2009/12/19 - 2009/12/19
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frau.himmelさん
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2009年12月19日
いよいよ今日はフランス入りです。
ストラスブール(ドイツ名シュトラスブルク)と聞くと、ずっと前にドイツ語の先生が話してくださった「最後の授業」の物語を思い出します。
ドイツ(当時はプロイセン)との戦いに敗れたフランスは、明日からはドイツ語で授業を受けなければならない。
フランス語の授業は今日が最後です、という悲しい内容の話だったと記憶しています。
フランス・アルザス地方の中心都市であるストラスブールはライン川を境にドイツと国境を接しています。
かっては石炭などの豊富な資源を巡って仏・独の領土争いが繰り返されました。19世紀以降だけでも4回国籍が変わったそうです。
今はもう侵略の歴史は幕を閉じましたが、ストラスブールは歴史に翻弄された悲しい街でした。
その頃の歴史を経験したお年よりは、「私達はドイツ人でもない、フランス人でもない、アルザス人よ!」って胸を張って答えていました。(NHK「世界ふれあい街歩き・ストラスブール」より)
ストラスブールの旧市街は世界遺産に登録されています。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ローテンブルクからフランス・ストラスブールに4時間かけて移動します。
ツアーでのバス移動には日替わりで席が決められていて、私達は今日は前の席です。
外の気温はマイナス12度くらい、今日も寒そうです。 -
前の席は視界が広いので景色もよく見えます。
何より私には、前方の交通標識や地名案内板がよく見えるのが嬉しいです。
大きな地図を広げて、沿道の標識をばっちり確認しながら…、
今どこを走っているとか、あっあの街は行ったことがあるとか、この道を行けばあそこに行けるのね…、とか、想像するだけで楽しいです。 -
真ん中や後ろの席だと、バスがさっと通り過ぎてしまうので標識を確認しようとしても無理です(泣)。
さて、バスはドイツが誇るアウトバーン(高速道路)A6の幹線道路を走っています。
昨日の道を途中まで引き返すのです。
今、ドイツ語で「長い橋:laenge bruecke」と標識のあった橋の上を走っています。
添乗員さんがここがドイツで一番長い橋だって説明していました。
下はコッヒャー川とコッヒャーの谷、その向こうに懐かしいシュベービッシュ・ハルの街並みが続いているのです。 -
ドイツで一番長い橋だと言われても、バスの中では実感できませんよね。
どんなところなのか、ネットで調べてみました。
ここなんですって、納得ですね。
この橋は1キロメートルの長さだそうですから…。 -
トイレ休憩で、ホーエンローエ北というドライブインに寄りました。
ホーエンローエといえばドイツの歴史でよく耳にする由緒ある家柄です。 -
「ここから見えるあのお城の名前はなんですか?」
ドライブインにいた現地の人に聞きました。
「そりゃー、ホーエンローエ城だよ」って。
だけど、後日調べてもそういう名前のお城はないんですよね。
さてはからかわれたのかな…。 -
更にバスは幻想的な雪景色の中を走ります。
小さな教会が見えてきたり…。 -
こんな可愛い集落が出現したり…。
バスの旅も捨てたものではありません。 -
バスは原子力発電所の傍も通ります。
◆◇
ドイツは日本の原発事故を受けて、世界でいち早く脱原発を表明した国です。
これらの施設も2022年までには全て取り壊されるのですね。 -
航空博物館のあるジンスハイムの横を通り…。
この時点で私は、ここはシュパイヤーだと思い込んでいました。 -
アウトバーンA6からハイデルベルクの手前で、A5カールスルーエの方に曲がります。
前の席だと交通標識が間近に見えて、現在位置が実感できてつい興奮してしまいます。
ツアーのこういうところが気に入っているから、ツアーの旅もやめられないのよね。 -
下の道は今通ってきたA6です。
反対側はマンハイムやコブレンツに向かう道路です。
バスの中で交通標識を喜んでバシャバシャ撮っているのは私だけ…?、
私ってちょっと変ですよね。
なお、ドイツの高速道路は無料です。 -
沿道には日本企業の工場もいろいろありました。
ここはトヨタの工場。 -
バスは「Kehl」という地名の方に曲がります。
すると程なくライン河が現れます。
ここがドイツとフランスの国境です。 -
ついにストラスブールに入ってきました。
街中をカッコいい路面電車が走っています。
ストラスブールでは、環境を重視した都市型トラムを走らせ、
「次世代型路面電車」として世界各国から注目をあびています。 -
私達は、まずホテルで荷物を降ろして、クリスマスマルクト見学の予定でした。
ところがホテル側は部屋の用意が出来ていないとかで、随分待たされた挙句、もう一度荷物ごとバスに乗って昼食のレストランに向かうことになりました。
本日のホテル、イビスホテルのフロント。
民族服を着た黒い帽子姿のフロントマン、まじめな顔がちょっとユーモラスで笑えます。 -
昼食のレストラン。
このレストランは穀物取引所だった由緒あるところだそう。
中では誕生パーティーをやっているグループもあり、特別な日に使うレストランなのかもしれません。 -
だけど料理の量は物凄く多かったー。
前菜にミートパイのようなもの(これだけでメインでもよさそう)。
メインは何だったか忘れたけど、肉と付け合せにライスがついていました。デザートは大量のアイス。
今までドイツ料理の、1皿になんでもかんでもというのばっかりだったので、見ただけでうんざりする量でした。
飲み物は、もちろんアルザスのリースリンク白ワインをいただきました。 -
昼食後もう一度ホテルに戻って、部屋に荷物を降ろして…、
添乗員さんと一緒に今度は徒歩で旧市街に向かいます。
自由時間の後、各自でホテルまで帰ってこなければなりませんから、道順を確認しながら歩きます。
ホテルは旧市街近くのイル川の外にありますので、まずは川に沿って…。 -
しばらく行くと、かっては牢獄として使われていたという「ヴォーバン・ダム」に出ます。
これは1681年に要塞として造られたが、敵襲などでいざという時には洪水を起こせるようになっているというから驚きです。 -
水鳥が寒そうに泳いでいるこんな下町っぽいところを通り…。
-
木組みの家が並ぶ界隈に入ってきました。
ここはプティット・フランス(小フランス)と呼ばれ、木組みの家は16世紀から17世紀のアルザス地方の典型的な建築だそうです。
かつて革なめし職人や漁師、粉屋などが暮らしていました。 -
プティット・フランスを通り過ぎると、再びイル川沿いに出てきました。
木組みの家に混じってカラフルな建物が並んでいます。
写真の手前に見える装置は水門ですね。
ここは運河としても使われており、川の高低差を調節するためのものです。 -
窓という窓がすべて、サンタさんやクマさんなどクリスマス仕様に飾られた古い家の横を通り…。
その先に見える重厚な建物は…。 -
この地方特産のばら色の砂岩で出来た「サン・トーマ教会」です。
中のオルガンは18世紀のもので、モーツアルトも弾いたと言われています。 -
人通りの多い通りにやってきました。
あそこで輝いているウィンドーはケーキ屋さん?
そういえば、ayaさんはアルザスのスィーツを求めて、皆とは別行動で先に出かけました。
何でもストラスブールには有名なケーキ屋さんがあるそうで、そこで買いたいものがあるのだとか…。
焼きマカロンとかクグロフとか言っていましたね。
そういう甘いものに目を輝かせた時代が懐かしいー。
この齢になると、あれはダメこれはダメというお医者様のお小言が聞こえそう…。 -
イルミネーションに飾られたストラスブールの大聖堂(ノートルダム大聖堂)が見えてきました。
先日NHKの「世界ふれあい街歩き」でストラスブールを取り上げていましたね。
その受け売りですが、塔の高さは142メートルで、19世紀後半まではヨーロッパ一高い塔だったそうです。
でも、ゴチック建築の聖堂というと、左右対称で2つの塔があるのが普通ですよね。
でもここは一つだけ。
何でもここの地盤は弱くて、2つ目の塔建設を断念したのだとか…。 -
高すぎて全様を写すことは出来ません。
赤い色の建物は、この地方特産のばら色の砂岩で造られています。
ゴシック特有のこの繊細な造り、彫像から壁まで全て、土台から塔の先まで砂岩で出来ているそうです。 -
大聖堂の広場にはクリスマスの屋台がたくさん並んでいました。
ドイツに隣接していることもあり、ここのクリスマスマーケットも有名です。 -
まずは教会の中に入りましょうね。
結構大勢の人がいましたね。
やっぱり寒いから、時々暖をとりに入ってくるのかな? -
教会の壁には「聖母マリアの生涯」に関するタペストリーが飾られています。
-
ステンドグラス。
買ってきた資料によると、皇帝バルバロッサとかハインリッヒ2世、それにスペイン王フィリップの名前が挙げられていました。
このボケボケ写真では見分けがつきません。 -
オリーブの山のイエスキリスト像。
下の群集は等身大なのだとか。 -
ボケボケですが「天使の柱」、最後の審判の様子が表してあるそうです。
「地球ふれあい街歩き」ではここでも面白ことを言っていましたね。
実は、この柱1本で天井を支えているんですって。
それを「そんなわけはないだろう!」と馬鹿にした男がいました。
その男には天罰が下り、天井が落ちないように見張りをさせられているそうです。
よく大聖堂内を探すと、壁の隅に「見張る男」がいるそうですよ。 -
「天使の柱」のすぐ傍で人が大勢集まっています。
世界最大の「天文時計」があります。
1354年に造られて高さ18メートルあります。
この時計は12時半に仕掛けが動くようになっているそうです。私達にはもう見ることはできません…。 -
ボケボケ写真ではお分かりにならないと思いますので、資料よりコピーしました。
手前が「天使の柱」、奥に「天文時計」が見えます。
あっそうそう、「天使の柱」の足下には「地球最強の男」の小さな像があるそうです。
20世紀にはいり、地盤の関係で大聖堂が倒壊の危機に陥ったとき、ドイツ人の建築家が改修工事をして、危機を救ったんですって。
そこで、お守りとして、この男が柱を一身に背負っている小さな像を足下に埋め込みました。この天井はこの男の双肩にかかっているわけですね。
この像を外すと大聖堂は倒れるそうですよ。(地球ふれあい街歩きより) -
クリスマスらしくクリッペを。
大聖堂の中にはいくつかの鮮やかなクリッペが飾られていました。 -
クリッペとはイエスキリストの生誕の様子を人形や模型などで表しているものです。
これは東方3博士がお祝いに訪れた時の様子でしょうか。 -
別行動していたayaさんの写真。
祭壇です。
奥に見える青いステンドグラスは「ストラスブールの聖母」と呼ばれています。 -
ayaさんは、ちょうどそこにいらっしゃった司教様を写真に収めました。
やったねーayaさん、スクープよ! -
外は暗くなっていて、マーケットは賑やかさを増していました。
ところで向こうに見える木組みの家、かなり傾いているんです。
これも「地球街歩き」の受け売りを…。
アルザス特有の木組みの家、地盤の関係もありますが、木は動くものなので家は少しずつ傾いてくるんですって。
だけど外見だけで、中の生活に支障はないらしい。
それに、木組みの家って意外に、ひびが入ったり、壊れることはないそうです。
だから何百年も持つのですね。 -
大聖堂を後にして、賑わっているクリスマス・マルクトを見ながら、急ぎましょう。
どこへって?
今日は土曜日。
明日は日曜日でお店がみんな閉店してしまいます。 -
オーナメント屋さん、可愛いものがたくさん売られています。
-
メリーゴーランドも出ています。
で、さっきここに来る途中にスーパーマーケットを見つけておきました。
今日しかスーパーでお土産を買う時間がないのです。 -
あの氷のような門をくぐると、その先はグーテンベルク広場に出るはずです。
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真っ赤なカーテンのイルミネーションの先に、青くボーっと光っているツリー。
グーテンベルク広場です。 -
真っ赤なカーテンのトンネルを通って…。
ストラスブールのクリスマスマルクトは路地ごとに趣向が凝らされています。 -
ここはお星様。
スーパーは6時までだそうなので、早く行かなければ…。 -
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ライトアップされたサン・トーマ教会が見えてきました。
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その近くにはスケートリンクが出来ていました。
母と子が抱き合っている微笑ましい風景。 -
プティット・フランスのマルクト
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いい雰囲気ですね。
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ライトアップされたプティット・フランスの木組みの家が、川面に写っていい感じ。
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ヴォーバンダムの傍を通り…。
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この後スーパーで大量の買物を。
ここのスーパーはほんとに安かったー。
木箱に入ったノルマンディー産のカマンベールが1ユーロするかしないか。
その他のものも安い安い!
みんなで歓声をあげながら買うわ買うわ!
チョコレート、チーズ、お菓子、ドライフルーツ、蜂蜜…。
みんな荷物の重量は大丈夫なの!? -
荷物を持って一旦ホテルに帰って…。
夕食のために外出するのも億劫なのでホテルのレストランで食事をすることに。
だけど笑っちゃいましたね。
フランス語のメニューで固まってしまった私達。店員もフランス語しか話せない…。
ドイツ語がわかる店員を連れて来るといいながら無しのつぶて…。
仕方なく適当に選んだのが、肉なし付け合せ野菜のセットと、小さな前菜っぽいものだけ…。
それをマダムKと民生委員をしている一人参加のMさんと私の3人で分けて食べました。
周りの外国人に、あの日本人かわいそう…って思われなかったかしら(笑)。
でもワインはアルザス産のワインをいただきました。
って私だけですが…。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 哈桑湖さん 2012/09/28 23:08:39
- シュヴァイツァーもアルザス人
- frau.himmelさま
シュヴァイツァーは、ノーベル賞受賞の際に、「あなたはフランス人かドイツ人か?」と聞かれたときに「私はそのどちらでもない。アルザス人だ」
と答えたようです。
ここの地区の人は、そのように答えるんですね。
第二次大戦中、フランス降伏後、この地はドイツ領に。
アルザスの若者は、ドイツ兵として、戦地に送られたようです。
ドイツの敗北が近くなると、アルザスの兵隊たちは、脱走兵があとをたたなかったようです。
もっとも最後まで、ドイツ軍の一員として、戦った者もいます。
アルザスの地でフランス人の父、ドイツ人の母との間に生まれた、ギイ・サジェール著「忘れられた兵士」という本をよんだことがあります。
著者は、アルザスを占領したドイツ陸軍の規律正しさに感銘を受け、ドイツ陸軍に入隊します。このあと東部戦線に送られます。最後はドイツ陸軍最精鋭部隊である、大ドイツ師団の一員として、ソ連軍と戦うのです。
著者は本の中で、「一政党のためでも、祖国を守るためにでも、戦ったのではない、雪や泥の中で死にたくないから戦ったのだ」とありました。
戦後のフランス本国では、対独協力者に対して、厳罰が下され、大勢が処刑されました。
ところが、アルザス、ロレーヌ地区で、ドイツに協力した者たちに対しては、かなり寛大な裁判だったようです。罪の重い者で、インドシナへの従軍と引き換えに、罪を消されたようです。
町を見ると、まるでドイツにいるみたいですね。
第二次大戦中でのメッサーシュミットのエースパイロットで、ドイツのフロイラインを虜にした、ハンス・ヨアヒム・マルセイユも、祖先はフランスのユグノーです。
陸続きなので、色々な血が混じっているのでしょうね。
- frau.himmelさん からの返信 2012/10/05 09:24:35
- RE: シュヴァイツァーもアルザス人
- おはようございます。
コメントありがとうございました。
返信が遅くなり申し訳ありませんでした。
シュヴァイツァーとアルザス、とても興味ある話ですね。
私も歴史あるヨーロッパの街は大好きです。
取り急ぎ、コメントの御礼まで。
himmel
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