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初海外旅行は中国旅行だった。今から24年前。天安門事件が起こる直前、開放政策がまだ軌道に乗る前の、共産圏バリバリだった頃の中国を友人と二人で旅した。<br />経路は、香港、広州、北京、鄭州、桂林、広州、香港、である。<br />この21日間の旅行中、1週間ほどを鄭州という町で過ごした。当然、この町にそんなに滞在する予定ではなかったのだが、さまざまなハプニングに見舞われて、私たちは中原の古都・鄭州に長逗留することになってしまったのである。<br /><br />写真は2012年の鄭州。昔の鄭州の写真はリバーサルフィルムで撮影した。<br />デジタル処理していないので、残念ながらアップできない(笑)

24年前の鄭州

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1988/02/29 - 1988/03/20

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tomozow40

tomozow40さん

初海外旅行は中国旅行だった。今から24年前。天安門事件が起こる直前、開放政策がまだ軌道に乗る前の、共産圏バリバリだった頃の中国を友人と二人で旅した。
経路は、香港、広州、北京、鄭州、桂林、広州、香港、である。
この21日間の旅行中、1週間ほどを鄭州という町で過ごした。当然、この町にそんなに滞在する予定ではなかったのだが、さまざまなハプニングに見舞われて、私たちは中原の古都・鄭州に長逗留することになってしまったのである。

写真は2012年の鄭州。昔の鄭州の写真はリバーサルフィルムで撮影した。
デジタル処理していないので、残念ながらアップできない(笑)

  • 日本人にとって鄭州はあまり有名な都市ではない。しかし鄭州は、長い長い中国史を紐解くと、常に歴史の中心舞台となった処である。中国最古の文明・殷の遺跡もこの鄭州を含む一帯から発掘されている。<br /><br />24年前に私が鄭州に立ち寄ったのは、北京から洛陽に向かう途中で鄭州に立ち寄って、黄河を見ていこうと思ったからだった。鄭州から眺める黄河は大変迫力があると、当時の『地球の歩き方』に載っていたのだ。「中国と言えば黄河」という思い込みがあったので、一度は黄河を身近に見てみたいと思っていた。だから鄭州での宿泊は2泊を予定し、黄河を見たら早々に洛陽に向かう心づもりで、私と友人は鄭州の地に足を踏みいれた。<br />早朝、北京駅を発った列車は、夜の19時ごろ鄭州に到着した。<br /><br /><br />画像は現在の鄭州駅。今では新幹線も走る大変モダンな駅だが、当時は木造の味わい深い駅舎だった。

    日本人にとって鄭州はあまり有名な都市ではない。しかし鄭州は、長い長い中国史を紐解くと、常に歴史の中心舞台となった処である。中国最古の文明・殷の遺跡もこの鄭州を含む一帯から発掘されている。

    24年前に私が鄭州に立ち寄ったのは、北京から洛陽に向かう途中で鄭州に立ち寄って、黄河を見ていこうと思ったからだった。鄭州から眺める黄河は大変迫力があると、当時の『地球の歩き方』に載っていたのだ。「中国と言えば黄河」という思い込みがあったので、一度は黄河を身近に見てみたいと思っていた。だから鄭州での宿泊は2泊を予定し、黄河を見たら早々に洛陽に向かう心づもりで、私と友人は鄭州の地に足を踏みいれた。
    早朝、北京駅を発った列車は、夜の19時ごろ鄭州に到着した。


    画像は現在の鄭州駅。今では新幹線も走る大変モダンな駅だが、当時は木造の味わい深い駅舎だった。

  • 宿泊したのは国際飯店。当時、鄭州では唯一といっていいモダン(?)なホテルで、外国人の旅行者が鄭州で宿泊できる数少ないホテルだった。というのも24年前の中国では、外国人観光客が宿泊できる宿泊施設は限定されていて、たとえば鄭州駅前に密集していた便利な旅館などを訪れても、「メイヨー」とにべもなく断られるケースが多かったのだ。<br />北京のホテルでは日本人への差別心からいろいろ嫌な経験をした私たちだったので、国際飯店の対応は当時としてはかなりスマートなものだと感じられた。必要以上の愛想はなかったが、北京でよく遭遇した嘲笑もなく、ホテルスタッフから、普通に、当たり前に応対してもらえたことに、逆に感動した(笑)<br />とはいうもののそこはやはり中国で、部屋のトイレの水の流れが悪かったので女性のスタッフにそれについて相談したところ、「I have no idea」と言って立ち去られた時は、開いた口がふさがらなかった(笑)<br /><br />中国人、恐るべし。<br /><br /><br />画像は現在の鄭州・ホリディインホテル(河南中州快捷仮日酒店)。<br />私の記憶では、この場所に昔の国際飯店はあった。

    宿泊したのは国際飯店。当時、鄭州では唯一といっていいモダン(?)なホテルで、外国人の旅行者が鄭州で宿泊できる数少ないホテルだった。というのも24年前の中国では、外国人観光客が宿泊できる宿泊施設は限定されていて、たとえば鄭州駅前に密集していた便利な旅館などを訪れても、「メイヨー」とにべもなく断られるケースが多かったのだ。
    北京のホテルでは日本人への差別心からいろいろ嫌な経験をした私たちだったので、国際飯店の対応は当時としてはかなりスマートなものだと感じられた。必要以上の愛想はなかったが、北京でよく遭遇した嘲笑もなく、ホテルスタッフから、普通に、当たり前に応対してもらえたことに、逆に感動した(笑)
    とはいうもののそこはやはり中国で、部屋のトイレの水の流れが悪かったので女性のスタッフにそれについて相談したところ、「I have no idea」と言って立ち去られた時は、開いた口がふさがらなかった(笑)

    中国人、恐るべし。


    画像は現在の鄭州・ホリディインホテル(河南中州快捷仮日酒店)。
    私の記憶では、この場所に昔の国際飯店はあった。

  • 3月初旬の鄭州はまだ寒く、強風に飛ばされそうになりながら、黄河を眺めた。<br /><br />国際飯店からタクシーをチャーターして、黄河を見に行った。<br />黄河は私の想像していたよりさらに大きな川だった。<br />その日はあいにくの強風だったのだが、逆に荒々しい黄河を見ることができたのは、私たちにとって幸運だったと思う。<br />強風の中、対岸が遠く、煙って見えないほど大きな川。遠く陸橋を列車が走りぬけていく。川岸にはなぜか観光客を乗せるために馬がたたずんでいた。<br />吹き飛ばされそうな風の中、「馬に乗れ」とうるさい中国人。<br /><br />タクシーの運転手は、「危ないからもう帰ろう」としきりに急かす。<br />私は、この黄河を見れただけでも遠い中国に来た甲斐があったと思ったのだった。<br /><br /><br />画像は現在の鄭州黄河風景名勝区観光。<br />

    3月初旬の鄭州はまだ寒く、強風に飛ばされそうになりながら、黄河を眺めた。

    国際飯店からタクシーをチャーターして、黄河を見に行った。
    黄河は私の想像していたよりさらに大きな川だった。
    その日はあいにくの強風だったのだが、逆に荒々しい黄河を見ることができたのは、私たちにとって幸運だったと思う。
    強風の中、対岸が遠く、煙って見えないほど大きな川。遠く陸橋を列車が走りぬけていく。川岸にはなぜか観光客を乗せるために馬がたたずんでいた。
    吹き飛ばされそうな風の中、「馬に乗れ」とうるさい中国人。

    タクシーの運転手は、「危ないからもう帰ろう」としきりに急かす。
    私は、この黄河を見れただけでも遠い中国に来た甲斐があったと思ったのだった。


    画像は現在の鄭州黄河風景名勝区観光。

  • その日、洛陽に向かって出発するハズだった。<br />しかし、鄭州駅に着いて自分たちが乗るべき列車に向かおうとした私たちは、駅で立ち往生してしまった。駅周辺も駅構内も混沌を絵に描いたようなありさまだったからだ。駅前には幾重にもチケットを手に入れるために野宿する人々の列が重なり、足の踏み場もない状態だった。駅構内には、目的の列車に乗るために並んでいる人たちの列が並んでいる。しかしその列が、どの列車を待っているものなのか、中国語が不自由な外国人には判断ができない。それ以前に、当時の鄭州は駅舎が2つに分かれていたので、そのどちらから自分たちが乗るべき列車が発着しているのか、これまたわからない。チケットを見せて駅のスタッフに確認しても、その都度答えが違うのだからお手上げだった(笑)<br />列の末尾でその前に立っている中国人に自分のチケットを見せて、この列で間違いないのかを身振り手振りで聞いてみると、その中国人は、どうやら「違う」と言っているようだった。その中国人は、私たちのチケットを片手に、駅のスタッフに何かを聞いてくれたが、「いや、この列でいい」とその人は答えている(ようだ)。「でも違うじゃん」と親切な中国人は言ってくれているようだが、駅員に一喝され、その親切な中国人は何か言いかえすとそのまま列から離れてしまった(笑)。もうワケがわからない。<br /><br />今も昔も中国の駅では構内に入る度に荷物チェックを受けなければならないので、駅舎間を行ったり来たりしている私たちにとっては大変不自由な状況だった。結局、数時間ほど駅をグルグルしたものの、私たちは自分たちの乗るべき列車どころから列さえ見つけられず、洛陽に向かうことができなかった。<br />時間も遅く、国際飯店に向かうバス便もなくなってしまった。当時はタクシーもあまり走っていなかった。<br />疲れもピークになって、私と友人はそこで大ゲンカをした(笑)<br />腹が立った私は友人を駅の待合室に残し、一人その日泊まれるホテルを探しに行った。当時、外国人は決まったホテルにしか泊まれなかったのだが、駅前の宿泊所で「泊まりたい」訴えたら、「いいよ」一言。そう、中国人は、深夜行くところもなく困り果てている外国人の娘っ子をそのまま見捨てるような国民ではないのだ(笑)。このまま中国で友人と別行動をしようと思っていた私だが、やはり友人のことが気になり、彼女を残してきた休憩所に迎えに行った。<br />彼女はなぜかリンゴを手に、ボンヤリと休憩所の椅子に座っていた。その情けない姿を見たらさらに腹が立ってきて(笑)、その友人の首根っこをひっ捕まえてその宿泊所につれて行った。<br />友人によると、行くあてもなくぼんやりしていた彼女に休憩所の従業員が、突然リンゴをくれたそうである(笑)。よほど哀れに見えたのだろうか。<br />その夜は友人に説教を垂れて、そのまま眠りについた。<br />翌朝、洛陽へのチケットをなんとか取得して、再び国際飯店に宿泊。そしてその翌日、洛陽行きの列車に乗るべく、また鄭州行きに私たちはトライした。<br />表示のない鄭州駅で、私たちは駅の法則を見出して、やっと乗るべき列車の列を見つけ、午前中からその列車を待ち続けた。ところが、列車は遅れに遅れ、10時間も待った挙句、鄭州駅に到着することはなかった(笑)<br />中国語で何かの放送があった後、列車を待っていた列の人たちは、一斉に何か文句を言った後、突然ものすごい勢いで入口に向かって移動を始めた。ワケのわからならい私たちは、木の葉のようにその群集にもみくちゃにされ、持っていかれそうになった自分の荷物を必死に死守し、一瞬のうちに蛻の空になった駅構内で、茫然としていた。どうやら人々は列車のチケットの払い戻し&予約の取りなおしに動いたようであった。<br />その日、チケットの払い戻しのみをした私たちは、またまた国際飯店に舞い戻った。そう、私は完全に体調を崩してしまったのだ。<br />その時はよくわからなかったが、インフルエンザに罹ってしまったのだ。それから4日間、私は国際飯店で高熱にうなされることになった。<br /><br />高熱にうなされる私を友人は病院へと連れて行ってくれた。しかし病院では、日本語はおろか英語さえ全く通じない。必殺筆談戦法に出た私たちは、「我 風邪」と書いてみたところ、ナースたちから一斉に嘲笑された。友人が、「感冒」と書いてみたら、「おー」と納得してもらえた様子。その後、年の若そうなお医者さん登場、なんて、日本語を話す人だった。カタコトの日本語で話しかけてくれて、症状を聞いてくれた。<br />最後に治療費を支払うことなったところ、病院では人民元以外は使用できないと言われる。当時、中国のお金には一般の中国人が使用している人民元と、外国人が使用する「外人元」に分かれていた。高級店を扱う一部の店によっては外人元しか使用できないところがあり、中国の一般庶民にとって外人元は、たとえば、100元の外人元なら110元の人民元に替えても手に入れたい貨幣だったのである。<br />「私には大学で知り合った日本人の大切な友人がいます。彼と同じ国の人はや友人と同じ。治療費は私が支払っておきます」と、そのお医者さんが一言。<br />当時もそうだったが、今振り返っても本当に良い方だった。しかし、たぶん重いインフルエンザに罹っていた私は、いろいろ考える余裕がなく、お礼もそこそこに、その病院を後にしてしまった。<br />今思い返せば、同額以上の外人元を渡すべきだったし、住所などを伺って、俺の手紙などをお送りするべきでもあった。<br />若気のいたりとはいえ、本当に情けない私。<br /><br />画像は現在の鄭州駅構内。昔々はワケがわからなかった鄭州駅も、今では電光掲示が輝くわかりやすい駅に変わった。まさに、隔世の感がある。

    その日、洛陽に向かって出発するハズだった。
    しかし、鄭州駅に着いて自分たちが乗るべき列車に向かおうとした私たちは、駅で立ち往生してしまった。駅周辺も駅構内も混沌を絵に描いたようなありさまだったからだ。駅前には幾重にもチケットを手に入れるために野宿する人々の列が重なり、足の踏み場もない状態だった。駅構内には、目的の列車に乗るために並んでいる人たちの列が並んでいる。しかしその列が、どの列車を待っているものなのか、中国語が不自由な外国人には判断ができない。それ以前に、当時の鄭州は駅舎が2つに分かれていたので、そのどちらから自分たちが乗るべき列車が発着しているのか、これまたわからない。チケットを見せて駅のスタッフに確認しても、その都度答えが違うのだからお手上げだった(笑)
    列の末尾でその前に立っている中国人に自分のチケットを見せて、この列で間違いないのかを身振り手振りで聞いてみると、その中国人は、どうやら「違う」と言っているようだった。その中国人は、私たちのチケットを片手に、駅のスタッフに何かを聞いてくれたが、「いや、この列でいい」とその人は答えている(ようだ)。「でも違うじゃん」と親切な中国人は言ってくれているようだが、駅員に一喝され、その親切な中国人は何か言いかえすとそのまま列から離れてしまった(笑)。もうワケがわからない。

    今も昔も中国の駅では構内に入る度に荷物チェックを受けなければならないので、駅舎間を行ったり来たりしている私たちにとっては大変不自由な状況だった。結局、数時間ほど駅をグルグルしたものの、私たちは自分たちの乗るべき列車どころから列さえ見つけられず、洛陽に向かうことができなかった。
    時間も遅く、国際飯店に向かうバス便もなくなってしまった。当時はタクシーもあまり走っていなかった。
    疲れもピークになって、私と友人はそこで大ゲンカをした(笑)
    腹が立った私は友人を駅の待合室に残し、一人その日泊まれるホテルを探しに行った。当時、外国人は決まったホテルにしか泊まれなかったのだが、駅前の宿泊所で「泊まりたい」訴えたら、「いいよ」一言。そう、中国人は、深夜行くところもなく困り果てている外国人の娘っ子をそのまま見捨てるような国民ではないのだ(笑)。このまま中国で友人と別行動をしようと思っていた私だが、やはり友人のことが気になり、彼女を残してきた休憩所に迎えに行った。
    彼女はなぜかリンゴを手に、ボンヤリと休憩所の椅子に座っていた。その情けない姿を見たらさらに腹が立ってきて(笑)、その友人の首根っこをひっ捕まえてその宿泊所につれて行った。
    友人によると、行くあてもなくぼんやりしていた彼女に休憩所の従業員が、突然リンゴをくれたそうである(笑)。よほど哀れに見えたのだろうか。
    その夜は友人に説教を垂れて、そのまま眠りについた。
    翌朝、洛陽へのチケットをなんとか取得して、再び国際飯店に宿泊。そしてその翌日、洛陽行きの列車に乗るべく、また鄭州行きに私たちはトライした。
    表示のない鄭州駅で、私たちは駅の法則を見出して、やっと乗るべき列車の列を見つけ、午前中からその列車を待ち続けた。ところが、列車は遅れに遅れ、10時間も待った挙句、鄭州駅に到着することはなかった(笑)
    中国語で何かの放送があった後、列車を待っていた列の人たちは、一斉に何か文句を言った後、突然ものすごい勢いで入口に向かって移動を始めた。ワケのわからならい私たちは、木の葉のようにその群集にもみくちゃにされ、持っていかれそうになった自分の荷物を必死に死守し、一瞬のうちに蛻の空になった駅構内で、茫然としていた。どうやら人々は列車のチケットの払い戻し&予約の取りなおしに動いたようであった。
    その日、チケットの払い戻しのみをした私たちは、またまた国際飯店に舞い戻った。そう、私は完全に体調を崩してしまったのだ。
    その時はよくわからなかったが、インフルエンザに罹ってしまったのだ。それから4日間、私は国際飯店で高熱にうなされることになった。

    高熱にうなされる私を友人は病院へと連れて行ってくれた。しかし病院では、日本語はおろか英語さえ全く通じない。必殺筆談戦法に出た私たちは、「我 風邪」と書いてみたところ、ナースたちから一斉に嘲笑された。友人が、「感冒」と書いてみたら、「おー」と納得してもらえた様子。その後、年の若そうなお医者さん登場、なんて、日本語を話す人だった。カタコトの日本語で話しかけてくれて、症状を聞いてくれた。
    最後に治療費を支払うことなったところ、病院では人民元以外は使用できないと言われる。当時、中国のお金には一般の中国人が使用している人民元と、外国人が使用する「外人元」に分かれていた。高級店を扱う一部の店によっては外人元しか使用できないところがあり、中国の一般庶民にとって外人元は、たとえば、100元の外人元なら110元の人民元に替えても手に入れたい貨幣だったのである。
    「私には大学で知り合った日本人の大切な友人がいます。彼と同じ国の人はや友人と同じ。治療費は私が支払っておきます」と、そのお医者さんが一言。
    当時もそうだったが、今振り返っても本当に良い方だった。しかし、たぶん重いインフルエンザに罹っていた私は、いろいろ考える余裕がなく、お礼もそこそこに、その病院を後にしてしまった。
    今思い返せば、同額以上の外人元を渡すべきだったし、住所などを伺って、俺の手紙などをお送りするべきでもあった。
    若気のいたりとはいえ、本当に情けない私。

    画像は現在の鄭州駅構内。昔々はワケがわからなかった鄭州駅も、今では電光掲示が輝くわかりやすい駅に変わった。まさに、隔世の感がある。

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