2011/04/25 - 2011/04/25
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アルプ・グリュムさん
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東海道53次の2番目に位置する川崎宿を散策しました。
震災、戦争のために残された史跡は皆無でしたが、その痕跡を示す碑を追って江戸時代の旅人の気分に成りきって多摩川から京急の八丁畷駅まで歩いてみました。
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- 一人旅
- 旅行の手配内容
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六郷神社
川崎宿の散策は多摩川を渡り東京側からスタートしました。 -
六郷神社は由緒ある神社で境内には多数の碑が見られましたが、その一つが「東海道跡」。
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六郷神社横の道路が旧東海道で、標識のある道路は国道15号です。
六郷神社から品川方面へはほとんどが道路は国道15号となっていて旧東海道は消滅してしまっていて、風情は全く残されてないので、交通量の多い道路は国道15号沿いを歩くのは健康に良くありません。 -
六郷橋の真下には旧六郷橋の親柱が残されて保存されています。
鋼鉄製の親柱には趣があります。 -
六郷橋の川崎側にはいくつかの碑が建っていました。
左側は梨の「長十郎梨のふるさと」があり、右側は「明治天皇六郷渡御碑」が立っていました。 -
こちらは「史跡東海道川崎宿 六郷の渡し」の碑が建っていました。
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こちらは厄除川崎大師です。
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六郷の渡しの船のモニュメントがありました。
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旧東海道は六郷橋を対角線に交わる格好となっていて、手書きの案内標識がありました。
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六郷の渡しと旅籠街を示す碑
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六郷橋の下には京急の大師線が走っています。
橋の真下ほどには「大師電気鉄道 六郷橋停留所跡」の碑が建っています。 -
50m先には「停留所跡」らしき部分が見られましたが、ここには碑がありませんでした。
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旧東海道には石を彫った道標が。
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旧東海道から国道15号に向かうと真福寺があります。
真福寺の入り口付近の塔の下には「言わざる、聞かざる、見ざる」の3猿が彫られています。
「言わざる、聞かざる、見ざる」は日光東照宮が有名ですがオーストラリアのシドニーのパブでも見かけました。 -
国道15号と市役所通りとの角には稲毛神社に寄ってみます。
この神社も由緒ある神社です。 -
稲毛神社には多くの碑が見られました。
これは正岡子規の「六郷の橋まで来たり春の風」がの碑がありました。 -
稲毛神社の「御神木大銀杏十二支めぐり」の大銀杏。
大銀杏の周りながらを願い事を唱えると願いが叶うそうです。 -
稲毛神社には六郷橋の親柱が保存されていました。
この親柱は大正14年に架けられて60年間の間に工都川崎の産業発展を支
えてきた橋のため文化遺産として設置されています。
この後に造られた橋の親柱が六郷橋の東京側に保存してあります。(記述済み) -
川崎市役所
何時かは再建されると思っていましたが今では歴史的建築物の仲間に入りそうです。
是非このまま残ってほしいと希望しますが耐震等の問題でどうなるのかが心配です。 -
「旧東海道 いさご通り 川崎宿」
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旧東海道沿いの「砂子の里資料館」
定期的に各種郷土資料等の展示物を変えているそうです。 -
宗三寺
宿場で旅人の給仕、遊女兼ねた女性達の供養塔があります。
ここはソープで名高い堀之内町はこの寺の横に位置します。 -
ここからはすべて旧東海道沿いの旧跡をたどるこことします。
田中本陣跡の碑。 本陣とは主に大名が宿泊する宿のことです。 -
宝暦十一年の大火を示す碑
川崎宿一帯が全焼する大火が発生しましたが見事に復興したそうです。 -
佐藤本陣跡
ビルのガラスに張り付けてありました。 -
このビルです。
道路脇に設置してあると思っていたので気付きませんでした。 -
小土呂橋の欄干の親柱が保存されてありました。
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新川堀は暗渠となってしまったが小土呂橋の地名は未だに残っています。
この付近には新川橋、さつき橋の名も残っています。
橋が存在しないのに地名が存在するのは全国に多々あり、新橋、数寄屋橋はその一例です。 -
史跡 川崎宿京入口 を示す碑と川崎宿の史跡めぐりの地図が掲示されてありました。
本来であれば川崎宿はこの場所で終了するのですが八丁畷駅まで史跡が点在するので歩きます。 -
芭蕉ポケットパーク
マンションの一角に平成17年に設置されたものです。
江戸の門人達による餞別の句や絵図が見られます。 -
芭蕉ポケットパークに描かれてある川崎宿の様子
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芭蕉の句碑
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芭蕉の句碑
芭蕉が故郷へ戻る際にここで江戸から連れだってきた門弟たちと句を詠んで別れを惜しんだところです。 -
廃線跡
川崎駅から浜川崎駅を結ぶ貨物線の跡が残っています。
電車が運行してあったのであればさよなら運転等で記録にのこるのですが貨物列車のため人知れずになってしまったようです。
レンガ積が歴史を感じます。 -
八丁畷駅
この駅は表向きでは京急ですがJR浜川崎線との接続駅となっています。
旧東海道は踏切を越えた側に続きます。 -
八丁畷駅横には江戸時代に火災、災害等で亡くなった人の無縁塚の碑、供養塔がありました。
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その説明板です。
ここまでが川崎側となるため旅行記を完結します。
鶴見側にも旧東海道の散策ポイントが点在するため鶴見エリアの旅行記に編集します。
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