2012/04/15 - 2012/04/16
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enyasuさん
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青鶴洞到着後は民宿で昼食。
その後、以前日本に住んだことがある女性の案内で
村を歩きました。
日曜日だったこともあり観光客、登山客も見かけました。
青鶴洞 韓国伝統文化を学ぶ書堂
1 麗水から求礼、河東へ
2 村民の案内で村を歩く
3 村の書堂で教えを受ける
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「ついに、到着!!」
本日泊まるのはここ故郷食堂 -
お土産を渡し、2階に荷物を運んだあとは
-
昼食
山菜中心の料理 -
チヂミもおいしかったです。
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この宿周辺にはいくつか同様な施設があります。
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案内をして下さる方と合流後は、山の上にある村人が通う書堂に行くことにしました。
「ハイキング〜」 -
青鶴洞は智異山(チリ山)の入り口、海抜 850mに位置しています。
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山を登ります。
-
案内係の人の話では、村にはいくつもの書堂(寺小屋)があり、常時200名ほどが教育を受けているという。
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『この石碑も写真に撮って下さい。』
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一つ一つに何か特別の意味があるのでしょうか。
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先人達に対し
「韓国伝統文化を学ぶ機会を日本在住の方にも供与してください。」 -
そんな思いを抱きながら
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また、この村を守る村民に感謝する気持ちを持ちながら
シャッターをきりました。 -
さらに上を目指します。
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石が敷き詰められた場所に来ると食堂や
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お土産さん
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更に進むと
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立派な門が見えてきました。
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案内文
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村の言い伝えでは、青鶴洞は神仙が青い鶴に乗って通う地上の楽園。
そして世俗のどんな混乱とも無関係でここで住めば長寿し、死んだら神仙になる場所。 -
村民は白い韓服を着て生活しており
結婚する前は男子も髪を切ることは無い。 -
倫理道徳を厳しく守って昔の伝統を大切に守り
自給自足の生活をしている。 -
果たしてそのような人々と出会えるのでしょうか。
以下はこの地を世に紹介した
韓国の写真家 柳銀珪(RYU Eunkyu。作家・戸田郁子さんの御主人)による青鶴洞の紹介です。 -
韓国人にとって「青鶴洞」という地名は、「理想郷」を意味している。この地名が歴史に初めて登場するのは、今から千年以上も前の新羅時代。そこは神仙が青い鶴に乗って遊ぶ地上の楽園、世俗のいかなる混乱とも無関係な伝説の村と謳われている。
1960年代の初めごろ、昔ながらの伝統文化を尊び、世俗や文明を拒否した『儒仏仙合一更定儒道』の信者たちが、人目を忍んで韓国南部にある智異山(チリサン)の山深い海抜850メートルのあたりに移り住んだ。その後、ここに定着した人々が地域の管轄郡庁に村の地名を「青鶴洞」と申請したことから、青鶴洞の地名は正式にこの村のものとなった。 -
26年前、私は初めてここを訪れた。当時、韓国社会は高度経済成長のまっただ中にあり、生活環境や価値観が大きく変動していた。そんな時期に、なぜこの村の人々は時代に逆行したような暮らしに執着しているのだろう。
私は驚くと同時に、青鶴洞の人々になぜか強く惹かれた。それ以来、私は年に数度はこの村を訪ねた。世俗と無縁の暮らしを営む同世代の若者と夜を徹して話すのが、私のなによりの楽しみともなった。 -
この村の子供たちは、村で運営する書堂(寺子屋)で『四書五経』、算術、礼節教育などを受けていた。
朝鮮時代さながらの白装束に身を包み、結婚前は男も髪を切らず、結婚後にはまげを結う。倫理道徳、忠孝礼こそ人の正しい道であると信じ、村人全員が昔ながらの伝統を守りながら、自給自足の暮らしを営んでいた。 -
1980年代の終わりごろ、テレビコマーシャルに青鶴洞が登場すると、観光客や写真家が大挙してこの村に押し寄せるようになった。
智異山が国立公園に指定され、農業を営むことが難しくなった青鶴洞では、世俗の人々の要求に応じて食堂や民宿、土産物屋などを経営するようになった。この時期、青鶴洞の一部の住人は世俗の垢にまみれることを嫌い、新たな「青鶴洞」を探してこの村を去っていった。 -
最近、青鶴洞の伝統教育は社会の注目を集め、夏休みや冬休みを利用して「留学」してくる都会の子供たちを受け入れる大規模な書堂がいくつも立てられている。
世間には、今の青鶴洞を批判する声もある。「青鶴洞は変わってしまった」と。しかし過ぎてきたこの30〜40年間、この国で変わらなかったものなどあるのだろうか。共同トイレ、練炭暖房、冷たいすきま風、かまどに火をくべて炊いた大釜の飯……。ソウル生まれの私でさえ、今の暮らしに至るまでに、どれほど大きな変化を経験したことか。 -
青鶴洞の人々はこう信じている。
「今は厳しい冬の時代だ。この冬が去れば、この世に春がやってくる。そのとき青鶴洞は世界の中心となる」と。
青鶴洞の人々は、春を待つ人々なのだ。 -
生活様式は変わっても、彼らには変わらぬ信念がある。だからこそ青鶴洞は今も存在し続けるのだ。そして私が青鶴洞の人々にレンズを向けるときの気持ちも、26年前となに一つ変わってはいない。私も彼らと同じ歳月を重ねて、年老いてゆく。
歳月の流れの中で、変わるものと変わらないものが存在することを、感じていただけたら幸いと思う。
以上、写真家 柳銀珪が写真展にてこの村を紹介したメッセージです。
次の旅行記では書堂を紹介します。
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