2012/08/24 - 2012/08/25
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尾瀬リピーターさん
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娘夫婦が新潟にいることもあり、
夏の終わりに、佐渡1泊2日家族旅行を企画実行した。
私は、前日18:30仙台発バスで新潟入り(往復8000円)。
新潟駅近く東横インに宿泊。
連れ合いは、娘夫婦宅に。
車でもよかったが、バスが安いし、新潟までトンネルが多く回避。
翌日、ジェット船で、佐渡へ1時間。
レンタカーを借りて、
まず佐渡トキ保護センターへ。たくさんいました。
http://www4.ocn.ne.jp/~ibis/index.html
9月下旬にも十数羽、放鳥するとか。
「第7回放鳥を終了しました。トキの第7回放鳥については、
9月28日(金)に開始し、同日13羽、9月30日(日)に3羽、
10月1日(月)に1羽が野生復帰ステーション順化ケージから飛び立ち、
第7回放鳥を終了しました。」
「20世紀初頭には、中国、ロシア、朝鮮半島、台湾、日本など、
東アジア一帯に広く分布しており、決して珍しい鳥ではなかった。
江戸時代、日本でも北海道から九州までほぼ全国に生息していた。
その後、乱獲と生息環境の悪化により東アジア一帯で減少が進み、
20世紀後半までには中国と日本を除き絶滅している。
現在、野生のトキが生息しているのは、中国陝西省(せんせいしょう)洋県付近のみ。」
でも、放鳥後の繁殖率が低く、朱鷺が、佐渡に定着するのは、
時間がかかりそうとのこと。
その後、尖閣湾で観光。海中遊覧船にのりました。
「昭和7年に文部省天然記念物調査委員の理学博士・脇水鉄五郎氏がこの地を踏査された際、
天下の絶景と賞され世界一と呼ばれている
北欧ノルウエイのハルダンゲル峡湾の景観に勝るとも劣らず、
正に東西両洋に対をなす海岸美として『尖閣湾』と命名されました。
昭和9年に文部省より名勝地に指定、昭和25年には国定公園に編入されました。
昭和28年に菊田一夫原作の映画 『君の名は』 のロケが当遊園内で行われ、
「尖閣湾」の名は一躍全国に知られることとなりました。
昭和46年には海中公園に指定、さらに平成8年には日本渚百選に選定されています。」
http://ageshima.eek.jp/
小さな入り江で、家族がシュノーケルをやっていたのが印象的。
ここの「尖閣」は平和です。
夜は、結構大きなホテルで宿泊。
佐渡おけさをやっていました。
きれいな夕日でした。
翌日は、佐渡金山。
http://www.sado-kinzan.com/history/edo/index.php
一通り、江戸時代、近代の金山跡を見ましたが、
江戸時代のほうが、ある意味当時としては、さまざまな管理が、
しっかりしており、
かえって近代のほうが、植民地の人たちに、
過酷な労働を強いていたのではとの印象を持ちました。
http://www.nuis.ac.jp/ic/library/kiyou/3_hirose.pdf
江戸時代の先駆性、近代性を感じました。
「江戸時代、佐渡金山は徳川幕府直轄の「天領」となり、
その豊富な産金量は300年にわたる幕府の存続を支えました。
金銀山の景気にわく佐渡を目指して、全国各地から鉱山技術者や商人、
労働者たちが集まり、
それまで百姓の寒村だった島に突如人口5万人とも言われる大都市「相川」が誕生します。
江戸と直結していた佐渡には、当時最先端の知識や技術がもたらされ、
全国各地から集まった人々は地域色豊かな文化を佐渡に根付かせました。」
勉強になりました。
午後、ジョット船で新潟に。
17時発の仙台行で、帰宅。
暑い日々でしたが、島の良さを実感。
利尻礼文、淡路島、隠岐、五島列島は今後訪ねたい島です。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 船
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
ジェット船。結構速いです。1時間。
ちょっと高いけど。 -
かつて生きていた佐渡にいたトキ。
キンかミドリちゃんです。 -
ゲージ内のトキ。
思ったよりたくさんいました。 -
これは、放鳥され、孵化したトキの写真。
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海中透視船。
卒業旅行で行った、高知の海中透視船を思い出しました。 -
小さな入り江がきれいです。
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ホテルから見た夕日。
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金山入口。中は寒いくらい。お酒も貯蔵しています。
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江戸時代の持つ、先端的技術を使っていたことは、
勉強になりました。
これは、江戸時代再評価の基本ですね。 -
説明も丁寧です。
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わかりやすい説明です。
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北沢浮遊選鉱場。
「明治18(1885)年、初代佐渡鉱山局長に就任した
大島高任による第二次近代化の主要工事では、
北沢地区に選鉱・精錬施設が建設されました。
この工事では、選鉱場から港までの約1キロを結ぶ
日本初の架空索道(空中ケーブル)が建設されるなど、
当時最先端の西洋技術が導入されました。昭和13(1938)年から、
国を挙げて金の大増産が始まると、
北沢地区には月間7万トンの鉱石処理が可能な
「東洋一の浮遊選鉱場」が建設されました。 -
大立坑。
「現在の鉄製やぐらは、
昭和13(1938)年の日華事変に伴う金の大増産期に
建設されたもので、岩盤内部には大正7年に米国から輸入し、
坑内の動力として使われた空気圧縮機や、
昭和14年に設置された日立製作所製の復胴型巻揚機が残っています。」 -
シックナー。
「液体中に混じる固体粒子を
泥漿(でいしよう)(スラッジ)として分離する装置。
上下水道・廃水処理・化学工業などに用いられる。」 -
発電所。
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