2011/11/22 - 2011/11/28
332位(同エリア685件中)
kenichi291さん
- kenichi291さんTOP
- 旅行記105冊
- クチコミ28件
- Q&A回答2件
- 147,870アクセス
- フォロワー0人
アンコールワットの第三回廊に登りたい。足の丈夫なうちにアンコールワットを訪ねました。アンコールワットの朝日は塔の真ん中から昇る、春分の日がよろしいようで。巻頭の写真はハロン湾の太陽に致しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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11月22日(火) 成田 AM 9:30 発 ベトナム航空でホーチミンへ。先ずは、バイクのお出迎へ。テレビでお馴染みながら、その凄まじさに圧倒される。下の写真はロータリーを渦巻くバイク.。ヨーロッパなどで良くある信号の無いロータリー式交差点。昭和記念公園のサイクリングコースがそうですね。まさに圧倒されるとはこの事。
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信号がある交差点はスタート待ちが壮観。
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統一会堂
フランス領時代はノロドム宮殿と呼ばれ、南ベトナム時代に新築なったためさほど古くはない。1975年4月30日、北ベトナム軍戦車がここを占拠、戦争が終結した。南北統一後改称された。戦中は南ベトナムの軍司令部としても機能していたため、内部は複雑に入り組む -
サイゴン大教会
高さ57メートルの尖塔を二つ有するゴシック様式の教会で創建は1877年。近接のホーチミン市郵便局と並んで市のコロニアル建築の代表格。土日には礼拝者で混雑する -
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ステンドグラスが美しい。
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中央郵便局
1890年に完成した建物は壮麗そのもの。内部の壁には1892年のサイゴンの地図と1936年時点でのベトナム・カンボジア地域の電信網の地図が描かれている。高い天井を忙しく回るファンにも風情が感じられる。 -
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内部も豪華。現役の郵便局です。
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床のタイルが見事です。
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ドンコイ通り
ホーチミンシティー最大の繁華街だそうです。
Tシャツをクチのトンネル見学用に買いました。一枚5ドル(400円)。結構良質。もっと買っても良かった。 -
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サイゴン川ディナークルーズ
有名なホテルらしい。 -
観光船はお魚のライトアップ。
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ディナーのメニュー。
どこのお店でも定番の海老。そして青菜炒め。 -
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サトウキビに巻きつけた竹輪。薩摩揚のような物。
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イカ料理も定番の一つ。
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ショータイム。
このミュージシャンは終わった後客席で、CDを売って歩いてました。 -
高田純次さんのBS旅番組でも紹介されていました。
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11月23日(水)
クチ
クチはホーチミン市から北へ60kmカンボジアとの国境へ続く道のなかばにあります。 ベトナム戦争期、ベトナム軍がアメリカ軍の目を逃れるために掘った秘密軍事施設「クチトンネル」はこの町の地下にあります。全長250kmに及ぶそのトンネルの
内部構造は複雑かつ精巧で、トンネルの大きさを体の小さなベトナム人にしか通れない大きさにしたり、 敵の無数のトラップで
進入を妨げる準備をしています。後30年が経ち、平和な生活をおくるベトナムの人達が、昔、アメリカ軍とどのように戦ったか
を知るために象徴的とも言えるクチトンネルを訪れる外国人は少なくありません。 -
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クチのトンネルは赤の枠内に張り巡らされている。
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落とし穴
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落し穴。
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落ちると下には毒を塗った竹槍が待っている。
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罠の数々。
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罠の数々。
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トンネル入口。
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あり塚の穴がトンネルや厨房の換気口。
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壊れた米軍M41型戦車がそのまま残されている。
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爆弾地雷の製造工場。
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厨房。
右の枯葉の間から煙を逃がす。 -
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脱穀機らしい。
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ライスペーパーの製造風景。
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観光客見学用の地下トンネル。
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タイヤサンダルの製造所。
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会議室。
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不発弾だそうです。
ベトナム戦争の真只中、明方4時頃、私の家でも、轟々と戦闘機のエンジンをかける音が聞こえました。立川や横田の基地からは20キロ位は離れているんですが、毎朝、目が覚めたものです。この地で戦闘が行われていたんですね。毒槍に倒れた米軍兵士が立川に輸送機で毎日のように運ばれていました。40年以上の時を経てここに来るとは不思議な感情にとらわれます。 -
主食のタロイモ。
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フォーと春巻きの昼食。
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ジャック・フルーツ。熟した果肉や仮種皮は甘く、生で食用にされる。樹脂分を含み、みずみずしさには乏しいが、弾力や粘りのある食感がある。未熟な果実は野菜として、タイ料理、ベトナム料理やインドネシア料理などで煮物などに使われる。種子は焼くか茹でることで食用にされる。
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車はシトロエン。
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生春巻
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漬け垂
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チャーハン
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ほうれんそうの炒め。
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フォーと下は香菜。
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お好み焼。
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プリン。
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昼食後空港へ。
航空券ダブルブッキングの為、超遠回り。15時発の飛行機でハノイへ
19時35分発の飛行機でシェムリアップに。21時にシェムリアップ到着。バスで食事処に移動。飛行機の疲れに追い打ちをかける様に、バスがエンストで運行不能に。500メートル歩いてレストランに。
クメール料理の夕食
飲物一杯現地旅行代理店の奢りとなるも疲れた。
カレー -
野菜炒め。
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酢豚
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薩摩揚
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岩海苔の鍋。
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11月24日(木)
いよいよアンコールトムとアンコールワットの観光に出発。
アンコールトム
「アンコール・トム (Angkor Thom) は、アンコール遺跡の1つでアンコール・ワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡。12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により建設されたといわれている。周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されている。アンコールは、サンスクリット語のナガラ(都市)からでた言葉。またトムは、クメール語で「大きい」という意味。アンコール・トムは一辺3kmの堀と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁で囲まれている。外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施
れている。また門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガになっている。またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像がある。
アンコール・トムの中央に、バイヨン (Bayon) がある。その周囲にも象のテラスやライ王のテラス、プレア・ピトゥなどの遺跡も残
っている。」 ウィキペディアより
トンボも変わった色。セミも非常ベルの様な鳴声。初めて聞く鳴声です。 -
バイヨン
「バイヨン (Bayon) は、カンボジアのアンコール遺跡を形成するヒンドゥー・仏教混交の寺院跡。アンコール・トムの中央付近にある。バイヨンの呼び方で広く広まっているが、クメール語の発音ではバヨンの方が近い。バは「美しい」という意味で、ヨンは「塔」の意味を持つ。バイヨンを特徴付けているのは、中央祠堂をはじめ、塔の4面に彫られている人面像(バイヨンの四面像)である。人面像は観世菩薩像を模しているというのが一般的な説である。しかし戦士をあらわす葉飾り付きの冠を被っていることから、ジャヤーヴァルマン7世を神格化して偶像化したものであるとする説も存在する。この像はクメールの微笑みと呼ばれている。また他のアンコール遺跡に残るクメール建築と同じく疑似アーチ構造を多用した建築構造をもっている。建築全体ではおおむね三層に分かれており、高さ約43メートルといわれる中央祠堂を中心に、その第一層に二重の回廊が配置された構造となっている。50近い塔に合わせて117個の人面像が残る(異説あり)。人面像の高さは1.7〜2.2メートル程度で、個々にばらつきがある。」 ウィキペディアより
南大門 -
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第一層
「第一層には東西南北全方向に門がある。中でも東門の近くには両側に池のあるテラスがある。
第一回廊にもレリーフが残る。アンコール・ワットにも存在する乳海攪拌のレリーフなどであるが、保存状態があまり良くない。」ウィキペディアより -
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象乗りとバイクタクシーの乗場。
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第二回廊
「第二回廊(外回廊)は約160メートル×120メートル。正面は、東側を向いている。現在残るレリーフは、他のアンコール遺跡とは大きく異なった特徴を持つ。第二回廊にはチャンパとの戦争の様子やバイヨン建設当時の市場の様子や狩の様子などがレリーフに彫り込まれており、庶民の暮らしを窺い知ることのできる貴重な資料にもなっている。」 ウィキペディアより
上段 -
中段
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右奥の観音様は京唄子師匠似。
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はい似てます。
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堀と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁。
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ピミアナカス
「カンボジアのアンコール遺跡群にあるヒンドゥー教寺院で、ラージェンドラヴァルマン2世 (944-968年)統治時代の10世紀末に建造され、次いでスーリヤヴァルマン2世の統治時代に、3層ピラミッド構造のヒンドゥー教寺院として再建された。ピラミッドの最上部には塔があった。ピミアナカスのナーガ 伝説によると、王は、塔の中にいるナーガが姿を変えたという女性と毎晩初夜を過ごし、その間、女王さえ立ち入ることは許されなかった。ニ度目の時にだけ、王は女王と宮殿に戻った。もしクメールの最高主であるナーガが夜に姿を現さなければ、王の余命は幾ばくもなく、王が姿を見せなければ、災難が王の土地を襲うであろうとされた。」 ウィキペディアより -
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ライ王のテラス
王様がハンセン病であったと考えられるので名付けられた。 -
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象のテラス
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テラス前の広場。塔と塔の間で綱渡りが行われていたと言います。
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シェムリアップの街に戻り、
お昼はカンボジア風中華。マーボ豆腐、スープなど。下の写真は雷魚の唐揚甘酢あんかけ。本日の初物につき掲載。
ホテルでお昼休み休憩カンボジア風をとり、いよいよアンコールワットに向かいます。 -
アンコールワット
「12世紀前半、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によって、ヒンドゥー教寺院として三十年余の歳月を費やし建立される。1431年頃にアンコールが放棄されプノンペンに王都が遷ると、一時は忘れ去られるが再発見され、アンチェン1世は1546年から1564年の間に未完成であった第一回廊北面とその付近に彫刻を施した。孫のソタ−王は仏教寺院へと改修し、本堂に安
置されていたヴィシュヌ神を四体の仏像に置き換えたという。」 ウィキペディアより
西大門
「主に砂岩とラテライトで築かれ、西を正門とする。 寺院は付近の製鉄技術を活用している。 境内は外周、東西1,500メートル、
南北1,300メートル、幅190メートルの濠で囲まれている。 神聖な場所を飾る為、回廊は精緻な薄浮き彫りで埋め尽くされている。西からの参道は、石橋で環濠を渡って進む。石橋はかつて乳海攪拌の様子を描いた蛇神ナーガの欄干で縁取られていたというが、今は堀に落ちており見られない。中程には石段の船津が備えられている。橋を渡り終えると周壁と西大門へ至る。前庭南経蔵 周壁は東西1030メートル、南北840メートルでラテライトにより築かれている。
西大門は南北230メートル程で、三塔を戴き、中央に王の門と左右に二つの門が開く。更に南北には階段が無く象が通れる象門を二つ備える。王の門の左右は七つの頭を持つ蛇神ナーガが護っており、付近の堀は石段の船津を備え、ラテライトの壁で護られている。」 ウィキペディアより -
ナーガの欄干
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西大門
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平日でもこの混雑。
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「前庭は南北にそれぞれ経蔵と聖池があり、参道から外れると聖池はその水面に堂宇を映し出す。また北には、今もここで仏に祈りを捧げる僧侶らの為に、僧坊が近年になって建てられた。前庭を越えると三重の回廊に囲まれ五つの祠堂がそびえる。」 ウィキペディアより
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記念写真の定番スポット。逆さ富士ならぬ、逆さアンコールワット。
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第一回廊
「第一回廊は東西200メートル、南北180メートルで、多くの彫刻が施されている。西面南には、インドの叙事詩である『マハーバーラタ』の場面があり、左から攻めるパーンダヴァ族と右から攻めるカウラヴァ族の軍が細かく描かれている。西面北には、『ラーマーヤナ』の説話が幾つかあり、特にラーマ王子と猿がランカー島で魔王ラーヴァナと戦う場面が大きい。ここの王子の顔は建立者のスーリヤヴァルマン2世を模しているという。南面西は「歴史回廊」と呼ばれ、行幸するスーリヤヴァルマン2世とそれに従う王師、大臣、将軍、兵士などが彫られている。南面東は「天国と地獄」と呼ばれ、上段に天国へ昇った人々、中段に閻魔大王らとその裁きを待つ人々、下段に地獄へ落ちた人々が彫られている。地獄では痛々しい刑が行われており、また下段から中段に逃れようとする罪人も見られる。東面南は乳海攪拌の様子が彫られ、神々と阿修羅らが大蛇ヴァースキを引き合ってマンダラ山を回し、海を混ぜている。東面北と北面は後の16世紀頃にアンチェン1世が彫らせたと考えられており、他とは彫刻の質が異なっている。ヴィシュヌ神の化身クリシュナが怪物バーナと戦う場面が描かれている。」 ウィキペディアより -
「西面北には、『ラーマーヤナ』の説話が幾つかあり、特にラーマ王子と猿がランカー島で魔王ラーヴァナと戦う場面が大きい。ここの王子の顔は建立者のスーリヤヴァルマン2世を模しているという。」 ウィキペディアより
ラーマ王子 -
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猿の国の王スグリーヴァ
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「南面東は「天国と地獄」と呼ばれ、上段に天国へ昇った人々、中段に閻魔大王らとその裁きを待つ人々、下段に地獄へ落ちた人々が彫られている。地獄では痛々しい刑が行われており、また下段から中段に逃れようとする罪人も見られる。」 ウィキペディアより
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「上段に天国へ昇った人々が彫られている。」
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「中段に閻魔大王らとその裁きを待つ人々が彫られている。」
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「下段に地獄へ落ちた人々が彫られている。」
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釘で磔の刑。ポルポトの処刑、拷問にも使われたそうです。残酷。
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「東面南は乳海攪拌の様子が彫られ、神々と阿修羅らが大蛇ヴァースキを引き合ってマンダラ山を回し、海を混ぜている。東面北と北面は後の16世紀頃にアンチェン1世が彫らせたと考えられており、他とは彫刻の質が異なっている。ヴィシュヌ神の化身クリシュナが怪物バーナと戦う場面が描かれている。」 ウィキペディアより
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「第一回廊と第二回廊の間はプリヤポアン(千体仏の回廊)と呼ばれ、南北に経蔵が建ち、十字回廊で繋がっている。十字回廊は四つの中庭を囲んでおり、かつて中庭は雨水を湛え、参拝者はそこで身を清めたという。南には森本右近太夫一房の墨書が見られ、「ここに仏四体を奉るものなり」とある。プリヤポアンには、信者から寄進された多くの仏像が供えられていたが、クメール・ルージュにより破壊され、今は芝が生い茂っている。」 ウィキペディアより
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回廊から臨む塔。一番高い塔には避雷針が取り付けられている。
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「森本右近太夫一房の墨書が見られ、「ここに仏四体を奉るものなり」とある。」いたずら書きです。
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第二回廊
「第二回廊は東西115メートル、南北100メートルで、17段の石段を登り入る。彫刻などは無く何体かの仏像が祀られている。そこを抜けると石畳の中庭に入り、第三回廊と祇堂を見上げる事となる。」 ウィキペディアより -
第三回廊
「第三回廊は一辺60メートルで第二回廊より13メートル高く、急勾配の石段を登って入る。四隅と中央には須弥山を模した祠堂がそびえ、本堂となる中央の祇堂は65メートルの高さを持つ。かつて本堂にはヴィシュヌ神が祀られていたというが、今は壁で埋められ四体の仏像が祀られている。第三回廊に囲まれた四つの中庭は、かつては雨水を湛えていたというが、今は涸れて
いる。壁面には王宮の舞姫を模したという多くの女神が彫られ、参拝者の触れた痕が見られる。連子窓から外を見ると、周囲
の伽藍とカンボジアの森林が一望できる。」 ウィキペディアより
ここだけは急階段過ぎて危険なので手摺りと木の階段が取り付けられています。行きは良い良い帰りは怖い。下りは目の眩む様な傾斜が目に入ります。 -
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一番高い塔。
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プノン・バケン寺院
「アンコール遺跡の1つ。アンコール・ワット寺院のすぐ西、アンコール・トムのすぐ南に位置する丘プノン・バケン山の上に建つヒンドゥー教寺院。10世紀初頭、ヤショヴァルマン1世により建設されたと伝えられる。周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されている。アンコール・ワットが見下ろせる唯一の場所でもあるとともに360°の展望がきき、市街地をはじめ東にアンコール・ワット、西に西バライ、トンレサップ湖、遠方にアンコール三聖山(ひとつはプノン・バケン)のプノン・ボック、プノン・クロムまでが遠望で
きる。夕日のビューポイントになっており、夕方から多くの人でしばしのにぎわいを見せる。象に乗って登ることも可能。ふもとの駐車場付近は常に観光地的な喧騒を呈する。」
鶏の親子が遊び水牛が草を食むのどかな場所。 -
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夕日が姿を現さず、無念。
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階段は急傾斜。手摺りはありません。
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夕日無しの夕景。
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夕食はカンボジア料理のビュッフェ。
宮廷舞踊アブサラの舞のショーを楽しみながらのお食事。白人の皆さんが多数。騒がしいので早々にホテルに。 -
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11月25日(金)
アンコールワット西参道からの朝日鑑賞。
夜明けのアンコールワット。 -
日の出です。本ツアーの超目玉、感激の一瞬。
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西大門からの朝日。
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早朝なので蛇も参道を徘徊しています。
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ホテルに戻って朝食。
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朝食は毎日フォー。フォーは美味しいし飽きが来ない。
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バンテアイ・スレイ
「カンボジアにあるアンコール遺跡の一つで、ヒンドゥー教の寺院遺跡。北緯13度59分、東経103度58分で、アンコール・ワットの北東部に位置する。環濠南東より バンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味する。大部分が赤い砂岩により建造されている。規模こそ小さいが、精巧で深くほられた美しい彫刻が全面に施されている。こうしたことから観光客には大変な人気があり、「アンコール美術の至宝」などと賞賛されている。中でもデヴァターの彫像は「東洋のモナリザ」とも呼ばれている。」 ウィキペディアより -
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「寺院はラテライトと紅い砂岩で築かれており、東を正面としている。外周壁の塔門をくぐり75mの参道を進むと、第一周壁とその塔門に着く。周壁はラテライトで築かれ南北94m東西109mあり濠を囲んでいる。塔門をくぐり土を盛った橋を渡ると、第二周壁とその塔門があり、正面に祠が見え始める。塔門をくぐると次は左右にリンガが並んだ参道を進み、第三周壁の塔門に入と、中には刻まれた碑文が見られる。それを抜けると中央祠堂の前室に至る。ここまでの塔門は、中央に近づく程に間口と高さを狭めており、遠近により狭い寺院を広く見せている。」 ウィキペディアより
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「前室の左右には経蔵があり、それぞれ東側の偽扉と西側の入口を持ち、三重の破風で飾られている。破風にはヒンドゥー教の神話が、精密かつ立体的に彫られており、南経蔵の破風では、下段に世界を揺らす悪魔と逃げ惑う動物が、上段に神とその妻が彫られている。」 ウィキペディアより
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神とその妻が彫られている。奥さんは小さい。
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「寺院中央の南北に三つ並んだ祠堂と前室は、丁字型の基段上に築かれており、基段上へ登るには、前室の三方と南北祠堂の正面に加え、中央祠堂の背面に階段が有る。祠堂は全面が彫刻で飾られており、中央の祠堂には門衛神の「ドヴァラパーラ」が、南北の祠堂には「東洋のモナリザ」と評されるデヴァターの像が柔らかな曲線で彫られ、美しい姿を見せている。」 ウィキペディアより
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「東洋のモナリザ」と評されるデヴァターの像
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ここはシェムリアップ市内から一時間ほどの郊外。道路が整備されていないのでバスが揺られる。電気が通っていないので夜は闇になるそうです。電源は車のバッテリーを使用しているらしい。水田が広がり刈入れもまじか。椰子の木の生えている田んぼ。不思議な光景。
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昼食はアモック料理とクメール料理
アモック料理はココナッツベースのカレーとナマズの一種をバナナの葉で巻き蒸したもの。 -
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スラ・スラン
王様のプールらしい。 -
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バンテアイ・クデイ
「スラ・スランと向かい合うようにして立つ中規模の仏教寺院遺跡。十二世紀にジャヤヴァルマン七世によって作られた。通常のアプローチはスラ・スランと向かい合った外周壁東塔門からだ。四方に人面のついたバイヨン様式の塔門は意外に小さい。塔門の左右はラテライトの外周壁につながっている。塔門をくぐって静かな森の中をしばらく歩いていくと、次の塔門が見えてくる。これが第三周壁の東塔門で、その手前はナーガの欄干のある広いテラスになっている。塔門内部の正面には仏像が安置されている。東塔門を過ぎると両側にナーガの欄干のある通路が「ホール・オブ・ダンサーズ」と呼ばれる建物に続いている。「ホール・オブ・ダンサーズ」は屋根が落ち、柱だけが並んでいるが、柱にアプサラのレリーフが刻まれているところからその名がついたのだろう。 「ホール・オブ・ダンサーズ」の先は第二周壁の東塔門である。第二周壁(回廊になっている)の内部には第一周壁にあたる回廊があり、その中心に中央祠堂がある。中央祠堂を通って西に進んでいくと、第二周壁の西塔門を経て十字型テラスを持つ第三周壁の西塔門にいたる。ここから更に西に歩いていくと外周壁東塔門が見えてくる。 バンテアイ・クデイは東西方向に一直線にさまざまな建物が並ぶ構成になっている。外周壁の東塔門から西塔門まで、ひたすら西に向かって歩いていけばいい(またはその逆コースをたどる)。外周壁内部は静かな森で雰囲気もいい。遺跡内部は崩壊の危険にさらされた個所が少
なくない。この遺跡では上智大学アンコール遺跡国際調査団が継続的に調査を行っている。二〇〇一年には第三周壁東塔門の北東にある小祠堂前の地中から、合計二百七十四体の首の部分が切り離された仏像と、千体仏の刻まれた石柱が発見された。」 アンコール遺跡群フォトギャラリーより
東塔門 -
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中央祠堂
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女郎蜘蛛
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見知らぬ白人男性が教えてくれたベストショットの場所。この画を載せているガイドブック等は無いんじゃないかな。
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タ・プローム
「カンボジアにある、アンコール遺跡群と呼ばれる多くの寺院や宮殿などの遺跡群の内のひとつで、12世紀末に仏教寺院として建立され、後にヒンドゥー教寺院に改修されたと考えられている遺跡。創建したのは、クメール人の王朝、アンコール朝の王ジャヤーヴァルマン7世。ガジュマルによる浸食が激しい。三重の回廊に覆われた遺跡には、文字通り樹木が食い込んでいる。あ
まりの酷さにインド政府はタ・プロームの修復計画を発表した(インドはタ・プロームの修復を担当している)。しかし、現在ここで議論が沸き起こっている。熱帯の巨大な樹木は遺跡を破壊しているのか、それともいまや遺跡を支えているのかという議論である。2006年10月現在、この遺跡の修復方針をめぐって、ユネスコを中心とした活発な議論が継続中である。」
ウィキペディアより
西門
「通常の入口は小回りコースに面した西門である。この門は裏門にあたる。ここはラテライトでできた外周壁上の西塔門で、バ
イヨンのように観世音菩薩の顔が四方に刻まれている。」 ウィキペディアより -
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屋根付の回廊。一部しか残っていない。
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ガジュマルによる浸食を受けた遺跡は多数ある。観光本に良く載っている一箇所だけではありません。びっくり。
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ガイドブックでお馴染みの場所。撮影の順番確保が大変。
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ここの迫力が一番かも。
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切り倒されたガジュマルの木。中が空洞なんです。
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タ・ケウ
「1000年ごろ、ジャヤヴァルマン五世の国家寺院として建設が開始されたが、王の死によって工事が中断され放置された。そのため、砂岩の構造材が積み重なって露出したままになっている。当時の寺院がどのようにして作られたかを知ることができる貴重な遺跡だ。石組みは精巧で隙間もない。山岳型の寺院(Temple Mountain)であり、中央祠堂の地上高は20メートル以上ある。 寺院は、現在は水のない環濠の内側にある二重の周壁に囲まれていて、どちらの周壁にも東西南北の四方向に塔門がある。外側の周壁は東西約120メートル、南北100メートル。基部がラテライト、上部が砂岩でできている。内側の周壁は東西約80メートル、南北75メートル。高いラテライトの基部の上に内側に開いた砂岩の回廊が乗っている。発展の初期段階にある回廊は狭く、外側には閉じ、内側にのみ窓が開いている。内側の周壁の内部には三層に高まる中央の基壇があり、その上に中央祠堂と四つの副祠堂が立つ。工事の中断された状態を最もよく示しているのはこれら五つの祠堂である。タ・ケウに行くと通常、車もバイクタクシーも売店などの並ぶ南側に着く。そこが現在の「正面」で、皆が南側から入っていく。しかし本当の正面は右手に回った東側にある。東側はさびれた印象だが、参道跡と境界石が残っている。参道は東に伸びて約五百メートル離れた東バライ西岸に達しており、突き当たったバライの堤防上には十字型の平面を持つラテライトの小さな遺構がある。あたりはヤブで眺望は期待できない。なお東バライへの道は一般には近づかない方がいいだろう。中央祠堂まで登って東を見ると、この東参道が確認できる。ちなみに外周壁東塔門を入った内側の左右には長方形の建物の遺構があり、更に内周壁を入った左右には経蔵がある。 タ・ケオの印象はいわばコンクリート打ち放しの近代建築である。砂岩の構造材が巧妙に積み合わされた景観に、現代に通じる造形の美しさを感じる。」 アンコール遺跡群フォトギャラリーより
時間が無くて入れず。 -
カンボジアはまさに発展途上の国。車はボロボロ、通勤は自転車が主流。早朝から自転車に手弁当で続々とシェムリアップ市内に働きに行くのです。勤勉なんですねこの国の人達は。いつかきっとベトナムに追い着く日が来ると思います。見学後、空路ハノイへ。
ハノイの日本料理店で幕の内弁当の夕食。
ハロン湾にバスで向かう。3時間のバス旅。午前一時にハロン湾のホテルに到着。疲れた。 -
11月26日(土)
ハロン湾ロングクルーズに出発。6時間の船旅。
船は宿泊クルーズの観光船。宿泊客を降ろしてからの出船となります。 -
客室と食堂。
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ハロン湾
「ベトナム北部、トンキン湾北西部にある湾。漢字表記は下竜湾。クアンニン省のハロン市の南に位置し、カットバ島のほか大小3,000もの奇岩、島々が存在する。伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、竜の親子が現れ敵を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になったと伝えられている。 カットバ島以外の島は現在は無人だが、約7,000年前の新石器時代にはわずかに人が住んでいた。また、数世紀前までは海賊の隠れ家として利用され、また モンゴル軍の侵攻の際には軍事的に利用された。彫刻作品のような島々の景観は、太陽の位置によって輝きが変化し、雨や霧によってまた趣のある雰囲気を醸し出す。 地質学的には北は桂林から、南はニンビンまでの広大な石灰岩台地の一角である。石灰岩台地が沈降し、侵食作用が進んで、現在の姿となった。1994年にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録。」
島を目指す観光船。 -
この季節はこんな天候が続くらしい。水墨画のような風景が拡がります。
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闘鶏島
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展望台からの景色。
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ビーチもあります。
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ティエンクン鍾乳洞
素晴らしい鍾乳洞です。この凄まじいライトアップに辟易としています。もっと自然に近い環境が欲しいです。 -
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地上が見える穴があります。
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水上生活村
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生簀で魚介を養殖している。
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蟹
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カブトガニ
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シャコ
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オウムガイ
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イカ
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蟹
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ハマグリ、ミルガイ
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お昼は船のダイニングルームで海鮮料理を頂く。
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生簀で買ったハマグリ。一個3ドル。
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操舵室。
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最近見た知恩院蔵の「阿弥陀二十五菩薩来迎図」を思い起こさせる光景。
なんちゃってかっこ付けてもだめ。子供達が見ていたアニメフランダースの犬のラスト、ネロとパトラッシュが天使にかかえられて召天するシーンのイメージが強すぎて頭を過ぎります。 -
夕方が近付き雲間から陽が差し込みます。幻想的風景が見られます。
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夕食は初めてホテルで。北部ベトナム料理を頂く。
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11月27日(日)
いよいよ大詰め。ハロン湾を出発してハノイに向かいます。途中陶芸のバッチャン村の工房に立ち寄り。火力発電所。左がロシア製、右は住友製。 -
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バッチャン村の工房で製造工程を見学。
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昼食はベトナム料理
地ビール「ハノイビール」 -
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ホアンキエム湖
「ベトナムのハノイにある湖の1つである。ハノイの主要な景観スポットでもある。以前に紅河が何度も氾濫を繰り返した際にできた湖の一つである。かつては紅河とも繋がっており、緑水湖として知られていた。その後湖は2つに分かれ、一つがホアンキエム湖となり、もう一つが 水軍湖となった。水軍湖にはベトナム水軍の訓練場が置かれていたが、現在は埋め立てられている。伝説では、黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によって明との戦いに勝利した。その後、黎利は湖の上で金の大亀 から平和になったので持ち主である竜王に剣を返すように啓示され、湖の中心近くにある小島で剣を返した。それゆえ、湖は現在の名前で呼ばれるようになった。この物語は水上人形劇で観ることができる。小島にはその後、亀の塔 が建てられている。湖の北岸の近くにあるもう一つの島には、18世紀に建てられた玉山祠 が建っている。それは13世紀の元に対する戦いで活躍
した陳興道、文昌帝 、1864年に寺の修理を担当した儒者者で作家の阮文超 らを祭っている。島と岸の間には、赤く塗装された木製のフク橋(棲旭橋)が架けられている。湖の中のシャンハイハナスッポンおよびいくつかの種の大型の軟殻亀は、皇帝の名誉たる "Rafetus leloii" と名づけられている。その種はきわめて危機にさらされていて、湖の中の個体数は不明である。1968年には湖で体重250キログラムの大亀が発見され、伝説の亀とされて玉山祠に剥製が祭られている。剥製の大きさは長さ210センチメートル、幅120センチメートル。」 -
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ホアンキエム湖の周りの商店街を抜け、水上人形劇場へ。
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水上人形劇場
「千年もの昔から伝わるハノイの伝統芸能、水上人形劇が開かれる劇場。農村の収穫祭の折りに水田で演じられたのが始まりで、その後宮廷でも演じられるようになったと言われている。ベトナム民謡の調べにのせ、コミカルな人形の動きが楽しい。」ベトナムガイドより
先ずは楽団の入場。中央のお姉さんがこの一座のスターらしい。 -
人形劇が始まるとヴォーカルのお姉さんが加わる。
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人形使いの人達が幕の向こう側で水に浸かりながら操作している。
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龍の登場がフィナーレ。
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人形使いの皆さんも幕前に登場してご挨拶。
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シクロ乗車体験。
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バイクの渦の中を走るのはスリリング。
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文廟
案内はベトナムナビさんより。
「こんにちは、ベトナムナビです。ハノイに来たらここを見ろ!と言われる場所のひとつが、ベトナムで最も古い大学が置かれていた「文廟」。文廟とは孔子廟の違う呼び方で、ハノイの文廟は1070年に建立されました。その後、1076年には国内初の大学・国子監が敷地内におかれ、王族・貴族の子弟や官僚が学んでいましたが、これにより、学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れています。今回はそんな文廟をナビが特別にウオッチ」 ベトナムナビより
文廟門
「では、文廟門から入って、見学スタート。上の写真にある二つ屋根の三関門は、もともと木造だったのを、17世紀に石造りに建て替えたと言われています。門の右側には成功と幸福の象徴である昇り龍が、そして左側には力と権力の象徴である虎が刻まれ、さらに中央部分には一対の龍の彫刻が見られます。」 -
「門から中に入ると、龍の彫刻が。こちらは19世紀に造られたもので、その見事な彫りはまさに眼福…。そして、振り返って文廟門をさっきとは反対側から見ると、中央に人の姿のレリーフがあるのが見えます。これは孔子とその4人の弟子たちの姿を象ったもの。こうして時を経てなお、この歴史的建造物を見守っているのです。現在、この文廟門は中央部分だけが開かれていますが、かつては王族や高官専用の門として使用されており、一般市民は左右にある、現在は閉じられている小さい門から出入りしていました。」
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このアオザイ姿の娘達は大学生。卒業前に孔子先生にお礼をするのが慣わしだそうです。
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男子学生もスーツ姿。日本の学生と何も変わりなし。
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大中門
「まっすぐ伸びるオレンジ色の道は、バッチャン焼の煉瓦が敷かれたもの。この道をまっすぐ行くと、2つ目の門・大中門。赤塗の柱に、瓦屋根の上を跳ね上がる鯉の姿が印象的です。その昔、登ることは不可能であり、もし登ったものがいたとしたら、そのものは龍となるだろう、と言われた滝があり、多くの魚が挑戦し登れなかった中で、ある日とうとう滝を登り切った魚が出て、そして見事に龍になった、以後この滝は竜門と呼ばれるようになったが、この登った魚というのは鯉だった…という中国の逸話があります。鯉は困難に打ち勝ち成功を収めるものの象徴なんですね。」 -
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奎文閣
「続いて奥へ進んでいくと、3つ目の門に行き当たります。この門、奎文閣というのですが、文廟以外でも見たことがあるような…。実はこの奎文閣こそハノイのシンボル。ハノイ市のマークは、この奎文閣のデザインです。この奎文閣をくぐると、ティエンクアンという名前の池があり、その両側には石碑がずらっと!これは昔の官僚登用試験。科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた碑が、石造りの亀の上に乗っています。この亀の表情も、実はものによって様々。「要は亀でしょ?」とは言わず、ひとつひとつ比べてみてください。ちなみに、ベトナムの科挙制度は1075年に始まり、1919年に廃止されるまで続きました。実は中国が科挙制度を廃止したのがこの14年前。ベトナムは東アジアで最も遅く科挙制度を終えた国なのです。」 -
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「第4の門・大成門をくぐった先にあるのが、孔子の祀られている文廟です。文廟に入る前に、大成門の足元に注目してください。日本の神社にいる狛犬に似た動物が柱を支えています。これは架空の動物で、守り神でもある「ゲー」という動物です。」
「門前に広がる広い庭の先にある拝堂には立派な祭壇がおかれ、訪問者たちが祈りを捧げています。祭壇の上には「萬世師
表」と書かれていますが、これは「永遠に人々の模範となる先生」という意味で、孔子を表す言葉です。この拝殿を抜けて大聖殿に入ります。大聖殿に入る際は、孔子に対して礼を失することのないよう、必ず頭を下げるように、ここの敷居は高く造られています。正面にあるのが孔子像。キラキラ鮮やかですね…。受験シーズンになると合格祈願に多くの学生が訪れるということです。」 -
孔子像
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国子監
「大聖殿の裏手にある建物が、ベトナム最古の大学・国子監です。国子監は1076年に時の皇帝・Ly Nhan Tong(リー・ニャン・トン)によって建立されましたが、1946年、抗仏戦争の際に完全に破壊されます。今ある建物は、2000年に再建されたもので、中は非常にきれいです。左右にある細長い建物は大学の授業が行われていた講堂。中央の2階建ての建物の1階には、教師の一人であったChu Van An(チュー・ヴァン・アン)の座像の他に、今と昔の文廟・国子監の模型や、実際に国子監で使用されていた教材や筆記具などが展示されています。2階にはベトナムの教育の発展に貢献した3人の皇帝の木像が祀られています。」
「チュー・ヴァン・アン像。優れた教師であった彼の名は通りの名や市内の名門校の名前に残っています。」 -
科挙試験合格者の碑を建立したレー・タイン・トン
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文廟を建立したリー・タイ・トー
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リー・ニャン・トン
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トックリヤシ
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ホー・チ・ミン廟
「神殿にも似た荘厳な外観 ホー・チ・ミン廟。1969年の死後も、ホー・チ・ミンの遺体は旧ソ連の技術によりホー・チ・ミン保存されてきた。廟の内外は衛兵たちにより厳粛に警備されており、廟内での写真撮影はもちろんのこと、私語、立ち止まることなど厳禁なので注意。」 ベトナム総合情報サイトより -
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衛兵の交替の時間に間に合わず。交代した兵士が退場する所。
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外務省だそうです。
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一柱寺
「小さな蓮の池の上に一本の柱でかわいらしく立つ。1049年の創建後、改修を重ね1954年に現在の姿になった。伝説ではリー朝を起こしたリー・タイ・トーが正方形の池に咲く蓮の花に座る仏から子宝を授かる夢を見、実際に男子を得たことに感謝し、この寺を建てた。」 ベトナム総合情報サイトより -
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そしてベトナム最後の夜はベトナム風フレンチ。
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パンプキンスープ。生クリームが綺麗。
食事の後、ハノイの空港から帰国の途に。
今回のツアーは参加者の年齢層が近く、皆さん話が合って楽しい旅でした。
但しベトナムとカンボジアを両方楽しもうとすると、ハードスケジュールに成り勝ちかもしれません。ゆっくりそれぞれの国をじっくり旅する方がベターですね。
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