2005/09/10 - 2005/09/19
50位(同エリア248件中)
mykonosさん
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トルコに次ぐ2度目の団体ツアー参加。
本当はチュニジアに個人旅行で行きたかったが諸事情によりモロッコに。
モロッコでの記憶と言えば、気を付けていたつもりなのに、早い段階からお腹を壊し、最終日まで引きずって辛かったこと。
写真を撮ろうとすれば人でも家畜でも名所(フェズのタンネリ)でも、とにかくお金や物を要求されること。
フェズやアイト・ベン・ハドゥなどは興味深いところだったが、いつも旅先で書き留める日記も途中で止まってたほど、辛い思い出の方が多い旅だった。
ただ、初めて足を踏み入れるアフリカの大地はその雄大さを感じさせてくれるのに十分なほど、魅力ある光景に満ちていた。
9/10 成田(12:05)=パリ(17:30/21:00)=カサブランカ(22:10)
RIVOLI HOTEL CASABLANCA
9/11 カサブランカ=ラバト=メクネス=ヴォルビリス=フェズ
NOUZHA
9/12 フェズ市内観光
9/13 フェズ=(イフラン)=(ミデルト)=エルフード
SALAM
9/14 メルズーガ大砂丘(日の出鑑賞)=トドラ渓谷=ティネリール= ワルザザート
FARAH AL JANOUB
9/15 ワルザザート=アイト・ベン・ハドゥ=マラケシュ
AGDAL MARAKECH
9/16 マラケシュ市内観光
9/17 マラケシュ=カサブランカ
CROWN PLAZA
9/18 カサブランカ(17:35)=パリ(22:40/23:25)=成田(9/19 18:00)
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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パリで乗り継ぎ、カサブランカの空港についたのは現地時間22:10。空港内に充満する香辛料の臭いで、アフリカ大陸の玄関口に来たことを実感。
翌朝は8:00に出発し、ラバトへ。
王宮入り口。これ以上近づくことはできない。 -
モハメッド5世廟からハッサンの塔
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次のメクネスはモロッコらしい世界遺産の町。堂々としたマンスール門。
町中は気になる小道がけっこうあるが、団体ツアーのため寄り道はできず・・・。 -
メクネスのメディナの端の方にあるレストランで昼食。
イカのピラフ詰めトマトカレー味。魚介のスープが美味しかった。 -
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ムーレイイスマイル廟。ミフラーブの間の彫刻が素晴らしかった。
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ムーレイ・イドリスの遠景を写真撮影のため下車。ガイドさんの説明によると、ここの街の出身者はモハメッドと血のつながりがあるとされ、高貴な人と言われているとのこと。
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古代ローマの植民市であった都市の遺跡、世界遺産ヴォルビリスのモザイク。1755年のリスボンの地震で埋もれたため、保存状態のよいモザイクが残っている。
ここから1時間ほどでフェズ到着。ヌーザホテルのフロントはモロッコらしいきれいなタイルで装飾されていた。 -
翌日はまず、マリーン朝の墓地のあたりからフェズの全景を見渡す。
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緑の屋根はカラウィーンモスク。300万画素のコンデジのため、これ以上望遠にならなかった(T_T)
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少年たちも仕事のお手伝い。
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女性や老人にカメラを向けるときは断りを入れてからと事前に言われていた。子供はカメラをむけるとすぐにポーズをとってくれるが、その後は必ずと言っていいほど、手を差し出して物(お金)を要求される。
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アッタリンマドラサかカラウィンモスクか忘れてしまった。
モスクに入る前に丁寧に体を清めている。 -
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アッタリンマドラサ内部
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タンネリー(皮なめし)。近くのお店の屋上から眺められるようになっている。臭いがすごいのでミントの葉を渡され、それをかぎながら見学。
ここでも作業をしている人たち(主に若い少年)が近づいてきてお金を要求しようとしてくる。 -
お昼のメインはクスクス。
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午後はエル・ジュディドのブージュルード門から。フェズの町はフェズ・エル・ジェディド、フェズ・エル・バリの二つの旧市街からなる。どちらも迷路のようだが、エル・バリの方がより一層迷宮都市といった趣を味わえる。
ツアーのため、迷宮都市を自由にさまようことができなかった。
迷子にならないようについていくのも大変なほど人で込み入っている。
(できることなら迷子になりたかった。。) -
4日目は8:30にフェズを出発し、イフランの町でトイレ休憩後アトラスを超え、ミデルトにて昼食。この時ちょこっとついてた生野菜を食べるんじゃなかったと後で激しく後悔。
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イフランにくる途中、モヤイアンアトラスの最高地点の峠とかいうところでバスが止まった時、はるか遠くから家畜を抱えながら猛ダッシュでバスに向かってくる現地のベルベル人たちがいた。観光客に写真を撮らせてお金をもらおうというのだろう。これも生計を立てる手段。しょうがないのだろうが・・・。
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ズィズ渓谷あたり。ここから続く道はずっとベルベル人たちのクサールがあって、すごく写真を撮りたくなる風景が続く。ただし途中のGSにバスが停まった時なども、観光客と見るやいなや子供たちが寄ってきては「マダム、マダム」とボールペンやらお金をせがむので少しこわかった。
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写真を撮らせてもらうことへの対価として、お金を渡すのはこの国では当然のこととなっているのかもしれない。これまでモロッコを訪れてきた観光客がそのようなことを植えつけたのだろうか。たかが写真をとるだけのちょっとしたお金をケチるわけではないのだけど、大道芸人でもないのに一般の人にお金を渡して写真を撮るというのが、なんだか上から施しを与えてるみたいで気分的に嫌だった。まぁ、モロッコといってもアフリカの一旦だ。なんとなくお洒落でアフリカでは発展した国というイメージはあるが、現実にはまだ貧しい人の方が多いのかもしれない・・・。結局お金は渡さずに、手を出されたら飴を与えることにした(何かでボールペンや飴を与えるといいと書いてあった。でも観光客が与える飴で子供たちが虫歯になる・・とも。難しい(>_<))
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エルラディシアという町に入ったあたりから、アフリカ色が濃くなる。サハラ砂漠が近いことを感じさせる。
アンモナイトの工場を見学後、エルフードにあるホテルへ。この夜からひどい腹痛に襲われ、トイレとベッドの往復で眠るどころではなかった。
翌日は早朝から砂漠の日の出鑑賞ツアーだというのに。。。 -
早朝3:00起き。ホテルを4:00に出発し、4WDでメルズーガ大砂丘へ。ラクダに乗り換え日の出鑑賞ポイントに向かう。寝不足と脱水症状状態でぐったり。でも初ラクダの背中は想像以上に乗り心地が悪く、緊張状態でしばらくお腹の痛みを忘れていた。
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メルズーガ大砂丘。日の出は靄っていていつ出たんだかよくわからなかったが、サハラ砂漠にきたんだな〜と感傷的な気分に浸れた。
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駱駝の背中はかなり高い。不安定でしがみつきたくても、首が細そうでしがみつくわけにもいかず、落とされないように必死でたずなを握る。乗っている時よりも、乗り降りがさらに怖い。立つときは後ろ足から伸ばし、座るときは前足から折るので、前に後ろに揺さぶられて振り落とされそうになる。
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砂漠のテントで朝食後、いったんホテルに戻って荷物を積んでから出発。タデス渓谷あたり。
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カスパにオアシスといった魅力的な光景が続く。
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トドラ渓谷で昼食&フリータイム。この子たちは草で作った昆虫や動物のようなものを見せてくれた(売り物?)。この後途中でバラグッズのお土産屋に寄ったようだがぐったりして、バスから降りる気もしなかった・・・。
ツアーメンバー(15名)の中では、私が最も早く体調不良になったが、最終的に私の友人と一人参加の主婦の方を除いた全員が、お腹を壊していた。 -
ワルザザートのホテル。ツアーで一緒の方が湯沸し器で沸かしたお湯でインスタントのお味噌汁を淹れてくれた。この日食べたのはそれくらい。
この後、湯沸し器と味噌汁を常に旅行に持ち歩くようになった。 -
タウリルトのカスバ(要塞)
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タジン鍋が並べてある。日本でこんなに流行るならこの時買っておけばよかった。
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ティフルトゥートのカスバ
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カスバの中でミントティーがふるまわれた。ミントの臭いも強烈、甘さも強烈で、日本でなら絶対飲まないと思うが、モロッコで飲むと美味しく感じられた。
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アイト・ベン・ハドゥ。マリのバンディアガラ、イエメンのシバームと並ぶ、行ってみたい日干し煉瓦でできた世界遺産都市のひとつだった。
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この流れを渡ってカスバに入る。この時はほとんど水が干上がっていた。
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川のところにいた子供。小石を伝って渡ってたら手先に触れる小さな手が。振り向くとこの子だった。親切に手を貸してくれたのかと思ったら、彼らにとってこれは仕事だったらしく、渡り切ったらチップを要求された。こんな小さな子供まで・・・。写真を撮らせてもらい飴をあげました(虫歯にならないでね)。
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アイト・ベン・ハドゥはカスバの中も魅力的
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この時はお腹も少し落ち着いてきたので、他の体調不良者たちを残して、上まで上がって見ることに。
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てっぺんからは、『グラディエーター』が撮影されたという荒涼とした光景が見渡せた。
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世界遺産のカスバ内に住んでいる家族も何組か。
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カスバ街道を後にし、アトラスを超えていく。ガードレールもない細くうねった道が続く。
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バスの中からも魅力的な集落がちらほら。
マラケシュについた夜はファンタジアショーという現地のショー見学がついていた。 -
マラケシュ クトゥビアの塔
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この屋台は子猫の遊び場になっていた。
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サーディーン廟
タイルがきれいだった。 -
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メディナのスーク。このお店の人はどうやって出入りするのかというくらい、前後左右に商品がぎっしり。
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バヒア宮殿
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ジャマ・エル・フナ広場。時間がたつにつれ屋台が徐々に増えていく。色々な呼び込みもぼったくりもあり。ツアーで一緒だった女の子はサルの脳みその入ったスープを飲んだとか。怖くて屋台で物を食べられなかった。
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カフェでお茶しながらなら見学料もただ。
このカフェで今年の4月に自爆テロがあったらしい。その前にも何度かこの広場でテロが起きていた。痛ましい・・・。 -
翌日、ツアーはバスとおさらばし、電車でカサブランカへ。ハッサン2世モスク。
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最終日の午前中はフリータイム。カサブランカのメディナをぶらぶら。
あまり大きくないメディナだけど、これまでメディナ内を自由に歩き回ることができなかったので、これだけでも迷子になる気分を味わえてよ良かった。 -
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サッカーをしている少年たちを眺めながら昼食を食べてると、少年たちが近寄ってきて、私が飲んでいたポカリパウダーを溶かしたペットボトルを要求してきた。よっぱど喉が渇いていたらしく、少ししかないのにみんなで回し飲みしていた。
カサブランカは写真をとってもお金を要求されないだけ、他の街より居心地のいい町だったかもしれない(血だらけの素足で歩いている女の人も見かけましたが(^_^;))。
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