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千葉県いすみ市に在る古刹 行元寺(ぎょうがんじ) に出かけ、その夜は江戸時代創業の老舗旅館 松の屋 にて宿泊。<br />行元寺で、住職さんに寺に伝わる数々の名品を案内して頂きました。<br />その一つが、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の原景と言われる、武志伊八郎信由(俗称 波の伊八)の 欄間彫刻。<br />今ひとつが幻の名工と言われる、高松又八の龍や金鶏の彫刻です。<br />行元寺のホームページに詳しい事が載っています。<br />http://www18.ocn.ne.jp/~gyoganji/

南房総の名刹で欄間彫刻の逸品を観る

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2011/12/14 - 2011/12/15

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五黄の寅

五黄の寅さん

千葉県いすみ市に在る古刹 行元寺(ぎょうがんじ) に出かけ、その夜は江戸時代創業の老舗旅館 松の屋 にて宿泊。
行元寺で、住職さんに寺に伝わる数々の名品を案内して頂きました。
その一つが、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の原景と言われる、武志伊八郎信由(俗称 波の伊八)の 欄間彫刻。
今ひとつが幻の名工と言われる、高松又八の龍や金鶏の彫刻です。
行元寺のホームページに詳しい事が載っています。
http://www18.ocn.ne.jp/~gyoganji/

同行者
友人
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 行元寺までの参道はご覧の様な切通になっています。

    行元寺までの参道はご覧の様な切通になっています。

  • 寺の由緒書き。滋覚大師の創建で開山1000年以上の古刹です。

    寺の由緒書き。滋覚大師の創建で開山1000年以上の古刹です。

  • 切通の崖に地層がはっきり見えています。松の根が岩盤に食い込めず、地表を這っているのが分かります。

    切通の崖に地層がはっきり見えています。松の根が岩盤に食い込めず、地表を這っているのが分かります。

  • 山門(享保20年(1735)建立)をくぐって本堂(天正14年(1586)建立)に向かいます。

    山門(享保20年(1735)建立)をくぐって本堂(天正14年(1586)建立)に向かいます。

  • この寺の欄間彫刻が見所の一つです。寺の山号である東頭山は、慈覚太子が東国で最初に開山したところから名付けられたそうです。<br />

    この寺の欄間彫刻が見所の一つです。寺の山号である東頭山は、慈覚太子が東国で最初に開山したところから名付けられたそうです。

  • 山門をくぐると本堂はもう目の前です。

    山門をくぐると本堂はもう目の前です。

  • 山門を振り返ってみました。

    山門を振り返ってみました。

  • 本堂の全景が見えて来ました。

    本堂の全景が見えて来ました。

  • 本堂の左手に建つ 童謡 母さんたずねて の碑。その左手に鐘楼が建っています。<br />撮影後本堂に入り、住職の説明を聞きながら堂内を見学して回りました。

    本堂の左手に建つ 童謡 母さんたずねて の碑。その左手に鐘楼が建っています。
    撮影後本堂に入り、住職の説明を聞きながら堂内を見学して回りました。

  • 堂内を見学後、住職にお礼を言って本堂を退出して寺内の様子を撮影しました。<br />本堂の右手前に建つ 毘沙門天像。

    堂内を見学後、住職にお礼を言って本堂を退出して寺内の様子を撮影しました。
    本堂の右手前に建つ 毘沙門天像。

  • その右手に建つ十三重の塔。

    その右手に建つ十三重の塔。

  • 本堂の横に在る本堂の玄関とその右手には客殿(旧書院)。ここに波の伊八の 波図彫刻 が在ります。

    本堂の横に在る本堂の玄関とその右手には客殿(旧書院)。ここに波の伊八の 波図彫刻 が在ります。

  • 客殿の説明板が立てられていました。

    客殿の説明板が立てられていました。

  • 玄関の軒下に見える鶴の彫刻。

    玄関の軒下に見える鶴の彫刻。

  • 客殿の全景。

    客殿の全景。

  • 山門の仁王像を撮影しましたが、囲いの格子と金網のため顔の表情が写っていません。

    山門の仁王像を撮影しましたが、囲いの格子と金網のため顔の表情が写っていません。

  • 見学を終え参道を下って行きます。

    見学を終え参道を下って行きます。

  • 崖の地層を改めて撮影して見ました。

    崖の地層を改めて撮影して見ました。

  • ここからの写真は、参道に建てられていた 欄間彫刻などの説明文 を写した物です。<br />最初の写真は、高松又八郎の製作した本堂内の彫刻。<br />以下、ホームページから引用。<br />高松又八郎は、上野寛永寺に徳川4代家綱・5代綱吉の廟、及び芝増上寺に6代家宣の霊廟に彫り物を遺しましたが、 <br />第二次世界大戦で戦災によって焼失してしまいました。 <br />したがって幻の名工といわれ、他に作品の存在は確認されていませんでした<br />本堂の改修工事の際、欄間に「宝永3年(1706)彫物大工 高松又八郎邦教」の銘があることから、 このほど大きな発見となりました。

    ここからの写真は、参道に建てられていた 欄間彫刻などの説明文 を写した物です。
    最初の写真は、高松又八郎の製作した本堂内の彫刻。
    以下、ホームページから引用。
    高松又八郎は、上野寛永寺に徳川4代家綱・5代綱吉の廟、及び芝増上寺に6代家宣の霊廟に彫り物を遺しましたが、
    第二次世界大戦で戦災によって焼失してしまいました。
    したがって幻の名工といわれ、他に作品の存在は確認されていませんでした
    本堂の改修工事の際、欄間に「宝永3年(1706)彫物大工 高松又八郎邦教」の銘があることから、 このほど大きな発見となりました。

  • 堤等琳 の弟子 五薬院等随 の土岐の鷹の杉戸絵。かの葛飾北斎が堤等琳の弟子であった、と寺のパンフレットに記載されています。

    堤等琳 の弟子 五薬院等随 の土岐の鷹の杉戸絵。かの葛飾北斎が堤等琳の弟子であった、と寺のパンフレットに記載されています。

  • 高松又八郎の金鶏の彫刻。

    高松又八郎の金鶏の彫刻。

  • 波の伊八 の 波に宝珠 の欄間彫刻。この彫刻が 葛飾北斎の 神奈川沖浪裏 の絵に影響を与えた、と住職さんの説明が有りましたが、成る程そうかも知れません。

    波の伊八 の 波に宝珠 の欄間彫刻。この彫刻が 葛飾北斎の 神奈川沖浪裏 の絵に影響を与えた、と住職さんの説明が有りましたが、成る程そうかも知れません。

  • 参道の入口に建つ、開山の由緒と霊場の表示。

    参道の入口に建つ、開山の由緒と霊場の表示。

  • 駐車場の一角に建つ案内板。先程の 波の伊八 の写真と比べて観て下さい。

    駐車場の一角に建つ案内板。先程の 波の伊八 の写真と比べて観て下さい。

  • 歓迎の看板。行元寺の参拝を終え本日の宿 松の屋 に向かいます。<br />松の屋 の旅行記に続きます。

    歓迎の看板。行元寺の参拝を終え本日の宿 松の屋 に向かいます。
    松の屋 の旅行記に続きます。

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