2012/12/29 - 2013/01/05
6位(同エリア21件中)
コージ☆さん
「マヤの予言では,2012年12月に世界が滅びる」などと一部の人々やマスコミが騒いでいましたが,幸いなことに!世界は滅びなかったので,無事マヤ地域を訪れることができました。約5000年周期の“マヤ長期暦”というカレンダーが最終日をむかえて,新しいカレンダーが始まるだけのことです。と言っても,気の遠くなるような歳月ですが…。
今回は,グアテマラとホンジュラスのマヤ遺跡や世界遺産の街などを訪れる8日間のツアーに参加しました。
5年前にメキシコのマヤ・ティオティワカン・アステカの遺跡を訪れたことがあり,今回は「マヤ文明を知る旅」の続編です。
メキシコはオルメカ・マヤ・ティオティワカン・アステカなど様々な文明が栄えましたが,グアテマラとホンジュラスはマヤ一色でマヤ文明の中心地域と言える地域です。
【キリグアについて】
グアテマラ南東部のカリブ海まで約100kmのところ,マヤ文明圏では南部低地のコパンから直線距離で50kmのところに位置し,コパンの衛星都市として紀元3世紀頃から創建が始まり,西暦455年に初代王が即位,コパンの影響を受けつつ独自の歩みをみせます。724年に「嵐の空王」が即位すると,737年のコパンとの戦争により,コパン13代目「18ウサギ王」を捕らえ斬首した後は,完全にコパンから独立し,モタグア川流域の水運を押さえます。モタグア川は,グアテマラ高地とカリブ海を結ぶ黒曜石と翡翠の交易路で,その支配権を得た後,繁栄を謳歌しますが,9世紀初頭には衰退します。
キリグアの見所は石碑と獣形神(後述)にあります。コパンの技法と芸術性の影響を多分に受けつつ独自の発展をみ,繁栄を極めた8世紀後半に優れたものが集中しています。731年から810年までに5年ごとに石碑を建てる習慣があったことが判っています。
1981年,世界遺産に登録されています。
【表紙の写真】大広場~石碑Eから北側(石碑A・C・D)を見た様子
今回の旅行は,以下の旅行記で構成されています。
・シリーズ「マヤ文明」
vol.5~コパン(ホンジュラス)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738746/
vol.6~キリグア(グアテマラ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738747/
vol.7~ティカル(グアテマラ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738749/
vol.8~カミナルフユとグアテマラシティ(グアテマラ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739793/
・古都アンティグア~グアテマラの世界遺産の街
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739779/
・グアテマラの人々と風土
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/
・メキシコシティの正月
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739780/
【行程】
①アエロメヒコでメキシコシティ経由グアテマラシティ着
[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル泊]
②陸路ホンジュラスのコパンへ~コパン遺跡見学後グアテマラのリオ・オンドへ[ロンガローネ・ホテル泊]
③陸路ティカル国立公園へ~途中,キリグア遺跡見学,バナナ・プランテーション見学,パイナップル屋台,リオ・ドルセで昼食・市場見学など~[ホテル・ティカル・イン泊]
④早朝からティカル遺跡4号神殿で初日の出(見られず),日中ティカル遺跡を見学後,TAG航空にてグアテマラシティへ
[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル2連泊]
⑤古都アンティグア(世界遺産)市内見学,グアテマラシティ市内見学~カミナルフユ遺跡,国立博物館,カテドラルなど
⑥空路メキシコシティへ移動後,グアダルーペ寺院,カテドラル,ソカロなど見学後アエロメヒコでティファナ経由帰国の途へ
⑦⑧機中泊
なお,5年前に訪れたメキシコの旅行記は以下のとおりです。
・シリーズ「マヤ文明」
vol.1~テンプロ・マヨールとメキシコシティ(メキシコ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10723872/
vol.2~テオティワカン(メキシコ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738743/
vol.3~ウシュマルとカバー(メキシコ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738740/
vol.4~チチェン・イッツァ(メキシコ)
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738742/
・カンクン~カリブ海で ひと泳ぎ
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10728379/
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- アエロメヒコ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
-
【リオ・オンド,ロンガローネ・ホテル】
コテージ風の建物で,各部屋の前まで車で乗り付けられます。
前日の夜に,コパンから約100kmの道のりを走って来て1泊しました。 -
【リオ・オンド,ロンガローネ・ホテル】
ホテルの敷地内に,見たことないフシギな実が…。枝から直接実がなっているように見えます。
フルーツのようですが,食べられないそうです。 -
【リオ・オンド,ロンガローネ・ホテル】
遊園地のようなプールで,夜まで子供たちが騒いでいました。
私たちは,一晩寝ただけで朝7時半出発です。
せっかくプールがあるのに,せわしないです…。 -
【リオ・オンド,ロンガローネ・ホテル】
ロビーに池…。噴水でもなく,コインまで入っていました。
ちょっと古くて,安っぽいホテルでした。プールだけは立派ですが…。
この日は,リオ・オンドを出発して,キリグアを見学後ティカルへ向かいました。450kmのバス旅でした。 -
【キリグア入口】
リオ・オンドから約50km,1時間ちょっと走ってキリグアです。
遺跡の周辺には,あの「ドール」のバナナ・プランテーションが一面に広がっていました。
とてもマヤ遺跡があるような雰囲気ではなかったです。キリグアではカカオが栽培されていたというのに,今はバナナ王国です。
キリグア見学後,バナナ・プランテーションの中に立ち寄って,少し見学させてもらいまいした。その様子は,旅行記「グアテマラの人々と風土」に載せています。
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/ -
【キリグア入口】
遺跡に入る前に,博物館の見学からスタートです。
キリグア遺跡から発掘されたものが展示されています。 -
【博物館】
マヤ文明に関する知識不足のせいでしょうか,あまり面白くなかったのですが,この絵だけは興味深かったです。
よく見るとオリオン座なのですが,三つ星を中心にカメが描かれて,三つ星の左の星を頂点に三角形が描かれています。
マヤの人たちは,オリオン座が“カメ座”に見えたのでしょうか???
それとも,この絵はただの創作?
そういえば,後ほど見学した獣形神にもカメみたいなものがあったし,コパンにもカメの怪獣がいたっけ…
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/pict/27781073/ -
【博物館】〜祭壇L
博物館は私たちが外に出ると,朝なのに戸が閉められてしまいました。
そういえば,私たちの見学中,係員の兄ちゃんが「さっさと出ないかなあ」って顔して見ていました。 -
【遺跡へ】
大木が繁る林の中を通って遺跡へ(というか,この辺も遺跡の中なので,掘ったら何か出てくるでしょう)
日本は真冬なのに,清々しい気候に身体を伸ばしていたら,突然飛行機の爆音が聞こえてきました。
上を見上げると,バナナ・プランテーションの上をセスナ機が低空で飛んでいました。農薬でも散布していたのでしょう…。 -
【大広場】
木々の間を抜けると,眼前にキレイな芝生が広がっていました。
ゴルフ・コースのようです。
見学は,遺跡の北側から南側に向かって突き当たりのアクロポリスまで行き,引き返してきました。
広さはサッカーグラウンドを3倍したくらいの長方形と思っていいです。ただし,未発掘部分がありますので,実際の遺跡の広さはさらに何倍にもなるでしょう。 -
【大広場】〜石碑C(奥は石碑A)
キリグアのには,大広場に10本ほどの石碑にあり,それぞれアルファベットで記号が付けられています。
この石碑Cは,「2012年終末論者」にとっては最重要な石碑です。
というのは,この石碑にはマヤ長期暦という約5000年(この年数はマヤ暦では「13バクトゥン」と言います。バクトゥンは期間を表す単位です。)で終わる暦の“最初の日”が刻まれているからです。
“最初の日”は西暦では紀元前3114年8月11日にあたり,約5000年後の最後の日すなわち13バクトゥンの最後の日を西暦に換算すると「2012年12月21日」となります。
こういう事情から,「マヤの予言では,2012年12月21日に人類が週末を迎える」と考える方々が出てきたのです。
しかし,マヤ長期暦は,13バクトゥンが終わると同時に,新しい長期暦が始まります。時計に例えると,私たちは11時59分59秒の次を「12時」ちょうどと言ったり「0時」ちょうどと言ったりするのと同じことです。 -
【大広場】〜〜石碑Cの細部
ここに,マヤ長期暦の“最初の日”が刻まれています。
石碑上部の大きな“図柄”(これを「導入文字」と言います。)の下に,溝によって田んぼの“田”という形が連続していますが,その中の1マス1マスがマヤ文字の1字分にあたります。左上からスタートして右→上から2番目の左→その右…という具合に,ジグザグに読んでいきます。
上から5文字は「13バクトゥン・0カトゥン・0トゥン・0ウィナル・0キン」と書いてあり,マヤ長期暦では13バクトゥンが最大の単位なので,時計の例でみたように,それが最初の日(紀元前3114年8月11日)であり最後の日(2012年12月21日)を表しています。
バクトゥンやカトゥンは,期間を表す単位です。1バクトゥン=20カトゥン,1カトゥン=20トゥン,1トゥン=18ウィナル,1ウィナル=20キン=20日
それにしても,なぜ最初の日が紀元前3114年8月11日なのでしょうか? -
【大広場】〜石碑Dの側面(西側)
この石碑にはマヤの創世神話が描かれていますが,いろんな動物・怪物が出てきて面白いです。 -
【大広場】〜石碑Dのウラ面(北側)
なんとなくエジプトのファラオを思い出させる顔立ちです。あごヒゲまで,細かく彫られています。
なお,石碑A・C・Dは,いずれもコパンを破った英雄「嵐の空王」が建てたものです。 -
【大広場】〜獣形神B
ワニの開いた口から「嵐の空王」が出てきている様子を彫っています。
どうして,こんな発想となるのか?(出来るのか?)不思議ですし,驚嘆してしまいます。
獣形神は,自然の岩の形に沿って,あまり加工せずに図柄や文字を彫っています。いわば素材の風味を生かして料理するようなものです。
キリグアにたくさんあるのですが,形や図柄の“異様さ”はキリグア独自のものと言えます。コパンにもティカルにも,これほどグロテスク!?なものは見なかったです。 -
【大広場】〜石碑E
この石碑は,アメリカ大陸の古代文明で最も高く7.6m(地中に埋まっている部分を入れると11.7m)あります。
キリグアの石碑は遺跡保護のための藁葺き屋根で覆われていて,それだけで絵になります。
そういえば,コパンの石碑などは,トタン屋根でした。屋根だけ比べるとキリグアの勝ち! -
【大広場】〜獣形神G
カエル?とジャガー?のあいの子みたいな獣の口から,やっぱり「嵐の空王」が顔を出しています。この王様,こういうのがホント好きですねー!
こういう彫り物を造ることで自分を神格化しようとしているのか,それとも人間から生まれたのが気に入らないのかなあ? -
【大広場】〜獣形神G
身体の側面にウロコがあるかと思ったら,マヤ文字がびっしり刻まれていました。 -
【大広場】〜石碑F
「空に向かう両手」と呼ばれる石碑で,少し傾いています。
よく見ると,王が両手を広げて空に向けて祈るような格好をしています。 -
【大広場】〜南側から北側を見た様子
二股に分かれたセイバの木が立派です。日本だったら,御神体になるでしょう。
マヤの人々にとって,セイバの木は聖なる木でした。セイバの木の左に,石でできたサークルが見えますが,これは祭壇で,現代でもマヤ古来からの信仰を受け継ぐ人々が使用しています。
というか,グアテマラは面白い国で,国の指示で,こういったマヤ古来の祭壇を作らせたものが多いそうです。ティカルの神殿前などでも見かけました。
遠くに,石碑C・D・E・Fと獣形神Gの屋根が見えます。 -
【大広場】〜お祈りの様子
これは実際に見たものではなく,こういう風にお祈りするんですよーという説明板に映っていたものです。 -
【大広場】〜石碑H(側面)
神様だか王様だか判りませんが,ヤリで何かを突き刺して(突き刺そうとして)います。
キリグアは,石碑や獣形神の図柄はコパンよりも面白いのですが,コパンの「高浮き彫り」のような高度な技術を必要とする彫り方の石碑はありませんでした。ティカルにもありません。そう考えると,コパンの技術と芸術性にあらためて感心させられます。 -
【球技場の広場】〜復原予想図
大広場の南側には,かつて球技場があったようですが,今は形跡がほとんど残っていません。キリグアでも,球技後の“生け贄の儀式”があったのでしょうか?
この絵をよく見ると,今まで見てきた石碑がちゃんと描いてあります。 -
【球技場の広場】〜祭壇(手前)と獣形神P
当時球技場があった場所のすぐ南に,この祭壇と獣形神があります。
獣形神Pには,「空の貝殻王」の美しい像が彫られています。まるで,インドかどこかの仏像のように瞑想しているように見えます。
でも,王が座っている石全体は,得体の知れない獣です…。 -
【球技場の広場】〜獣形神Pの背面(南側)
4m四方で20トンもある岩を大きなカメに見立てて彫っています。
異様ですが,この獣形神がキリグアで一番美しいと感じました。 -
【アクロポリスからの眺め】
獣形神Pの後ろ(南側)から急な階段を登ると,大広場が見渡せます。
緑がキレイで,まさに遺跡公園です。
中央の溝のような場所がが,球技場の名残です。 -
【アクロポリス】〜北側から南側を見た様子
コパンやティカルに比べると,特筆すべきものはなかったです。
時間がない人は,北側の石碑Aから南側の獣形神Pまで見れば十分だと思います。 -
【大広場】〜石碑Jの側面(東側)
アクロポリスから引き返して,まだ見ていない石碑を見て回りました。
マヤ文字がきれいに残っています。 -
【大広場】〜石碑Iの側面(東側)
鳥の羽のような模様が印象的でした。 -
【大広場】〜石碑Iあたりから北側を見た様子
先ほど見た二股セイバの木は人と比べると大きさが分かります。
熱帯ですから,木もすくすくと育っています。
キリグアは,神殿やアクロポリスが見所ではないですが,石碑や獣形神の模様やマヤ文字を堪能できました。 -
【リオ・ドルセ】〜昼食のレストランから
キリグア見学後,バナナ・プランテーションに立ち寄ったりしながら,1時間ほど走って,グアテマラ最大のイサバル湖のほとりにあるリオ・ドルセで昼食です。
熱帯の森の中を走っていたら,突然水辺に出たので,頭が混乱して「ここは,アマゾン河か?」と,自分が中米に居ることを忘れてしまうくらいでした。
地図を見ると,湖から流れでるドルセ川を下れば,この街からカリブ海まで50kmほどです。どうりで,ボートやヨットが多いと思いました。 -
【リオ・ドルセ】〜昼食
ガリフナ料理のタパードスとティラピア(淡水魚)のフライ
ガリフナとは,先住民系のカリブ族と逃亡した黒人奴隷の混血人種で,タパードスは,シーフード(カニやエビなど)とバナナ!をココナッツミルクで煮込んだ料理です。
最初,出された時には「(大きなカニやサカナが器からはみ出していたので)うわっ,なんじゃこりゃ!」と心の中でつぶやいてしまいましたが,食べて見るとこの煮込みはダシが効いていて美味しかったです。パンを浸してみたり,ライスにかけたり,サラダを浸してみたり…,食べ方は何でもいいのです!
煮込んだバナナはイモのようでした。 -
【リオ・ドルセ】
レストランは風が心地よい水辺に建っています。
マヤ文明圏に居るのに,タヒチなどの水上コテージを思い出させて,またもや頭が混乱してしまいした。
グアテマラの富裕層は,この街に別荘を構えたり,ヨットやクルーザーを泊めておくそうです。空が広く明るい水辺なので,金持ちが好みそうな街でした。 -
【リオ・ドルセ】
食事が済んで,ちょっとレストランの周りを散歩していたら,ちょうど厨房のウラで,一人ティラピアをさばいている少年が居ました。
「さっき食べたティラピアは,彼がさばいてくれたんだなあ」と感謝の気持ちとともに,「(家族のためか,貧しいからか?)こんな子供まで労働しているんだー」と複雑な気分になりました。
この子にメチャクチャなスペイン語で話しかけても,ニコリともしませんでした。どこか悲しげな様子でした。それが余計に心に残りました。 -
【リオ・ドルセ】
少年は何匹ティラピアをさばくのでしょう?
昼食後,腹ごなしに活気に満ちたリオ・ドルセの市場を歩きました。その様子は,旅行記「グアテマラの人々と風土」に載せています。
→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/
その後は一路ティカルへ4時間ほど走りました。
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