ローン・パイン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
(日程)<br />8月30日 札幌→羽田(8/31、0:15)→ロサンゼルス(8/30、18:15)(ロサンゼルス泊)<br />8月31日 ロサンゼルス→サンタモニカ海岸→ラフリン→ラスベガス (ラスベガス泊)<br />9月1日  ラスベガス→デスバレー→マンザナー収容所跡 (ラスベガス泊)<br />9月2日  ラスベガス→フラッグスタッフ→セドナ (フラッグスタッフ泊)<br />9月3日  フラッグスタッフ→グランドキャニオン→モニュメントバレー (フラッグスタッフ泊)<br />9月4日  フラッグスタッフ→バーストウ→マンモスレイク (マンモスレイク泊)<br />9月5日  マンモスレイク→モノ湖→タイオガロード→ヨセミテ公園 (ソノラ泊)<br />9月6日  ソノラ→サクラメント→レイクタホ→シエラ温泉→リノ (シエラ温泉泊)<br />9月7日  シエラ温泉→レイクタホ→ヨセミテ公園→マーゼット→サリナス (サリナス泊)<br />9月8日  サリナス→モンテレー→カリフォルニア西海岸→ロサンゼルス<br />9月9日  ロサンゼルス(1:15)→羽田(9/10 5:00)<br />9月10日 羽田→札幌帰宅<br /><br />(航空券)全日空スーパーエコ割(新千歳⇔羽田含めて12万4千円)<br /><br /><br /><br />**アメリカ西部ドライブ旅行(その3)より続く**<br /><br />9月1日、昼前にデスバレーを後にして、190号を北西の方向に進むと、デスバレー国立公園の西側の入り口にあたる、ストーブパイプ・ウェルズに着いた。この近くには、巨大な砂丘(サンドデューン)があり観光客が沢山居た。(砂丘など見慣れているエフタロウは素通り・・)ここにはホテルと売店がある。朝からなにも食べてなかったので、サンドイッチでも買おうと寄ったが・・高い! 結局、ダイエットコーラと日本でもお馴染みのリッツを買って腹を満たした。<br /><br />ここから190号は、西方向に70マイルほど、標高差2000M級の二つの山脈と谷を越える、砂漠の「ワインディングロード」となる。まずは直線が続くが、スピードが上がらない! ずっと上り坂なのだ!(海抜ゼロメートル地帯から2000M地帯まで上っている!でも、平地を走っているようで・・実感が湧かない・・)そして谷底へ下りて、また山道を駆け上がっていく・・ デスバレーより、こちらの道路の景色の方が、エフタロウとしては印象に残ったなあ・・<br /><br />そして正面に大きな山脈が見えてきた! おぉ!これがシエラネバダ山脈だ!ずっと北の方まで続いている!でっかいなあ! あれがホイットニー山(標高4418M)だな! しばし感動・・<br /><br />13時半すぎ、395号との合流地点、ローンパインの町に到着。ここのビジターセンターに立ち寄る。(沢山の観光客が居る・・そうだ、今日は土曜日だ!) 眼前にホイットニー山の勇姿が広がる。マンザナー収容所跡(太平洋戦争時の日系人の強制収容所跡)の位置を地図で確認した・・この町からは10マイルほどだな・・時間が有れば、50マイル北のビショップの町まで行って、ぐるっと回ってラスベガスまで帰ろうかな!?(結局回れなかった・・)<br /><br />ローンパインの町で給油と昼食(マックでフィレオフィッシュコンボ(セット)約6ドル50セント)を取った。そして、395号を北上、午後2時頃、マンザナーに到着。強制収容所の見張り塔が復元されている。<br /><br />エフタロウも、以前にテレビで放映された中井貴一と草なぎ剛主演の「99年の愛」は見ている。日系人が太平洋戦争中に強制収容された歴史は知っていたが・・旅行直前まで、ここに収容所があったことは知らなかったし、あまり関心はなかった。旅行日程の都合上、週末にラスベガス2泊となったため(宿泊費が安かった)デスバレー観光だけでは時間が余るから、ここには、ついでに寄っただけなのだ・・慰霊塔だけ見て、すぐに立ち去るつもりだったが・・思いがけず、長居をすることになった・・<br /><br />慰霊塔の他は何にも無いと思っていたのだが・・駐車場の前には、立派な歴史資料館が建っていた。まずは、其処に入ってみた。料金は無料。アメリカらしく「銃持ち込み禁止!」のステッカーが貼ってあった。<br /><br />展示物は、収容所内での日系人の生活の様子や、その遺物・・歴史的経緯や年表など・・尚、写真撮影についての制限は無かった。<br /><br />14時半から、映画上映があったので(30分おきにやっているようだ)映写室に入ってそれを見た。太平洋戦争勃発から、日系人の強制収容の様子と収容所での生活、そして1988年のレーガン大統領による謝罪と賠償(一人あたり2万ドル)まで映像になっていた。<br /><br />勿論、全編英語だから、エフタロウのつたない英語力では、全てを理解するのは不可能だったが、米国人が、ここで、何を後世の米国人に伝えていきたいのかは理解できた。<br /><br />日系人の強制収容を謝罪したということは、ニュースで知っていたから、それを反省しているものとばかり思っていたのだが・・そうではないようだ・・<br /><br />米国が反省しているのは、この日系人の強制収容を「法的手続きを経ず、大統領令だけでやってしまった」ことなのだ! 何人も法の支配の下に平等で、法の裁き以外で自由を奪われることがあってはならない・・これは米国の大原則である。 これを守れなかったことを自ら恥じて、後世への戒めとして、それを伝える為にこの収容所跡を歴史史跡としているのである!(日系人の強制収容自体を反省しているわけではないのだ・・)<br /><br />まあ、旅行記だから、これ以上深く書かないが・・エフタロウとしては、米国人の考え方として留意しておきたい・・<br /><br />映画を見終わったあと、しばし、展示物等の見学をして、外に出た。強制収容所の日系人の居住棟と食事棟が1棟ずつ復元されている。中に入って、当時の生活の様子を垣間見る?ことが出来た感じだ・・<br /><br />そして、ここのシンボルともいえる「慰霊塔」を探したのだが・・あれれ・・見渡せど見当たらない・・ 歴史資料館に戻って問い合わせた。すると、更に2マイル奥地(山地側)にあり、車で回れるコースになっていると教えてくれて、地図をもらった。<br /><br />それに従い、程なく到着。慰霊塔の後ろには、雄大なシエラネバダの山々が連なる・・往時の同胞の方々の苦難に思いを馳せながら・・手を合わせ、しばし合掌した。(表紙の写真はその慰霊塔である)1943年建立と書かれていたから、当時どんな思いで建てたのだろう・・(後世に建てられたものだとばかり思っていたが違っていた)<br /><br />マンザナーを後にしたのは16時過ぎ、結局2時間も居てしまった。思いがけず・・ここが今日のメイン観光地となってしまった。<br /><br />元来た道を、一路戻っていく・・ローンパインの町からは190号で、18時頃にデスバレー西入り口のストーブパイプ・ウェルズまで戻ってきた。(尚、ここに着くまでの一本道・・行きの上りの際はよく分らなかったが、帰りの下っていくのは、はっきり分ったww 西方向からデスバレーに向かえば、まるで地獄に吸い込まれていくような感覚を味わうことが出来る??)<br /><br />売店に再び立ち寄って、今度はアイスクリームを買った。(昼来た時より、夕方の方が暑かった!)売店の前のベンチで食べたのだが・・いや?美味かった!!<br /><br />ここで、同じ道を通って帰るのも・・と思い、ネバダ州のビーティーという町経由でラスベガスに帰ることとした。 砂漠の夕方の幻想的な風景を味わいながら・・程なくビーティーの町に到着。やはりここにもカジノが何軒かあるぞ! トイレを借りに、一軒のカジノに立ち寄った。中はラスベガスと似たようなものだな・・(尚、カジノ内はどこも写真撮影厳禁)<br /><br />ビーティーからラスベガスまでは95号の一本道。速度75マイルで突っ走る。それでも2時間半は掛かりそうだ・・途中で日が暮れて真っ暗になった。砂漠の中に自動車のライトだけだ・・何とも不気味だなあ・・そして21時前に漸くラスベガスに帰着。急に辺りが明るくなる。まさに砂漠のオアシスだな・・<br /><br />本日の走行距離は500マイル以上・・疲れていたので・・直ぐに就寝となった。明日は、アリゾナ州フラッグスタッフへの移動だ。<br /><br /><br />アメリカ西部ドライブ旅行(その5)に続く <br /><br /><br /><br />

アメリカ西部ドライブ旅行(その4) マンザナー収容所跡(シエラネバダ山脈)→ラスベガス

2いいね!

2012/09/01 - 2012/09/01

16位(同エリア16件中)

0

8

エフタロウ

エフタロウさん

(日程)
8月30日 札幌→羽田(8/31、0:15)→ロサンゼルス(8/30、18:15)(ロサンゼルス泊)
8月31日 ロサンゼルス→サンタモニカ海岸→ラフリン→ラスベガス (ラスベガス泊)
9月1日  ラスベガス→デスバレー→マンザナー収容所跡 (ラスベガス泊)
9月2日  ラスベガス→フラッグスタッフ→セドナ (フラッグスタッフ泊)
9月3日  フラッグスタッフ→グランドキャニオン→モニュメントバレー (フラッグスタッフ泊)
9月4日  フラッグスタッフ→バーストウ→マンモスレイク (マンモスレイク泊)
9月5日  マンモスレイク→モノ湖→タイオガロード→ヨセミテ公園 (ソノラ泊)
9月6日  ソノラ→サクラメント→レイクタホ→シエラ温泉→リノ (シエラ温泉泊)
9月7日  シエラ温泉→レイクタホ→ヨセミテ公園→マーゼット→サリナス (サリナス泊)
9月8日  サリナス→モンテレー→カリフォルニア西海岸→ロサンゼルス
9月9日  ロサンゼルス(1:15)→羽田(9/10 5:00)
9月10日 羽田→札幌帰宅

(航空券)全日空スーパーエコ割(新千歳⇔羽田含めて12万4千円)



**アメリカ西部ドライブ旅行(その3)より続く**

9月1日、昼前にデスバレーを後にして、190号を北西の方向に進むと、デスバレー国立公園の西側の入り口にあたる、ストーブパイプ・ウェルズに着いた。この近くには、巨大な砂丘(サンドデューン)があり観光客が沢山居た。(砂丘など見慣れているエフタロウは素通り・・)ここにはホテルと売店がある。朝からなにも食べてなかったので、サンドイッチでも買おうと寄ったが・・高い! 結局、ダイエットコーラと日本でもお馴染みのリッツを買って腹を満たした。

ここから190号は、西方向に70マイルほど、標高差2000M級の二つの山脈と谷を越える、砂漠の「ワインディングロード」となる。まずは直線が続くが、スピードが上がらない! ずっと上り坂なのだ!(海抜ゼロメートル地帯から2000M地帯まで上っている!でも、平地を走っているようで・・実感が湧かない・・)そして谷底へ下りて、また山道を駆け上がっていく・・ デスバレーより、こちらの道路の景色の方が、エフタロウとしては印象に残ったなあ・・

そして正面に大きな山脈が見えてきた! おぉ!これがシエラネバダ山脈だ!ずっと北の方まで続いている!でっかいなあ! あれがホイットニー山(標高4418M)だな! しばし感動・・

13時半すぎ、395号との合流地点、ローンパインの町に到着。ここのビジターセンターに立ち寄る。(沢山の観光客が居る・・そうだ、今日は土曜日だ!) 眼前にホイットニー山の勇姿が広がる。マンザナー収容所跡(太平洋戦争時の日系人の強制収容所跡)の位置を地図で確認した・・この町からは10マイルほどだな・・時間が有れば、50マイル北のビショップの町まで行って、ぐるっと回ってラスベガスまで帰ろうかな!?(結局回れなかった・・)

ローンパインの町で給油と昼食(マックでフィレオフィッシュコンボ(セット)約6ドル50セント)を取った。そして、395号を北上、午後2時頃、マンザナーに到着。強制収容所の見張り塔が復元されている。

エフタロウも、以前にテレビで放映された中井貴一と草なぎ剛主演の「99年の愛」は見ている。日系人が太平洋戦争中に強制収容された歴史は知っていたが・・旅行直前まで、ここに収容所があったことは知らなかったし、あまり関心はなかった。旅行日程の都合上、週末にラスベガス2泊となったため(宿泊費が安かった)デスバレー観光だけでは時間が余るから、ここには、ついでに寄っただけなのだ・・慰霊塔だけ見て、すぐに立ち去るつもりだったが・・思いがけず、長居をすることになった・・

慰霊塔の他は何にも無いと思っていたのだが・・駐車場の前には、立派な歴史資料館が建っていた。まずは、其処に入ってみた。料金は無料。アメリカらしく「銃持ち込み禁止!」のステッカーが貼ってあった。

展示物は、収容所内での日系人の生活の様子や、その遺物・・歴史的経緯や年表など・・尚、写真撮影についての制限は無かった。

14時半から、映画上映があったので(30分おきにやっているようだ)映写室に入ってそれを見た。太平洋戦争勃発から、日系人の強制収容の様子と収容所での生活、そして1988年のレーガン大統領による謝罪と賠償(一人あたり2万ドル)まで映像になっていた。

勿論、全編英語だから、エフタロウのつたない英語力では、全てを理解するのは不可能だったが、米国人が、ここで、何を後世の米国人に伝えていきたいのかは理解できた。

日系人の強制収容を謝罪したということは、ニュースで知っていたから、それを反省しているものとばかり思っていたのだが・・そうではないようだ・・

米国が反省しているのは、この日系人の強制収容を「法的手続きを経ず、大統領令だけでやってしまった」ことなのだ! 何人も法の支配の下に平等で、法の裁き以外で自由を奪われることがあってはならない・・これは米国の大原則である。 これを守れなかったことを自ら恥じて、後世への戒めとして、それを伝える為にこの収容所跡を歴史史跡としているのである!(日系人の強制収容自体を反省しているわけではないのだ・・)

まあ、旅行記だから、これ以上深く書かないが・・エフタロウとしては、米国人の考え方として留意しておきたい・・

映画を見終わったあと、しばし、展示物等の見学をして、外に出た。強制収容所の日系人の居住棟と食事棟が1棟ずつ復元されている。中に入って、当時の生活の様子を垣間見る?ことが出来た感じだ・・

そして、ここのシンボルともいえる「慰霊塔」を探したのだが・・あれれ・・見渡せど見当たらない・・ 歴史資料館に戻って問い合わせた。すると、更に2マイル奥地(山地側)にあり、車で回れるコースになっていると教えてくれて、地図をもらった。

それに従い、程なく到着。慰霊塔の後ろには、雄大なシエラネバダの山々が連なる・・往時の同胞の方々の苦難に思いを馳せながら・・手を合わせ、しばし合掌した。(表紙の写真はその慰霊塔である)1943年建立と書かれていたから、当時どんな思いで建てたのだろう・・(後世に建てられたものだとばかり思っていたが違っていた)

マンザナーを後にしたのは16時過ぎ、結局2時間も居てしまった。思いがけず・・ここが今日のメイン観光地となってしまった。

元来た道を、一路戻っていく・・ローンパインの町からは190号で、18時頃にデスバレー西入り口のストーブパイプ・ウェルズまで戻ってきた。(尚、ここに着くまでの一本道・・行きの上りの際はよく分らなかったが、帰りの下っていくのは、はっきり分ったww 西方向からデスバレーに向かえば、まるで地獄に吸い込まれていくような感覚を味わうことが出来る??)

売店に再び立ち寄って、今度はアイスクリームを買った。(昼来た時より、夕方の方が暑かった!)売店の前のベンチで食べたのだが・・いや?美味かった!!

ここで、同じ道を通って帰るのも・・と思い、ネバダ州のビーティーという町経由でラスベガスに帰ることとした。 砂漠の夕方の幻想的な風景を味わいながら・・程なくビーティーの町に到着。やはりここにもカジノが何軒かあるぞ! トイレを借りに、一軒のカジノに立ち寄った。中はラスベガスと似たようなものだな・・(尚、カジノ内はどこも写真撮影厳禁)

ビーティーからラスベガスまでは95号の一本道。速度75マイルで突っ走る。それでも2時間半は掛かりそうだ・・途中で日が暮れて真っ暗になった。砂漠の中に自動車のライトだけだ・・何とも不気味だなあ・・そして21時前に漸くラスベガスに帰着。急に辺りが明るくなる。まさに砂漠のオアシスだな・・

本日の走行距離は500マイル以上・・疲れていたので・・直ぐに就寝となった。明日は、アリゾナ州フラッグスタッフへの移動だ。


アメリカ西部ドライブ旅行(その5)に続く 



旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
25万円 - 30万円
交通手段
レンタカー
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • ローンパインの町のビジターセンターから撮った、ホイットニー山(4418M)とシエラネバダ山脈

    ローンパインの町のビジターセンターから撮った、ホイットニー山(4418M)とシエラネバダ山脈

  • マンザナー収容所跡の歴史資料館(建物)

    マンザナー収容所跡の歴史資料館(建物)

  • マンザナー収容所跡の歴史資料館(展示物の一部)

    マンザナー収容所跡の歴史資料館(展示物の一部)

  • 復元されたマンザナー強制収容所の日系人居住棟

    復元されたマンザナー強制収容所の日系人居住棟

  • マンザナー強制収容所の日系人食事棟(復元)内部の展示

    マンザナー強制収容所の日系人食事棟(復元)内部の展示

  • マンザナー強制収容所跡地の慰霊塔。後方にシエラネバダ山脈が聳える。

    マンザナー強制収容所跡地の慰霊塔。後方にシエラネバダ山脈が聳える。

  • マンザナー強制収容所の見張り塔(復元)

    マンザナー強制収容所の見張り塔(復元)

  • ネバダ州中部の田舎町、ビーティーのカジノ

    ネバダ州中部の田舎町、ビーティーのカジノ

この旅行記のタグ

2いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

アメリカで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
アメリカ最安 335円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

アメリカの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP