2009/12/30 - 2010/01/03
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rosenkroneさん
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2009年秋。
長距離フェリーに乗ってどこか遠くへ、とふと思う。
行くとしたら年末、冬休み。
寒い時期だからあったかいとこ。
よし、思い切って四国だ!
いろいろ調べてみると四国 徳島を経て九州へ行くフェリーが適当みたいだ。
旅は計画している時がまず最初の醍醐味だよねえ。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 船 レンタカー 新幹線 JR特急
-
12月30日
東京港19時発、徳島港 翌31日13時10分着。
長距離フェリーってどんなものなのか、見当もつかなかった。
「レストランはない。自動販売機コーナーが充実」...自動販売機が充実していてもなあ。。
「決まった時間だけ讃岐うどんコーナーがオープンする」...決まった時間だけ、ってとこがなあ。。
「展望風呂がある」 ...おお、これは素敵!!
「揺れたらプレゼントがある」という情報くらい? ...ど、どのくらい揺れたらもらえるの??
旅の始まりはしっかり眠らないとということで1等船室を大奮発。2部屋しかないんだって!
その予約受付は1か月前。
これだけは旅行社にお願いし、確実にゲットすることにした。
20時間近い船旅、大部屋ごろ寝はキツいものねえ。
レストランはないそうだから夕食を買い込み、桟橋へ。
そして乗船。 -
わくわくしながら廊下を抜け、
-
おお、これが二つしかないという、その「個室」
あとは特別船室一つと大部屋。
帰省の人が多いみたい。
みんな楽しそう。 -
年末の東京が遠ざかる。
-
登れるところは必ず登ってみないと気の済まない息子。
夜の甲板は本当に気をつけて。
真っ暗な海はとても不気味でコワイ。
長距離フェリーで海に落ちて気づかれない人もいるらしく、
乗船する時、下船する時に名簿合わせをするとのこと。
なるほどねえ。 -
さあ、なにはともあれ、無事出航したし、夕食にしましょう。
フードコートというところで乗客たちがそれぞれに持ち込んだもので夕食を始めている。
カップヌードルだけの家族、
一升瓶を立て、刺身、天ぷらと豪華な忘年会組。
我が家はデパ地下弁当。
確かに自動販売機は「充実」してました。
休日の高速道路1000円、などという政策がとられた。
時間のかかるフェリーはそれでなくても人気が落ちているのだけど、昔はレストランがにぎやかに営業されていたのだろうなあ。 -
中央に螺旋階段があり、ムムムッ、これは豪華客船タイタニック並み??
とは言わないけど、食後は展望風呂とやらへ。
たしかに窓ガラスの向こうに暗い大海原が見えている。。。が、揺れる、ゆれる、ユレル。
湯船のお湯がポチャンポチャンと波立ち、体も左右に揺れる、ゆれる、ユレル。
まあ、そこそこに出たのでした。 -
お風呂の後はこれでしょう。
アルコールを飲めなくなってしまった自分がウラメシイ。
明日は大晦日だ。
おやすみなさい。 -
2009年12月31日 今年最後の朝日が昇る
三重県尾鷲あたりだったかな。
感動的だった。 -
談話室にて
持ち込んだパンとおにぎり、飲み物で朝食を済ませ、船内で知り合った兄弟とトランプなどして遊んでいたら。。 -
海が。。。荒れ始めた。
雲が飛ぶように流れ、白い波頭が一面に広がる。
息子の顔色が変?
と思う間もなく、「気持ち悪い。。。」
そうだよねえ。
目一杯食べた朝ご飯→トランプ→船が大揺れ
こりゃだめだ、とトイレに連れて行く。
でもネ、私だって実は船は弱いの。
昔、三宅島から帰る船でものすごい船酔いでトイレに2時間こもっていた私。
以来、船は敬遠してきたんだけど、今回は好奇心が勝ったわけです。 -
船の中心にあるこの螺旋階段のところが一番揺れが小さい。
みんなで避難だ〜
そんな中でも、豪快にカレーを食べてる人がいるのよねえ。 -
無事到着。
ここからレンタカーで足摺岬に向かう。
高速道路で200Km、その先を100Km、峠越えもあり結構ハードみたい。
19時頃の到着を目指して14時頃、徳島の街を出発。
徳島自動車道。
なんだか雲行きが変。。。え?雪?!
それも小雪チラチラではなくて、吹雪状態。
ガンガン降ってくる。
思ったより時間もかかり写真どころではなくひたすら吹雪の中を走り続ける。
思いも寄らなかった、四国で吹雪だなんて。
高速を降り、もうあたりは暗い。
足摺岬方面、クルクルクルクル小刻みのカーブが続く。
参った、参った。
ようやくたどり着いた民宿「青岬」
お料理の評判と接客の口コミで決めた宿です。
元国民宿舎の建物だったとか、広いし、清潔。
私たちのお部屋は2部屋ぶち抜き16畳だし、お風呂はメチャクチャ清潔だし、
食事にも大満足! -
次から次へと食べきれないほどのごちそうと、
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宿の方との楽しいおしゃべりに
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パパは日本酒をついつい飲み過ぎ、
-
酔っぱらって、しつこいジョークを言い続け、
「紅白」に見入る息子と私にしら〜っと無視されたのでした。。。
新しい年が明ける。 -
2010.1.1
初日の出ビューポイントは宿から車で2.3分のところ。
元旦の、
あ、元旦じゃなくても日の出を見るなんて 初めてかも?
でも、雲が厚い、
太陽が見えないままに、周囲が明るくなって来た。
もう昇っちゃってるんだね。 -
あきらめかけたけど、やがて神秘的な光が降って来た! -
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すばらしい天体ショーを見た後の元旦のごちそう。
自分でなあ〜んにもしなくていいお正月。
それだけで最高だし、足摺岬での初日の出と初ごちそうだなんて! -
このあたりでの元旦の習慣。
お重を頭の上に乗せ、今年の願いを言うんだって。 -
女将さんお薦めの竜宮神社から今日の観光をスタート。
結構すごい断崖絶壁を歩くわけで、強風でコワイわけで。。。。 -
お次は四国八十八ヶ所のうちの38番札所金剛福寺。
初詣嫌いの私だけど。
昔、旅行会社に勤務していた夫は四国八十八ヶ所を2回まわっているので、なつかしがっていた。
私のファッションは着物の袖を外し、ジャンパースカート風に着られるようにした着物もどきの服。
朝食の時からちょっと注目の的で、ほめてもらったのよ。 -
遠出せずに足摺だけでのんびり過ごす1日。
遊歩道をゆっくり歩く。
昨日の吹雪はうそのように晴れわたった。
足摺の灯台から2kmの遊歩道を歩き、天狗の鼻より灯台を望む -
駐車場へ戻り、中浜地区へ。
ジョン万次郎の故郷だ。 -
ジョン万次郎の生まれた中浜村
私が「ジョン万次郎」の名前を知ったのはいつ頃だったかな?
数奇な運命に幼心に衝撃を受けた覚えがある。
1841年1月、14歳の万次郎はシケに会い、海上760キロ南の孤島、鳥島に漂着、半年間の無人島生活を送る。
やがてウミガメの卵を食料にするためにやってきたアメリカの捕鯨船に助けられ、仲間たちとハワイに連れて行かれるが、万次郎は仲間と離れて一人アメリカへ渡る決心をした。
そして1841年、助けてくれたジョン ハウランド号でアメリカ本土の土を踏む。
時は西部開拓時代。
ホイット フィールド船長は働き者のジョン万を我が子のように愛し、英語、数学、測量、航海術、造船技術などの教育を受けさせた。
1852年、万次郎は念願の故郷 土佐へ帰り、名字帯刀も許されて、出身地の中浜村からとって「中浜万次郎」を名乗る。 -
道の駅で昼食後、竜串、見残し海岸へ。
3000〜8000年前の砂岩からなる浸食台地で怪岩奇岩の景勝地として有名。
でも珊瑚製品のりっぱなお土産屋さん、哀しいほど荒れ果てていた。 -
竜串海岸。
全部歩いてみるのをお薦めです。 -
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龍馬のまね。。。
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結構楽しめた海底水族館。
海底がそのままガラス越しに眺められるの。
あんまりこういう施設には入らない私たちだけど、のんびり楽しませてもらいました!
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やがて日の入りが近づき、
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雲が切れると強烈な光が。
せんこう花火の最後の火球のような。 -
すばらしいダルマ夕陽になった!
あ、こういうのを「ダルマ夕陽」っていうんだって。
あせりながらいろいろな望遠レンズを 付け替えて連写、気づいたら電池切れ! -
太陽の周囲の光線の赤い帯。
太陽のパワーで生きている。
人間がどんなに威張っても、自然の力にはかなわないと思う。
今、思い出しても涙が出てくるよ。 -
宿に帰れば、夕ご飯。
またまた懲りずにお銚子が並ぶ。
そしてまたまた懲りずにだじゃれを言い続け、妻と息子に無視される。。。 -
2010.1.2
足摺岬にゆっくり2泊して、今日は四万十をさかのぼり、江川崎から愛媛県に向かい、内子まで。
四万十川の沈下橋が楽しみだな。 -
沈下橋。それは増水時に沈んでしまうように造られた欄干のない橋。
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内子の街に到着〜
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『木蝋や生糸等の生産で経済的にゆとりのある時代に、芸術、芸能を愛してやまない人々の熱意で生まれた木造の劇場。農閑期には歌舞伎、人形芝居、落語、映画等の出し物が内子座を彩り、人々の心の糧として大切にされました。大正5年(1916)大正天皇即位を祝い、創建。木造2階建て瓦葺き入母屋造り。映画館等の変遷後、老朽化のために取り壊されるところ、町民の熱意で復原されました。昭和60年10月、劇場として再出発。現在では年間70,000余人が見学し、16,000余人が劇場を活用。約650人で劇場は一杯となります。』内子観光協会HPより
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内子座の内部。
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今夜のお宿は内子座のすぐ近くの松乃屋旅館。
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またまた食べきれないほどのごちそう。
どれもこれも心のこもったお料理で、残すのはもったいないのでがんばりました! -
「赤い人魚とろうそく」を思い出させる美しいろうそくが並んでいた。
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1月3日
朝の内子の街を散策。
今日は旅行最終日だ。 -
大正期の商家を再現した博物館。
100年足らずのうちにあまりにも変化した私たちの生活。
この頃の人たちがタイムスリップしたらどんなに驚くかしら? -
内子を出発し、一気に高松を目指す。
お目当てのうどんを食べて、屋島を見学し、特急に乗って本州へ、そして新幹線で帰路につく、という忙しさ。 -
高松市内で。
どこのおうどん屋さんに入ればいいか、皆目分からない。
屋島の方へ向かいつつ、目に入ったところに入ってみる。
いやいや、体育館のように広い。列ができている。
とにかく席を確保し、列に並ぶ。 -
かけ、とか、ぶっかけ、とか、ウ〜ンよくわからない。
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最後におだしを足したり、薬味を乗せたり、なんだか舞い上がってしまって、レジも通らず、お金を払うのを忘れ、ただ食いしそうになってしまいました。
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オホホホホ、どう?
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3.4年前、平家物語にはまっていた息子。
念願の屋島古戦場だ。 -
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源平の戦いに見入る
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市内に戻り、レンタカーを返す。
17時過ぎ、2階建ての特急マリンライナー岡山行きに乗車。 -
今日も美しい夕焼け。
さよなら、四国。
今度は自転車で走ってみたいな。 -
息子がゲットしたもの。。。
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