コパン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
「マヤの予言では,2012年12月に世界が滅びる」などと一部の人々やマスコミが騒いでいましたが,幸いなことに!世界は滅びなかったので,無事マヤ地域を訪れることができました。約5000年周期の“マヤ長期暦”というカレンダーが最終日をむかえて,新しいカレンダーが始まるだけのことです。と言っても,気の遠くなるような歳月ですが…。<br /><br /> 今回は,グアテマラとホンジュラスのマヤ遺跡や世界遺産の街などを訪れる8日間のツアーに参加しました。<br /> 5年前にメキシコのマヤ・ティオティワカン・アステカの遺跡を訪れたことがあり,今回は「マヤ文明を知る旅」の続編です。<br /> メキシコはオルメカ・マヤ・ティオティワカン・アステカなど様々な文明が栄えましたが,グアテマラとホンジュラスはマヤ一色でマヤ文明の中心地域と言える地域です。<br /><br />【コパンについて】<br /> コパンは,多くのマヤ学者が「あらゆるマヤ遺跡のなかで最も美しい都市」と言うほど優雅で洗練された様式美を持ち,また,7世紀に1年を365.2420日と算出するなど科学にも優れ,「マヤのアテネ」と称されるほどの遺跡です。<br /> モタグア川支流のコパン川畔に狩猟民が定住し簡単な農業を始めたのは紀元前1000年頃とされています。5~9世紀に王朝が栄え,中でも8世紀に最も繁栄し,人口3万人程度の都市だったと推定されており,マヤ遺跡を代表する中心都市の一つでした。<br /> しかし,西暦738年,それまで衛星都市だったキリグア(別の旅行記参照→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738747/)の反乱に遭い,13代目の王がキリグア王に斬首されるという大事件が起きてからは後衰退の道をたどり,1000年頃には廃墟となりました。<br /> コパンについては,「マヤ文明を掘る」中村誠一著(NHKブックス)という本を一読して訪れたので理解が深まりました。また,この旅行記の説明は,主にこの本を参考にしています。<br /><br />【表紙の写真】コパン遺跡内に住んでいる!?コンゴウインコ<br /><br />今回の旅行は,以下の旅行記で構成されています。<br />・シリーズ「マヤ文明」<br /> vol.5~コパン(ホンジュラス)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738746/<br /> vol.6~キリグア(グアテマラ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738747/<br /> vol.7~ティカル(グアテマラ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738749/<br /> vol.8~カミナルフユとグアテマラシティ(グアテマラ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739793/<br />・古都アンティグア~グアテマラの世界遺産の街<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739779/<br />・グアテマラの人々と風土<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/<br />・メキシコシティの正月<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739780/<br /><br />【行程】<br />①アエロメヒコでメキシコシティ経由グアテマラシティ着<br />[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル泊]<br />②陸路ホンジュラスのコパンへ~コパン遺跡見学後グアテマラのリオ・オンドへ[ロンガローネ・ホテル泊]<br />③陸路ティカル国立公園へ~途中,キリグア遺跡見学,バナナ・プランテーション見学,パイナップル屋台,リオ・ドルセで昼食・市場見学など~[ホテル・ティカル・イン泊]<br />④早朝からティカル遺跡4号神殿で初日の出(見られず),日中ティカル遺跡を見学後,TAG航空にてグアテマラシティへ<br />[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル2連泊]<br />⑤古都アンティグア(世界遺産)市内見学,グアテマラシティ市内見学~カミナルフユ遺跡,国立博物館,カテドラルなど<br />⑥空路メキシコシティへ移動後,グアダルーペ寺院,カテドラル,ソカロなど見学後アエロメヒコでティファナ経由帰国の途へ<br />⑦⑧機中泊<br /><br />なお,5年前に訪れたメキシコの旅行記は以下のとおりです。<br />・シリーズ「マヤ文明」<br /> vol.1~テンプロ・マヨールとメキシコシティ(メキシコ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10723872/<br /> vol.2~テオティワカン(メキシコ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738743/<br /> vol.3~ウシュマルとカバー(メキシコ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738740/<br /> vol.4~チチェン・イッツァ(メキシコ)<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738742/<br />・カンクン~カリブ海で ひと泳ぎ<br /> →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10728379/

コパン遺跡[ホンジュラス] ~ 芸術の都 ☆ シリーズ「マヤ文明を歩く」vol.5

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2012/12/29 - 2013/01/05

3位(同エリア77件中)

3

60

コージ☆

コージ☆さん

「マヤの予言では,2012年12月に世界が滅びる」などと一部の人々やマスコミが騒いでいましたが,幸いなことに!世界は滅びなかったので,無事マヤ地域を訪れることができました。約5000年周期の“マヤ長期暦”というカレンダーが最終日をむかえて,新しいカレンダーが始まるだけのことです。と言っても,気の遠くなるような歳月ですが…。

 今回は,グアテマラとホンジュラスのマヤ遺跡や世界遺産の街などを訪れる8日間のツアーに参加しました。
 5年前にメキシコのマヤ・ティオティワカン・アステカの遺跡を訪れたことがあり,今回は「マヤ文明を知る旅」の続編です。
 メキシコはオルメカ・マヤ・ティオティワカン・アステカなど様々な文明が栄えましたが,グアテマラとホンジュラスはマヤ一色でマヤ文明の中心地域と言える地域です。

【コパンについて】
 コパンは,多くのマヤ学者が「あらゆるマヤ遺跡のなかで最も美しい都市」と言うほど優雅で洗練された様式美を持ち,また,7世紀に1年を365.2420日と算出するなど科学にも優れ,「マヤのアテネ」と称されるほどの遺跡です。
 モタグア川支流のコパン川畔に狩猟民が定住し簡単な農業を始めたのは紀元前1000年頃とされています。5~9世紀に王朝が栄え,中でも8世紀に最も繁栄し,人口3万人程度の都市だったと推定されており,マヤ遺跡を代表する中心都市の一つでした。
 しかし,西暦738年,それまで衛星都市だったキリグア(別の旅行記参照→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738747/)の反乱に遭い,13代目の王がキリグア王に斬首されるという大事件が起きてからは後衰退の道をたどり,1000年頃には廃墟となりました。
 コパンについては,「マヤ文明を掘る」中村誠一著(NHKブックス)という本を一読して訪れたので理解が深まりました。また,この旅行記の説明は,主にこの本を参考にしています。

【表紙の写真】コパン遺跡内に住んでいる!?コンゴウインコ

今回の旅行は,以下の旅行記で構成されています。
・シリーズ「マヤ文明」
 vol.5~コパン(ホンジュラス)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738746/
 vol.6~キリグア(グアテマラ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738747/
 vol.7~ティカル(グアテマラ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738749/
 vol.8~カミナルフユとグアテマラシティ(グアテマラ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739793/
・古都アンティグア~グアテマラの世界遺産の街
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739779/
・グアテマラの人々と風土
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/
・メキシコシティの正月
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739780/

【行程】
①アエロメヒコでメキシコシティ経由グアテマラシティ着
[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル泊]
②陸路ホンジュラスのコパンへ~コパン遺跡見学後グアテマラのリオ・オンドへ[ロンガローネ・ホテル泊]
③陸路ティカル国立公園へ~途中,キリグア遺跡見学,バナナ・プランテーション見学,パイナップル屋台,リオ・ドルセで昼食・市場見学など~[ホテル・ティカル・イン泊]
④早朝からティカル遺跡4号神殿で初日の出(見られず),日中ティカル遺跡を見学後,TAG航空にてグアテマラシティへ
[グランド・ティカル・フトゥーラ・ホテル2連泊]
⑤古都アンティグア(世界遺産)市内見学,グアテマラシティ市内見学~カミナルフユ遺跡,国立博物館,カテドラルなど
⑥空路メキシコシティへ移動後,グアダルーペ寺院,カテドラル,ソカロなど見学後アエロメヒコでティファナ経由帰国の途へ
⑦⑧機中泊

なお,5年前に訪れたメキシコの旅行記は以下のとおりです。
・シリーズ「マヤ文明」
 vol.1~テンプロ・マヨールとメキシコシティ(メキシコ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10723872/
 vol.2~テオティワカン(メキシコ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738743/
 vol.3~ウシュマルとカバー(メキシコ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738740/
 vol.4~チチェン・イッツァ(メキシコ)
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10738742/
・カンクン~カリブ海で ひと泳ぎ
 →http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10728379/

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
交通手段
観光バス 飛行機
航空会社
アエロメヒコ航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
ユーラシア旅行社
  • 01【エル・フロリド】〜グアテマラとホンジュラスの国境の街<br /><br />ホンジュラス側からグアテマラ側を見た様子<br /><br />グアテマラシティから約250km,バスに揺られて5時間です。<br />何にもない所で,出入国審査は書類のみです。<br />

    01【エル・フロリド】〜グアテマラとホンジュラスの国境の街

    ホンジュラス側からグアテマラ側を見た様子

    グアテマラシティから約250km,バスに揺られて5時間です。
    何にもない所で,出入国審査は書類のみです。

  • 02【エル・フロリド】〜グアテマラとホンジュラスの国境の街<br /><br />「ようこそホンジュラスへ」と書かれた,全く味気ない看板です。<br />せっかく,地球の裏側から来たんだから,中米らしくもっと派手に歓迎してよ!と,思いました。<br /><br />看板の前には,三輪タクシーです。今回の旅行でよく見かけました。

    02【エル・フロリド】〜グアテマラとホンジュラスの国境の街

    「ようこそホンジュラスへ」と書かれた,全く味気ない看板です。
    せっかく,地球の裏側から来たんだから,中米らしくもっと派手に歓迎してよ!と,思いました。

    看板の前には,三輪タクシーです。今回の旅行でよく見かけました。

  • 03【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />プエブロ・デル・コパン・ルイナス,直訳すると「コパン遺跡村」は,グアテマラとホンジュラスの国境から車で20分ほどの所にあって,コパン遺跡見学の拠点となる村です。<br />こぢんまりとした,のどかな村で,観光で成り立っている村のようです。<br /><br />

    03【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    プエブロ・デル・コパン・ルイナス,直訳すると「コパン遺跡村」は,グアテマラとホンジュラスの国境から車で20分ほどの所にあって,コパン遺跡見学の拠点となる村です。
    こぢんまりとした,のどかな村で,観光で成り立っている村のようです。

  • 04【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />通りの名前に,コパン王の名が付けられていました。<br />これは,第13代の「18ウサギ王」通りで,王の名がマヤ文字で表されています。

    04【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    通りの名前に,コパン王の名が付けられていました。
    これは,第13代の「18ウサギ王」通りで,王の名がマヤ文字で表されています。

  • 05【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />中南米によくあるような色遣い・様式の建物です。

    05【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    中南米によくあるような色遣い・様式の建物です。

  • 06【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br /> 村を歩いていたら,おみやげ売りの10歳くらいの女の子が「ワン・ダラー,ワン・ダラーで買ってー!」というので,「ま,これが100円以下で,おみやげになるから,悪くないなあ」と買いました。<br /> トウモロコシの皮を使った手作りの人形で,既製品より温かみがあったので,気に入って,後でもう一つ買いました。

    06【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

     村を歩いていたら,おみやげ売りの10歳くらいの女の子が「ワン・ダラー,ワン・ダラーで買ってー!」というので,「ま,これが100円以下で,おみやげになるから,悪くないなあ」と買いました。
     トウモロコシの皮を使った手作りの人形で,既製品より温かみがあったので,気に入って,後でもう一つ買いました。

  • 07【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br /> 遺跡見学前に腹ごしらえです。<br /> 串に刺さっているのは,ホンジュラス風バーベキュー「ピンチョ」というもので,可もなく不可もなく…。<br /> ほかに,バナナを揚げたものとアボガドのサラダなど。<br /><br /> 中南米は,バナナをそのまま食べるほか,煮たり焼いたり揚げたり,なんでもやります。おそらく,日本人などが口にするバナナは,現地の人にとっては高くて手に入れにくいのでしょう。それで,安くて青いバナナを美味しく食べられるようにいろいろな方法で調理するのでしょう。<br /> 今回の旅行では,ドール社のバナナプランテーションも見学しました。その様子は別の旅行記参照→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/

    07【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

     遺跡見学前に腹ごしらえです。
     串に刺さっているのは,ホンジュラス風バーベキュー「ピンチョ」というもので,可もなく不可もなく…。
     ほかに,バナナを揚げたものとアボガドのサラダなど。

     中南米は,バナナをそのまま食べるほか,煮たり焼いたり揚げたり,なんでもやります。おそらく,日本人などが口にするバナナは,現地の人にとっては高くて手に入れにくいのでしょう。それで,安くて青いバナナを美味しく食べられるようにいろいろな方法で調理するのでしょう。
     今回の旅行では,ドール社のバナナプランテーションも見学しました。その様子は別の旅行記参照→http://4travel.jp/traveler/adsbd94/album/10739781/

  • 08【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />昼食後,遺跡まで歩く途中で市場の見学をしました。

    08【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    昼食後,遺跡まで歩く途中で市場の見学をしました。

  • 09【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />ホンジュラスは決して豊かな国ではありませんが,市場には食べ物があふれていました。

    09【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    ホンジュラスは決して豊かな国ではありませんが,市場には食べ物があふれていました。

  • 10【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />市場の上には,洗濯ものがいっぱい!<br />この雑然とした生活感が,実にいいです!

    10【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    市場の上には,洗濯ものがいっぱい!
    この雑然とした生活感が,実にいいです!

  • 11【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村<br /><br />観光客相手のレストランは,こじゃれた感じの店が多いです。<br />独自色を出して,入口をマヤ文字で囲っています。

    11【コパン・ルイナス】〜コパン遺跡の入口にある村

    観光客相手のレストランは,こじゃれた感じの店が多いです。
    独自色を出して,入口をマヤ文字で囲っています。

  • 12【石造彫刻博物館】〜入口<br /><br />いよいよ,コパン遺跡の見学開始です。<br />まずは,遺跡内で発見された石彫りの石碑などが展示された博物館の見学です。<br /><br />入口は,口を開けたヘビをイメージしているそうですが,どこか,テーマ・パークみたいです…。それに,ヘビの歯って,こんなだっけ?

    12【石造彫刻博物館】〜入口

    いよいよ,コパン遺跡の見学開始です。
    まずは,遺跡内で発見された石彫りの石碑などが展示された博物館の見学です。

    入口は,口を開けたヘビをイメージしているそうですが,どこか,テーマ・パークみたいです…。それに,ヘビの歯って,こんなだっけ?

  • 13【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿<br /><br />16号神殿(34番・41番の写真参照)の中に“埋まっている”神殿のレプリカ<br />レプリカですが,異様な装飾と色彩に圧倒されました。<br />コパンの人たちは,どういう思いで,毎日この神殿を見ていたのでしょう?<br /><br /> ところで,マヤの神殿は多層構造になっていることが多いそうです。例えて言うと,小さいナベを伏せ,その上から中くらいのナベを被せ,さらに大きなナベを被せると,外側からは大きなナベしか見えませんが,大きなナベを上から真っ二つに切って断面を見ると,小さなナベが隠れていることが分かります。<br /><br /> このロサリラ神殿は意図的に埋められて(これを「神殿埋葬」と言います。),その上に新しい神殿が築かれ,現在見ることができる16号神殿となりました。16号神殿は,なんと8層構造になっています。<br />神殿埋葬が行われた理由は,実利的な面もありますが,マヤの精神世界の面からの説明できるそうです。つまり,亡き王の神聖な(時に危険な)力を封印することの象徴として亡き王が使用した神殿を埋めることによって,現世の王の統治を安泰なものにする意図があったということです。

    13【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿

    16号神殿(34番・41番の写真参照)の中に“埋まっている”神殿のレプリカ
    レプリカですが,異様な装飾と色彩に圧倒されました。
    コパンの人たちは,どういう思いで,毎日この神殿を見ていたのでしょう?

     ところで,マヤの神殿は多層構造になっていることが多いそうです。例えて言うと,小さいナベを伏せ,その上から中くらいのナベを被せ,さらに大きなナベを被せると,外側からは大きなナベしか見えませんが,大きなナベを上から真っ二つに切って断面を見ると,小さなナベが隠れていることが分かります。

     このロサリラ神殿は意図的に埋められて(これを「神殿埋葬」と言います。),その上に新しい神殿が築かれ,現在見ることができる16号神殿となりました。16号神殿は,なんと8層構造になっています。
    神殿埋葬が行われた理由は,実利的な面もありますが,マヤの精神世界の面からの説明できるそうです。つまり,亡き王の神聖な(時に危険な)力を封印することの象徴として亡き王が使用した神殿を埋めることによって,現世の王の統治を安泰なものにする意図があったということです。

  • 14【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿<br /><br />太陽神のモチーフ

    14【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿

    太陽神のモチーフ

  • 15【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿<br /><br />ものすごい迫力を感じて,見入ってしまいました。鬼瓦のようです。<br /><br />岡本太郎さんが見たら,どう思うのでしょうか?きっと,彼ならお気に召すでしょう!?

    15【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿

    ものすごい迫力を感じて,見入ってしまいました。鬼瓦のようです。

    岡本太郎さんが見たら,どう思うのでしょうか?きっと,彼ならお気に召すでしょう!?

  • 16【石造彫刻博物館】〜祭壇Q<br /><br />16号神殿(34番の写真参照)の正面にあったもので,コパン遺跡で最も有名かつ重要な祭壇です。なお,この祭壇があった場所には,素人が見ても判らないくらい精巧なレプリカが置いてあります。<br /><br />祭壇の4面に4人ずつ合計16人の王が彫られています。<br />この写真の中央で向かい合っているのは,左がヤシュ・クック・モ(コパン王朝創始者で「最初の・ケツァール鳥・コンゴウインコ」王),右がヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート(この祭壇の建立を命じた16代目「最初の夜明け」王)。<br /><br />16代目の王が,王朝の創始者から王権の象徴である儀仗を直接受け取る様子を示すことで,自らの王権の正当性を表現したと考えられています。<br /><br />この祭壇は,西暦776年に製作されました。<br />祭壇上面の文字を解読すると,西暦427年にヤシュ・クック・モにより王朝が創始され,以来400年間,ここに彫られた16人の王により統治されたことが分かっています。

    16【石造彫刻博物館】〜祭壇Q

    16号神殿(34番の写真参照)の正面にあったもので,コパン遺跡で最も有名かつ重要な祭壇です。なお,この祭壇があった場所には,素人が見ても判らないくらい精巧なレプリカが置いてあります。

    祭壇の4面に4人ずつ合計16人の王が彫られています。
    この写真の中央で向かい合っているのは,左がヤシュ・クック・モ(コパン王朝創始者で「最初の・ケツァール鳥・コンゴウインコ」王),右がヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート(この祭壇の建立を命じた16代目「最初の夜明け」王)。

    16代目の王が,王朝の創始者から王権の象徴である儀仗を直接受け取る様子を示すことで,自らの王権の正当性を表現したと考えられています。

    この祭壇は,西暦776年に製作されました。
    祭壇上面の文字を解読すると,西暦427年にヤシュ・クック・モにより王朝が創始され,以来400年間,ここに彫られた16人の王により統治されたことが分かっています。

  • 17【石造彫刻博物館】〜石碑A<br /><br /> 西暦731年に,13代目のワシャクラフーン・ウバーフ・カウィール(18ウサギ王)により建立されました。<br /> コパンの石碑は,他のマヤ都市には存在しない「高浮き彫り」と言われる立体的な彫刻様式が特徴です。<br /><br /> アジアや欧米の文化に馴染みがある私たちにとって,このマヤの芸術・デザインは全く未知のものです。美しいか醜いかは別として,人を惹き付ける迫力があります。見事な“匠の技”と言うべきもので,これならアンコール・ワットに対抗できるでしょう。<br /> それにしても,よく見ると顔と身体のバランスがヘン!ですが,まあ全体として,一つの調和がとれているようです。<br /><br /> この石碑は実物で,大広場にはレプリカが建っています。

    17【石造彫刻博物館】〜石碑A

     西暦731年に,13代目のワシャクラフーン・ウバーフ・カウィール(18ウサギ王)により建立されました。
     コパンの石碑は,他のマヤ都市には存在しない「高浮き彫り」と言われる立体的な彫刻様式が特徴です。

     アジアや欧米の文化に馴染みがある私たちにとって,このマヤの芸術・デザインは全く未知のものです。美しいか醜いかは別として,人を惹き付ける迫力があります。見事な“匠の技”と言うべきもので,これならアンコール・ワットに対抗できるでしょう。
     それにしても,よく見ると顔と身体のバランスがヘン!ですが,まあ全体として,一つの調和がとれているようです。

     この石碑は実物で,大広場にはレプリカが建っています。

  • 18【石造彫刻博物館】〜石碑A<br /><br />側面と背面には,びっしりとマヤ文字が刻まれています。<br />この中に,古典期マヤの四大都市(コパン・ティカル・カラクムル・パレンケ)の紋章文字が刻まれています。

    18【石造彫刻博物館】〜石碑A

    側面と背面には,びっしりとマヤ文字が刻まれています。
    この中に,古典期マヤの四大都市(コパン・ティカル・カラクムル・パレンケ)の紋章文字が刻まれています。

  • 19【石造彫刻博物館】<br /><br />ドクロと骨…。コワイようでどこかコミカルなところがいいです。

    19【石造彫刻博物館】

    ドクロと骨…。コワイようでどこかコミカルなところがいいです。

  • 20【石造彫刻博物館】<br /><br />地下の墓の墓碑で,石灰岩に彫られています。<br />冥界の入口に居るヤシュ・クック・モ(左)と彼の息子(右)が彫られています。<br />26号神殿(神聖文字の階段がある神殿,48番の写真参照)から発掘されました。<br /><br />美しいので,持って帰りたくなりました(笑)<br /><br />

    20【石造彫刻博物館】

    地下の墓の墓碑で,石灰岩に彫られています。
    冥界の入口に居るヤシュ・クック・モ(左)と彼の息子(右)が彫られています。
    26号神殿(神聖文字の階段がある神殿,48番の写真参照)から発掘されました。

    美しいので,持って帰りたくなりました(笑)

  • 21【石造彫刻博物館】<br /><br />コウモリは,コパンの象徴です。

    21【石造彫刻博物館】

    コウモリは,コパンの象徴です。

  • 22【石造彫刻博物館】<br /><br />水鳥の石像。右側の石彫は流水を,胴は神を表しています。<br />見事な表現力です。<br /><br />美術を志す方は,マヤ遺跡を見たら多くのインスピレーションが得られるでしょう。残念ながら,私はインスピレーションを得ても,表現する才能がないもので…。

    22【石造彫刻博物館】

    水鳥の石像。右側の石彫は流水を,胴は神を表しています。
    見事な表現力です。

    美術を志す方は,マヤ遺跡を見たら多くのインスピレーションが得られるでしょう。残念ながら,私はインスピレーションを得ても,表現する才能がないもので…。

  • 23【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿<br /><br />博物館の2階から見た様子<br /><br />「やっぱりロサリラ神殿は迫力あるなあ」と,気がつくと色々な角度から何枚も写真を撮っていました。

    23【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿

    博物館の2階から見た様子

    「やっぱりロサリラ神殿は迫力あるなあ」と,気がつくと色々な角度から何枚も写真を撮っていました。

  • 24【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿<br /><br />神殿の上部にあった彫像

    24【石造彫刻博物館】〜ロサリラ神殿

    神殿の上部にあった彫像

  • 25【石造彫刻博物館】〜球技場の上部<br /><br />コンゴウインコの彫像が印象的です。<br />51番の写真の上部にあった建物です。

    25【石造彫刻博物館】〜球技場の上部

    コンゴウインコの彫像が印象的です。
    51番の写真の上部にあった建物です。

  • 26【石造彫刻博物館】<br /><br />歯が欠けていて,マンガのキャラクターのような像です。<br />石碑AやBなどと比べると,技法において見劣りしますが,粗野で力強いところがいいかもしれません。

    26【石造彫刻博物館】

    歯が欠けていて,マンガのキャラクターのような像です。
    石碑AやBなどと比べると,技法において見劣りしますが,粗野で力強いところがいいかもしれません。

  • 27【石造彫刻博物館】〜ポポル・ナ<br /><br /> ポポル・ナは,22号神殿(44番の写真参照)の西隣にある建物で,共同統治のための会議場の役割を果たした,その理由は,西暦738年,キリグア王によるコパン王斬首後,王権が失墜し,王による集権的統治から共同統治体制に変化したことが原因と考えられています。<br /><br /> 実物は22号神殿の隣に,上部が崩れ落ちた形で残っていましたので,この写真のものは,レプリカだと思います。<br /> この博物館には,実物とレプリカが混然としていて,また,遺跡内にレプリカがあったりもします。まあ,どちらも素晴らしい出来映えなので,気にしなければいいかも…?

    27【石造彫刻博物館】〜ポポル・ナ

     ポポル・ナは,22号神殿(44番の写真参照)の西隣にある建物で,共同統治のための会議場の役割を果たした,その理由は,西暦738年,キリグア王によるコパン王斬首後,王権が失墜し,王による集権的統治から共同統治体制に変化したことが原因と考えられています。

     実物は22号神殿の隣に,上部が崩れ落ちた形で残っていましたので,この写真のものは,レプリカだと思います。
     この博物館には,実物とレプリカが混然としていて,また,遺跡内にレプリカがあったりもします。まあ,どちらも素晴らしい出来映えなので,気にしなければいいかも…?

  • 28【コパン遺跡】〜入口<br /><br />いよいよ遺跡の中へ!バモス!<br /><br />遺跡の入口周辺には,コンゴウインコがたくさん居ます。餌付けしているそうです。<br />美しい姿なのにけたたましい鳴き声を発しながら,人の頭上すれすれで飛び回っています。

    28【コパン遺跡】〜入口

    いよいよ遺跡の中へ!バモス!

    遺跡の入口周辺には,コンゴウインコがたくさん居ます。餌付けしているそうです。
    美しい姿なのにけたたましい鳴き声を発しながら,人の頭上すれすれで飛び回っています。

  • 29【コパン遺跡】〜入口<br /><br />石碑の上でもお構いなし!<br /><br />近くで見ると,羽が本当にキレイな色をしています。<br />ホンジュラスの国鳥である理由が分かります。

    29【コパン遺跡】〜入口

    石碑の上でもお構いなし!

    近くで見ると,羽が本当にキレイな色をしています。
    ホンジュラスの国鳥である理由が分かります。

  • 30【コパン遺跡の俯瞰図】<br /><br />遺跡の見学は,地図を頭に入れておくか地図を見ながら歩くかしないと,自分がどこにいるか分からなくなります。<br /><br />①大広場(グラン・プラサ) ②球技場 ③神聖文字の階段<br />④ジャガーの広場(東広場) ⑤ジャガーのトンネル ⑥ロサリラ神殿への入口 ⑦西広場 ※④~⑦をアクロポリスと呼びます。<br />⑧居住地区(セメンテリオ)<br /><br />私たちは,⑦(16号神殿など)→⑧→④(22号神殿など)→③→②→①の順に見学しました。<br /><br />

    30【コパン遺跡の俯瞰図】

    遺跡の見学は,地図を頭に入れておくか地図を見ながら歩くかしないと,自分がどこにいるか分からなくなります。

    ①大広場(グラン・プラサ) ②球技場 ③神聖文字の階段
    ④ジャガーの広場(東広場) ⑤ジャガーのトンネル ⑥ロサリラ神殿への入口 ⑦西広場 ※④~⑦をアクロポリスと呼びます。
    ⑧居住地区(セメンテリオ)

    私たちは,⑦(16号神殿など)→⑧→④(22号神殿など)→③→②→①の順に見学しました。

  • 31【コパン遺跡】<br /><br />8号神殿付近からアクロポリスの西広場へ<br /><br />自然の小山のようなものも神殿などが埋まっています。

    31【コパン遺跡】

    8号神殿付近からアクロポリスの西広場へ

    自然の小山のようなものも神殿などが埋まっています。

  • 32【11号神殿(天文台または閲兵台)】<br /><br />後で,この上を歩くことになります。<br /><br />この辺りは,アクロポリスと名付けられた場所で,王朝創始時の西暦427年頃から王朝が崩壊する820年頃まで400年に渡って増改築された人工的な区域です。

    32【11号神殿(天文台または閲兵台)】

    後で,この上を歩くことになります。

    この辺りは,アクロポリスと名付けられた場所で,王朝創始時の西暦427年頃から王朝が崩壊する820年頃まで400年に渡って増改築された人工的な区域です。

  • 33【11号神殿(天文台または閲兵台)】<br /><br />冥界シバルバの猿の神像の立体浮彫り,古典期後期(西暦773年)の完成

    33【11号神殿(天文台または閲兵台)】

    冥界シバルバの猿の神像の立体浮彫り,古典期後期(西暦773年)の完成

  • 34【16号神殿と西広場】<br /><br />この神殿の中(地下)に13番の写真のロサリラ神殿が眠っています。さらにロサリラの下にも複数の神殿が眠っています。<br />私たちは,時間がなかったので見学できませんでした。これが,すごく心残りです…。「もう1回,個人でコパン行くか?」と本気で考え始めている今日この頃です。

    34【16号神殿と西広場】

    この神殿の中(地下)に13番の写真のロサリラ神殿が眠っています。さらにロサリラの下にも複数の神殿が眠っています。
    私たちは,時間がなかったので見学できませんでした。これが,すごく心残りです…。「もう1回,個人でコパン行くか?」と本気で考え始めている今日この頃です。

  • 35【16号神殿】<br /><br />神殿の階段にはドクロが…。

    35【16号神殿】

    神殿の階段にはドクロが…。

  • 36【セメンテリオ】<br /><br />アクロポリスの南側にあるセメンテリオは“墓地”という意味ですが,実際は,16代目「最初の夜明け」王(ヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート)の居住区域だったところです。<br />政治はアクロポリスで執り行っていました。

    36【セメンテリオ】

    アクロポリスの南側にあるセメンテリオは“墓地”という意味ですが,実際は,16代目「最初の夜明け」王(ヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート)の居住区域だったところです。
    政治はアクロポリスで執り行っていました。

  • 37【セメンテリオ】〜復原予想図<br /><br />貴族は,どういう日々を送っていたのでしょう?<br />

    37【セメンテリオ】〜復原予想図

    貴族は,どういう日々を送っていたのでしょう?

  • 38【18号神殿】<br /><br />16代目ヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート(最初の夜明け王)が建てた神殿です。<br /><br />コパンでは,学者でもない限り13代目「18ウサギ王」と16代目「最初の夜明け王」の名前を知っていれば十分かもしれません。それだけ,この2人の王は様々な記録を残しています。

    38【18号神殿】

    16代目ヤシュ・パサフ・チャン・ヨアート(最初の夜明け王)が建てた神殿です。

    コパンでは,学者でもない限り13代目「18ウサギ王」と16代目「最初の夜明け王」の名前を知っていれば十分かもしれません。それだけ,この2人の王は様々な記録を残しています。

  • 39【18号神殿】〜石製脇柱<br /><br />16代目「最初の夜明け王」自身の姿。<br /><br />自己顕示欲の固まりなのか,王権保持のためなのか,信仰心からなのか,まあ13代目「18ウサギ王」と16代目「最初の夜明け王」は,自分の姿や事跡を随所に残しています。

    39【18号神殿】〜石製脇柱

    16代目「最初の夜明け王」自身の姿。

    自己顕示欲の固まりなのか,王権保持のためなのか,信仰心からなのか,まあ13代目「18ウサギ王」と16代目「最初の夜明け王」は,自分の姿や事跡を随所に残しています。

  • 40【18号神殿】〜石製脇柱<br /><br />16代目「最初の夜明け王」自身の姿。<br />王の左足が地面から少し上がっていることから,王が,豪華に着飾って威厳を示そうと民衆に舞踊を披露していると考えられています。<br /><br />実に見事なので興奮のあまり,王の額から上が切れてしまいました!

    40【18号神殿】〜石製脇柱

    16代目「最初の夜明け王」自身の姿。
    王の左足が地面から少し上がっていることから,王が,豪華に着飾って威厳を示そうと民衆に舞踊を披露していると考えられています。

    実に見事なので興奮のあまり,王の額から上が切れてしまいました!

  • 41【16号神殿】<br /><br />裏側から見た様子(34番の写真は正面)。<br /><br />裏側は階段状ではなく小山のようでした。おかげで,遺跡の発掘・保存の様子がよく分かりました。とりあえず人目に付く正面は立派に復原しますが,後ろは時間とお金があったら復原しようという作戦なのでしょう。<br /><br />

    41【16号神殿】

    裏側から見た様子(34番の写真は正面)。

    裏側は階段状ではなく小山のようでした。おかげで,遺跡の発掘・保存の様子がよく分かりました。とりあえず人目に付く正面は立派に復原しますが,後ろは時間とお金があったら復原しようという作戦なのでしょう。

  • 42【東広場】<br /><br />16号神殿と22号神殿に囲まれた広場で,ジャガーの広場とも言われます。<br />この広場は地下世界と繋がっていて,「毎日,朝の太陽が昇りますように」という祈りの儀式が行われたそうです。

    42【東広場】

    16号神殿と22号神殿に囲まれた広場で,ジャガーの広場とも言われます。
    この広場は地下世界と繋がっていて,「毎日,朝の太陽が昇りますように」という祈りの儀式が行われたそうです。

  • 43【東広場】〜ジャガーの浮彫り<br /><br />この広場が,ジャガーの広場と言われる所以です。<br />古典期後期の西暦600〜800年ころに作製されたもの<br />42番の写真の左上の木に隠された壁面の左右2カ所(写真左上の葉っぱが下がって人が4・5人足だけ見えている所と,写真の中央の奥)に,ジャガーは居ます。<br /><br />どう見ても,着ぐるみを着た人が楽しそうに踊っているようにしか見えないのですが…。ホントにマヤの人たちが彫ったの?と疑問です。

    43【東広場】〜ジャガーの浮彫り

    この広場が,ジャガーの広場と言われる所以です。
    古典期後期の西暦600〜800年ころに作製されたもの
    42番の写真の左上の木に隠された壁面の左右2カ所(写真左上の葉っぱが下がって人が4・5人足だけ見えている所と,写真の中央の奥)に,ジャガーは居ます。

    どう見ても,着ぐるみを着た人が楽しそうに踊っているようにしか見えないのですが…。ホントにマヤの人たちが彫ったの?と疑問です。

  • 44【22号神殿】<br /><br />神殿入口。天上界・地上・地下界の三層を表しています。

    44【22号神殿】

    神殿入口。天上界・地上・地下界の三層を表しています。

  • 45【22号神殿】<br /><br />地下界にはドクロが…。

    45【22号神殿】

    地下界にはドクロが…。

  • 46【22号神殿】<br /><br />マヤ遺跡は,ドクロ・ファンにはたまらないでしょう…。

    46【22号神殿】

    マヤ遺跡は,ドクロ・ファンにはたまらないでしょう…。

  • 47【球技場】<br /><br />アクロポリスから見下ろした様子。球技場の奥には大広場<br />手前右手には,神聖文字の階段(を覆うシート)。

    47【球技場】

    アクロポリスから見下ろした様子。球技場の奥には大広場
    手前右手には,神聖文字の階段(を覆うシート)。

  • 48【神聖文字の階段】<br /><br /> 階段は,遺跡保護のためにシートで覆われています。<br /> 本やテレビで何度も見た光景なので,ここに立てて感慨深かったです。<br /><br /> この階段は,西暦755年に15代目の王により完成されたもので,1250個の石のブロックでできた72段の階段に約2200文字が刻まれています。王国の歴史について書いてあるそうです。<br /> 発見当初は,最下段の15段を残して上部は全て崩れていたものを修復したそうです。<br /> 今更ながら,遺跡の発掘・修復には多大な労力を要するものだと,学者や現場作業員に敬意を表したい気分です。というか,そもそもこれを造ったマヤの人々がスゴイです。

    48【神聖文字の階段】

     階段は,遺跡保護のためにシートで覆われています。
     本やテレビで何度も見た光景なので,ここに立てて感慨深かったです。

     この階段は,西暦755年に15代目の王により完成されたもので,1250個の石のブロックでできた72段の階段に約2200文字が刻まれています。王国の歴史について書いてあるそうです。
     発見当初は,最下段の15段を残して上部は全て崩れていたものを修復したそうです。
     今更ながら,遺跡の発掘・修復には多大な労力を要するものだと,学者や現場作業員に敬意を表したい気分です。というか,そもそもこれを造ったマヤの人々がスゴイです。

  • 49【26号神殿・神聖文字の階段】<br /><br />大分摩耗しているものもありますが,残った文字を見ると,意味は分からないですが,美しい形をしています。

    49【26号神殿・神聖文字の階段】

    大分摩耗しているものもありますが,残った文字を見ると,意味は分からないですが,美しい形をしています。

  • 50【神聖文字の階段】〜復原予想図<br /><br />往事もこのとおりだったら,どんなにか荘厳だったことか…。<br /><br />赤は太陽(神)の色,血の色…なので,神聖で重要な色だったのでしょう。

    50【神聖文字の階段】〜復原予想図

    往事もこのとおりだったら,どんなにか荘厳だったことか…。

    赤は太陽(神)の色,血の色…なので,神聖で重要な色だったのでしょう。

  • 51【球技場】<br /><br /> マヤ遺跡お馴染みの球技場です。<br /><br /> メキシコのチチェン・イッツァに競技者が斬首されている図があるとおり,マヤの球技は生死を賭けた競技と思われがちですが,コパンでは実際のところはっきり判っていません。<br /> 貴族が賭けを行い,敗者が斬首された可能性もあるし,豊穣と王家の安泰を祈願する儀式のための球技だった可能性もあるそうです。<br /><br /> 命が懸かっていたとすれば,何とも恐ろしい現場です…。

    51【球技場】

     マヤ遺跡お馴染みの球技場です。

     メキシコのチチェン・イッツァに競技者が斬首されている図があるとおり,マヤの球技は生死を賭けた競技と思われがちですが,コパンでは実際のところはっきり判っていません。
     貴族が賭けを行い,敗者が斬首された可能性もあるし,豊穣と王家の安泰を祈願する儀式のための球技だった可能性もあるそうです。

     命が懸かっていたとすれば,何とも恐ろしい現場です…。

  • 52【球技場】〜上部の建物<br /><br />球技場を見下ろすコウンゴウインコ<br /><br />コンゴウインコは羽に赤色があることから太陽の象徴であり,太陽=王であることから王の象徴でもあります。<br /><br />西洋の王家は鷲が好きですが,コパンはインコが象徴というところが,微笑ましいです。

    52【球技場】〜上部の建物

    球技場を見下ろすコウンゴウインコ

    コンゴウインコは羽に赤色があることから太陽の象徴であり,太陽=王であることから王の象徴でもあります。

    西洋の王家は鷲が好きですが,コパンはインコが象徴というところが,微笑ましいです。

  • 53【球技場】〜上部の建物<br /><br />マヤ式アーチ,ローマ遺跡のような完全なアーチではなく,疑似アーチと言われています。<br />持ち送り天井の様子がよく分かります。<br /><br />

    53【球技場】〜上部の建物

    マヤ式アーチ,ローマ遺跡のような完全なアーチではなく,疑似アーチと言われています。
    持ち送り天井の様子がよく分かります。

  • 54【グラン・プラサ(大広場)】<br /><br />左手は「石舞台」で,王が民衆に舞踊を披露したのではないかと考えられています。<br /><br />この日は,曇っていて,雨まで降り出したのですが,それでも芝生がきれいです。<br /><br />

    54【グラン・プラサ(大広場)】

    左手は「石舞台」で,王が民衆に舞踊を披露したのではないかと考えられています。

    この日は,曇っていて,雨まで降り出したのですが,それでも芝生がきれいです。

  • 55【グラン・プラサ(大広場)】〜祭壇G<br /><br />16代目「最初の夜明け王」により建てられました。<br />マヤ地域以外の人々は想像もできないような造形です。<br />私も訳が分かりませんでしたが,なんだか面白いので写真を撮りました。

    55【グラン・プラサ(大広場)】〜祭壇G

    16代目「最初の夜明け王」により建てられました。
    マヤ地域以外の人々は想像もできないような造形です。
    私も訳が分かりませんでしたが,なんだか面白いので写真を撮りました。

  • 56【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑Fの背面<br /><br />マヤ文字を取り囲む紋様が美しいです。<br /><br />大広場には,8本の石碑が建っていますが,それぞれ細部に違いがあって見比べると面白いです。どれも高さは4mほどです。<br /><br /><br />

    56【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑Fの背面

    マヤ文字を取り囲む紋様が美しいです。

    大広場には,8本の石碑が建っていますが,それぞれ細部に違いがあって見比べると面白いです。どれも高さは4mほどです。


  • 57【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑F<br /><br />お顔がなんだか仏像のように見えました。<br />マヤの運慶・快慶が腕を振るったのでしょう。

    57【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑F

    お顔がなんだか仏像のように見えました。
    マヤの運慶・快慶が腕を振るったのでしょう。

  • 58【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑B<br /><br />13代目「18ウサギ王」が彫られています。胸に捧げ持った儀仗の端からヘビの頭に変わり,その口からカウィール神(王家の守護神)が生まれています。<br /><br />全体的には美しいのですが,やっぱり,顔と身体のバランスが気になります…。

    58【グラン・プラサ(大広場)】〜石碑B

    13代目「18ウサギ王」が彫られています。胸に捧げ持った儀仗の端からヘビの頭に変わり,その口からカウィール神(王家の守護神)が生まれています。

    全体的には美しいのですが,やっぱり,顔と身体のバランスが気になります…。

  • 59【グラン・プラサ(大広場)】<br /><br />カメのようですが,身体の前後に頭がある怪物です。<br /><br />見学時間は,博物館と遺跡を合わせて2時間半で,もの足りませんでした。<br />じっくり見るなら,1日必要だと思いました。

    59【グラン・プラサ(大広場)】

    カメのようですが,身体の前後に頭がある怪物です。

    見学時間は,博物館と遺跡を合わせて2時間半で,もの足りませんでした。
    じっくり見るなら,1日必要だと思いました。

  • 60【ホンジュラスの紙幣】<br /><br />1レンピーラ紙幣の裏面に,アクロポリスから見たコパン遺跡が描かれています。正面が球技場,右側が神聖文字の階段。<br /><br />1レンピーラ(Lempira)≒4円です。<br /><br />結局,ホンジュラスには半日しか滞在しませんでしたが,記念に5ドル分だけ両替して,少しお土産を買いました。ちょっとは,この国の経済に貢献できたかも…。<br /><br />この日は,コパンを見学後グアテマラに戻り,コパンから100kmほど行ったリオ・オンドに宿泊しました。<br /><br />

    60【ホンジュラスの紙幣】

    1レンピーラ紙幣の裏面に,アクロポリスから見たコパン遺跡が描かれています。正面が球技場,右側が神聖文字の階段。

    1レンピーラ(Lempira)≒4円です。

    結局,ホンジュラスには半日しか滞在しませんでしたが,記念に5ドル分だけ両替して,少しお土産を買いました。ちょっとは,この国の経済に貢献できたかも…。

    この日は,コパンを見学後グアテマラに戻り,コパンから100kmほど行ったリオ・オンドに宿泊しました。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • サウスピーチさん 2013/04/18 23:09:11
    コパン遺跡
    コージさん、こんにちは!

    前々から楽しみにしていた、シリーズ「マヤ文明」に(やっと!)やってきました。

    コパン遺跡の展示は見事ですね。 博物館内の様々な石造も素晴らしいです。 
    ロサリラ神殿の構造も興味深かったです。 展示はレプリカだそうですが、本物も
    元はこのような鮮やかな朱色だったのでしょうね・・・。
    古代にどうやってそんな色が出せたのか、ちょっと興味が沸きました。

    あ。 博物館の入り口のへびの口ですが、私には歯の形もちゃんとへびに見えましたよ。(笑)
    (実際の詳しいへびの歯並び(?笑)は知りませんが、イメージはこんな感じです。) 

    野外の遺跡も見所いっぱいで、ここは時間をかけてじっくり見ると面白そうですね。

    南米の食用バナナ、「プランテイン」ですが、私の大学時代、南米からのお友達によくもらって食べていたことを
    思い出しました。 アメリカにも普通のスーパーにおいてあります。 形はバナナよりも大きくて、
    かなり硬いので、料理用でそのまま食べても美味しくないです。 (というか、そのまま食べられるのかなぁ〜?) 
    焼くと、味はバナナの甘酸っぱさがあるし、食感はお芋のようなホクホク感があって、結構美味しいですよね!
    (実際に、でんぷん質が多いらしいです。)

    それでは、続きはまた!

    サウスピーチ :)

    コージ☆

    コージ☆さん からの返信 2013/04/20 23:03:01
    RE: コパン遺跡
    サウスピーチさん こんにちは!

    シリーズ「マヤ文明」コパン篇,ご覧いただいてありがとうございます。
    完成しているのは,コパン・キリグア・ティカルだけですが…
     
    マヤ文明の本を何冊も読んで行ったので,ロサリラ神殿(のレプリカ)を見られて興奮でした!ツアーで一緒だった人は,興味がなかったようで,私一人,「これかーぁ!!うわー!」と興奮してました。

    そうそう,ヘビの口ですが,ヘビって牙はあるけど,前歯ってありましたっけ?まあ,後で調べようっと!

    それから,南米の食用バナナを「プランテイン」というのですかー
    勉強になりました!旅行記の中で,「あちらの人は貧しいから安くて青いバナナを食べられるように調理するんだろう」だなんて適当な推測で書きましたが,要は,日本に輸入されるようなフルーツとしての甘いバナナじゃなくて,“おかず”として調理するためのバナナってことですよね?

    それから,サン・ドニ!
    私がパリの旅行記で,ノートルダム寺院の彫像で,自分の首を持っている聖人の写真を載せて,「この聖人は誰だか知っている方,教えてください」って書いたら,教えてくださったトラベラーさんがいらして,それからというものサン・ドニに興味を持ちました。マリー・アントワネットもサン・ドニに眠っているんですね!

    それから,ケニア旅行記の?ができました(今ごろ)

    長々とすみません

    コージ

    P.S.)高速のチケットは,お尻の下に敷かないようにしましょう(笑)

    サウスピーチ

    サウスピーチさん からの返信 2013/04/21 00:53:33
    RE: RE: コパン遺跡
    コージさん、こんにちは! フォローどうもありがとうございます♪

    > ツアーで一緒だった人は,興味がなかったようで,私一人,「これかーぁ!!うわー!」と興奮してました。

    あはは! お気持ち、よ〜くわかりますよw こんな人が1人いただけでもこのツアーは大成功でしたね。(笑)

    > そうそう,ヘビの口ですが,ヘビって牙はあるけど,前歯ってありましたっけ?

    あ〜、ほんとだ! そうですね、ヘビの前歯って見たことないかも。
    丁度、その前歯のないところから、舌をちょろちょろ出す感じですかね・・・。

    > 要は,日本に輸入されるようなフルーツとしての甘いバナナじゃなくて,“おかず”として調理するためのバナナってことですよね?

    そうですね。 私の中ではバナナとプランテインは違うものとして認識しています。
    まあ、同じ仲間ではあるのでしょうし、味はご存知の通り、焼けばバナナのように
    トロッとして甘酸っぱくてバナナに似ていますよね。

    > それからというものサン・ドニに興味を持ちました。

    あのノートルダム大聖堂の首を持った彫刻は、結構インパクトありますよね。
    それにその格好で数キロ歩いたというのですから、恐るべしサン・ドニ!(笑)

    > それから,ケニア旅行記の?ができました(今ごろ)

    後でゆっくり拝見させて頂きますよ! 今丁度、来月の欧州旅行の計画中で、
    全てイチから自分で予定を立てて予約・購入などをやっているので、大変忙しいです。
    ウェブサイト、グーグルマップ、グーグル・ストリートビュー、口コミなど色々な手段での情報収集は
    かなり体力を消耗します。 (←既に旅行に行く前から。 笑)
    時間がある時に(どうしてもじっくりと旅行記を読みたいので)また遊びに来ますね。

    > P.S.)高速のチケットは,お尻の下に敷かないようにしましょう(笑)

    は〜い!(笑) どうしてあのチケットがお尻の下に移動したのか、未だに分かりません。(笑)

    それでは、また!

    サウスピーチ :)

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