2012/02/04 - 2012/02/04
1292位(同エリア1897件中)
カピさん
2003年まで大阪市立博物館として使われていた、大阪城横の西洋風の建物は元は大阪市民の寄付により1931年天守閣復興の際、大阪城内に点在していた第四師団の建物をひとつに集結して建て、そのかわり、天守閣とその周辺を公園として一般公開するという市と第四師団の協議により天守閣復興の寄付金150万円のうち、80万円をもって建てられたそうです。設計は第四師団経理課の平田範政氏、設計は清水建設。
陸軍の威厳の為、手作業によるスクラッチタイルや均等な色合いになるよう土にこだわったテラコッタ等細部にもこだわった作りになっています。
日本の城である復興天守とわざと対照的にした、ネオルネッサンス調のヨーロッパの古城を意識した作りですが、正面の玄関部分のアーチはネオロマネスク調と様々な特徴を混合しています。
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現在は使用されておらず、特別公開用に電気も最小限しかついていないため、中は、かなり暗いです。
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均等な混ざり具合にするため土にこだわったというテラコッタタイルの階段。
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設計の平田氏ご自慢だったエレベーター。氏はエレベーターに乗るたびご満悦だったそうです。
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天皇陛下もこられたという貴賓室。当時は絨毯ばりだったそうですが、博物館に改装される際絨毯は取り払われたそうですが、天井の装飾はそのままのようです。
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元貴賓室。
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貴賓室のバルコニー。博物館改装前までは、3つのまどにすべて格子硝子細工されていたそうですが、現在は一カ所だけ残っています。
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バルコニーのドアを外側から眺める。
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外部のテラコッタタイル。
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貴賓室のバルコニーからの天守閣。
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バルコニーから上を望む。薄い真ん中の丸い跡は、第二次世界大戦後米軍に占領されたさい取下ろされた旧第四師団時代の菊の紋章の跡だそうです。
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蛇腹はこの建物の特徴の一つロンバルディアバンド。
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二階。
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昔の非常口の誘導灯って小さかったんですね。
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3階へむかいます。
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ステンドグラス。
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三階。ちなみに建物の中はシンメトリーな構造になっています。エレベーターも元々左右に2カ所あったそうです。食堂は2カ所あり、3階は偉いひと、地下は下級の位の人用だったそうです。
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屋上です。元からこの白い色で、戦時中爆撃を避けるため色を濃くする話も出たそうですが、結局空襲がひどくなった1945年には司令部は地下にもぐったそうで、屋上はそのままで、しかも、周りは戦災にあったのに、この建物も天守閣も無事だったそうです。
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このポールの裏に銃座がひとつあったそうです。また、これは無線電信ラジオ塔でもあったそうです。軍用伝書鳩も飼われていたそうです(場所不明)。
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塔屋。このはしごを使って上に上がっていたそうです。(非公開)。
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屋上から豊国神社を眺める。
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玉造門方面。
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貴賓室、バルコニーへと続くドア。
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貴賓室の天井。
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シャッター溝。
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博物館の名残。早く随時一般公開されるようになって日の目をみれますように。
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一階の階段。
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塔屋のふたつのタレットも特徴のひとつ。
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