2012/05/26 - 2012/05/26
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mistletoeさん
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東日本大震災以来、関西でも電力の問題が取り沙汰されています。
今回は、現在定期点検中の「敦賀原発」を勉強しに敦賀へ行ってきました。
原発だけではなく、敦賀市には、松本零士さんロードや、旧敦賀港駅舎、日本のシンドラーと言われる杉原千畝さんの足跡が学べる博物館、気比神宮、美しい敦賀港、美味しい海の幸・・・と盛りだくさん!
学び、遊び、食べ、と大満足の旅となりました。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
券売機で切符を購入すると、通常の切符のデザインながら名刺ほどの大きさでした。ビックリ!
こんな切符はじめて見ました。 -
大阪から敦賀までは新快速で2時間ほどで到着です。思った以上に近いです。
駅前はの〜んびりとした空気が漂っており、車が必需品なのか、道路が整備されていました。
バスまでの時間もあるので観光案内書で地図をいただき、2キロほど離れている敦賀港まで行ってみる事にしました。 -
駅前からアーケード街になっており、あちこちに銅像が設置されています。
よーく見ると「銀河鉄道999」のメーテル!
看板があったので読んでみると、
「かつては東京とパリを結ぶ『欧亜国際連絡列車』が敦賀港駅を経由して走り、敦賀は『日本でも有数の鉄道と港の町』でした。
1999年に敦賀港開港100周年を記念して、市のイメージである『科学都市』『港』『駅』と敦賀市の将来像を重ね合わせて、『宇宙戦艦ヤマト』のブロンズ像12体、『銀河鉄道999』のブロンズ像18体の計28体のモニュメントを敦賀駅から気比神宮までのシンボルロードに設置しました。」
とありました。 -
ちなみに、銅像には1つ1つタイトルと説明が記載されています。
こちらは「旅立ち」とあり、「人はみな、星の海を見ながら、思い描いた希望を追い求めて、果てしなく遠い旅に出る。終わることのない永遠の流れの中で、果てしなく続くレールの上を、夢と希望と野心そして若さを乗せて列車は走る。いま、汽笛が新しい若者の旅立ちの訪れを告げる。」
とありました。
文学的ですね。 -
それにしても歩いている人は余り居ません。
平日はもっと活気があるのかな? -
途中、日本原子力発電?敦賀地区本部があり・・・
-
その本部前にソ連領事館跡の石碑がありました。
-
バス停の表示にも松本零士さんのイラストが描かれています。
凝っていますね。 -
ズンズン進むと、薬屋さんの角にはたくさんのキャラクターが(笑)
エスエス製薬のピョンちゃんに、佐藤製薬のサトちゃん&サトコちゃん、それに興和のケロちゃん?コロちゃん?どっちだろ??
詳しいな、私・・・ -
アーケードが途切れた市内の中心に立派な「気比神宮」がありました。
説明文によると
「気比(けひ)」は「食(け)の霊(ひ)」という意味で、『古事記』でも「御食津大神(みけつおおかみ)」と称されています。
古代敦賀から朝廷に贄(にえ)を貢納したために「御食国の神」という意味で「けひ大神」と呼ばれたとされており、後世の社伝『気比宮社記』においても「保食神」と称されています。」
とありました。
昔から山海の幸に恵まれた食の豊かな国だったのですね。 -
今回はゆっくり拝殿する時間がなく、通り過ぎただけでしたが、外からでも荘厳な雰囲気が漂っていました。
ちなみに鳥居は高さが10.9mもあり、重要文化財に指定されているそうです。
春日大社(奈良県)、厳島神社(広島県)と並ぶ日本三大木造鳥居の一つです。 -
あれこれと街を散策しながら敦賀港に到着です。
こちらは敦賀港開港100周年を記念し、風を受けて進む「北前船」の冒険心、進取の気風を表現したモニュメントです。 -
すぐそばには、かつて「欧亜国際連絡列車(新橋〜敦賀港駅〜ウラジオストク〜シベリア鉄道経由ヨーロッパ)」の発着駅として、多くの人々や文化を運ぶ重要な位置を占めていた金ヶ崎駅(後の敦賀港駅)舎を再現した洋館が建てられており、内部は敦賀鉄道資料館として無料開放されていました。
-
内部は撮影禁止だったのですが、窓から見える敦賀湾がとても美しく、思わずパチリと撮ってしまいました。
ごめんなさい! -
港には福井県警の船が!
パトカーのように白と黒ではないのですね。 -
この辺りは金ヶ崎緑地として整備されていて、小さな子供さんを連れた家族がたくさんお弁当を広げていました。
近くにこんな場所があって羨ましいです。 -
時計台も周りの雰囲気に合っています。
あちこちの緑地帯でツツジが咲き、ウグイスが鳴いていました。 -
足元を見ると、地図と交易をしていた街の名前がタイルで描かれていました。
-
同じ場所から180°向きを変えると、またまた洋館がありました。
もちろん気になるので行ってみる事に。 -
近付いてみると「人道の港 敦賀ムゼウム」と聞いたことのない言葉が書かれていました。
早速説明文を読むと
「第二次大戦中、ナチスから逃れようとしたポーランド系ユダヤ人に当時のリトアニア領事代理であった杉原千畝は人道的立場から日本通過ビザを発給しました。
敦賀はこの『命のビザ』を手にしたユダヤ人が上陸した日本で唯一の港で『人道の港』と呼ばれています。
敦賀は6000人ものユダヤ人が初めて踏みしめた日本の地であり、自由と平和を実感した場所でもあるこの地で、杉原千畝の生の声や難民が残していった時計、市民の貴重な証言など関連した展示を行っています。」
とありました。
このムゼウムと言う言葉は、ポーランド語で「博物館」という意味なんだそうです。
http://www.city.tsuruga.lg.jp/sypher/free/kk-museum/ -
ムゼウムを出た道路向かいには「赤れんが倉庫」がありました。
この建物は1905年、ニューヨークスタンダード石油会社が石油貯蔵庫として建設した県内最大規模のレンガ建築物として国の登録有形文化財として登録されたそうです。 -
横にはベンチが設置がされていましたが、立ち入り禁止でした。
整備中なのかな? -
敦賀原発行きのバスの時間が迫ってきたので慌てて帰る途中、気比神宮の道路向かいに昔の風習を模した銅像がありました。
急いでいながらも興味津々なのでついつい立ち止まって説明文を読むと、
「西安3年(1301年)、時宗2代目遊行上人他阿真教が諸国巡錫の砌、敦賀に滞在中、気比社の西門前の参道、その周辺が沼地(この時代には気比神宮あたりまで入江であった。)となって参拝者が難儀しているのを知り、浜から砂を運んで道を造ろうと上人自らが先頭に立ち、神官、僧侶、多くの信者等とともに改修にあたられたという故事に因み、『遊行上人のお砂持ち神事』として今日まで時宗の大本山遊行寺(藤沢市の清浄光寺)管長が交代した時にこの行事が行われている。
元禄2年、奥の細道紀行で敦賀を訪れた芭蕉は『月清し遊行のもてる砂の上』と詠んでいる。」
とありました。
上人自らが参拝者の為に労を惜しまず労力を注ぐ・・・見習わないといけません。 -
アーケード上を見ると、建物が昭和レトロ風で窓枠がとっても素敵でした。
-
行き道とは反対側のアーケードを歩く事にしました。
早速、宇宙戦艦ヤマトの銅像がお出迎えですが、残念ながら話を知らないので感動がイマイチです。 -
イスカンダル星の王女スターシャなんだそうです。
頭の中で「宇宙戦艦や〜ま〜とぉ〜〜」と熱唱してしまいました(笑) -
自衛隊の事務所シャッターには熱いメッセージが!
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敦賀駅に戻り、駅弁を購入し敦賀原発方面行きのバスへ。
運転手さんに了解をいただき、乗りながらお弁当を頬張りました(^^)旅気分満喫です!
海辺を走り、山を越え、時々現れる集落を通り過ぎると急に開けた場所が現れました。敦賀原発到着です。 -
整備された道路に美しく手入れされた緑地、けど誰も居ない空間。
風が若葉を通り抜ける音と鳥や虫の声がだけが鮮明に聞こえます。
誰も居ないにも関わらず思わず子小声で話す私達(笑)
バス停から少し歩くと敦賀原子力館と言うPR施設があり、観光バスが数台停車していました。
路線バスで来る人って居ないのか・・・・・ -
立派な施設に到着すると、記念写真用の看板がありました。
キャラクターの魚は「げん丸」くんと言うそうです。 -
内部に入ると原子力発電所に向かって一面ガラス張りになっており、団体客の方々に対し、説明をされていました。
予約をすれば説明もしていただけるようです。 -
こう言う施設から関西に向けて電力が供給されているのか、と資料を読みながらシミジミ思いました。
次のバスまでは4時間弱、どう考えても時間が潰せないので駅まで歩く事にしました。かなりの距離だったような・・・・・不安・・・・・ -
トラックは通行しますが、誰も歩いていません(当たり前か!)
お天気も良く、幸先の良いスタートです。
仕事をしていると、日中は建物内で座ってばかりなので運動不足解消になるかも。 -
峠越えをしていると、目の前にたくさんのカモメが飛んでいました。
ここで文明の利器を使ってしまい、距離を確認するとPR館〜敦賀駅まで18キロ!
見るんじゃなかった・・・・・ -
峠を越え、道路を歩くのは危ないので海沿いの集落の中を通り抜けていると、船が停泊していました。
船の材質が変化しただけで、昔から風景は変化していないような気がしました。漁村ですね〜 -
トンビが気持ちよさそうに飛んでいます。
のどかで癒されます(^^)
歩いていると歩く事しか考えず「無」になれてスッキリします。
黙々と歩いて、まるでお遍路さんのような私達でした。 -
また峠道を登り、海を見ると木陰から美しい海の色が見えました。
白い砂に太陽が反射しているのでしょうか。 -
道路沿いに神社がありました。
常宮神社(じょうぐうじんじゃ)と読み、神功皇后の「つねに宮居し、波風静かなる哉楽しや」との神託に因ると伝えられ、古くは「つね(の)みや」と訓読されていたが、中近世から音読されるようになり、明治元年(1868年)に現在の社名に決定したそうです。
養蚕の神として信仰され、また、神功皇后が応神天皇を懐胎した時、当社で腹帯を着けたために無事に出産したという伝えがあることから「安産の神」として、更に、立地条件等から、航海や漁業の守護神としても信仰されているそうです。 -
敦賀の街が遠くに見えてきました(喜)足の疲れも限界なので座って休憩する事に。
波の音が心地よくて眠気を誘いますが、駅まではまだまだ!お喋りしつつ、軽く足をマッサージし、再出発しようと前を見ると、霞がかった対岸にまたもや何かの施設が見えます。 -
見えていたのは敦賀火力発電所でした。
色々な発電所がこの辺り一帯に所在しているんですね。 -
その後も夕暮れの中、テクテクと歩き、何とか駅に辿り着きました。やった〜!
お腹もペコペコです。
午前中に目をつけていたお店に入り、お刺身を注文。これがすご〜く美味しく一気に元気回復です。 -
アワビのお刺身もコリコリでとっても美味しく大満足でした。
この後、サンダーバードに乗り、ウトウトしながら帰宅の途へつきました。
色々な面のある福井県、少ししか学ぶ事が出来ませんでしたが大満足の旅でした。
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