2011/11/22 - 2011/11/23
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enyasuさん
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2011年11月23日(水)勤労感謝の日、早稲田奉仕園で行われた「『満州』の記憶・移動する朝鮮族」シンポジウムに参加しました。
このシンポジウムは韓哲文化財団研究助成(研究代表者:宣元錫さん 研究課題:日中韓をめぐる朝鮮族の移動に関する研究)と財団法人早稲田奉仕園の協力により開催されました。
延辺ファンを日々探し求めるenyasuは、延辺を世に紹介したパイオニアのある先生と会う為に参加したのでした。わくわくどきどきその先生とは・・・
戸田郁子さんと巡る韓国歴史の旅
http://yanbian-city.in/tour/sub.htm
この日と前後して、延辺と本当に縁があるなあと思った出来事2つも紹介しています。
◆アジア語特別講座協力企画
シンポジウム「『満洲』の記憶・移動する朝鮮族」
グローバル化が急速に進展する昨今、日本にも世界規模の「人の移動」の波が押し寄せ、外国人や異文化はもう特別なことではありません。
その「外国人」の中に、「中国朝鮮族」の人々がいます。中国朝鮮族は中国の少数民族のひとつですが、朝鮮半島が日本の植民地の時代に、自由と生存を求めて多くの朝鮮の民が中国東北部に移住したという由来を考えると、日本と深い関わりがあります。
その地はやがて「満洲国」となり、列強の利害がぶつかり合うと同時に、中国と朝鮮の民による抗日闘争の本拠地ともなりました。日本の敗戦と朝鮮半島の解放、中国内戦と中華人民共和国の建国、朝鮮半島の分断と戦争、そして未だ続いている冷戦など、東北アジアの激動の歴史は中国朝鮮族の歩みそのものといえるでしょう。
その中国朝鮮族が再び国境を越えて移動しています。1990年代には主に韓国へ、そして2000年前後からは日本への移動が増えています。近現代の歴史の体現者としての中国朝鮮族が、「満洲」の記憶とともに日本と韓国に移動している、そのことにはどんな意味が込められているのでしょうか。
一緒に学び考えたいと思います。
以上は早稲田奉仕園サイトより抜粋(◆〜と旅行記内の人物紹介)
http://www.hoshien.or.jp/class/asian-tokubetsu.html
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
シンポジウムの前日夜
日本への移民が多い福建人の故郷である福建省福清市で知り合った日本人元駐在員・福清友の会東京支部の幹事さんから
「enyasuさ〜ん。上野においしい中華料理屋さんがあります。いっしょに食事しましょう!辛い料理もありますよ。」
『お、久しぶりに福建料理。楽しみ〜。えっ、でも福建の料理は比較的あっさり甘め。辛い料理?きっと、中華料理という枠を広げたんだろうなあ。』
などと勝手に想像しながら連れて行かれた先は
な、
なんと
びっくり
中国延辺風スパイス・串焼
千里香
住所:台東区上野6−8−19 上野松島ビル地下1階
電話:03−5807−1761
営業時間:AM.11:00〜AM.5:00 年中無休
このことが、延辺と本当に縁があるなあと思った最初の出来事でした。もうひとつは一番最後の写真にコメントした内容です。 -
ウエイトレスさんは
琿春出身の日本語学校に通う学生さんと
私が語学留学したことのある山東省青島出身のお姉さん
店長さんは
延吉市出身でお住まいは新興小学校の近くとか -
延辺料理・羊肉串、キムチ
喜んで食べました。
『なんか懐かしい。幸せ〜』 -
しかし、
友人と話しながら不思議な感覚に陥りました。
話題のテーマが福清での出来事。
携帯から福州に電話し知り合いと会話。
料理が福州でよく食べたコンシンツァイ(空心菜)
enyasuの直近の中国
吉林省延吉市 2003.3〜2008.7 約5年半
福建省福州市 2008.8〜2011.1 約2年半
この状況下、
何か頭の中がミキサーにかけられたようにぐるぐるぐるぐる・・・
この日は、帰宅時
『朝鮮族や福清人はなぜ移民するんだろう。そういえば明日お会いする先生も中国、韓国と移動された方だと聞いたことがある。どんな人なんだろう。どこに向かおうとされているんだろう。』
通勤電車にゆられながら、いつも読む本はカバンにしまい、満員電車に乗る人の群れを眺めながら翌日のシンポジウムについて考えていました。 -
11月23日(火)快晴
午前、お会いしたかった先生・当日の講演者が初めて朝鮮語を学んだ早稲田奉仕園へ向け出発
プログラム
第1部
14:00−14:10 開会の挨拶、登壇者紹介、趣旨説明(宣元錫)
14:10−14:50 第1報告と対談
「中国朝鮮族の移動・中国内そして韓国」
(報告:戸田郁子、コメント:木村知義)
14:50−15:30 第2報告と対談
「日本に移動する中国朝鮮族」
(報告:権香淑、コメント:木村知義)
休憩(15:30−15:40)
第2部
15:40−16:00 討論(登壇者全員、司会:宣元錫)
16:00−16:20 フロアとの質疑応答
16:20−16:30 まとめと閉会の挨拶 -
14:00 司会の挨拶
コーディネーター 宣元錫先生
1965年韓国生まれ。1987年高麗大学卒業。
2000年一橋大学大学院社会学研究科修了(社会学博士)。
2000年から2002年まで韓国大統領諮問政策企画委員会専門委員。
国際交流基金招聘フェローを経て、現在中央大学兼任講師。
社会政策、外国人労働者問題などを中心に研究活動を行って
いる。自主研究グループ「多文化社会研究会」代表。 -
報告1 「中国朝鮮族の移動・中国内そして韓国」
戸田郁子さん(作家)
1959年生まれ。作家、翻訳家。会社勤務を経て、1983年より韓国の延世大学韓国語学堂に留学。1985年より2年間、高麗大学史学科にて韓国近代史を学ぶ。その後、中国黒竜江省ハルビンに語学留学し、延辺朝鮮族自治州を中心に中国東北地方の朝鮮族の移住と定着の歴史を取材している。
著書= 『ふだん着のソウル案内』(晶文社)、 『チョルムニ――韓国の若者たち』(早川書房)、 『ソウルは今日も快晴』(講談社文庫)、 『手の大きいお嫁さん――私の韓国語小辞典』(アートン)。翻訳書に、李賢世 『弓』(晶文社)、黄美那 『李さんちの物語』(講談社)など多数。
『延辺のパイオニアの戸田先生だ〜。笑顔の素敵な方だなあ。拝聴させて頂きます!』
講演後お話を伺ってみると、共通する友人もおり、大延辺ファンだと言うことも分かり、enyasu 感激〜
『ご一緒に延辺ファンを作っていきましょう!』
戸田郁子さんと巡る韓国 未来のために、歴史の旅
http://yanbian-city.in/tour/sub.htm -
コメンテーターは
木村知義さん(ジャーナリスト)
1948年生。1970年NHK入社。主に報道、情報番組を担当。「昭和史報道」「ペルー日本大使公邸占拠事件」など現場からの中継を担当。大阪局在勤時代、阪神淡路大震災の災害報道に携わる。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送・午前5時〜8時半生放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。中国、韓国、モンゴル、極東ロシア・ウラジオストク、マレーシア、ラオス、シンガポールなどで取材、放送。NHK退社後は北東アジア地域をテーマにした個人研究所「21世紀社会動態研究所」主宰。多摩大学経営情報学部客員教授。
『今日は宜しくお願い致します!』 -
報告2 「日本に移動する中国朝鮮族」
権香淑さん(クォンヒャンスク)
大阪生まれ。中国朝鮮族の移動とネットワーク形成をテーマにフィールドワークを重ね、上智大学大学院にて博士学位(国際関係論)を取得。国立国会図書館調査員、韓国・全南大学研究教授を経て、現在、早稲田大学アジア研究機構招聘研究員及び恵泉女学園大学非常勤講師を務める。日本の朝鮮族研究学会副会長。主著に『移動する朝鮮族』(彩流社、 2011年)、共著に『中国朝鮮族のグローバルな移動と国際ネットワーク』(アジア経済文化研究所、 2006)、『アジア学のすすめ(第2巻)』(弘文堂、2010)ほか多数。
権先生の第一印象『知的かつきれいな先生〜。 笑』 -
「周辺的なマイノリティ」か、それとも「東アジアの跨境人」か。朝鮮族について理論的に整理することができました。
『先生、書籍購入させて頂きます!』 -
パネルディスカッション
「中国朝鮮族の移動をとらえる日本の視座」
会場の方からの質問や感想が活発になされました。
80年代、学者を志したことがあるenyasuでしたが、才能がないので方向転換。こうしたシンポジウムに参加するのは院生の時以来、
『ま、また勉強してみようかな・・・。私も発言もしよう!』
在日のご婦人の次に2番手でenyasuは
延辺日本人会としての立場から
日本在住の延辺ファンの立場から
自分なりに考えていたことを話しました。
シンポジウム終了。先生方、来場の方何人かと挨拶。帰宅。
さて、最後に冒頭で書いていた
延辺と本当に縁があるなあと思った出来事の2番目の紹介
自宅に戻り、延辺育ちの子供達と夕食をとったあと、閉店間際のスーパーに買い物に行ったのですが、ガラガラの店内に朝鮮語を話す家族3人
最初は地元にも韓国人がいるんだなあと思っていたのですが、何度かニアミスする中で、よ〜く話を聞いてみると語尾に
『え、延辺訛り!』
enyasu勇気を振り絞って声をかけました。
『延辺、延吉の人ですか?』
相手の方はびっくり。まさに延辺出身者でした。しかも、住んでいた所が近所で子供は同じ小学校。
本当に不思議なことがあるものです。日本に戻って以降、街で延辺の家族と会ったことがありませんでしたし、しかも地元で。
この方には、名刺を渡し再会を約束しました。縁があればまた会う・・・
そこで
ふと、思いました。
人はわれ知らず動いているけれども、移動先にはもしかして何か縁があって、会わなければいけない人がいて、それで動いていたりして・・・
そうであるならば、
縁がある地でその地域が発展するように頑張らなければ!
シンポジウムを企画して下さった宣元錫さん、当日はいろいろな出会いがありました。本当にありがとうございました。感謝です。
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