2011/10/16 - 2011/10/17
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けちゃたびたび(NaokoSaimi)さん
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書をたしなむ母の先生が、信州は黒姫にある小林一茶記念館で一茶の句の書の期間展示をしていたので、両親と叔母と見に行きました。周囲の観光地、黒姫高原、小布施、善光寺などを巡りました。宿泊は志賀高原のふもとにある湯田中温泉。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
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長野新幹線から長野へ、そこからレンタカーで黒姫へ向かいます。まずは「そば処たかさわ」で美味しい信州の蕎麦でランチ。次に黒姫高原のコスモス園へ。コスモス園はなんと今日が最終日。コスモスはだいぶさみしくなっていましたが、ダリアが取り放題だったので、ブーケを作って持ち帰りました。
写真はコスモスの前で、左から母、父、叔母です。 -
道沿いにはすすきの銀色の穂が輝き、木々は赤や黄色に色づき、秋が深まる信州路です。
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この旅の目的地、小林一茶記念館。下記は記念館HPから。
小林一茶は、1763年、長野県の現信濃町の農家に生まれ、15歳に江戸に奉公に出ました。20歳を過ぎたころ俳句の道をめざすようになり、葛飾派三世の溝口素丸、二六庵小林竹阿、今日庵森田元夢らに師事して俳句を学びました。
29歳でふるさとに帰った一茶は、後に「寛政三年紀行」を書きました。30歳から36歳まで、関西・四国・九州の俳句修行の旅に明け暮れ、ここで知り合った俳人と交流した作品は、句集「たびしうゐ」「さらば笠」として出版しました。
39歳のときふるさとに帰って父の看病をしますが、1か月ほどで亡くなってしまいました。このときの様子が、「父の終焉日記」にまとめられています。この後、一茶がふるさとに永住するまで、10年以上にわたって、継母・弟との財産争いが続きました。 -
一茶は、江戸蔵前の札差夏目成美の句会に入って指導をうける一方、房総の知人・門人を訪ねて俳句を指導し、生計をたてました。貧乏と隣り合わせのくらしでしたが、俳人としての一茶の評価は高まっていきました。
50歳の冬、一茶はふるさとに帰りました。借家住まいをして遺産交渉を重ね、翌年ようやく和解しました。52歳で、28歳のきくを妻に迎え、次々に子どもが生まれましたが、いずれも幼くして亡くなり、妻きくも37歳の若さで亡くなってしまいました。再々婚し、一茶の没後、妻やをとの間に次女やたが生まれました。
家庭的にはめぐまれませんでしたが、北信濃の門人を訪ねて、俳句指導や出版活動を行い、句日記「七番日記」「八番日記」「文政句帖」、句文集「おらが春」などをあらわし、2万句にもおよぶ俳句を残しています。
1827年、柏原宿の大半を焼く大火に遭遇し、母屋を失った一茶は、焼け残りの土蔵に移り住みました。この年の11月19日、65歳の生涯をとじました。
こちらが小林家のお墓。一茶記念館の裏手にあります。 -
ちょうど係の人がいて説明してくださいました。一茶記念館には館長の猫がいるということで、楽しみにしていたのですが、どうやら散歩中で見ることができませんでした。
猫の子がちよいと押(おさ)へるおち葉哉
名月をとってくれろと泣く子かな
ともかくもあなたまかせのとしの暮 -
車を走らせ湯田中温泉へ。今日のお宿は「一茶のこみち 美湯の宿」。三つの源泉からひかれている温泉は、お肌がつるつるになるいい湯でした。お食事も豪華です。原木から椎茸をもいで焼く!
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翌朝お隣の渋温泉を経由して、お猿が来るという地獄谷野猿公苑へ向かいました。渋温泉は昔ながらの温泉街で、ほんとに渋い!
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そして「千と千尋の神隠し」のモデルにもなったという「金具屋旅館」が。うー、かっこいい。今度はぜひこちらに泊まりたいねと、話しました。
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地獄谷野猿公苑は、けっこうな山道を登ったところにあります。すごく期待して行ったのですが、この日の午前中お猿は露天風呂に現れず・・・がっくり。
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10月頃旬を迎えるリンゴは赤く色づいています。葉も紅葉する種類もあり。これから冬にかけて、種類が変えて旬を迎えていくそうです。
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小布施に来ました。葛飾北斎の天井画「八方睨み鳳凰図」がある岩松院(がんしょういん)へ。北斎晩年の88歳の時に1年かけて描いた大作です。
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秋の日差しが心地良い。
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旅の最後は善光寺。腹ごしらえは「北野家本店」にてお蕎麦。はい、信州に来たからには蕎麦食べまくりです。門前の参道は賑やかにお店が並んでいます。
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六地蔵。人間が死後に赴く地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六道で、人を救ってくれるお地蔵さま。
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「牛に引かれて善光寺参り」、てっきり牛車に乗ってお参りすることかと思ってました。無信心のおばさんが、牛を追いかけていくうちに、善光寺に来てしまった。御仏が牛に姿をかえて善光寺に導いてくれた・・というもの。
あいにく本堂は改修中でしたが、信州の仏教信仰の中心であることがよくわかる立派な大寺院でした。
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