2013/02/23 - 2013/02/26
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bangkok230さん
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2月のマーカブチャー連休を利用してパヤオのドイ・ルアンに登って来ました。
●経緯
年末のドイ・ルアン・チェンダオ登山で、タイの山も捨てたものではないなと実感し、他にもいい山がないかインターネットなどで探しました。タイにもトレッキング愛好家グループが2,3つあり、その人たちの登山記を参考にし、県庁所在地から近く、交通の便がいいドイ・ルアン・パヤオに行くことに決めました。
●山の概要
ドイ・ルアン国立公園内にあり、パヤオ県とラムパーン県の県境を構成する山脈になっています。主峰はドイ・ルアン(大山)と呼ばれ、標高1694m。登山道は3つあり、パヤオからラムパーン県に抜ける国道120号線の展望ポイント近くの峠から稜線を北上する道、北の沢筋をドイ・ノークに向けて登っていく道、その中間の急登の道で、今回選んだのは峠から稜線を伝い、ドイ・ルアンの山頂直下でテント泊、2日目にドイ・ノークを登ってから、沢筋に降りてくるルートです。このルートですと、最初は雑木林や竹林を行き、やがて稜線に出ると草原や痩せ尾根、岩登り、薮こぎ、沢沿いの下りと盛り沢山で、楽しい山行です。
●印象
距離が長く、本来は2泊3日のコースですが、1泊でも可能です。1日目の稜線歩きは景色もよく、アップダウンがありますが、山の楽しさが詰まっています。またテントを設営した地点はパヤオの町と湖を見下ろす地点で最高でした。しかも山に入った2日間、他に登山客はなく、山を独り占め状態で、贅沢な2日でした。ただし2日目の下りは急な上、ルートどりがまっすぐに近く、整備も余りされていないので、けっこう危険です。萱の草が生い茂り、路面が見えずに、穴に足をとられたり、トレッキングポールが滑ったりして4度転びました。標高は丹沢と同程度ですが、総括すれば自分の力からして、1泊の山としてはぎりぎりでした。
●手配
ドイ・ルアン国立公園の本部に電話し、ドイ・ルアン登山のアレンジをお願いしましいた。同本部は実はチェンライ県内にあり、アレンジしてくれるのは山に近いチャンパトーン滝支所です。バンコクとパヤオの往復は夜行のツアーバスを予約、パヤオのバスターミナルと登山口、下山口の送り迎え、ガイド、ポーター等のアレンジを15日前まで済ませました。費用はツアーバスが往復1750バーツぐらい、国立公園に払った手配料全部込みで3700バーツぐらいでした。ここはテント貸与、食事賄いなしでしたので、トレッキングタイのスクムヴィット・ソイ64の店で、テント、ガスストーブ、鍋などのキャンプ用品を買いました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
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登山口に向かう途中に寄った村の生鮮市場。
ツアーバスはソムバットツアーのVIPバス(1列3席)を利用、バンコクのウィパワディにある同社ターミナルを8時半出発、パヤオに朝6時前に到着。20年以上ぶりのツアーバス利用で、VIPバスは初めて。寝れるという謳い文句ですが、座席はタイ人のスペックで作られており、足を伸ばせません。また夜中の1時に夜行バス恒例のお粥休憩で起こされ、ほとんど寝れませんでした。
パヤオのバスターミナル(ボーコーソー)にはすでに国立公園の人が待っていました。手配料を支払い、ピックアップ車で登山口に向かいます。市場に寄ったのはガイド(コン・ナム・ターン)とルークハーブ(ポーター)の食料を買い込むためです。自分は即席麺やフリーズドライの米を持っていったため買い物せず。 -
これが登山口。車で通過しても気づかないでしょう。県境の峠付近で、標高は900メートル弱のようです。カシオの気圧計(高度計)つきの腕時計をしていきましたが、パヤオの町の標高がわからず、だいたいです。
タイ人の書いた登山記や雑誌を読むと、ここからドイ・ルアンまで10時間が標準ですが、ガイドに訊いたところ、健脚の若者であれば5時間かからないということでした。例によって正確な距離はわからず、ガイドは17kmとか言うし、混乱します。 -
登り始め。7時にスタートしました。
今回のガイドは国立公園の職員ではなく、たまに依頼されて仕事を手伝っている地元の人です。奥さんとクイッティアオ(米麺)食堂をやっています。若いときは徴兵で兵隊にとられ、1986年のタイとラオスの戦争(ロムクラオ戦)を経験したとか。その後、バンコクのモンティエンホテルに勤務したこともあり、日本人には慣れているようで、こちらをシャチョーと呼びます。ルークハーブは国立公園の雇員で、まだ若く、やはり徴兵で兵隊にとられ、テロ事件頻発の南部国境県のナラティワート県で1年半勤務したとのこと。 -
登山口のほう(南)を振り返ると、岩山が見えます。下のほうに国道120号線も見えます。
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やがて前方(北方)にピークの一つが現れました。
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道は竹の疎林になりました。実はここで道を間違い、谷のほうに降りていくので間違いに気づき、この地点に戻って来ました。30分ほどのロスです。
この間違った道では、簡単な屋根を葺いた作小屋みたいなものを見ました。その近くにはお茶の木が植えられています。山でできたお茶は味が良く、高く売れるそうです。国立公園内ですから違法です。
タイ北部は乾季の2月から4月にかけて山火事の煙害が深刻になりつつあります。元は山岳民族の焼畑が原因と言われていましたが、今は焼畑は禁止されています。ドイ・ルアン国立公園の職員によると、少なくともこの辺では山を焼くのはタイ人で、自分の利益しか頭にない連中だと罵っていました。
なおガイドによると、この登山道は4,5年前まではミャンマーからの麻薬の運搬路になっていたそうです。麻薬キャラバンは国境から山伝いにさっきの登山口まで来て、車の運び屋に引き渡したそうです。また稜線沿いを歩いていた時に、奇声が聞こえましたが、猪を追う連中だそうです。これも違法で、自分たちが山に入った日の前日に2人が逮捕されたと言ってました。
タイの山を正式に登る場合、国立公園や森林保護区、野生動物保護区の職員(または職員に準じた者)が同行することになっていますが、銃を携行しています。これを見たとき、奇妙に思えましたが、観光客(登山客)の安全保護のため銃携行が内規になっているそうです。まだアウトローが山には居るとの認識が前提になっています。 -
ルークハーブが竹を切って何やら細工しています。竹のコップです。
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萱が生い茂る地帯に入りました。これからは萱を掻き分けるように進みます。地面が見えにくいので、慎重に足を運びます。
ガイドの説明によると、この山を登る人は年に10グループほどしかなく、せいぜい100人で、あまり人気のある山ではありません。このため登山道の踏み跡がわかりにくい、路面がわからないほど萱などが生い茂っている状態です。 -
だんだんと木が疎らになってきました。
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進行方向(北方)にピークの連なりが見えています。
このへんはまだアップダウンもきつくなく、快適です。 -
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サン・ムードンの痩せ尾根。サンは稜線、尾根、ムードンは痩せた豚(の背中)です。ここで1383m。
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次のピーク。これを越えると、
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トゥン・サゲーンの草原に出ます。2泊3日の行程だと、ここが1泊目のキャンプ地。
われわれは11時頃に到着。ここで昼食の休憩をとりました。家の近くのスーパーで買ったタイのフリーズドライ食品は水が多すぎたのか、製品自体がまずいのか、ひどい味で、半分しか食べれず。食料はこのほか60バーツ均一のダイソーで買った棒ラーメン、クノールのジョーク(中国粥)、サラミ。 -
トゥン・サゲーンがテント地になっているのは、広い平坦地であることに加え、東方向の展望があるためで、ここからもパヤオの夜景を見ることができます。ここに水場はありません。
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これがドイ・ルアンのピークかと思いましたが、偽ピークとのこと。がっかり。
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しばらく行くと、ドイ・ノーク1540mの岩山が見える地点に来ました。異様なものがヌッと現れた感じです。
基本的には稜線歩きですが、ところどころパヤオ側(東側)、ラムパーン側(西側)に巻き道を通ります。ドイ・ノークはドイ・ルアンから山脈が北西に曲がる先にあるので、西側の巻き道を通ると、ちらちら見えるようになります。 -
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東側の風景。
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西側の巻き道。
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ピークの一つ。名前は不明。たぶん名無し。
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また一つピークを越えます。
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ようやくドイ・ルアンが見える地点まで来ました。
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ドイ・ルアンのピークまであと少しというところで、ガイド、ルークハーブが水を汲むため稜線を降りていきます。寝ながら待ちましたが30分以上かかりました。聞くと500m下まで降りないと水はないそうです。
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ドイ・ルアン1694mのピーク。時間は3時過ぎ。
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山頂直下の草むらがテント地になっていました。
次週にはパヤオ県知事がここに泊まる予定だそうで、パヤオ県知事(内務省官僚)は赴任すると1度はドイ・ルアンに登るのが恒例になっているようです。本当に登れるの?と訊くと、VIPの場合、さっきのトゥン・サゲーンまでヘリで飛んでくることもできるそうです。本当に登るか登らないかで、パヤオ県民は今度の知事はやるのうとか、意気地がないのうとか評価を下すのでしょうか。 -
テント内からパヤオの町が見えるようにテントを張りました。
山には誰もおらず、自分のテント一つ。タイ人の2人は少し降りたところにハンモックを吊って寝ました。山の上は蚊がおらず、ハンモックのほうが便利だそうです。荷物にならないですしね。タイのトレッカーも、特に雨季の山ではハンモックを使うほうが多いようです。ハンモックの上方にタープを張って寝ます。
山の上には蚊はいませんが、虻が寄ってきて五月蝿いほどです。手で追い払う程度では刺しませんが、叩き潰そうとすると刺されます。一度ズボンの中に入った奴を上から押さえようとしたところ刺され、数分間痛みが残りました。
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寝床を確保後は、焼酎をちょっと一杯。先ほどの竹のお猪口がここで登場です。山頂付近は冷涼で、太陽が沈むとけっこう冷え込みます。朝方で20度を切る程度。なお山中、山上の焚き火は本来はご法度です。彼らはキャンプ地ではOKだと言ってましたが。
右がガイド、左がルークハーブ。 -
1400バーツで買ったテント。約4kgありますが、ポーターがいるので楽勝です。ちなみにポーターにはテント、3脚、水3?などが入った14kgのダッフルバッグを担いでもらいました。自分のリュックは8kgで、うち2kgは水です。都合5?を上げたわけですが、結局足りませんでした。
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ドイ・ルアンの山影がパヤオ湖に伸びていきます。ちょうどパヤオの町が東に位置します。
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歩いてきた稜線の西側。
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ラムパーン県側に落ちる夕日。
登ったのが2月下旬で、山火事による大気中の塵のせいか視界はクリアというわけにはいきません。やはり年末年始の頃がいいようです。 -
日が暮れると、パヤオ湖の東側に位置するパヤオの市街に灯が点き始めました。
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朝です。風はラムパーン側からパヤオ側に吹きます。山頂の東側にテント地があるため、風はほとんど気になりません。夜行バスで寝れなかったので7時には寝入りました。
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朝の準備です。
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ドイ・ルアン山頂の標識。
テントを撤収して歩き出したのは8時と遅めです。 -
ピークを2つ、3つ越えると、ついにドイ・ノーク1540mです。ドイは山、ノークは牛の喉の垂れた部分だそうで、自分は牛のコブだと思ってました。南側から見ると、とても登れるようには見えません。高さは東側の谷側に落ちたほうは150mぐらい、西側は100mぐらいに見えます。
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頂上には何やら建物があります。
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西側の岩がごろごろしたところを伝い歩きながら上を見上げます。
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取っ掛かりがあるように見えません。
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北側に回りこんだところから、さらに北側を見ると、深く切れた谷の向こうに格好のいい山が見えます。この山も名無しですが、昔日本人が2人登ったらしく、日本語でxxxガンと命名したそうです。たぶんピーク右側の岩のことだと思います。
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尾根沿いに少し北に行ったところに黄色い仏像が見えます。
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こんな感じで北側の斜面を登って行きます。足場はあり、怖くは感じません。ガイドはしきりに下を見ないようにと言ってきましたが、どうやら本人は高所恐怖症? 遅れて登って来ました。
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ここが核心部分で、ロープが張られていますが、登りはロープをつかまなくても大丈夫なくらいでした。楽しい岩登りでした。
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これが山頂です。仏舎利を収めた仏塔をメインに仏像などが納められています。言い伝えでは100年近く前、クルーバ・シーヴィチャイが建立したそうで、40年前に住民が1人20キロの資材を背負って再建したそうです。クルーバ・シーヴィチャイはラムパーンの人で、チェンマイのドイ・ステープの参道(山道)を整備するなど各地に聖跡を残している高僧です。日本で言えば弘法大師のような感じでしょうか。
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タイの顕著な岩山の頂には大概、仏足跡や仏塔があります。仏教渡来以前はルーシーと呼ばれる修行者のいた場所でもあり、今でもルーシーを一緒に祭っているところが多いようです(例えばサラブリのプラプッタバート、チャンタブリのカオ・キッチャクートなど)。ルーシーはバンコクのワット・ポーの境内にあるルーシー・ダットンの像で知られますが、伝説では山から山に飛んだり、岩山や洞窟で修行したりして、どう見ても仙人です。中国の仙人は南方系の感じがあり、ルーシーと同系かと思われます。そうなると日本の修験道なども元を辿れば南方アジアに起源を辿れるかも知れません。
ワット・ポーで初めてルーシー像を見た時に、あるいはテレビ時代劇に出てくるルーシーを見て、何となくタイ人から見て異界の人と言うイメージを持ちましたが、ラワ族など先住民族の宗教だったかも。
言いたいことは、このドイ・ノーク山頂の仏塔も元はルーシーの修行地跡だった可能性です。 -
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太った仏像は布袋さん(弥勒)。中国系タイ人の信仰を集めています。
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これは馬姓の人が奉納したのでしょうか。
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ドイ・ノークから降りてきて仏像のところまで来ました。
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この地点で11時頃。稜線上は暑く、喉が渇きます。
その後、ここから少し降りたところにあるサーラー(小屋)で昼食し、またまた水を補給してもらいました。このサーラーはお坊さんが7-10月頃の安居期(パンサー)に住まわれるところですが、今は無人です。
12時にサーラーを出発、一気に下りにかかります。このあとの1時間20分ほどが大変な下り道で、こちらのほうから登らない理由がわかりました。急斜面を直線的に降りていき、途中休憩するような場所はありません。道は小さな岩や石があり、あまり整備されていません。萱が生い茂っていて路面も見えず、萱などをつかみながら降りていきます。谷筋に降り、最初の水場まで1時間と言われましたが1時間半かかり、途中4度転びました。1回は体が半転する危ない転倒で、余計に慎重になりました。日本の登山地図なら破線だと思います。
さて最初の水場からも急な道で、だんだんと沢筋に降りていきます。その後は沢の右に左に行き、やがて岩から土の道になり、迎えのイーテンが待つ地点、パーンヴア(牛小屋)村の近くに着いたのが4時20分でした。この下りの4時間20分はきつかった。 -
イーテン(農業用車両)で出迎えに来たのは村の子供でした。この料金(400バーツ)も手配料に含まれています。舗装道路のある村まで6kmほど運搬してもらい、そこで国立公園のピックアップ車に乗り換え、パヤオ市街に向かいます。
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パヤオの湖畔に着いたときはもう6時で、ちょうど太陽がドイ・ルアンのピークのあたりに落ちていくところでした。
湖畔のゲストハウスでシャワーと着替えをしようと思いましたが、部屋がないと断られ、しかたなくバスターミナル近くの町一番大きなホテルで昼日借り。料金は宿泊料金の半額でした。
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