2012/05/22 - 2012/05/23
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パパ旅行者さん
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瀾滄から文東へ行ってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
雲南省思茅市瀾滄県の県城・[孟力]朗から、同県の文東郷へ行ってきました。
瀾滄から双江へ向かう幹線道路から外れた文東郷は、きっととても田舎で、ちゃんとした宿があるかと不安でしたが、本の中で名前を見て、たぶん他に行く人も少なそうなので、行ってみることにしました。 -
瀾滄からは文東郷へは、1日に1本バスが出ています。
12:00発で、チケットは31元+保険代2元=33元です。
12:07分に瀾滄を出発して、途中「加水」+トイレの休憩が2回。文東郷に着いたのは、15:40でした。
文東は小さな町ですが、道路はセメントで舗装されていました。
ここが着いたバスターミナル。早速翌日に瀾滄に戻るチケットを買いました。
朝8:00発で、保険代がなく、31元。 -
文東は小さな町です。
政府機関の他は、小さな店が並ぶだけです。
20分も歩けば、端から端まで歩くことが出来ます。
こんな町にも「移動通信」や「聯通」など、携帯電話の店があるのは、中国らしいところ。山奥でも、移動通信なら、だいたい電波があります。
ここは郷政府役所でしょう。バスケットボールコートがあるのも、中国らしい。 -
歩いていると、さっきバスの中から見かけた、文東郷の門を見つけました。
水牛の頭は、ワ族のシンボル。文東は、文東ワ族郷です。
見かける人は、墨で塗ったような黒い肌の人びとが多かった。 -
明日は朝いちで文東を離れます。
小さな町を抜けて、村に行ってみることにしました。
来る前にチェックしたネットの地図によると、本に載っていた村は、郷の中心からさほど離れていないはずです。 -
ところが、知らないところに行ったらマメに道を確かめること、という自分で作った教訓を怠って、道に迷ってしまいました。
ようやく人に会いました。
牛を放牧しているワ族の人たちで、かなりコミュニケーションに苦労しましたが、目指す村は、来た道の方にあることが分かり、引き返すことになりました。
山道を歩いて、汗だくです。
幸い、北京時間と違う生活時間なので、夕方6時近くでも、まだ辺りは暗くありません。 -
目指す村に着きました。
着くまで知らなかったのですが、ワ族の村でした。
ワ族郷というだけあって、近くにもワ族の村が多いそうです。 -
僕が入ったのとは別の村の入口も、けっこう立派です。
-
村長の家に行きましたが、村長は留守でした。
そこにいたおばあちゃんが、お酒を出してくれました。
自家醸造のお酒だそうです。
しかし、中国語とはいえ、雲南方言で、ほとんど分かりません。 -
あとで訪ねた別の家のおじいさん。
豚の餌を作っていました。 -
おじいさんの家。
役畜らしい馬を飼っていました。
薪がたくさん積んでありました。 -
おじいさんの家。
味のある囲炉裏です。
とはいえ、観光客には「味がある囲炉裏」でも、本人たちは、ガスコンロとかが欲しかったりして(?)。 -
村の中を歩き、村長は戻ってきそうになかったので、別れを告げました。
来たのとは別の道で、郷の中心に戻りました。
7時とはいえまだ明るいですが、まもなく暗くなるでしょう。
さっき町を歩いたときに見つけていた、ほとんど唯一の宿に行きました。 -
中国では、遅くに来ても、他に泊まるところがなさそうでも、宿の主は高値でふっかけることはあまりないようです。
部屋の値段を聞くと、30元でした。
次の日に市が立つせいか、けっこうたくさん人が泊まっていました。
しかし、トイレは公用がひとつだけ。
シャワーはどこで浴びるかと聞くと、「浴びれない」身体を拭くことが出来るだけだ、という答え。
一泊だけですし、シャワーは我慢するしかありません。
他の客は、こんなんで平気なのだろうかと、思ってしまいました。
さいわい、布団は割に清潔で、変な臭いもしませんでした。 -
翌朝、各地からバイクや、トラクター車(トラジ)や、自動車がやって来ました。
市が立つ日だったようです。
山の人らしい人たちも、山の物を広げて売っていました。 -
定期市は、お祭りのような雰囲気があります。
一種のハレの日なのでしょう。
出かけていったら、要らなくても、買ってしまいそうです。 -
バス発車までにはまだ時間があったので、小学校に行ってみました。
宿の部屋から、学校に行く子供たちが見えたので、学校があるのだと見当をつけていました。
退職した教師夫妻と話しました。
夫はワ族で、夫人は漢族だそうです。
小学校の先生だっただけあって、「普通話」(標準中国語)を話してくれて、楽でした(ははは)。
子供が2人いて、息子は書店勤務、娘は学校の先生だそうです。 -
来たときと同じバスで、瀾滄に帰ります。
そういえば、宿の「老板娘」が、日本人が来たのは96年以来だと話していました。
大きな長いリュックを担いだ若い男で、中国語は出来なかったそうです。
たぶん旅行できたのだろう、ということでした。
どこに行っても、日本人の来たことのない場所の方が少ないようです。 -
バスで隣り合わせたダイ族一行。
30代の男は、10代の頃、タイに働きに行って、3年住んでいたそうです(その割にタイ語はあまり出来ませんでしたが)。
隣の女性も、詳しくは聞きませんでしたが、タイに行ったことがあるそうです。女性の携帯の発着音も、何故かタイ・ポップスでした。
この人たち同士で話しているときは、ダイ語でなく、中国語雲南方言でした。
でも、?族とタイ国とは、心理的に近い関係にあるのかも知れません。
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