2012/03/01 - 2012/03/01
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エフタロウさん
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(日程)
2月26日 札幌→羽田 川崎泊。
2月27日 羽田12:35→台北(松山)15:35 (NH1187) 台北→台中 台中泊
2月28日 台中→台南 八田与一記念公園と鄭成功廟を観光 台南泊
2月29日 台南→台中→日月潭→埔里→盧山温泉 盧山温泉泊
3月1日 盧山温泉→霧社→武嶺(標高3275M)→大禹嶺→梨山→宜蘭→礁溪温泉 宜蘭泊
3月2日 宜蘭→知本(台東) 知本温泉泊
3月3日 知本→左営(高雄)→桃園 台北駅周辺を観光 桃園泊
3月4日 台北(桃園)9:00→成田12:55 (NH1084) 羽田→札幌帰宅
航空チケット: 全日空スーパーエコ割3(新千歳⇔羽田含めて54000円)
(台湾旅行その4から続く)
3月1日(木)
10時20分、盧山温泉から南投客運のバスに乗り、昨日乗ってきた道を戻り10時45分に霧社に到着。
ここで、11時25分に通る豊原客運の1日1本しかない台中発梨山行きのバスを待つ。このバスは、以前はこの道を通らず、東西横貫公路を通って真っ直ぐ梨山に向かっていた。しかし、十数年前?に台風によってその道が崩落してから改修されず、それ以来、埔里、霧社を経由する大回りのルートで運行され続けている。臨時ルートなので、バス乗り場がどこにあるのか不安だったが、豊原客運のバス停も南投客運のそれと並んで立っていたので一安心。
30分強の待ち時間があるので、近くの霧社事件の抗日記念公園を見に行った。バス停から歩いて3分くらいだ。ここの云わば唯一?の観光名所?だけにちゃんと案内看板もあった。入り口に鳥居みたいなものが立っていて、右横に抵抗した人々のモニュメント、そして正面奥に慰霊塔と霧社事件の原住民蜂起者の頭目であるモーナ・ルーダオの銅像が建っている。
この霧社事件は、元はといえば、日本統治時代の1930年に起きた原住民蜂起による日本人虐殺事件である。その後、日本軍によって鎮圧され、原住民蜂起者側も大半が命を落としたという不幸で凄惨な事件であった。しかし現在、奉られているのは原住民だけである。それには違和感を感じたのだが、後で調べてみると台湾が中国に返還された後、国民党政府がこの事件を抗日運動ということにして、それまであった日本人の慰霊碑を破壊して、抗日記念公園を造ったことがわかった。
そこでは何組かの台湾人観光客が、抗日モニュメントの前で笑顔で記念写真を撮っていた。そりゃ漢民族は当事者ではなく直接関係ないから気楽でいいわな! 日本人のエフタロウは、何とも言えない複雑な感情を抱かざるをえない・・
また昨年秋に、この霧社事件を題材にした映画「セデック・パレ」が、台湾で公開され、台湾史上最高の興行収入を挙げたとのこと。丁度タイムリーだったんだなあ・・どうりで観光客が多いと思った・・エフタロウもこの映画はいつの日か見たいと思っている。 エフタロウが住む札幌で公開される日が来るかなあ?
(追記)
「セデック・バレ」は、札幌では2013年8月に公開されたが、それまで待ちきれず・・5月に東京で見ました。感想は・・複雑だったなあ・・
その後、霧社バス停に戻り、豊原客運のそのバスをじっと待った。11時23分、予定より2分早くやって来た。慌てて手を挙げてバスを止めた。(あらかじめ他の旅行者の記述を読んで、バスの写真も頭に入れていたから直ぐに反応できたが、手を挙げなければ素通りされていただろうなあ・・)
「到梨山」というメモを運転手に見せた。(エフタロウは中国語が話せないから筆談で行なっている。メモ紙とペンは必携だ・・)運賃は237元だった。バスは20人乗り程度のマイクロバスで10人ほどが乗っていた。
霧社の三叉路を今度は左へ道を取る。(昨日は、右方向へ行って盧山温泉に宿泊した。)いよいよ合歓山への登坂開始だ! 途中、見晴らしの良い尾根筋に出てきた。この辺の標高は1600〜1800M、清境農場と呼ばれている一帯だ。国民党が大陸から追われた際に雲南省から逃れてきた人たちが辿りついて開拓したらしい・・今は、台湾有数の避暑地となり別荘が建っている。ここからは玉山(新高山=3950M)が見えた。天気は依然として快晴!素晴らしい景色である。
バスはどんどん標高を上げ、標高2200Mの翠峰(ここまでは地元の南投客運のバスも来ているが、ここから先は豊原客運のバス1日1本のみ)を通り、合歓山(3430M)が目前に迫ってきた。そして、景色も更に壮絶なものに! 3000M級の山々が自分と同じ目線に迫り、更にその奥に4000M級!の玉山連峰が見渡せるのである!
(例えるなら、北アルプスの穂高連峰の更に奥に4000M級の山が聳えているといった光景だ!)こんな景色は、日本で絶対に見ることが出来ない。しばし見とれてしまった!
そして、遂に標高3275Mの武嶺に到達・・石碑があり、今日は快晴ということも有って、台湾人の観光客が鈴なりになって「壮絶な景色」を楽しんでいた・・エフタロウも・・と思ったが、あれれ・・バスは武嶺を素通りしていく、他の人の旅行記だと、ここでトイレ休憩ではなかったのか?? 写真を撮り損ねてしまった・・まあ、でも、その光景は目に焼き付けているから良しとしよう。
ここからは、道は下りとなって東西台湾の分岐点の大禹嶺(標高2550M)に降りていく。所々に残雪が・・台湾で雪が見れるとは! もう3月なのだが、2日前の寒波で合歓山一帯には雪が降り積もったらしい・・12時30分に大禹嶺到着。あれれ?予定より25分も早いぞ!(この理由は後でわかる)やっとここでトイレ休憩となった。表紙写真は、ここで撮った「大禹嶺トンネル」である。長さは200M位かな? 車1台分の幅しかないので、ライトを照らして合図しながら交互通行をやっていた。
ここから、梨山(標高1800M)まで、西の方向にくねくねと下っていく。途中、原住民の乗客を降ろしながら、13時35分、予定の14時よりも25分も早く梨山に到着した。
エフタロウの当初の計画では、14時に梨山に到着した後、15時に東海岸の街、花蓮行きのバスに乗って花蓮で宿泊する予定だった。しかし梨山に降り立って見ると、横に宜蘭行きの国光客運のバスが待っているではないか!! これは確か13時30分梨山発だったはずだぞ!(乗り継げないから宜蘭行きは諦めて花蓮行きで計画を立てていた)
どうやら、この先の武陵農場に行く乗客が、乗り継げるように運転手に頼み込んだようだな・・運転手も盛んに無線でやりとりしていたようだし。 (因みに、この豊原客運のバスも最終的には武陵農場まで行くのだが、主要客である学生の帰宅時間に合わせているため梨山出発は16時半である。それまで待てなかったのだろうなあ・・)
エフタロウも予定を急遽変更して、この宜蘭行きのバスに直ちに乗り換えた。バスが梨山に急行した為、合歓山で、ゆっくり景色が見ることが出来なかったが、代わりに日程上諦めていた、宜蘭の近くの礁溪温泉に行くことが出来るようになった!
13時37分、梨山から宜蘭行き(337元)のバスが出発した。
ここからは、台湾旅行その6に続く
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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霧社の抗日記念公園の写真。入り口の鳥居のようなものの奥に、慰霊塔と原住民蜂起者の頭目、モーナ・ルーダオの銅像が見える。
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霧社の抗日記念公園内のモニュメント。台湾人(漢民族)はこの前で笑顔で記念写真を撮っていた・・(何とも言えぬ・・)
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霧社事件の首謀者「モーナ・ルーダオ」の銅像
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霧社事件の首謀者「モーナ・ルーダオ(莫那魯道)」は抗日英雄に祭り上げられている・・
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霧社バス停から埔里方面を望む。 この先左側徒歩すぐのところに霧社事件の抗日記念公園がある。
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豊原客運と南投客運のバス停がある霧社の台湾電力公司の建物
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豊原客運の台中⇔梨山便の霧社バス停 (一日一往復のみ)地元の南投客運のバス停と並んで立っている
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合歓山武嶺から大禹嶺に下る道でバスの中から合歓山方面を撮った写真。(景色に見惚れていて、合歓山の写真はこれ1枚だけ)落石か?滑落か?注意の看板がある。
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大禹嶺トンネル(標高2550M) 車1台分の幅しかなく、ライトを照らして確認しながら交互通行している。
ここが東西横貫公路と合歓山の3方向の分岐点。標識が見える。
(尚、台中方面も合歓山と同方向になっているが、東西横貫公路はトンネルを抜けて西側の梨山より先は、台風被害で道路が寸断されたまま修復されず、台中方向に行けない為である。) -
霧社→梨山間で乗車した、台中発梨山行きの「豊原客運」のバス
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