2012/10/07 - 2012/10/07
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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■井仁の棚田/広島県安芸太田町筒賀
広島県の西北部、中国自動車道戸河内ICから約4km、急坂なつづら折りの県道を登りきり、小さいトンネルを抜けると突如、「桃源郷」のような集落が開ける。
標高500〜550mの集落全体が山に囲まれた、すり鉢状の傾斜地で、「井」は丸い、「仁」は村・集落の意味があると言われている。
安芸太田町津浪の国道191からも約4kmと、両方面に県道でつながっている。
平均勾配は6分の1で、農地面積は約12ha、内棚田が約8ha(324枚といわれている)。
棚田の石垣は少しでも面積を広くするためにほぼ垂直に築かれている。
水田の水は、総延長約6kmの水路によって、山の向こうの3つの谷から引いてきている。
昭和15年ごろ、セメント代の村費補助を受けて、地元の人たちの労力奉仕で完成し、その後改良を加えて今日に至っている。
また、井仁の人は集落全体を囲む延長約4kmのオリの中で生活している(猪防護柵高さ1.8m)。
井仁のトンネルは昭和35年に開通したもので、高さ制限3m、車の離合は困難で、大型車は通れないので注意が必要。
H22.3.1現在、住民は27世帯、人口67人で平均年齢58歳である。半数近くが70歳以上で、うち高齢者の1人暮らし世帯が7戸ある。(終戦直後の全戸数は54戸あった。)〜WEBサイトより。
▼井仁の歴史
太田川上流域の「大田郷」は平安時代末期から鎌倉時代(西暦1100年頃〜1300年代)にかけて開墾が進められ、厳島神社社領に組み入れられ、領主制の中で農業生産の向上と農民の自立・土地所有が進んだとされる。
室町時代前期(1400年頃)に初期的な村落の形成が行われたとみられている。
一般に石垣技術は山城の築城から発達したと言われ、棚田は山を開墾して出た石を積み重ねて築かれた。
井仁で最も古いとみられる石垣は戦国時代(約500年前、室町後期)のものと推測される。寛永15年(1638)の「地詰帳」には、耕地が現在とほぼ同じ広さがあったという記録がある。
秀吉の朝鮮出兵(「文禄・慶長の役」1592〜1598)のとき、安芸国の山間部に本拠を持つ吉川氏も出兵を命じられ、山県郡内や太田地方からも、築城要員として多くの人夫が動員された。
この人たちが故郷に帰って、石割りや石積みの技術を広め、棚田の石垣の多くが築かれたといわれている。
▼棚田とは
急峻な地形を巧みに利用して階段状になった耕地が棚田であるが、それはただ地形のみでなく、そこに暮らす農民の毎日の生活の場であり、自然条件と一体的にきちんと手入れ、管理されて、機能しているものを棚田と呼びたい。
何百年も耕された棚田も、丸1年も手を入れなかったら棚田とは呼べなくなるのである。
「棚田は、稲作に日々利用されて初めて、その公益的機能を発揮することができる。
不耕作が2年も続けば、畦は崩れ、田の表土は流され、豪雨を受け止めてゆっくりと流すことはできなくなる。棚田は、人間とともに生きている間だけ棚田なのである。
そこが、ピラミッドや万里の長城などの、死せる土木構造物との決定的な違いである。」
(東京農工大助教授・千賀裕太郎氏「棚田は生きている」より)
【手記】
この日(日曜)も午後から中国山地の某所でお仕事がありお休みではなかったのですが、井仁の棚田が勤務地の近くにあるので早めに家を出発、勤務前に速攻でその秋景色を何枚か切り撮ってきました。イソガシイ,イソガシイ…^^;)
疲労の塊。9月に入ってから10月11月とほとんどお休みがありません。カレンダーを見ると世の中3連休ラッシュでマスコミも騒いでおりますが、私どもはすべて3連勤。立場上、1日フル休みが取れないので少しでも時間があるとこうして気晴らしをしてしまいます。
若いころに比べて労働時間はかなり減っているのですが、最近は疲労が蓄積しやすいですね。もう退職して「のんびり旅行でもしようかな」って考えなくもないのですが、毎日仕事が楽しくてつい無理をしてしまっております。
この日も深夜帰宅、翌日は早朝4時起きでUSJツアー(これもお仕事のひとつです)へ同行しました。
なお、当ファイルは季節時間を選べないもんで棚田としての景色は×、時期外れの訪問記になっております。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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■井仁の棚田/広島県安芸太田町筒賀
稲刈りが終わってなんもイベントがない井仁の棚田ですが…。 -
■井仁の棚田/広島県安芸太田町筒賀
秋景色〜♪
この日(日曜)も午後から中国山地の某所でお仕事がありお休みではなかったのですが、井仁の棚田が勤務地の近くにあるので早めに家を出発、勤務前に速攻でその秋景色を何枚か切り撮ってきました。イソガシイ,イソガシイ…^^;) -
■井仁の棚田 秋景色
当ファイルは季節時間を選べないもんで棚田としての景色は×、時期外れの訪問記になっております。 -
■井仁の棚田 秋景色
・WEBサイトより
広島県の西北部、中国自動車道戸河内ICから約4km、急坂なつづら折りの県道を登りきり、小さいトンネルを抜けると突如、「桃源郷」のような集落が開ける。
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■井仁の棚田 秋景色
標高500〜550mの集落全体が山に囲まれた、すり鉢状の傾斜地で、「井」は丸い、「仁」は村・集落の意味があると言われている。
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■井仁の棚田 秋景色
安芸太田町津浪の国道191からも約4kmと、両方面に県道でつながっている。
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■井仁の棚田 秋景色
平均勾配は6分の1で、農地面積は約12ha、内棚田が約8ha(324枚といわれている)。
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■井仁の棚田 秋景色
棚田の石垣は少しでも面積を広くするためにほぼ垂直に築かれている。
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■井仁の棚田 秋景色
水田の水は、総延長約6kmの水路によって、山の向こうの3つの谷から引いてきている。
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■井仁の棚田 秋景色
昭和15年ごろ、セメント代の村費補助を受けて、地元の人たちの労力奉仕で完成し、その後改良を加えて今日に至っている。
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■井仁の棚田 秋景色
また、井仁の人は集落全体を囲む延長約4kmのオリの中で生活している(猪防護柵高さ1.8m)。
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■井仁の棚田 秋景色
井仁のトンネルは昭和35年に開通したもので、高さ制限3m、車の離合は困難で、大型車は通れないので注意が必要。
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■井仁の棚田 秋景色
H22.3.1現在、住民は27世帯、人口67人で平均年齢58歳である。半数近くが70歳以上で、うち高齢者の1人暮らし世帯が7戸ある。(終戦直後の全戸数は54戸あった。)〜WEBサイトより。 -
■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
▼井仁の歴史
太田川上流域の「大田郷」は平安時代末期から鎌倉時代(西暦1100年頃〜1300年代)にかけて開墾が進められ、厳島神社社領に組み入れられ、領主制の中で農業生産の向上と農民の自立・土地所有が進んだとされる。 -
■井仁の棚田 ★冬景色
2011年2月訪問時の写真 -
■井仁の棚田 秋景色
室町時代前期(1400年頃)に初期的な村落の形成が行われたとみられている。
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■井仁の棚田 秋景色
一般に石垣技術は山城の築城から発達したと言われ、棚田は山を開墾して出た石を積み重ねて築かれた。
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■井仁の棚田 秋景色
井仁で最も古いとみられる石垣は戦国時代(約500年前、室町後期)のものと推測される。寛永15年(1638)の「地詰帳」には、耕地が現在とほぼ同じ広さがあったという記録がある。
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■井仁の棚田 秋景色
秀吉の朝鮮出兵(「文禄・慶長の役」1592〜1598)のとき、安芸国の山間部に本拠を持つ吉川氏も出兵を命じられ、山県郡内や太田地方からも、築城要員として多くの人夫が動員された。
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■井仁の棚田 秋景色
この人たちが故郷に帰って、石割りや石積みの技術を広め、棚田の石垣の多くが築かれたといわれている。 -
■井仁の棚田 秋景色
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イチオシ
■井仁の棚田 秋景色
▼棚田とは
急峻な地形を巧みに利用して階段状になった耕地が棚田であるが、それはただ地形のみでなく、そこに暮らす農民の毎日の生活の場であり、自然条件と一体的にきちんと手入れ、管理されて、機能しているものを棚田と呼びたい。 -
■井仁の棚田 秋景色
何百年も耕された棚田も、丸1年も手を入れなかったら棚田とは呼べなくなるのである。
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■井仁の棚田 秋景色
「棚田は、稲作に日々利用されて初めて、その公益的機能を発揮することができる。
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■井仁の棚田 秋景色
不耕作が2年も続けば、畦は崩れ、田の表土は流され、豪雨を受け止めてゆっくりと流すことはできなくなる。棚田は、人間とともに生きている間だけ棚田なのである。
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■井仁の棚田 秋景色
そこが、ピラミッドや万里の長城などの、死せる土木構造物との決定的な違いである。」
(東京農工大助教授・千賀裕太郎氏「棚田は生きている」より) -
■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
日本の原風景 -
■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
かぼちゃです。大小3個ほどいただきました。 -
■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
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■井仁の棚田 秋景色
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■井仁のトンネル
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■井仁の棚田をあとにして
県道303号線の秋景色
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■井仁の棚田をあとにして
秋景色 -
■井仁の棚田をあとにして
秋景色 -
■井仁の棚田をあとにして
秋景色 -
■井仁の棚田へ行く前に
広島県西部、湯来町の広大な久保アグリファーム。
井仁の棚田へ行く前にちょっと立ち寄った所です。 -
■井仁の棚田へ行く前に
砂谷牛乳で有名な久保アグリファームにて
ホルスタインちゃん -
■久保アグリファームにて
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■久保アグリファームにて
なつっこいホルスタインちゃん
その辺の草をむしり取って差し出すと食べてくれました。 -
■久保アグリファームにて
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■久保アグリファームにて
ほんの5〜6分でしたが、癒しありがとー。
さよなら〜 -
■久保アグリファームにて
これも秋景色 -
■久保アグリファームにて
以上、秋景色レポでした。
この日も深夜帰宅、翌日は早朝4時起きでUSJツアーへ同行しました。
それでは〜 THE END.
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この旅行記へのコメント (2)
-
- くまくまさん 2012/10/28 13:41:59
- Mecha Godzillaさーん
- くまくまです
こんにちわ
これぞ日本の原風景ですね。
落ち着きます・・・
- MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2012/10/29 04:04:59
- RE: Mecha Godzillaさーん
- > くまくまです
> こんにちわ
>
> これぞ日本の原風景ですね。
> 落ち着きます・・・
はい。落ち着きます。なんでもない山里の秋風景ですが、わたくしはけっこう気に入っております。
この日は山奥の某施設で勤務がありまして気晴らしに途中立ち寄った所です。何度か行っているところで、水を張った田植えの時期がいいと思うのですが、なかなか時間の都合がつきません。まっ、リタイアしたら行ってみます。
Mecha Godzilla?.T&N
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