2010/02/10 - 2010/02/20
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くろへいさん
音楽の都 ウィーンからボヘミア地方のチェスキー.クルムロフに向かう
冬のヨーロッパの夜は長い
未だ夜の明けないウィーンの町を、市電でフランツヨーゼフ駅に向かう
クロワッサンと珈琲を買い込み列車に乗り込む
殆ど誰もいない列車は寒々としていた
珈琲が体を温める
列車はベルの音も無く定刻を数分遅れて出発した
さあ、いよいよチェコに向けて列車の旅が始まる
暫くすると、朝日に温められたオーストリアの大地から靄が立ち上ってきた
まるで雲海のように靄が大地を覆う
川面が黄金のように輝く冬のオーストリアの郊外を、列車は北に向けて疾走する
列車は暫くオーストリアの平原を走ると、寂れた田舎町に到着した。
見ると、駅にグミュンド(Gmund)と書かれている。
10両編成の急行列車には、乗客は殆どいない。
くろへい達の乗る車輌も他に乗客はいない。
実は、この寂れた田舎町こそが、オーストリアとチェコとの国境の町なのだ。
此処まで、ウィーンから約2時間。
冷戦時代は東西の最前線だった町も、今では形ばかりの国境の駅となっている。
パスポートチェックの為に、出入国係官が車内にやってきた。
黒い皮のブーツにスレンダーな体にフィットした制服。
細くくびれた腰に革のベルト。
完璧過ぎる端正な顔立ちは、あまりにも凛凛しいが表情が無い。
まさに、絵に描いたような社会主義国の警官だ。
カッカッ…ヒールの高い黒ブーツが通路を音を立てて歩くたびに、帽子から肩に垂れるセミロングの金髪がふわりと揺れる。
太い革のベルトには、拳銃と棍棒が下げられている。
「嗚呼、この人に虐められたい」
このとき、初めてマゾ男の気持ちが理解できた。
これぞ、正に夢に出てくるような「女王様」だ。
「この薄汚い日本人め!私のブーツをお舐め!」
頭の中では、目の前の美人の婦人警官の足元に跪き、醜い裸を晒しながら黒ブーツに舌を這わせる自分の姿を重ね合わせていた。
車内の暖房と妖艶な警官のお陰で、すっかりのぼせてしまったようだ。
「女王様、どうか卑しい私のパスポートに入国のスタンプを下さい」
「ノー」
家畜人の願いは却下され、旅券の内容をチラッと眺めただけで女王様は去っていった。
恍惚とした甘美な残り香を残したまま、国際列車はチェコの平原を走りはじめた。
捕捉/
今回の旅は、オーストリア→チェコ→オランダの3カ国を巡る旅だ。
航空会社は、KLMを選んだ。
くろへいの住むタイから欧州への航空券は慢性的に混んでいる。
しかも、高い。
20年以上前にヨーロッパを目指した旅行者達は、香港やバンコクまで飛び、安いチケットを探して再び飛び立って行ったものだ。
いまや、日本の航空券はGWや正月休暇を除けば随分と安くなった。
日本からヨーロッパ行きの航空券などは、はっきり言うとバンコク発券の航空券の半分程度だ。
因みに、欧州系の航空会社の場合、46,000THB以上(13万円)+諸費用となった。
例えば、タイ国際航空の場合、欧州直行便は50,000THBくらいする。
しかし、同じタイ国際航空を使い、シンガポール発バンコク経由で欧州に飛ぶと、約6万円と一気に半額になってしまう。
つまり、一旦シンガポールに行き、そこからバンコク経由で欧州に飛んだ方がはるかに安くなるのだ。
今回は、諸々勘案して香港発のKLMを選んだ。
香港からアムステルダム経由でウィーン
往路は、プラハ発でアムステルダムにストップオーバー
これで往復で3,800香港ドル(約49,500円)は安い!
香港までは中華航空を利用した。
これは往復6,000THB(約17,000円)
フライトの都合上、往路に香港で一泊しなければならない。
それでも、バンコクからのチケットと比べ、半額ちかくになった。
今回は、3日滞在したウィーンから、チェスキーまでの旅行記を掲載する。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1時間ほどで、列車はチェスキー・ブディェヨヴィツェ駅に到着した。
ここから、1両編成のローカル線に乗り換える。
ボヘミア地方の美しい風景が広がる中を、馬と同じくらいの速度で電車は進む。
凡そ、1時間ほどで、チェスキークルムノフ駅に到着した。
一見すると何の変哲も無い田舎の駅だ。
なんだか、自分の実家の駅に似ている。
欧州で最も美しい町と評されるわりには、その片鱗もない。
先ずは、予め予約していたホテルの名前を運転手に告げ、ベンツのタクシーに乗り込む。
5分もしない内に、お伽の国のような風景が見えた。
なんだか、ディズニーランドのようだ。
早朝にウィーンを出て、昼過ぎにようやく到着した。 -
この町は、クロアチアのドブロブニクと共にヨーロッパで最も美しい町といわれている。
共に世界遺産に登録され、世界中から旅行者が集まってくるが、どちらが好きかは意見が分かれると思う。
見所はドブロブニクの方がある。
海に面しているので、新鮮な魚介類が味わえる楽しみもある。
然しながら、チェスキークルムノフへの道中の景色は本当に素晴らしい。
緑に覆われた丘の彼方に森が広がり、その上に虹が架かっていた。
その中を、路面電車よりも小さな、おもちゃの電車でゴトゴトと走っていく。
その道中は、まるで現代から中世へと戻るタイムトラベルのようだ。
結局、ヨーロッパで最も美しい2つの町を訪れる機会に恵まれたが、未だに、どちらが良いかくろへい自身にも未だに答えは見つかっていない。
因みに、ドブロブニクの旅行記は以下をご覧下さい。
http://4travel.jp/traveler/mochida1969/album/10620411/ -
チェスキークルムノフの歴史は13世紀に遡る。
この周辺に銀が産出する事から、森を開墾したのがこの町のはじまりである。
街の中心を流れているブルタヴァ川はラベ川と合流し、その後エルベ川に合流する。これを利用した河川貿易によっておおいに栄えることになった。
エルベ川は、ドイツのドレスデンを流れるヨーロッパを代表する大河だ。
しかし、チェスキークルムロフの栄華も長くは続かなかった。
20世紀になり、産業革命の波がこの山村まで押寄せてくると、木材と銀の町は廃れていった。
その後、この町は完全に人々の記憶から消えてしまった。
廃墟と化した町は、誰もその存在に興味を持つことも無く、2つの世界大戦の間も戦火から逃れ、深い森の中にひっそりと佇み続けた。 -
この町で忘れられない思い出がある
昼遅くにホテルに到着し、その後食事に出たのが2時半頃だった。
その日の朝食は、列車の中で食べたクロワッサンとサンドイッチだけ。
昼時を過ぎてひどくお腹が空いてきた。
ガイドブックに紹介されている「Krumlovska Fontana」
というレストランが近いので行ってみることにした。
少し分りづらいが、道路から階段で5メートルほど降りたところに入口がある。 -
時刻は3時ちかくになっていたが、開いているのか分らない。
遠慮がちに重い木の扉を開けると、中は薄暗く、暖炉が赤々と燃えていた。
客は誰もいなく、赤いチェックのテーブルクロスの上には、何も置かれてなかった。
扉のすぐ横はキッチンとなっており、オーナーと思しき大柄の男が現れた。
いかつい感じの男は年のころ40歳くらいだろうか。
コックというよりも木こりのようだ。
「すまんが、ランチタイムは終わりだ」
少しぶっきらぼうな言い方で、何だか取り付く島が無い様な感だった。
妻のうなぎ犬も、お腹が空いており、相当落胆した表情だったのだろうか、男が言った。
「腹が減っているのか?」
腹が減っているから来たのに何を言うのか?
と思ったが
「列車でウィーンから来て、今着いたばかりなんだ。昼飯を食べる機会を逃してね」
と答えると
「できる料理は限られているので、あり合わせでよければ何か作るよ。それで良いかい?」
「勿論、嫌いなものは無い。全て任せるよ。ありがとうシェフ」
「分った。好きな場所に腰掛けてくれ」
そう言うと男はすぐに厨房に入っていった。
くろへいと妻のうなぎ犬は、冷えた体を温める為に暖炉の側のテーブルに腰掛けた。
ようやく、落ち着いて昼食にありつけると思うと急に腹がへってきた。
暫くすると、厨房から男が出て来て、アルミホイルで包んだ塊を暖炉の中に放り込んだ。
放り込んだというよりも、投げ込んだというのが正しいだろう。
ホイルで包まれたものが何かは分らないが、大きなバナナを3-4本纏めて覆ったくらいの大きさだ。
勿論、バナナのアルミ焼きとは思えないが、塊が薪の中央に乗ると、重さで燃えかけた薪が崩れ、一瞬火の粉が暖炉の中で舞った。
「焼き芋なのか?」
少し不安になったが、準備中の店に押しかけた後ろめたさがある。
多少の事なら我慢しようと思った。
「何か飲むかい?」
男が火掻き棒で暖炉の中の薪を整えながら、くろへいに尋ねてきた。
「チェコビールを2杯」
「この町には、チェコビール以外は無いよ。これで良いか?」
男が指を指した先には、丸太を削って作った頑丈そうなカウンターの上にビールサーバーが置かれていた。
サーバーには「Pilsner Urquell(ピルスナーウンケル)」と書かれていた。
男は、大きなジョッキを2つ取り出すと、サーバーに載せた。
大きなビールジョッキに並々と注がれた生ビールは、生まれて初めて飲むチェコビールだ。
「美味い!」
澄んだ黄金色の液体にクリーミーな泡。
喉ごしがよく、フルーティー。
今まで味わった事の無いビールだ。
これまで、ビールというだけで、それほど大きな差を感じた事は無かったが、このビールは格別だった。
口に含むと、やさしい麦芽の香りが口いっぱいに広がる。
ボヘミアの肥沃な大地の恵みがビールジョッキの中に凝縮されているようだ。
【穀物を飲む】
本物のビールとはこういう味なのか…
ドイツではじめてバイセンビールを飲んだ時と同じ感動が蘇ってきた。 -
世界中で飲まれているピルスナービールの語源は、まさにチェコのピルスナー社が元祖だというのは後に知った。
音を立てながら暖炉の薪が燃え上がり、時々アルミホイルから吹き出た汁が「ジュー」という音をあげると、なんとも美味そうな匂いが漂う。
どうやら焼きバナナではなさそうだ。
「スープだ。両手を使って食べな」
骨付きベーコンスープが大きなカップに入れられてテーブルの上に置かれた。
カップからは骨が湯気の中から飛び出している。
男に言われたように両手で骨を持ちながら肉にかぶりつく。
燻製の香りとベーコンのジューシーな味が口の中でとろける様だ。
オニオンとジャガイモとキノコとベーコンのスープは、冷えた体を温め、胃を覚醒させた。
ふたりとも、よほど腹が減っていたのか、犬のようにベーコンにかじりつく。
星のつくレストランでは、とてもできない食べ方だ。
いつの間にか、バスケットがテーブルに置かれ、何種類ものパンが無造作に入れられている。 -
バチバチという音に顔を向けると、暖炉の中に放り込まれたアルミホイルの塊を男が火かき棒で取り出していた。
薪が崩れるたびに、盛大に火の粉が舞い上がる。
男は途中までアルミホイルの塊を取り出して、表面のホイルを剥がして中身の焼き具合を確認している。
厳しい表情の男の目が少し和んだ。
男は勢いよくアルミの塊を取り出すと、そのまま大胆に皿に載せた。
「マスだよ。この川で捕れた魚だ」
指先でアルミ片を掴み、ホイルを開くと、キノコやバジルで味付けされたマスから、湯気が立ち上った。 -
頬ばると、魚の身が丁度良く蒸されている。
一緒に蒸したキノコやバジルが、川魚の生臭さを消している。
ほくほくとした触感を口の中でふうふう言いながら味わう。
気が付くと、0.5リットルの大ジョッキの生ビールを飲み干していた。
「もう一杯飲むかい?」
「もちろん」 -
いつの間にか、男は隣のテーブルに腰掛けながら、くろへい達がガツガツ食べる姿を眺めている。
店はランチタイムを終えて、片付けと準備にかかる頃にも関らず、見も知らない東洋人の僕らのために食事を作ってくれた心意気に胸が熱くなった。
「うまいかい?」
「もちろん、僕らはラッキーだよ。本当にありがとう」
そう言うと、はじめて無骨な男の顔に微笑が浮かんだ。
窓から眺める東欧の太陽は、すでに峡谷の彼方に傾き、既に黄昏色に染まりかけていた。 -
結局、大ジョッキで3杯ものビールを飲み干して、遅い昼飯にすっかりと寛いでしまった。
窓の外は、早すぎる黄昏と共に、刻々と寒々しい風景へと変貌していく。
くろへいは、男が薪を暖炉に放り込む度に、バチバチと火の粉が舞うのを見て、懐かしい故郷に想いを重ねていた。
くろへいの生まれた町も、都下の山に挟まれた寂しい所だ。
目の前を流れる多摩川の両岸は山に挟まれ、冬になると3時には裏山に陽が沈むような閑散とした町だ。
体の大きな父は、幼稚園に上がる前からくろへいを背おいながら、毎夕多摩川で釣りをする、釣りキチだった。
雨や雪の日以外は、毎日釣りに出かけるのを欠かさなかった父は、冬の寒い日は河原で焚き火をおこした。
くろへいは、父のおこした焚き火にあたりながら、父が釣りから帰ってくるのを待ち続けた。
多摩の峰に夕陽が沈み、すっかり真っ暗になり、不安で胸が張り裂けそうになる頃、父は数匹のヤマメや鮎と共に、くろへいの待つ焚き火に戻って来た。
そのお陰で、我家の夕餉には、毎日川で捕れた鮎やヤマメが添えられていた。
一見、無愛想な父も、客を迎えるとありったけの料理でもてなしていた。
殆どが、近所で捕れた山菜や川魚だったが、スーパーで買う野菜とは違い、自然の香りに溢れていた。 -
チェスキー.クルムノフの中心を流れるブルタヴァ川は、くろへいの育った多摩川のように、この町に暮らす人たちの生活に欠かせないものだ。
山に囲まれた地形の為、太陽の照る時間は短く、特に奥多摩の山々が紅葉に燃える季節になると、午後になると間もなく陽は沈んでいった。
これを、「つるべ落としの秋の陽」と村の人々は昔から呼び、外に遊びに行った子供達に、帰宅を急がせたものだ。
「お任せでよければ、何かつくるよ」
といった男は、迷惑そうな顔を見せながらも、腹を空かせたくろへい夫婦達に、精一杯のご馳走を作ってくれた。
決して、手の込んだ料理ではない事は分った。
しかし、自家製のベーコンや、森の中で捕れたキノコと川で捕れたマスは、ボヘミアの田舎では昔からのご馳走だったに違いない。
昨日ウィーン市内で食べた、贅と技術の限りを尽くしたザッハートルテとは、全くの正反対であるにも関らず、山の男の心が込められた料理は、何よりも強く心に響いた。
故郷から1万キロも離れた東欧の森の中で、自分が子供時代を過ごした村を想い、マスを暖炉にくべる男に、くろへいは老いた父の姿を重ねていた。 -
夜になると、城がライトアップされる。
-
凍てつくような2月の酷寒の夜。
吐く息はたちまち白くなる。
幻想的な風景に暫し寒さを忘れる。 -
首都プラハからチェスキー.クルムロフへは日帰りでも行ける。
しかし、僅か数時間しか滞在しないのは、あまりにも勿体無い。
赤々の燃える暖炉で暖められたパブで、本場のチェコビールを飲んだ後は、ライトアップされたお伽の国のような町を歩こう。
城の前を流れる川に架かる石橋に寄りかかり、屋台で売っているホットワインを飲みながら城を眺める。
これほどの贅沢な時間はない。 -
町の中には、いくつものホテルがある。
世界でも屈指の観光地だけに、泊まるところには不自由は無い。
予算に合わせたお気に入りのホテルが見つかる筈だ。
冬季は観光客が少ないので、自分の目で気に入ったホテルを現地で探すのも良い。 -
-
-
ホテル ゴールド チェスキー クルムロフに泊まる
このホテルは町を囲む川の外に位置する。
部屋から城は望めないが、川越しに教会が望める。
川を渡った市街地には、車が入れないので、思いスーツケースを引っ張って歩く必要は無い。
僅かに川を隔てているので、ゆったりとしたスペースになっている。
部屋も広く、華美な豪華さは無いが、充分にお洒落なデザインだ。 -
これも、ホテルの庭園からの景色
約7,000円ほどの中級ホテルだが、部屋が非常に広く、ゆったりと滞在できた。 -
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城内から少し離れたビール工場の跡地に行く
-
門は閉ざされており、中に入ることはできなかった。
-
消火栓もおしゃれだ。
-
窓から外を覗いているのはクマさん。
こんなお洒落な意匠はいかにもヨーロッパらしい。 -
チェスキークルムノフには1泊滞在。
翌日のお昼の列車でプラハに向かった。
来た時同様に途中のチェスキー・ブディェヨヴィツェまで1両編成の電車で戻る。その後プラハまで急行で1時間30分くらい。
乗り継ぎがあるので、その分バスよりも不便かもしれないが、列車の方が景色が良いので列車を選ぶ。
途中のチェスキー・ブディェヨヴィツェはチェコのビール会社、ブディェヨヴィツェビールの工場がある町だ。
有名な話だが、ブディェヨヴィツェビールを英語風に発音すると、「バドワイザー」になる。
勿論、チェコが元祖だ。
バドワイザーはビール好きのくろへいとしては、嫌いなビールベスト10に入るが、ブディェヨヴィツェビールは、味といい香りといい、「至高のビール」である。
列車の待ち時間中、キオスクでビールを買った。
くろへいはチェコ語ができないので、英語で話したが通じない。
ブディェヨヴィツェなんて、舌が絡まってしまう。
「バドワイザー2缶下さい」
と言ったら、見事に通じた。
勿論キオスクのおばちゃんが出したのは、元祖バドワイザーだった。
プラハに向かう急行列車に乗りながら飲んだビールは、昨日飲んだピルスナービールと共に、忘れられない巣晴らしい味がした。
「チェコに来ずしてビールを語る無かれ」
チェコビールバンザイ!
「日本でチェコビール党でも立ち上げるか」
と冗談で思っていたら、
「プラハドリンキングチーム」
と書かれたTシャツを着た乗客を発見。
チェコの国旗に、ビールのイラストの下に大きく書かれている。
その後、プラハの街中で、同じ意匠のTシャツを何度も見かけることになる。
車窓からは、多くの団地が見えた。
どうやらプラハ郊外に近づいてきたようだ。
「Prague is next.」
正面に座っている若者が英語で教えてくれた。
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チェスキー・クルムロフ(チェコ) の旅行記
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