2010/08/14 - 2010/08/17
352位(同エリア1068件中)
くじさん
大連で満鉄のあじあ号を見学!
保存していてくれてありがとう。
Wikiより
「日本の資本・技術で経営されていた南満州鉄道が、1934年(昭和9年)から1943年(昭和18年)まで大連駅 - 哈爾濱(ハルビン)駅間の約950kmを、連京線・京浜線経由で運行していた特急列車である。ときに超特急とも呼ばれた。列車は流線形のパシナ形蒸気機関車と専用固定編成の豪華客車で構成される。そのほとんどすべてが、 日本の技術によって設計・製作されており、当時の日本の鉄道技術水準を示すものとして重要である。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%98%E3%81%82%E5%8F%B7
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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関空から満州大連へ出発!
あじあ号を見に行きますよ。 -
大連到着。2時間半ほど。
過去最短の海外旅行です。 -
早速車庫へ案内してもらいます。
雑然とした大連の下町を通って、操車場の裏側のようなところに回ります。観光用には全くなっていませんので、ガイドは必要。 -
いきなり、どーんと登場。
さすがの迫力に驚きます。 -
空気抵抗を考えた流線型のカウリングがかっこいいです。
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最高速度130km/h、大連 - 新京間701kmは所要8時間30分だったそうです。
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「戦後、一部の客車は満洲国内に侵略してきたソビエト連邦に接収されたものの、機関車・客車の一部は中華民国内に残り、その後中華人民共和国がそれを引き継いだ」そうです。
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戦後長い間、中国国内で使われていただけあってボロボロですが・・・。
放置期間も長かったのでしょう。 -
この適当な復元ぷりが中国らしい。
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でもそれ以上に、歴史と長い年月の重みが感じられます。
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このあじあ号から弾丸列車計画、そして新幹線の実現へとつながっていったのでしょうか。
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客車はないのが残念。
似たものが北京にはあるらしいですが。 -
係員は登ろうが触ろうがお構いなし。
もちろん変なことはするつもりはないし、自由にできてありがたいけど、この先の保存を考えるとちょっと不安でもあります。 -
日本だと何するにも「危ない」しか言われないので、このゆるさはアジア的でいいですね。
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外は大連の操車場です。
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落ちたらただじゃすまない。
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運転室に。
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重厚。
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フラッシュ焚くと全く味がなくなる・・・。
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さすがに計器は変えられてしまっていて日本製ではなさそう。
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この後は、大連の日本統治時代の建築物観光、旧ヤマトホテル宿泊、旅順観光、鉄道で旅順から大連移動などなど。
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