2004/09/10 - 2004/10/10
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rosenkroneさん
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2004年夏
夫は単身赴任で大阪。
東京に幼稚園児の5歳になったばかりの息子と二人。
朝、目覚めた瞬間、ふと思った。
。。。夫は大阪、今ならどこにいても 同じだわ。。。
。。。そうだ、スイスに行こう。。。
ホテルじゃなくて部屋を借りて普通に暮らす。
それなら飛行機代以外は東京にいるのと費用はあまり変わらない?
8年前にネパールで知り合ったスイス人一家がインターラーケンに住んでいる。
彼女にいろいろアドバイスしてもらおう。
なんて考えて、夫に相談すると
「オレも途中で合流する!」
それからのプランニングが大変!
スイスには休暇用の貸部屋、貸家がたくさんある。
予算も限られているし、ある程度の設備は欲しいし。
インターネットで調べに調べた。
借りる部屋だけではなく、移動する時のホテルも素敵なところばかり。
迷いに迷い、そのうちにいやになっちゃったくらい。
ようやくコースが決定。
まずインターラーケンのモニカの家に2泊、
インターラーケンから列車で30分ほどの湖のほとりの街ブリエンツに2週間、
夫と合流して移動。
画家カリジェの住んだ街Thrunでホテル泊のあと、サンモリッツ近郊のポントレジーナで1週間、
世界遺産の街ミュスタイアでホテル泊のあと、チューリッヒに戻り、2日滞在して帰国。
さあ、どんな時間が待っているのだろう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2004.9.9
いよいよ明朝、スイスに出発。どんな旅になるのか、あまり不安はないけれど、やはり興奮する。
夕方6時過ぎに大阪のパパから「明日のスイスエアの出発は2時間遅れ」という情報を聞いて驚いたが、もうオフィスは閉ってしまっていて、私自身は確認していないので、最初から2時間遅れて成田へ向うのはとても不安。
5歳の息子は興奮して寝付かない。
最後のミュスタイアのホテルは迷いに迷って、まだ結論が出ないし、
成田のインフォメーションはその時間でも電話が通じて、調べてはくれたものの、「そういう情報は入っていません」とのこと。
朝10時40分発の予定が午後1時頃になるというのではあまりに時間差が大きい....ゆっくり行くべきか、時間通り行くべか....?!
パパは「絶対大丈夫だから、ゆっくり行けばいい」と言うけれど、やっぱり不安だよねえ....。
出発前夜だというのに、家を出る時間や、ホテル決めに迷っている私って。。。
もう夜中1時半。後は少しでも眠るだけ、と思うが、やはり寝つけない。息子も興奮しているのか、起きてしまった。結局3時過ぎまで眠れず。 -
現地時間18:30(日本時間01:30)あ〜!やっと着いた〜!!モニカと7年ぶりの再会。
空港のすぐ下が鉄道駅になっているので、20万円(週明けに2箇所の部屋代を支払うので)を換金、半額パスとインターラーケンまでのチケット購入。
1F=¥92強。
半額パスは99Fで殆どの列車やバスが半額になる。乗り放題のスイスパスもあるけれど、移動の少ない私たちにはこちらのほうがお得かな。
19:40のベルン行きに乗り込む。2階建て車両で、週末のせいか結構混んでいる。
ベルン着21:15。21:30にインターラーケン行きの列車に乗り換える。ベルンは世界遺産に登録されている古い街だけど、さすがに外はもう暗く、何も見えない。インターラーケンウエストに22:30着。
モニカの家は車で数分のウンターゼーン地区にある。
広々としたリビングの正面にユングフラウが見え、まあ、なんともすばらしいおうち。
疲れ果てて、さすがに息子も私もすぐに寝入った.....23時。
日本時間だと午前6時半?家を出てから24時間の移動だったわ。 -
9.11
ぐっすりと9時半まで熟睡。
モニカに「ゆうべは1秒で寝付いたわ」と言ったら笑っていた。
モニカの住まいは想像以上!
1階はキッチン、ダイニング、リビングがひとつになっていて、一体どのくらいの広さがあるのでしょう?!30帖?もっとかなあ?もっとだわ。
2階に3部屋、夫婦用、バジル、そして私達、バスルーム。踊り場だけで日本だったら一部屋できるよ〜
バスルームは東京の息子の部屋より大きいんじゃないかな?
3階はひろ〜いひと部屋、ここにフィリップがいる。
地下は洗濯室、ビリヤード台のあるプレイルーム、バジルの趣味のドラムセットがある部屋....。
広い庭の正面にはユングフラウがそびえ、そこでバーベキューを楽しんで、ハンモックでお昼寝......。そんなかんじでしょうか? -
Thun湖沿いにドライブ。
同じ車道をマウンテンバイクが走って、なんだかヒヤヒヤする。
でも目の前を自転車に塞がれても、どの車もバスも当たり前という感じでクラクションは鳴らさない。
どの家も窓辺にゼラニウムやペチュニアが美しく咲き誇り、窓の外の風景には飽きない。
あっという間に高台のSpiez駅に到着。そこからシュピーツ城を見下ろすと、斜面に広がる街と教会の尖塔、湖に浮かぶヨットが同時にまるで絵葉書の様に眺められる。太陽の光が眩しい程に湖水に光っていた。
お城の庭にはまだ夏の花々が今が盛りのように咲いている。シュピーツ城見学。この地方を治めていた貴族の意外に質素な生活ぶりが再現されている。お城と言っても宮殿ではない。塔まで上がると小さな窓からぶどう畑が見える。
本当にのんびりとした風景だ。目の前の教会では結婚式が終わったところで、新郎新婦が参列者に挨拶している。すぐ脇の広場でこれからパーティーが始まるようだ。堅苦しい披露宴などではないから、みんなすごく楽しそう。 -
9.12
時差ボケかな?早朝4時に目が覚めてしまう。
朝食後、車でBeatusheahlen(鍾乳洞)、テュリュンメルバッハの滝などを見学してから、夕方6時、これから滞在するブリエンツまで送ってもらう。
20Kmくらいの距離だ。
途中、インターラーケンのCoopでパンやソーセージ、ミルクなどを買い込む。
ブリエンツ、フリューマン婦人の家に到着!!広くて明るいいいかんじの部屋だ。
2階に婦人が住み、1階が私たち。 -
約45平方メートル、キッチンとリビングが一緒の大きな部屋、籐製の椅子のセットと、ソファ、テレビ、その向こうにベッドがひとつ。
奥の部屋はシングルベッドが二つ並んだ寝室。かなり広くてクローゼットやタンスがあるので助かるわ。
部屋代は1泊70Fで、その他にシーツ代、税金、最後の掃除代がかかる。 -
9.13
気持ちよく目覚めると、息子はもうリビングで遊んでいた。
あ〜今日はいいお天気。
庭のすみにあった丸テーブルをふたりでよいしょっと日なたに持ち出して、ブリエンツ最初の朝食!
息子は「モニカの家では朝ご飯はパンとバターとジャムだけだよねえ。」とテーブルに並んだソーセージ、トマト、チーズに満足そう。
ウンウン、食生活の違いはキツイよね。
我が家の朝食はこうでなくっちゃ!
さ、これから私たちのスイス生活が始まる! -
ブリエンツの街は湖に沿って走るHauptstrasseがメインストリート。国鉄ブリエンツ駅を背に右に100m程行くと私達の住むフリューマンさんの家、左に800mくらいの間にはホテルやレストラン、お土産屋さんが軒を連ねる。
-
国鉄駅の向いにはロートホルン鉄道の始発駅があって、団体客が絶えない。
-
今日はまずHauptstrasseを7、800m歩き、村のはずれのBrunngasseから上へ上がってみよう。
-
メインストリートから右に折れる。
すると。
石畳の小道の両側に17世紀からそのままの民家が花々をあふれんばかりにして建ち並んでいる。
ほんの数十メートルの距離だけど、本当に美しい。実はここにも1軒、休暇用の賃貸の部屋があったのだが、何しろ17世紀の建物で天井が180cmだとのこと。1、2泊ならともかく暮らすにはちょっとねえ...ということでパスしたのだった。 -
イチオシ
メインストリートを少し駅に向ったところから急な階段でWild Parkとやらに登れるようだ。息を切らせてかなり急な階段と山道を登ると眼下にエメラルド色のブリエンツ湖とかわいらしい村の家々が広がる。
-
いくつかのカーブを過ぎ、日本だったらさしずめ大金持ちの別荘かと思うような大きな家の脇を過ぎ、WildParkに着いた。
岩山を大きな区画に仕切ってシュタインボック(角笛になりそうな角を持った山羊)や鹿たちがのんびりと生活している。
息子は鹿におっかなびっくりリンゴを与えた。堂々たる角の牡鹿だった。
さらに先へ歩く。 -
イチオシ
『プライベート』と書いてある小道は広々とした芝生の庭とため息の出るような花の家に続いていた。
庭の広さは半端じゃない。それを柵越しに見ながら、少しずつ下りはじめる。
3つ星ホテル、リンデンホフの前を通り過ぎ、ロートホルン鉄道の線路をくぐり、湖沿いのメインストリートに戻って来た。
約2時間の散歩だった。
今夜はカレーとお味噌汁。レトルトだけど、息子に「どうですか?」と聞くと「答えられないくらいおいしい」とひとこと。
今夜も9時過ぎにはおやすみなさい.....。 -
9.14
今日はモニカと一緒にベルンの街へ。
10時12分発の列車に乗り込み、インターラーケン オスト駅でモニカと待ち合わせ、ベルンへ向う。
1時間10分到着。
スイスのほぼ中央に位置するベルンは1848年に首都となり、スイスで4番目に大きい街ということだが、都会、というかんじはしない。旧市街は中世のたたずまいをそのままに残し、街全体がユネスコの世界文化遺産に登録されている。 -
モニカの案内で大聖堂を見学。
スイスで一番高いという塔にも登って、世界遺産の街を見たり、バスも市電も使わずに11時半から5時近くまでひたすら歩き回った。 -
豪がモニカや他のJuni家の4人の顔を画用紙に描いたのでそれをプレゼント。
-
市庁舎の前の広場。
-
9.16
今日はブリエンツの臨時我が家にモニカが遊びにくる。
お昼過ぎにブリエンツ駅に迎えに行き、我が家でお昼ご飯。
ちっちゃな台所で調味料もないけれど、工夫するのも楽しいもの。
アボカドディップと薄焼き卵ののり巻き、じゃがいもとゆで卵の煮物。これはラーメンに付いていた汁エキスで煮たものでなかなかのお味。
モニカには始めての味だったみたいだけど「おいしい」と全部食べてくれた。 -
食後、散歩。例によって、Wildparkへ登り、そこから今日はSchwandenの村を歩いた。約2時間半。
スイス人もドイツ人も歩くのが好き〜 -
-
9.17 さあ、ハイキングだ!
駅のツーリストインフォメーションで滞在中の過ごし方を相談。
子連れならどの方面へのハイキングがいいか、バスの時刻表、コース地図、本当によく揃っていて、これなら息子と二人でも安心。
駅前から8:50のバスでBruenig-Hasliberg駅を経由してハスリベルグのファミリー向けハイキングコースのひとつに向う。
ハスリベルグに伝わる小人伝説をもとにふたつのハイキングコースがある。Muggestutz1と2だ。
今日は1の方を歩くことにして、バスの終点Hasliberg Reuti村まで切符を買う。半額カードで往復で10.4F。
バスは我が家の前を通り過ぎてからSchwangen方面へ左折。
天気は言うことなし。
細い村道の両脇にはかわいらしい家並みが続く。やがて道はどんどん上り坂になり、バスは「ピポパポピ〜」とユーモラスなクラクションを鳴らしながら登っていく。 -
突然白く輝く山々が見えた!息子と二人で大興奮。9:40終点に到着。
目の前がゴンドラの駅だ。コースの始点Maegisalpまで半額カードで9F。子供連れには窓ガラスに楽しい絵を描いたゴンドラがまわってきて感激。 -
青い標識で道順を示しているコース名のMuggestutzは小人の主人公の名前。コース途中にムーゲ爺さんと11人の仲間の登場人物の家や仕事場が再現されている。
-
例えば2番目のポイントは仲間のの仕事場。暖炉の火付けに使うため松ぼっくりを乾かす仕事場だ。10段程の木の階段で物干台に登り、下でカゴに入れた松ぼっくりを引っ張りあげて袋に入れたりして遊ぶ。
ポイント10番目は小人の家。小さな家の中には一通りの家具が揃っていてかわいらしい。今日は平日で殆ど人が少ないので豪は気の済むまで、こういうポイントで遊ぶことができた。 -
ポイントごとにいろいろなアスレチックがあり、息子もスイスの子供たちに交じってたっぷり遊んだ。
言葉が通じてないことも全く気にならないみたいで、特にここのポイントなんていろんな子たちと「もう一回、もう一回!」と飽きることがない。 -
途中、おにぎりを食べたりしながら最後の15番目のポイントまで歩いた。
ここまで約2時間半。 -
イチオシ
ここから最初のReuti駅までゴンドラで降りてしまうのが普通のようだが、息子はまだ体力も残っていそうだし、天気はいいし、まだ時間も早いし、と考え、Reutiまで歩いて降りることにする。約1時間のコースだ。
どこまでも広がる牧草地を突っ切り、点在する味わい深い家々の脇を通り過ぎながら、時々出会う人に道を確かめた。
でも途中から山の中に入ってしまい、内心焦ったが、息子にはそんな素振りは見せられないので歌を歌いつつ、バスの時間を気にしつつ下り続けた。小さな木の橋がかかった川を渡った時にはヤバイかなと思ったが、方向は間違っていないはずなのでどんどん歩く。
やっとReutiへ向うゴンドラが見えた!バス停到着。かなりの早足で歩いたので1時間のコースを45分で歩いて来た。 -
9.18
今日もハイキングに出かける予定。
外のテーブルで朝食。
Axalpのハイキングコースを歩くか、対岸の村Isltwaldへの湖畔の道を歩くコースにするか、とても迷ったので、9:30に家を出てインフォメーションで相談。
結局、10:30のバスで対岸のGiessbachの滝まで行き、湖畔を歩いてIsltwaldへ出て船で戻って来る、というコースに決めた。
バスはAxalpに向い、どんどん登って行く。ユーモラスなクラクションを派手に鳴らし、後ろの若者の団体が大喜びしている。
15分くらいで滝の停留所に着き、下車。4つ星のグランドホテルの前を通り、どんどんくらい森の中に降りて行く。
グランドホテルは湖畔からは専用のケーブルカーも設置されていて、ゴージャスな建物に生演奏付きのディナー400F、というホテルだ。 -
ギースバッハの滝もものすごい水量で怖いような滝だ。Isltwaldまで1時間、という黄色い標識は立っているものの、あまりに暗い森に入って行くので不安になり出会う人ごとに尋ねるが、みんな「ちょっと散歩しているだけなので分からない」という人ばかり。
-
イチオシ
とにかくどんどん降りて行く。豪にはことさら元気な声で話しかけ、冗談を言いながら歩く。
やっと湖畔に出た。太陽の光に照らされた向こう岸の明るい村は我がブリエンツだ!
そしてこちら側は完全に山の影になって、暗くひんやりと寒い湖畔のハイキングコース.....お腹の空きはじめた息子に
「ホラ、ただ歩くだけじゃなくて、道の両側のいろんなものを見なくちゃ」とか言いながら歩くが、そこらじゅうに生えているキノコのどれが食べられそうか、とか、結局食べ物の話になってしまうのだった....。
おにぎりとポテトチップスを食べてしまった。あとはお茶だけだ。
もう12時になるところ。1時間半は歩いている。
ようやく向うから1組の老夫婦がやってきた。
「イゼルトバルトまであとどのくらいですか?」
「そうだねえ、あと1時間。」絶句!!
「でもそれは素晴らしい1時間だよ。」気を取り直して歩き出す。
湖畔に出たかと思うと、また山の中に入り込むコース。
うっそうと木々の生い茂る森の中はひんやりと寒い....こんなところで誰かに襲われたら、誰にも気付いてもらえないだろうなあ、なんてマイナス思考になったり、村に着いたら一番のレストランですごいごちそうを食べよう、とか、人間、いろいろ考えるものだ。 -
さらに1時間30分、もう一歩も歩けません状態でイゼルトバルトの村に到着。
村の入り口の小さなバーの前で息子は動かない。
確かにピザも食べられると書いてあるけど、これだけ大変な思いをした後はもうちょっといいところで食べようよ。
もうあと50m。ホラ、あのホテルの看板のところ。
自分のことも励ますように息子を励ましつつ、こぎれいなホテルのレストランの湖畔のテラス席に倒れ込む。
もう、どんなに高くてもいいから美味しい物をたっぷり食べさせて!ってかんじ。
おもむろにメニューを開くと、ウン、やっぱりかなり高いな。
子供用メニューがいくつかあり、それが大体2000円前後。
息子はそれにデザートも勝手に決めている。『宝箱』アイスという代物で青いプラスティックの宝箱にアイスが入っていて500円以上するから今までは却下だったけど、今日の歩きの後なら認められるはず、と考えているのかいないのか....妙に主張する。
私は子牛の料理を勧められたけど、やはり豚肉が食べたい。これが3000円ちょっと。
ミネラルウオーター、コーヒーで、しめて6000円。豪華なランチでした。でも盛り付けもきれいでボリュームも満点。
小食の人なら息子のお子さまメニューでも充分かも。
もちろん息子は付け合わせで別皿に大盛りのペンネまできれいに平らげた。 -
Isltwaldの村は車がないと不便な村。
こういう村にもしっかりとしたホテルやレストランがあるのがヨーロッパだなあと思う。
船で対岸のブリエンツへ約40分、15:58に到着。 -
イチオシ
9.19
夏休みをとって、妹が東京から合流した。
パパが来るのは来週なのでそれまで一緒に過ごす。
一昨日、息子と歩いたハスリベルグのコースのうち、もう片方のコースに向かう。
ブリエンツ駅前10:13分のバスに乗り込み、終点のReiti村ではなく、3つ手前のWasserwendiで下車。
この前と同様、4000m近い山々の頂きがくっきりと浮かび上がっている。まずゴンドラで1800mのKeaserstattまで登る。日曜なのでゴンドラ駅も家族連れで賑わっていた。
ゴンドラを降りたところがコースの出発点。
その緑あふれるのどかな草原でおじさんとおばさんがチーズを売っていた。大きな大きな円形のチーズのかたまりはいかにも自家製、というかんじで天秤ばかりで量り売りをしている。
私達も試食をしてから、「小さく切ってね。」と計ってもらう。
それでも半径が長いのでずっしりと重い。400円。
バッグに入れて歩き出したものの、もっと食べたくなり、ナイフがないので手で割って3人でパクパク....やっぱりこれじゃあ、足りないわよ、ということでまた私が走って戻り「もっとちょうだい。」
今度はもう少し大きな固まりを手にした。550円くらいかな?まろやかな苦味、程よい塩気、ウ〜ン.....まだ11時だというのに待切れず、おにぎりを片手に豪もパクパク食べていた。 -
このコースも先日同様、小人の伝説に基づいたいろいろなポイントが用意されていた。
高い木の上には小人の家、小さな洗濯物が干してある。そこへはハシゴがかけてあって子供達が順番に登ってみる。 -
日だまりとどこまでも続く緑の牧草地と青い空、遠くの山の白い頂き、カランカランというカウベルの音。
アップダウンが結構激しいコースだが、疲れは感じさせない。
小川の脇の広場ではたくさんの家族連れがバーベキューをしている。大人も子供も首からアーミーナイフをぶら下げている。小さな子供でも上手にナイフを使いこなしてあちこちに用意させている薪を着火用にうすく削っている。小枝を拾ってきてソーセージに突き刺して焼く。なるほどねえ....私達も今度やってみよう、おいしそうだなあ....横目で見ながら先へ進む。 -
9.20
今日はいよいよバレンベルグ野外博物館へ。
広大な敷地にスイスの各地方から15〜17世紀の民家や農家が移設され、そこで行われている伝統工芸を見たりできる。
とにかく広くて2日券というのも売っている程、と調べてあったので10時のバスに乗り10:13にバレンベルグ西口に到着。
まず入り口前の売店に....私は荷物が増えるのが怖くてまだ何一つ買っていない。ここのイメージの切り絵を印刷したチーズ用の小さな丸いまな板がいいな。でも見学はこれからだし、最後に買えばいいわ、と買わなかったら、なんとその先どこにも売っていなかった..。 -
ベルン地方平原部の農家やレストランが点在している。
あれ〜?もう小腹が減ってる?
この中では焼き立てのパンや自家製ソーセージを売っているので、それを食べようということになっている。
大きな農家に入る。暗いすすけた天井を見上げると...何百本、もしかしたら千本単位のサラミやベーコンの固まりがぶら下がっている。ゆっくりと燻しているのだ。
あ〜これは本物。どこかで買えるのかしら?
売店になっていたのは331番の建物。焼き立てのパンが香ばしく香り、ケースにはいろいろなブルスト、サラミ、ハムにベーコン。
火をおこす場所を聞く。そう、今日こそブルストを小枝に突き刺して焼く、というスイス流バーベキューをやるのだ!
もう1軒ではやはり暗い土間のかまどに大きな大きな鍋が下げられ、おばあさんがスープを煮込んでいて隣の部屋ではひと組の家族が年代物のテーブルでそれを飲んでいた。
農家の庭先では鶏や豚が走り回っている。真っ黒な羽根に赤い羽根が交じった何だか威厳のある鶏だ。こういう鶏の卵だから高いのかなあ。豚肉もおいしいはずよねえ。考えるのは食べ物のことばかり。 -
おなかも一杯、一緒に火起こしをしたスイス人一家とさよならをして、さらに歩き回る。
水車小屋、炭焼き小屋、倉庫、干し草小屋、どこまでも続く牧草地や森や林の中にこういった建物が点在している。様々な実演も見られて、なる程1日がかり、或いは2日かけての見学がお薦めな訳だ。
メリーゴーランドや遊具の広場もあり、たっぷり遊んで東口から出た。
そしてお土産屋さんであのチーズ用まな板を探すが全然違うものばかり。え〜どうして〜?例えば上野動物園だったらどこへ行っても同じものが並んでるじゃない?と変な例えを出して嘆く。
西口に戻るには園内を回る馬車に乗るしかないから諦めよう。
16:24のバスに乗ってブリエンツの我が家へ。 -
イチオシ
9.21
午前6時起床。サンドイッチを作って7時過ぎに出発。ユングフラウに向う。
息子と二人だけだったら行かなかったかもしれないが、考えてみたら近い所に生活してるんだもんね。何しろTop of Europaよ!
7時半、インターラーケンオスト駅のインフォメーションはもう開いていて、鉄道時刻表をもらう。
乗り継ぎ駅、時間など非常にわかりやすく記載されている。
ユングフラウヨッホへはここオスト駅からクライネシャイデックまで西回りと東回りの二つの行き方があるので、行き帰りで両方を楽しむためには乗り換え時間の時刻表を調べたりで大変だなあと思っていたが、この表で一目瞭然!
私達は8:05の列車に間に合うので、行きはラウターブルンネン乗り換えで西回り、帰りにグリンデルワルド乗り換えの東回りにすればいい。 -
山と雲の境目に虹のような光が生まれた。あ〜っと声を上げる私達。
ユングフラウが真近にそびえる!4158mのその山頂だけは雲の中だ。
クライネシャイデック発9:30の列車でいよいよTop of Europaに向う。
最初に停車するのが「アイガー氷河」駅だ。初めて氷河なるものを見た。
この駅を出ると列車は長い長いトンネルに入る。アイガーとメンヒの内部だ。
このものすごい鉄道は1895年に着工され、1912年開通した観光列車だ。トンネル内の「アイガーの壁」駅、「氷の海」駅で5分間停車、乗客は下車できる。
ホームの窓からはまさにアイガー北壁と4000m級の山々の氷の世界が見渡せる。
10:22 ヨッホに到着。ホームはそのまま大きな建物に続いている。 -
さらにエレベーターで全面ガラス張りの展望台、3573mに到着。
輝くような晴天で中は快適だが、ドアから一歩外へ出ると強風で吹き飛ばされてしまいそう。
恐怖心をあおるような風の音、この氷壁を登ろうとする人の気が知れない...。外の通路をひと回りする。しっかり着込んでいて、あまり寒さは感じなかったので、ユングフラウ4158mの山頂の雲が切れるのを一人のアメリカ人と一緒に随分待ったが、ほんの僅かの部分だけがついに姿を現さなかった。 -
そして氷の宮殿へ。青白い氷のトンネルを恐る恐る歩き出す。慣れてくるとインド人の団体がものすごく多い。息子が彼等に捕まって、集合写真に入れられていた。トンネルを出ると雪原に出る。
ツアーなら見学時間は1時間、というところだが私達はたっぷり3時間半以上遊んで、2時の列車でヨッホを後にした。 -
9.22
今日は我が家のすぐ近くからロートホルン鉄道に乗る。
疲れることなく、全く良く遊ぶなあ。毎日がハイライトってかんじ。
ロートホルン鉄道の最大勾配は25%でユングフラウ鉄道と同じだという。SLとしては世界一急勾配で、スイスで唯一電化されていない鉄道でもある。そんな列車の始発駅が我が家の目と鼻の先。毎日何度もその前を通り、小雨の日にも乗り込まざるを得ない団体ツアーの人たちにちょっと優越感を感じたりして....。
9:17の列車に乗ることにして駅に行くと、なんとバレンベルグで出会ったあのスイス人一家にまたまたばったり。これで4回目だ。もしかしたら出会うような気がして、持参してきた千代紙のしおりをプレゼントした。彼等も同じ列車に乗ると言う。ご主人は食料を調達にCOOPへ。その他、アメリカ人、日本人の女の子達、いろいろな国からの観光客を乗せて、列車は出発。ディーゼルのトロッコ車両だ。登るに従って、窓を閉めても椅子が冷えてきて、おしりが冷たい!眼下にエメラルドグリーンのブリエンツ湖と村の家々の赤い屋根、緑の牧草地、とにかく美しく、そして寒い....!中間駅プランアルプで降りる人たちはここから歩くのかな?私達も帰りはここから歩いて下りたいと思ったが、切符売り場のおねえちゃんに「ちゃんとした靴、履いてるの?」と聞かれ、そんなに大変な道なのか、とびびってしまったのだが、ここまではそれ程険しいわけではないようだなあ。 -
9:17の列車に乗ることにして駅に行くと、なんとバレンベルグで出会ったあのスイス人一家にまたまたばったり。これで4回目だ。彼等も同じ列車に乗ると言う。ご主人は食料を調達に駅となりのCOOPへ。
その他、アメリカ人、日本人の女の子達、いろいろな国からの観光客を乗せて、列車は出発。
ディーゼルのトロッコ車両だ。登るに従って、窓を閉めても椅子が冷えてきて、おしりが冷たい! -
眼下にエメラルドグリーンのブリエンツ湖と村の家々の赤い屋根、緑の牧草地、とにかく美しく、そして寒い....!
-
中間駅プランアルプで降りる人たちはここから歩くのかな?
私達も帰りはここから歩いて下りたいと思ったが、切符売り場のおねえちゃんに「ちゃんとした靴、履いてるの?」と聞かれ、そんなに大変な道なのか、とびびってしまったのだが、ここまではそれ程険しくなさそうだけどなあ。 -
10:12山頂駅に到着。列車から降りると、ものすごい風!乗客は全員、目の前のレストランに飛び込んだ。食料を調達してきたあの家族もさすがにピクニックはあきらめたらしく、席についている。とにかく震え上がる程の寒さだ。
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でも、ただずっと座り込んでいても仕方ないし、少し気温も上がってきたようだし、歩いて20分程の展望台へ。
レストランのすぐ上には山岳ホテル「ロートホルン クルム」がある。昼はユングフラウ他、アルプスの山々とブリエンツ湖を、夜は天の川のきらめきを眺められるというホテルだ。
その脇を通り、急な山道を登る。片側は柵も何もない崖っぷちで、息子がチョロチョロ歩くのが怖い。手をつないで山側を歩かせるが、私自身も怖くて這って歩きたいようなかんじ。海抜が高いから、木は茂っていない。こんな所から転げ落ちたらどこまで転がっちゃうかなあ。
12時の下り列車には乗りたいから、もうこの辺であきらめようか、なんて思ったけど、やはり登ってよかった。
まさに360°の展望!ブリエンツ湖の向こうにはアイガー、メンヒ、ユングフラウ、ぐるっと白い山々が続き、反対側にはピラトウス、リギ、ティトリス....真っ青な空に白いわた雲がたなびき、これ以上、望むことはない、という天気と展望の見事さ。寒さも忘れていた。 -
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イチオシ
11:55の下り列車はあの家族も一緒。今度はSL車両だ。すす煙りが流れて来る。
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12:55 到着。
スイス人一家とは別れ際に住所交換をした。
日曜にはThunの自宅に戻っているから遊びに来てね、ラクレットをごちそうするわ、と言ってくれる。
息子と同じ歳のアンドリンとその妹のシメアの4人家族だ。 -
9.23
毎朝、家の前を牛の群れが通る。
牛が歩き、牛追いが歩き、その後ろを真っ赤なBMWがクラクションも鳴らさずに徐行してついていく。
今日はブリエンツから東へ13Km、マイリンゲンの街へ。 -
9:47の列車でMeiringenへ。
町の名前、マイリンゲンはお菓子のメレンゲの発祥の地だというが。またシャーロック ホームズがシリーズの最後で宿敵ともみあって落ちて死んだ、というライヒェンバッハの滝があるし、アーレ川の峡谷も見ごたえがありそうだ。
10時に到着。インフォメーションで地図をもらい、ようやく町と滝と峡谷の位置関係が理解できた。「地球の歩き方」にも地図が出ていなかったのだ。それだけマイナーってことかな。街を歩き出すと、ブリエンツよりずっとお店も多く、楽しそうだ。 -
滝に向う急勾配のケーブルカーとアーレ川峡谷の入場料のセット券12F。真っ赤なケーブルカーで緑の中をぐんぐん登って行く。
-
-
終点からさらに滝の上まで登るが、かなりの上り坂だ。もう、この辺でやめようか〜という気分になる。
ローゼラウイ氷河と周辺の水を集め、100mの断崖を落ちるこの滝に感動したコナン ドイルはここをホームズ終焉の地に選んだそうだ。もう一度読み返してみようかな。たたきつけるような勢いで水が落ちて行く。 -
再びケーブルカーで下って、今度はミニトレインを利用せず、アーレ川沿いに歩いて峡谷に向う。
おしゃべりしながらのんびりと田舎道を30分程行くと峡谷の西側の入り口だ。
このアーレ川峡谷は長さ1.4Km、川の両側に迫る断崖の高さは約180m。断崖が迫るところは幅1mくらいしかなくて空も見えない。川に突き出すように崖に遊歩道がへばりついている。足下には水がごうごうと流れる。豪は最初、びびっていた。確かに、この遊歩道が突然壊れたら、この川の勢いじゃあ助からないよねえ、なんて考えてしまった。
約1時間歩いて、東口に到着。ここからはマイリンゲンの町までミニトレインに乗ることにして、峡谷東駅へ向う。
着いたところは崖の下で、その岩壁にエレベーターの扉のようなものがあるちょっとコワイ雰囲気の場所。
確かに駅って書いてあるけど、このボタンでエレベーターを呼んで、駅に上がるのかなあ?
私達以外誰もいないし.....とりあえずボタンを押すが、エレベーターは来そうにない。しばらくすると、扉の向う側からゴオッと突風が吹いた。ひえ〜なんなの、ここは?!また静寂が戻る。誰も来ない....。もうすぐ列車の到着時刻だけど?と思っていると、また扉の向うから突風、そして数秒後に岩壁の扉が開いた。中に普通の列車がドアを開けて待っている。そう、ここはトンネル内の駅だったのだ。
ボタンは乗客がいます、という合図。突風は列車がトンネルに入った時に吹くのだ。
またまたびびっている息子を急がせて、列車に乗った。マイリンゲンまで数分の距離だ。 -
9.24
妹が短い滞在を終えて、ブリエンツを去った。
入れ違いに明日、パパが到着する。
外は雨。
今日は休養日だわ。 -
9.25
9:47のルツエルン行きに乗る。いよいよチューリッヒにパパを出迎えだ!レマン湖のほとりモントルーからここブリエンツを経由してルツエルンに向う鉄道はゴールデンパスと呼ばれる観光ルートだ。
途中下車してルツエルンの街も歩いてみたいので、パパの到着は夕方4時だけど、かなり早めに家を出たわけだ。ヨーロッパの鉄道は改札がなくて、その日のうちなら、途中下車しても切符は無効にならないのが本当に便利だ。でもあいにくのお天気。小雨がぱらつく。
列車はマイリンゲンを過ぎると峠越えだ。登山列車のように急勾配をぐいぐい登っていく。単線になるのでハイキングコースとでも言えそうな程道幅は狭く、窓ガラスのすぐ外は森だ。速度もゆっくりだし、何だかチューリッヒという都会へ向っているような気がしない。 -
11:47ルツエルン到着。雨は止みそうにない。
駅を出るとカペル橋が見える。1333年に造られたロイス川にかかる長さ200mの屋根付きの橋だ。欄干にはこぼれるように花が咲いている。 -
-
橋を渡ると旧市街だ。
川のほとりには野菜や果物、チーズの露店が沢山出ていたが、何しろ雨。
教会の脇の広場、鮮やかなフレスコ画に彩られた古い建物、のんびりと歩ければ楽しいだろう。 -
-
通りすがりのパン屋さんで、ピザとココアドリンクを買い込み、13:10の列車に乗り込む。
息子が気に入っている二階建て車両だ。そしてこの紙パックのココアドリンクが思いがけずおいしかった!濃いチョコレートの味がする。子供の飲み物、とバカにできない味なのだ。 -
13:56チューリッヒ着 街をぶらつく。
15:01空港行きの列車。10分足らずで空港だ。
ガラスの向うにパパが出てくるよ、と息子に教えると、同じように出迎えに来ていたスイス人の男の子と場所取りの小競り合いをしながら、ガラスにへばりついている。16:15 パパと再会!! -
17:35ルツエルン行き。来た道を逆戻りだ。
半額カードで片道22.5F。
チューリッヒ湖に完全な形の虹がかかった!明日は晴れるかな?
ルツエルンで乗り換え、20:08にブリエンツ到着。
ついこの間まで夜の8時でもまだ少し明るかったが、今はもう完全な夜だ。 -
9.26
パパのスイス第1日目はThunの街へ。
切符は半額カードを使って19F。
ここThunの街はモニカ達とドライブしたし、ブリエンツで知り合ったスイス人一家フランチスカたちの住む街だ。大通りに出ると、道の両側にやたらに沢山の人が何かを待つように立っている。近くのおじさんに聞いてみると丁度これからパレードが通るところだと言う。 -
向うから鼓笛隊を先頭にやってきたのは、制服を着た町の少年少女のグループだ。
猟師のおじさん達や射撃隊の行進、そしてイタリアからのグループは中世の騎士の仮装!
ジョニーディップみたいなお兄さん達がマントをひるがえし、やって来る!パレード後に一緒に写真を撮ったけど、緊張で笑顔もこわばった。
パレードはアーレ川の中州を通り、トウーン城の方へ進む。私達も人々に交じって美しい町並みを眺めながら進んだ。狭い石畳の道の両側には花で一杯の建物が隙間なく並ぶ。 -
バレンベルグで知り合ったフランチスカに電話をしてみた。
「今、トウーンにいるの。」と言うと、ぜひ来て、という返事。
自転車をレンタルした。
彼等の家もモニカの家にまけず劣らずの広さ!
中古で3年前に購入したという家の地下室には洗濯室、ワインケラー、小さな台所のついた小部屋(友人が泊ったりするそうだ)、1階がリビング、ダイニング、キッチン、ちょっと計れない位の広さ。2階には子供部屋がふたつ、夫婦の部屋、お風呂。
リビングからの眺めは素晴らしく、庭にはブランコやすべり台。
夫のライナーはソシアルワーカー、フランチスカは障害者の学校の教師。5歳のアンドリンは幼稚園だけど、3歳のシメアはまだなので家で面倒をみるため、夫婦で50%ずつ、つまり2日半ずつ働いているという。
「オレはあれだけの時間働いて、家はあの大きさだぞ。」比べちゃいけないわ、アナタ。 -
日本やスイスのこと、写真や地図を見ながらいろいろ、おしゃべり。そしてラクレットをごちそうになった。
息子がものすごい勢いで食べ出し、最後まで食べていた。お皿に山のようにあったチーズ、こんなにたくさん?なんて思ったけど、全てなくなった。 -
9.27
再びロートホルンへ。
朝食後、パパと息子は9:17のロートホルン鉄道に乗るために家を出た。
私が部屋の後片付けを始めると、二人が戻って来て、乗るはずの便が間引きされたとのこと。お客さんが少ないと時々こういうことがあるとガイドブックに書いてあったっけ。
次の9:52発の列車、貸切り状態で二人は無事出発。。 -
イチオシ
山頂駅は雪と氷の世界だったそうだ。たった5日前、私たちが行った時には雪なんて全くなかったのに。
-
そのかわり、風がなくてとても暖かだったとか。日によって随分違うものだなあ。展望も素晴らしかったそうで、本当によかった。
-
我が家に戻って昼食。
そして村の散策。この村にもあと1日だ。
私達は随分歩き回ったけれど、パパはまだほとんど歩いていないので、いつものWildparkから村の奥までのコースを案内しよう!
Wildparkのシュタインボックや大鹿にさよならをした。リンゴやたんぽぽの葉っぱが大好きで、たくさんあげたよね。
いつかまた会えるかなあ?覚えていてね。ちょっと感傷的になる。
ため息が出るようなかわいらしい家々をまるで自分のもののようにパパに自慢しながら歩く。 -
-
ホテルリンデンホフ、ロートホルンの線路をくぐる道、17世紀の民家があるBrungasseでのパパの反応は予想通り。
-
9.28
17泊もしたここブリエンツを明日は出発。
次の滞在地ポントレジーナに向かう途中にトゥルンの街で1泊の予定だ。
明日の準備が整い、10:59インターラーケン方面への列車で、ひとつ手前のリンゲンベルグで下車。
どこを見ても、花と豊かな緑と広い空間。ため息の連続だ。
おにぎりとハム、パンのランチ。
すっかりこのスタイルが定番になった。レストランに入ると高いだけでなく、時間もかかってしまうし、何と言っても、息子を連れているとこの方が気楽でいい。 -
リンゲンベルグからインターラーケンまで徒歩1時間半ということだったが、立ち止まったり、ちょっと横道にそれたり、気ままな散歩だ。やがてインターラーケンオストの駅をアーレ川の向う岸に見ながら、モニカと歩いたウンターゼーン地区に入った。
この地区は観光客で賑わうインターラーケンの中心からすぐなのに、ひっそりと美しく閑静な場所だ。
アーレ川に面したレストランのテラス席でパパはビール、私はコーヒー、息子はアイス。 -
4時に家に帰り、庭でビール&コーヒー。
ロケーションといい、設備といい、本当にラッキーな選択だった。
フリューマン婦人、素敵な時間をありがとう。 -
レストランでブリエンツ最後の晩餐。ホテル Bearen
食後、湖沿いに遊歩道を帰る。
この道を一体何度歩いたことだろうか。息子と二人、或いは妹が一緒だったり、そして、最後の今夜はパパと3人だ。
旅行手配は本当に大変で、途中で投げ出したくなる程だったけど、本当に来てよかった。明日は早起きだ。 -
9.29
8:00にフリューマン夫人にさよならをして駅へ。
荷物は昨日のうちに一つはポントレジーナに向けて送ってしまったので、小さいスーツケースを入れて3つ。
豪にも一つ引かせた。
8時過ぎの列車でマイリンゲンへ。
気がつくと遠くの山の頂が白くなっている。
約20日前の景色とは全く違ってきている。 -
8時過ぎの列車でマイリンゲンへ。
気がつくと遠くの山の頂が白くなっている。
約20日前の景色とは全く違ってきている。
1日何度、このあたりをうろうろしただろう。 -
イチオシ
9:15のオーバーバルト行きポストバスは2階建てだ。
大きなバスの後ろには自転車を取り付ける場所もある。
2階の前の方に席を取って、グリムゼル峠を超えるバスの旅にさあ出発!お天気も良さそうだ。
マイリンゲンを出て、いくつかの美しい村を通り過ぎるとやがて道はどんどん上り坂になり、風景も荒々しい雰囲気に変わる。
両側に迫るU字型の地形は氷河が削り取っていったものだという。
海抜が高くなるにつれてヘアピンカーブが続き、右側は崖、一番前の列の親子連れが悲鳴をあげる。2階席なので、急カーブの度にバスの前面が崖から突き出し、スリル満点。日光いろは坂なんて目じゃないレベル。まさに九十九折りだ。
2つのダム湖を通る。
360°がチャコールグレーの山肌と雪、草木はほとんどない、一見殺伐とした風景だが、よく見るとあちこちに黄色い標識がハイキングコースを示している。夏は高山植物が沢山見られるのだろう。
グリムゼル峠の一番上、グリムゼル湖のほとりに石造りのホテルがある。ここで20分程休憩。もう、道も雪におおわれている。 -
バスは峠を超えると、グレッチまで標高400mを一気に下り、11:05終点のオーバーバルトに到着。
本当は他のバスに乗り換えて、グレッチからアンデルマットまでのフルカ峠超えもしたかったが、乗り継ぎを考えると無理なので、オーバーバルトからアンデルマットを経てトルンまでの列車の旅だ。
この鉄道はいわゆる「氷河特急」の名で知られる。
が、鉄道からでは今はもう氷河は見られないのだ。約16Kmの新フルカトンネルを抜け、あっというまにアンデルマットを通り過ぎる。
このトンネルの上のフルカ峠が元来氷河特急一番の絶景だったのだが、豪雪で冬期に遮断されることから1982年にこのトンネルが開通、同時に旧線の絶景ルートは廃止された。
2000年から夏期だけこの旧線にSLが走るという。 -
イチオシ
アンデルマットを過ぎ、Disentisで乗り換えて、14:08Trun到着。
絵本画家として知られる芸術家アロイス カリジェの生まれた村だ。
木造の小さな駅舎に降り立ったのはほんの数人。
青空とゆったりした風景が目の前に広がる。
ホテルは3つ星のホテル トウディを予約してある。
村一番の老舗。
オーナーと友人だったカリジェはそのホテルのレストランでよく食事をしたという。 -
トランクを引っ張り、ホテルまで数分。途中の道すがらに、早くもカリジェの作品が見られる。チーズ屋さんの建物の壁、小学校の壁...。
-
ホテルはすぐその先だ。部屋は最上階のベッドが3つある広い部屋だがエレベーターがない。古い時代の威厳ある建物だ。
-
荷物を置き、すぐに美術館へ。月、水、土14:00〜17:00しか開館しない。
だからどうしてもなるべく早い時間にここTrunに着きたかったのだ。
ホテル トウディ同様グラウビュンデン地方独特の漆喰を細工して装飾した建物。
管理の女性にカリジェの部屋の鍵を開けてもらう。『マウルスと3びきのヤギ』の絵本の原画が順番に展示されている。
この村で生まれたカリジェは商業デザインやチューリッヒ市立劇場の舞台装置や衣装デザイナーとしても活躍、1948年に絵本「ウルスリの鈴」で世界的に名を広めた。
1992年に東京と京都で展覧会が開かれ、日本でも名が知られるようになったという。他にもこの地方の生活道具の展示や、民家の部屋が再現されていて面白かった。
私も幼い頃、遠い異国の景色に憧れながら何度も読んだ本。
ぼろぼろになっても、手元にある。 -
夕食は、パパと息子で階下のレストランへ。
私はなんだか疲れて食欲がなく横になっていた。残念。 -
-
9.30
外は雨。
朝食はハム、チーズ、サラミ、ヨーグルト、果物、息子にはココア、となかなかの内容だった。
カリジェのアトリエまで登っていく。丘の中腹にある花と草木に満ちた建物は今は誰も住む人もなくひっそりと村を見渡していた。
Carigietと書かれた郵便受けがポツンと立っていた。晩年カリジェが暮らした老人ホームのチャペルにもカリジェの作品があり、パパが昨日見せてもらったので、私達を案内してくれた。
細い石畳の小道をあちこち歩きながら、古く、そして美しい民家の脇を通り過ぎ、村の人々と挨拶を交わす。カリジェの生家の近くの教会にあるカリジェのお墓にも行ってみた。どのお墓にも花が一杯咲き乱れ、太陽の光が降り注いでいた。そろそろ列車の時刻だ。駅に向おう。 -
11:08の列車に乗る。
Reichenau,Samedanで乗り換えて、14時過ぎにいよいよポントレジーナに到着。
ここで7泊の滞在だ。サンモリッツに近く、パパ憧れのソーリオの村にも行き安い.... -
インターネットで見た通りの木造の大きなシャレー、この2階に私達の部屋がある。
老夫婦が出迎えてくれた。共有のドアを開けると脇に階段がある。
それを登ると私達の住居だ。
ダイニング、キッチン、居間、子供部屋、主寝室、バスルーム、65平方メートルだからかなり広い。
1階には彼等の娘さん、フロス夫人が2匹の大きな犬と住んでいると言う。
そのうちすごく早口でしゃべる威勢のいい女性が抱えきれない程のお菓子を持って上がってきた。フロス夫人だ。いろいろ街の資料もくれた。 -
荷物を片付けてから、家を出て街の散策。
200m位下るとポストオフィスで、そこからのびる大通りがメインストリートだ。途中にも可愛らしいペンションやホリディーアパート、ホテルが並ぶ。
外灯に灯がともり始め、細い石畳の道を照らし出す。両側には花で一杯の窓辺とエンガディン地方独特の漆喰画をほどこした建物が隙間なく並び、なんとも言えない雰囲気をかもし出している。メインストリートに商店やホテルが並ぶのは1Km位、日本人には知られていない小さな村だが、サンモリッツに近いリゾート地だ。改装中の5つ星ホテルは素晴らしそうだ。 -
-
キッチンにはラクレット用の器具が揃っていたので、夕食はラクレット!
みんなお腹がペコペコで、1Kgのじゃがいもが1個を残して全部なくなった。600gのラクレット用チーズもほんの少し残っただけ。あ〜おいしかった。 -
息子の寝室
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10.1
朝食後、インスタント五目ご飯でおにぎりを作って家をでた。
我が家の脇の小道を街とは反対方向へ登っていく。
雲の切れ間から青空が見え始め、遠くに山の白い頂きが見える。
Alp Languard へ登るペアリフトの下を通り、ハイキングコース。
木立に入ると、小鳥がすぐ近くを舞い、おだやかな時間が流れていく。道は下りになり、やがて村はずれのメインストリートに出た。 -
10.2
素晴らしいお天気だ。
10時出発。昨日のペアリフトの乗り場まで歩いて5分だ。片道13F。
切符売り場の人に、リフトを降りてからパラダイスヒュッテまで息子でも歩けるかどうかを確認。
1805mから2262mのAlp Languardまで一気に上がっていく。ベルリナアルプスがくっきりと見え始めた。その向うはイタリアだ。 -
リフトを降りると、最初はなだらかな登りだ。
冬の厳しい気候のせいか、木はほとんどない。パラダイスヒュッテまで1時間。ずーっと向うまで見渡せるハイキングコースだ。
右手に4049mのPiz Berninaがひときわ高くそびえている。するどい鳥の鳴き声のような声が時折聞こえる。
息子が「リスだ!」と指差す方を見ると、何か野生の動物が岩の間にすばやく見えかくれしている。リスより大きい。声をひそめて見ていると、すぐ頭の上の岩にもいた、いた。何だろう? -
11:50、登り切るとそこが、パラダイスヒュッテ!その名の通り、息を飲む程美しい景色が目に飛び込んできた。青空の下でモルテラッチ氷河がキラキラと光っている。小さな山小屋レストランのテラス席はもうハイカーで一杯だ。ビールを飲む人、食事をする人、大きなケーキを食べている人もいる。パパも早速ビールを注文。
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運んできた女性にさっきの動物の事を聞くと「マーモットを見たのね。」と言う。マーモット!
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ヒュッテを後にして、少し行ったところにスイスの国旗がはためいている。息子に言わせるとそこが「ゴール」だそうだ。
そこでランチ&スケッチタイム。
絵心もないのにいきなりアルプスの氷河を描くとは大胆な私達。
誰も見てないから、お互いにおおいに誉めあう。 -
絵心もないのにいきなりアルプスの氷河を描くとは大胆な私達。
誰も見てないから、お互いにおおいに誉めあう。 -
さあ、今度はひたすら下る。
リスに出会ったり、清流でのどをうるおしたりしながら、リフトで上がってきた部分も歩いて降りるのだ。
登りも辛いけど、下りばかり、というのも大変だ。足がガクガクしてきた。3時にポントレジーナに到着。
息子だけはまだエネルギーが余っているのか、スキップをしている。
それにしてもこの一か月、よく歩く。
5歳の息子もぐずることは一度もなく、大人と同じだけ、いや、それ以上に歩く。 -
10.3 今日はあこがれのソーリオへ!!
9:50のエンガディンバスで、まずサンモリッツ駅へ。
ポストバスに乗り換え、いよいよエンガディンへ向う。
シルバプラーナ、シルスマリア、マローヤ...陽気なイタリア系のドライバーのユニークな、でも渋い声の案内であっという間に時がたってゆく。マローヤ峠を過ぎると九十九折りのヘアピンカーブを降りていく。 -
中の村Borgonovoではバス1台分の細い石畳の路地...しばらく行くと乗り換えの村プロモントーニョに到着。
ここからまたバスで約15分で目的地ソーリオに到着。丁度12時だった。 -
細い石畳の路地が迷路のように続き、どの裏路地に入っても、どの家を見ても、絵になる風景だ。
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スケッチをしながら、通りすがりの人たちと言葉を交わしあう。
息子は得意そうに絵を見せていた。
教会の明るい墓地で絵はがきのような風景をバックに写真撮影。墓地はどこもとても明るい雰囲気だ。 -
3:20、素晴らしいお天気だし、またバスに乗って戻るのは私達の主義に反する、とばかり、「プロモントーニョまで30分」という黄色い標識に従って、教会の脇からのどかな田舎道を歩き出す。
プロモントーニョからのバスは4:25発、楽勝だわ。
最初は牧歌的な広々とした野原。
振り返ればソーリオの村、前方にはイタリアへ続くアルプスが白く輝いている。...が、そのうちに道は細くなり、がれきの急な下り道、左側は恐ろしいような崖、足がすくんでしまう。ホントにこの道でいいの?!と不安になる。 -
木は1本もなくて、大きな石だけがゴロゴロ重なり合い、まさに河原だ。それが斜面になっている。
後ろから来たカップルが私たちを追い越し、あっという間に前方の森の中に消え、再び、静けさの中に取り残される。
今にもすぐ上の石が転がってきそうで、落石も怖いし、足をすべらせるのも怖いし、バスの時間もあるし...気はあせるが、速度はあまり早められない。
4:10ようやく見覚えのある橋に出た時には思わず声を上げた。追い越していったさっきカップルもいて、息子がよく歩いた、と驚いていた。
ホント、驚くわよ、あの道には。
でも過ぎてみれば面白かったな。ただ歩くのに一生懸命で、ビデオも写真も残っていない。 -
バス停で気が抜けてしまった。
-
4:25 正確にバスがやってきた。
あの陽気なドライバーだ。行きより更に陽気になっていて、道ばたの家族に「いい車だね。」と窓から声をかけ、しばしおしゃべりしたり、牛がいれば鳴きまねをしたり。
停留所で止めたついでに、立ち上がって子供達にポストバスのシールを配ってくれた。
。通りのレストランの女性や村の人々も彼に手を振っていた。名物ドライバーなのかなあ。バスの中は超満員。息子を私の膝の上に座らせ、みんなで席を詰めあって座る。
5:50 サンモリッツに到着。
6:25のバスでポントレジーナへ。 -
10.4
10:47のサンモリッツドルフ行きのバスに乗る。
Samedan村を通り抜けて走る。この村も滞在の候補地だった。ホームページに何度もアクセスしたっけ。静かで美しい村だった。
サンモリッツ市内の「学校広場」という停留所で下車。
サンモリッツは都会、という程ではないが、静かな村の生活に慣れてしまった私達はどちらに向いて歩いたらいいか、すごく戸惑ってしまう。
セガンティーニ美術館へ続く丘の中腹の小道を歩く。
途中で街を見下ろしながらサンドイッチ。途中からSegantini Weg(セガンティーニの道)に入り、彼の生涯や作品を紹介したパネルを読みながら歩いた。
セガンティーニ美術館は残念ながら休館日だけれど、美術館を通り過ぎても続くパネルのおかげでセガンティーニのいろいろなエピソードについて知ることができた。 -
木々の間に見える美しい教会を目指して行くと、あ、ヤバイ、児童遊園地!息子の目がぱっと輝く。もう散歩はストップだ。
何組もの家族がピクニックをしている。木組みのジャングルジム+すべり台を登り、下に敷いたマットに飛び下りる遊具はポントレジーナの児童遊園でも息子のお気に入りだ。
かなりの高さなので、飛び下りた後はすごく得意そう。
スイス人の子供たちに交じって、たっぷりと遊んだ。 -
10.5
パパは10時の列車でグアルダへ。ソーリオと同様、パパが憧れていた街だ。でも私はそろそろ荷作りもしたいので、息子とお留守番。
荷物の整理を大体終えて、豪と11時に外出。
リフトの下を通り、街へ降りる。雲一つない素晴らしい青空、思わず、リフトで上がっていく人たちに手を振る。
川を渡り、森のコンサート広場へ。インフォメーションの女性に「コンサートはないけれど、小鳥にえさをやれるから子供には楽しいわよ。」と言われて来たけど、一体どんなところなのかなあ。
「小鳥にえさをやれる」?
鳥小屋でもあるのかなあ?
よくわからないままに誰もいない森の中を歩いていくとちょっとした広場があり、ベンチと小さな小屋。ここがコンサート広場だ。
「カーン、カーン」とキツツキの出迎え。
ベンチに座り、静かにしているとやがて、リスや小鳥が現われる。静かに、静かに、自然と一体になるような気持ちで呼吸する。
おにぎりのかけらを差し出してみると、息子の食べかけに1羽の小鳥がとまってついばんだ!帽子にもとまっている。
そう、野生の鳥たちがえさをもらいにやって来る場所なのだ!
何組かの家族連れがやって来たが、小さな子供達もみんな静かに行動する。動く時もそうっと、話す時もささやき声。ベンチに座り、片手にえさを乗せて差し出し、ただ静かに座っている子供達...。
砕いたナッツがいいらしく、一人の女の子がにっこり笑って、息子の手のひらに乗せてくれる。
「ボクのところには来ない!」とすね始めていたが、来た、来た、次から次へと!私もその子にもらって手の平を差し出してみる...なんともいえないあやうげな小鳥の感触。
ニ本の足がちょんちょんと私の手の平で軽やかに跳ねる。ただそれをひっそりと眺めるだけの時間が過ぎていく。贅沢な時間。
その女の子が立ち去る時にまた一握りのナッツをくれたので、明日パパと一緒に来よう。それにしても、子供から大人までみんなとてもやさしい。 -
10.6
ポントレジーナ最後の日
明朝、ポントレジーナを発てば、サンタマリアとチューリッヒの1泊ずつを残すのみだ。
不要になったものをトランクの一つに詰めて、ライゼゲペックで先にチューリッヒ空港駅に送るようにした。
そして、明日のポントレジーナ〜サンタマリアと、明後日のサンタマリア〜チューリッヒ中央駅までのチケットを買う。それぞれ1人17.3Fと37.8Fだ。
いつもの児童遊園へ。公園は珍しくたくさんの子供達とママ達で賑わっていた。地元の子供達らしい。
弟と来ていた女の子が息子と遊んでくれた。二人で順番にロープを引っ張りあっている。私も近くで声をかけたりしたが、彼女には私の言葉は分かるらしいが、私には彼女の言葉はほとんど分からない。ドイツ語でもスイスドイツ語というのはかなり違うし、このあたりだとロマンシュ語もイタリア語も交じって来る。 -
COOPで買い物。ここにも毎日通ったなあ。
今夜は何を食べようか。
最後の晩だからレストランで、とも考えたが、明日からはホテルだから自炊も今夜が最後になる。
せっかくだから、家で食べようということになって、飽きずにまずシャンピニオンをたくさん袋に入れた。
肉売り場のヒゲのおじさんも顔なじみだ。どことなく威厳のある中年男性。昨日のシュニッツエルがおいしかったので、またそれを2枚ちょうだい、というと、おじさん、息子の方を見て、何か私に合図する。
そして、シュニッツエルの包みの下に大きなハムを一枚隠してウィンクしながら渡してくれた。
「明日、ここを発つの。今夜が最後の夜なの。」と私が言うと「それから日本に帰るのか?残りの日を楽しんで。」
何度となくこのおじさんからお肉を受け取って来たけど、特に言葉を交わしたことはなかった。
でも最後と言う時に偶然こんな風に挨拶が出来て、すごくあたたかい気持ちになった。
家に帰り、下の大家のおじさんにも挨拶した。明日は7時に出発だ。 -
テレビのあるリビングともさよなら
-
しょっちゅう天井に頭をぶつけたキッチンともさよなら。
-
10.7 憧れのミュスタイアへ。
7:15に階下のおじさんに鍵を返し、記念撮影をしてさあ出発だ。
荷物が多いし、この街ともお別れだと思うと時々立ち止まったり。
列車でまずツエルネスへ。そこからバスに乗り換えて、国立公園を突っ切って目的地ミュスタイアへ向う。
国立公園に入るとバスの右手は崖っぷち。スリル満点だ。スイス全体が自然が守られた国立公園のようだが、正式に指定されているのはここだけだ。ハイキングコースも規制され、キャンプや焚き火も禁止されている。倒木も枯れ木もそのまま放置した状態の、本当に全く手を加えていない荒々しい自然の光景が広がる。またしてもヘアピンカーブ。
10:17 バスはミュスタイア村のはずれ、終点の修道院に到着。
1000年以上も前のフレスコ画が1950年代に確認され、1983年にユネスコ世界遺産に登録された。
20名くらいずつグループになって、ガイドの後に付いて見学する。
私達のガイドは大学生だろう。こうやって自分の研究分野を仕事で手伝いながら学ぶシステムはドイツと同じだと思う。
標準ドイツ語だけど、数字とか聞き慣れない単語とかがばんばん出てくるから、正確に聞き取るのは私には到底無理だ。
なんとな〜く聞きながら付いて回る。鍵盤の反対側からジャバラで空気を送るアコーディオン式のピアノが展示されている。
日本なら「絶対に手を触れないで下さい」と書いてあるところだが、「誰か弾いてみて下さい」と言うことでグループ内の10代の男の子が優雅な曲を弾いた。
こんな風に展示物を弾かせるのにも驚いたが、さりげなくこの雰囲気に合う曲を弾く若者が見学者の中に交じっているということにも、さすが伝統を感じる。 -
修道女の個室の小さな窓の外には、すずなりの赤い実をつけたリンゴの木々が霧に煙った草原に浮かび上がり、中世の風景のようだ。
-
12時過ぎに外に出て、修道院のスケッチ。無謀だヨ...。2時、ホテルバスのお迎え。手前のサンタマリア村に戻る。HPで見たオーナーがにこやかに出迎えてくれた。3階の角部屋、ベッドが3つ、テラスも付いている。そこへ椅子を持ち出し、ワインとかっぱえびせんでひと休み。
-
やがて霧も晴れてきて散歩に出た。
村の地図があるか聞いたら、小さな村なのでないとのこと。
そうだよねえ、ホントに小さな、でも気品と歴史を感じさせる村だ。 -
-
いよいよ夕食だ〜
私はニ部式の着物を着た。
このホテルでは野菜や果物類も自家菜園で作っていて、なるべくそれを使っていると案内に書いてあった。
2階の宿泊客用レストランはシャンデリアが輝き、熟年男女で賑わっている。
宿泊代、息子は6歳以下でベッドは無料、夕食込みで3人で350フラン(¥34000くらい?)、ということで、息子の夕食はどうなるのかなと思ってたら、フルコースが3人分!
前菜にヨーグルト...?一口食べて、鳥肌が立って、絶句!大袈裟な表現じゃない。そのくらい、食べたこともないくらいおいしかった...。絞りたてのお乳で作られているからなのかな?とにかく絶品。
次は「南チロル風白ワインのスープ」絶品!息子は最初はスプーンでかなりお行儀よく食べていたが、最後の数滴がスプーンではすくえないので、ついにスープ皿を両手に持って、最後の一滴まで平らげた。私だってそうしたかった...。
オーナーが各テーブルを回ってくれ、私達のところで最初は戸惑っていたが、私が「今夜はこの旅行の最後から2番目の夜なの」と話し出すと、きさくに話をしてくれた。
デザートもチーズからケーキ類、イチゴシャーベットとものすごくて、さすがに最後は苦しくて青ざめてきたが、それでも3人とも食べ尽くした。満足。
満足すぎて、写真も写さなかったよ。
そして約1ヶ月ぶりにバスタブにたっぷりお湯を入れて入浴。 -
10.8
さあ朝食!お目当ては昨夜のヨーグルトだ。
ビュッフェ式で、ゆで卵のほかに、自分で好みの固さに茹でるように生卵も置いてある。ハム、チーズ、自家製ジャム、サラダ、果物、様々なパン...そしてあのヨーグルトもたっぷり出ていたので、「二度と食べられないかも」と何度かおかわり。
さらに感激だったのは、いろいろ並んでいるテーブルの最初のところに「ハイキングのランチ用にどうぞお持ち下さい」と書いて、生ハムのサンドイッチやくだもの、飲み物、チョコがふんだんにカゴに入れて置いてあったこと。
そして誰もそれを我れ先に取ったりしない...そのもてなしの精神とおとなの社会にびっくり。
遠慮がちにサンドイッチをふたつ取った。
ちなみに、帰国して、息子に「デカレンジャーが見られてヨーグルトが食べられないのと、デカレンジャーは見られないけどヨーグルトが食べられるのとどっちがいい?」と聞くと即座に「ヨーグルト」と答えた。本当に筆舌に尽くしがたい味だった。 -
10:38のバスの時間までまた村の散策だ。
あっという間に端から端まで歩けてしまうメインストリートだが、そこには由緒あるホテルやレストランが点在し、値段もそれ相応で、決して物価の安い田舎という訳ではない。
あ、バスの時間だ。再びこの村を訪れることができるだろうか、去りがたい思いを胸に昨日の道をバスで戻って行く。
たった1日の滞在だったが、時間はゆったり流れ、本当に豊かな時を過ごした気分だ。バスの終点ツエルネスから今度は列車に乗り換える。2度乗り換えてチューリッヒに向う。
列車から見える風景は、いつのまにか木々が黄色く色付き始め、約1ヶ月前に入国した時とは随分違ってきていた。日本の紅葉とは違うけれど、なだらかな丘と赤い屋根と教会の村々に合う秋の色だ。 -
14時半チューリッヒ到着。
中央駅から3つ目、ホテル レックス。ビジネルホテルという感じだが部屋がすごく広い!バスタブも大きいし、これで111Fは安いわ。丁度金曜日なので、ウィークエンドスペシャルというプランを申し込んだのだ。 -
1か月も静かな生活をしてきた私たちにはチューリッヒの街の喧噪に疲れてしまいそう。
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5時、モニカ、サミュエルと駅前で再会!モニカはプレゼントしたパールのネックレスがすっかりお気に入りのようでいつも身につけてくれている。
まずは近くのカフェで再会の乾杯だ。 -
8時に待ち合わせて、イタリアンレストランへ。
わりと暖かかったので外のテラス席でゆっくり食事をした。
スイスに住むとしたらどんな仕事があるか、真剣に話しているパパだった。9時半、さすがに豪も疲れて来た。次の再会を誓いあってさよならをした。モニカも私もちょっと涙ぐむ。
本当にありがとう。
ネパールでのほんのささやかな出会いがここスイスでこんなに心強い助けになってくれるとは! -
10.9 さよならスイス!
13時40分のスイスエアラインで、またつらい11時間。
息子は全然眠らず、ビデオやレゴで遊び続け、成田に着いた時も,
スイス時間なら真夜中なのに、この笑顔!
怪我も病気もなく、毎日毎日、テクテクと歩いた1ヶ月でした。
なるべく普通の生活をしながら、スイスを楽しむ、というコンセプトで計画した今回の旅行。
息子の心にしっかりと刻まれますように。
全てに感謝。
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