眠りについた。
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2月12日(月)
空腹のままホテルのロビーに集合する。噴水の音が心地よい。シャトルバスで空港に向かう。一応かなり時間に余裕を見ていたのだが、朝のラッシュアワーと重なってしまい、結構渋滞する。それでも、多少冷や汗かきながらも間に合う。アメリカは出国手続きがないので、幾分楽である。とりあえず、朝食として空港内のマクドナルドに行く。ただ、小銭が増えると面倒くさいので、クレジットカードで支払う。マクドナルドの支払いをクレジットカードというのも、不思議な気がする。出発前まで多少時間があったので、空港内のお土産屋に行く。テキサス州は、もともとメキシコ領で、メキシコから独立してアメリカに帰属した、という複雑な歴史を持つ州ということもあり、独立の精神があふれているようである。アメリカの各州をあしらった絵葉書が、個人的にはかなり受けた。
雨のせいか、飛行機の出発時間が、一時間以上遅れた。とりあえず、成田での接続便には間に合うと思うが、なんか遅れてばかりである。かなり混雑している。空席が殆ど見当たらない。成田まで、十二時間近いフライトに飛び立つ。。。 -
2月13日(火)
ようやく長かったフライトも終焉に近づく。段々と成田空港が近づいてくる。出発が派手に遅れた割には、到着はそこまで遅れなかった。アメリカン航空、日本航空、ベトナム航空のコードシェア便というだけあって、なかなか客層が豊かである。後の二人は、成田空港からの接続の関係で、到着と同時に走っていった。入国のスタンプを押してもらってから、念の為検疫所で検査。お腹の調子がずっと悪い。もしかしたら変な伝染病にかかっているかもと少し脅される。検査の結果が出るのは土曜日くらいらしいですが…。成田で伊丹行きの国内線のチェックインをしようとしたところで、預けた手荷物が手荷物検査所に置きっ放しになっていることが発覚。ダラスの空港で、荷物は成田で引き取る必要がなく、伊丹まで直行するという風に言われたのに、日本のアメリカン航空の人は、間違った連絡をしてしまって申し訳ないといわれ…。飛行機乗り遅れるかどうかの間際で一か八かの賭けで第一ターミナルまで荷物を全速力でとりに行って、カウンターが閉まる直前のギリギリセーフで間に合う…。(アメリカンは第一ターミナル、 全日空は第二ターミナルで、両者の連絡は連絡バスで片道十分くらい) とりあえず間に合ったとはいえ、かなり危なかった。外国の空港だと、ターミナル間の移動はモノレールのような新交通システムのようなものが多いが、ここ成田は未だにバス。しかも信号も数多くあり、非常にダイヤが不安定。もうちょっと外国の空港とか見習えばいいのにと感じる。関西空港は、そこまで広くないし。それにしても、成田の全日空の国内線乗り場は、兎に角遠いの一言。かなり乗るまで歩いた。しかも実際に乗ってから、滑走路に移動するまでにかなり時間がかかったし。もうちょっと何とかならないのかなあ。このままだと、本当にアジアのハブ空港としての地位を、仁川空港とか、そのほかアジアの近隣の空港に奪われてしまうのではと危惧する。まあとりあえず、今回はボンバルディア機ではなくて、いわゆるボーイング機だったので、安心した。国内線の割りに、妙な機内レイアウトだった。一時間ちょっとで伊丹空港に到着。
なんかあっという間だったような、不思議なひと時であった。明日から仕事、という現実があまり信じられない。穴を開けてしまって迷惑をかけてしまった事は申し訳ないと感じた。世の中恐ろしい。アメリカン航空のマイレージがどれくらいたまったのか、今から楽しみである。またどこかに行きたいなあ。
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