1995/07/15 - 1995/07/15
14位(同エリア48件中)
フルリーナさん
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BSのホテル時間紀行で、チャップリンのスイスヴェヴェの家が映ってました。ウーナ夫人との、お二人の面影を宿す息子さんがチャーリーの思い出を語っていて感動でした!
そうして、もう17年も前の、初めての個人旅行でチャップリンのお墓参りをしたときのことを
懐かしく思い出しました。
久々アップは、その思い出をちょこっと♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
BSのホテル時間紀行で、チャップリンのスイスヴェヴェの家が映ってました。ウーナ夫人との、お二人の面影を宿す息子さんがチャーリーの思い出を語っていて感動でした!
チャップリンは小学校5年生の時から、今の今まで大ファンで、特に中学・高校・大学・そして卒業してて10年ぐらいは、チャーリ―の映画、その生き方に恋い焦がれました。
ピアにマーカーを引きながら、今月はどこでチャップリンを見れるか、楽しみにチェック。
小さな自主上映館や、徳川夢声さんのお弟子さんの弁士付きの上映とか、ヴィヴァ!チャップリンとか、上映権が切れる時にほとんどの作品を上映した「さよならチャップリン」とか、何度も足しげく通いました。
そして映画が始まる前から(この映画館にいる人はみんなチャーリーが好きなんだ・・・)って思っただけで目頭がジーンと(;;)
映画が始まると、その美しさと、おかしさと、哀しさと、その芸のすごさに、嗚咽が出るほど涙涙で見たのを思い出します。 -
17年前に初めての個人旅行を計画した時に、絶対にチャップリンのお墓詣りがしたくてヴェヴェにいきました。
ヴェヴェの広場で、ああ!この町でチャーリーはなくなるまで過ごしたのだ!と思うともう、胸がジーンとして
(笑)。
今のようにパソコンが使えない頃だったので、情報源もなく、ヴェヴェに住んでたということだけをたよりにヴェヴェに行って、観光局で地図を書いてもらいました。 -
ヴェヴェからトローリーバスでコルジェの村へ。
チャップリンのお家は、静かにたたずんでいました。
チャップリンは自伝の最後にこのヴェヴェでの暮らしをこう書いています。
―『ショーペンハウアーは、幸福とは消極的状態と言ったが、私はそう思わない。
この20年間にわたしははじめて幸福というものを知った。
すばらしい妻を得たという幸運である。
これについてはもっともっと書きたいのだが、そうなると愛の問題がからんでくる。
完全な愛とはいうものは、もっとも美しい欲求不満だと信じている。
なんとなれば、それは、言葉以上のものだからである。
ウーナと一緒にいると、彼女の性格の深さ、そして美しさがたえず新しい啓示になってくれる。
彼女が先立って、ヴェヴェの町の狭い歩道を歩いている時など、
あの素朴な威厳、あのきりりとした体つき、
ようやく白いものを加えた黒い滑らかな髪・・・等々が、
思わず彼女に対する愛と尊敬の感動を呼び覚ましてくれる
・・・・妙に熱いものが胸にこみ上げてくるのだ。
こうした幸福に浸りながら、わたしはときどき夕暮れのテラスに坐り、
広々とした緑の芝生ごしに、はるかな湖や、湖の向こうの悠然とした山々を眺めているときがある。
そんなとき、わたしは何にも考えていない。
ただ目の前のこの壮大な静けさを、ひたすら、じっと楽しんでいるのである。』―
チャーリが、ウーナさん暮らしたこの家を前に、このチャーリーの言葉が胸にめぐり、またまたジーン・・・。
今はチャップリン記念館として見学できるとか・・。もうオープンしたのでしょうか・・?いつかもう一度行ってみたいです。
さて、次はお墓。細い路地を入っていくと村の墓地があるはずです。
が・・・方向オンチのわたしは、地図を頼りに迷いに迷っても、たどり着けません。
同行の母たち4人には、暑さの中くたびれはててるし、人に道を聞いてもフランス語で、全然わからず汗だく&半べそでした。
もう、あきらめかけて、戻ろうかと思っていたころ、地図を片手に途方に暮れている私に、親切な老婦人が英語で声をかけてきてくださいました。
幸い、私のへたくそな英語を理解してくれるるようです。
事情を話すと
「それでは私もお墓の花に水をあげるから、案内してあげるわ。ついてきて」
と、村のお墓まで連れていってくれました。
村の墓地に着いて、チャップリンのお墓に来れた嬉しさと、
「よかったわね!」と、言ってくれるその笑顔とわざわざお墓まで案内してくださった心が嬉しくて、思わず泣いてしまったら、肩を優しく抱きしめててくれました。
チャーリーが、ついの棲家に選んだこの地は、チャーリーの映画のように、暖かなぬくもりの感じられる場所でした。
そして、チャップリンのお墓は、ウーナ夫人のお墓と仲良く二つ並んでいて、まるでライムライトのラストシーンのようでした。
この写真は、チャップリンのお家(写真は同行の叔母)。
ここで、カメラが電池切れになり、お墓での記念撮影ができずに悲しかった(;;)。
大切なお墓に行ったときに電池切れなんて、なんてマヌケな私(涙)
でも、心のフィルムにこの時の出来事は今も鮮やかに焼き付けられています。 -
そうして、チャップリンのお墓詣りの次の日は
シオン城を観光した後、同行の叔母が大好きなオードリー・ヘップバーンのお墓詣りに行きました!
このエリア、見どころがたくさんの観光地&保養地なのですが
なぜか、毎日お墓参りをしてる私たち(笑)。
この年はオードリーが亡くなってまだ1年ぐらいの時でした。
私もオードリーは大好きですが、母やおばたちの世代にとって、オードリーは永遠のアイドル&憧れの特別な存在のようです。 -
まず、モルジュまでは、せっかくなのでレマン湖をクルージングしながら♪
お天気も良く、素晴らしい眺めでした。 -
モルジュは、とってもかわいい町。
街の散策も楽しくて、カフェでチョイスして食べたトリュフチョコレートの美味しさが忘れられません。 -
モルジュ城。
観光もそこそこに、オードリーのお墓詣りにタクシーでトロシュナ村へ向かいます。 -
チャップリンのお墓で、道に迷い大変な思いをしたので、この日はタクシーを使うことにしました。
今は、記念館もできて、すっかり観光名所となっていますが、17年前はまだ記念館もできていなくて、オードリーが住んでいた小さな可愛い家がひっそりとありました。 -
みんなに愛された妖精のような愛らしさを持ったオードリー。
でも、彼女はナチの時代に反ナチのレジスタンス運動をしていたことがあります。彼女の親類は抵抗者だったため、オードリーの目の前で銃殺されたそうです。また、彼女の異父兄弟もドイツの強制収容所に入れられたそうです。
このころ、彼女はひどい栄養失調のため死にかけたこともあるそうです。
そんな過去は、彼女の晩年に、彼女に大きな使命を与えます。
ユニセフ大使としての活躍は、皆さんも記憶に新しいことでしょう。
「わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、はっきり証言できます。なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから」
と語ったオードリー。
「自分の俳優の人生は、ユニセフの仕事をするためにあった」とも語っていたそうです。 -
チャップリンは「ヒットラーというやつは、笑い飛ばしてやらねばならない」と、ヒットラーの全盛時代に、命がけで「独裁者」をつくりました。
そして、第2次世界大戦が集結し、東西冷戦が起こったころ「殺人狂時代」をつくりました。その中で
「大量殺人鬼とのお言葉ですが・・・しかるに世界は大量殺人を唯一の目的に破壊の武器を製造しているのです。この世は無垢な夫人や幼い子供たちを粉々に吹き飛ばし、しかも科学的な方法で彼らを抹殺してきたのではありませんか。大量殺人という言葉を用いるのなら私は足元にも及ばぬ駆け出しにすぎません。この世界は大量殺人を行う目的に破壊の武器を製造している。大量殺人者の私はアマチュアに過ぎません。」
と、痛烈な戦争批判をしました。
実に、チャップリンはこの映画によって赤狩りにあい、アメリカを追放され、スイスに住むことになりました。
そして1972年アカデミー特別賞を受けるために、赤狩りでアメリカ追放後初めてアメリカに再び帰ってきました。
会場中の人が、彼が作曲したモダンタイムス」の「スマイル」を歌ってチャップリンを迎えたそうです。
・・・・
チャップリンは、オスカー像を手にし、目にいっぱい涙をためて
「you're wonderful sweet people ,thank you 」
と言いました。
私たちに、映画を通して、そして彼らの人生そのものを通して
私たちにたくさんの愛を、平和への思いを、いのちへの思いを届けてくれた、ヨーロッパに生まれ、アメリカで映画の大スターになったチャップリンとヘップバーン。
スイスのレマン湖のほとりの穏やかな光のなかに、チャーリーとオードリーの、強い意志と優しさに満ちたまなざしを感じた旅でした。
(写真はピース(平和)という名のバラ。イタリア・アクイレイアの街角で撮影)
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この旅行記へのコメント (4)
-
- あの街からさん 2014/10/26 14:32:11
- スイスの旅の途中で
- フルリーナさん こんにちは
ドロミテ編へ訪問等をありがとうございます。
ドロミテの旅行記が橋渡しをしてくれた
フルリーナさんの旅行記には山岳リゾート編が並んでいて
昨年のドイツ・ツークシュピッツェで20数年ぶりで
トレッキングに目覚めた私にはうれしい限りです。
その他にも「氷河後退」とか
チャーリー・チャップリンやオードリー・ヘップバーン
のお墓参りとか興味を惹かれる旅行記に出会いました。
チャーリー・チャップリンもオードリー・ヘップバーン
もリアルタイムというより今は無き名画座や
これが最後のロードショーと銘打った上映で観たのですが
フルリーナさんが、今月は何処で観れるか楽しみにチェック
をしていたと知りいやぁ〜すごいなぁと思いました。
映画と自伝本好きのわたしは
チャップリンとヘップバーン関係本を一時期夢中で読んだり
後年wowowのアカデミー賞の受賞式の中でチャップリンの受賞
シーンを観て感動したことを思いだしました。
また
2000年にスイスに行った際にジュネーブから鉄道とタクシーで
ヘップバーン記念館を訪ねました。ところが記念館が休館日で
当時ネットも今程使い勝手が良くなく記念館に行けば
お墓参りもできるだろう。と高をくくっていて結局は時間切れで
どちらも目にすることが出来ず帰ってきたのですが
フルリーナさんの旅行記でなにか胸のつかえが取れたような気がしました。
あの街から
- フルリーナさん からの返信 2014/11/17 19:59:49
- RE: スイスの旅の途中で
- お返事が遅れてごめんなさい。
ちょっと忙しくて、4トラチェックしておらず、失礼しました。
旅行記を拝見して、旅のツボが似ているなあ…と思っていたのですが、映画がお好き、特にチャップリンとヘップバーンがお好きで、関係本を夢中で読まれたなんて嬉しくなっちゃいました!
チャップリンのアカデミーの授賞式!!すばらしかったですよね!
ヘップバーンの記念館は私が行ったときにはまだオープンしておらず、残念でした。
チャップリンの家も記念館になるそうですね・・。
もう一度行ってみたいです。
あの街からさんと、いろいろ好きなもの共通点があって嬉しいです!
-
- kawakoさん 2012/10/12 05:02:33
- こんばんは
- 先日、ヴヴェイに行ってきたばかりなのですが、どこに行っても言葉(ドイツ語)が通じなくって苦労しましたww
ヴヴェイ〜ローザンヌ間で、スイスにしては珍しく電車が遅れたのですが、その案内がフランス語のみだったので、乗り換えの電車を逃してしまいましたよ。
でもちょっと外国みたいで面白かったですけどね(´∀`)
スイスは秋になってからというもの天気が悪く、灰色の空を見ると気が滅入ります。
日本の秋がうらやましいなぁ〜
- フルリーナさん からの返信 2012/11/06 01:58:41
- RE: こんばんは
- Kawakoさん
お返事遅れてごめんなさい。
実は、スイスに言ってました(笑)
天気が悪かったあとの晴れた1週間にちょうど山の見どころを歩けてラッキーでした!!
ヴェヴェイは、ほんとにフランスみたいですよね。
私も言葉がちっともわからず、そのためいろいろ大変でした〜。
今日は、日本もしとしと雨です。
でも、お隣の市・日光の紅葉が見ごろになってるようです。
> 先日、ヴヴェイに行ってきたばかりなのですが、どこに行っても言葉(ドイツ語)が通じなくって苦労しましたww
> ヴヴェイ〜ローザンヌ間で、スイスにしては珍しく電車が遅れたのですが、その案内がフランス語のみだったので、乗り換えの電車を逃してしまいましたよ。
>
> でもちょっと外国みたいで面白かったですけどね(´∀`)
>
> スイスは秋になってからというもの天気が悪く、灰色の空を見ると気が滅入ります。
> 日本の秋がうらやましいなぁ〜
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