2012/08/24 - 2012/08/28
359位(同エリア580件中)
たこし!さん
これは霧社に行かなくてはならない。そう思ったのが3月のことだった。映画セデック・バレを見たこと、そして平野久美子氏の「トオサンの桜 散り行く台湾の中の日本」を読んだのがたまたま3月だったのだ。
どちらも台湾中部の小さな町、「霧社」が舞台となっている。両作品の内容や感想は折に触れ述べるのでまずは我が旅の記録をご覧いただきたい。
2012年8月末、2個の台風の動向に不安を抱えながら日本を後にする。台湾の「へその町」埔里で一夜を宿り、しとしと降る雨をうらみながら一路スクーターで霧社を目指し埔霧公路を走った。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩 バイク
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
川沿いに蛇行しながら走ると、いつしか道は山深い渓谷に差し掛かっていた。山地原住民と平地住民の境界たる「人止關」に到る頃には雨は止み、南国の太陽が肌を焼いていた。
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奇岩に「人止め」の険しい峡谷の顔を見る。
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いくつかのヘアピンカーブを抜けたら仁愛郷に入った。
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刻まれているのはいかめしい標語 複雑な想いがわが身を駆け巡る
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為政者が過去の人物を「象徴」として奉る例は枚挙に暇がない。
台湾の国民党政府はその傾向が特に多いように感じる
このモーナ・ルダオしかり、中正紀念堂に三センチ浮いてる蒋介石しかり・・・ -
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非武装の人々をまさに屠らんとするさまを像にする、、、これを見て何を感じればいいのか。
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その、現場、修羅の場。霧社公学校跡
今は電力会社の事務所になっている
休日ゆえか門が閉ざされ入れなかった -
日本人殉難者墓地跡
荒れるに任せる、までは行かないが言われなければそうだったとは判らない
以下は浅学であるとの前提で読んでもらいたい
霧社事件に対する私見を述べるならば蜂起にいたる過程での抑圧され鬱積した原住民サイドの怒りも理解できるが、やはり非武装民の虐殺であったことは非の打ちようがない事実だと思う。それがセデック族の流儀だとしても、だ。
その後のいきさつなどは台湾原住民に同情せざるを得ない部分もあるが、この事件事態は私自身ジェノサイドとしか評価できない。
山を渡る風に乗ってカラオケ大会の歌声が聞こえてきた。朗々と歌い上げるその歌は、日本語の「北国の春」だった。
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