2013/05/02 - 2013/05/02
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さすらいおじさんさん
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大阪には幕末に緒方 洪庵(おがた こうあん、1810−1863年)の適塾、篠崎三島(しのざき さんとう、1737−1813年)の梅花社、大塩 平八郎(おおしお へいはちろう、1793−1837年)の 洗心洞など学問の場が多数設立され日本の近代化に貢献した多くの人材を輩出した。洪庵は龍海禅寺、三島は天徳寺と北区内に墓碑がある。
幕末の動乱においては、都に近い大阪も尊王攘夷派と開国派、佐幕派と倒幕派が行き交うまちで大阪の薩摩藩や土佐藩の蔵屋敷は志士たちの潜伏地・中継地となったほか豪商鴻池との縁などもある新撰組もしばしば来阪しており長州征伐の途上、大阪城に寄った14代将軍家茂が城内で病没し、15 代将軍慶喜の登場を早めた。慶喜は二条城と大阪城を行き来しながら幕藩体制の存続を図ったが1868年、鳥羽伏見の戦いに至り兵を大阪に残したまま海路江戸に脱出し幕府側の戦意は急速に衰えた。
龍海寺の沿革は口傳によると福井県武生の金剛院(現存)九世 亀洲宗鶴大和尚が豊臣秀吉の招請を受け龍海寺開山を行った。大阪城鎮護(火防)の寺として現在も火の守護として尊崇されている。
龍海寺墓地内には 近代医学の功労者緒方洪庵夫妻の墓所や その門下の大村益次郎の足塚を始め洪庵が師事した中天游夫妻の墓碑が現存している。寺町通りには九品寺、瑞光寺、龍海寺、宝珠院、栗東寺、天徳寺、善導寺などの寺が軒を並べている。
(写真は龍海寺)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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