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 病後3年振りに従兄の弔問、お墓参りに行くので,ついでに近辺を観光してきました。<br /><br />一日目11月14日(月)<br /><br /> ~名神、中国、山陽自動車道(龍野西SA休憩)、瀬戸大橋経由坂出JCT~讃岐うどん山下うどん店(休憩)~高松自動車道・善通寺~高知自動車道~娘宅(泊)<br /><br />ニ日目11月15日(火)<br /><br /> ~佐岡寮(香美市土佐山田)~室戸の魚や(土佐山田市)~国分寺(29番札所)~娘宅(泊)<br /><br />三日目11月16日(水)<br /><br /> ~黒潮 竜馬の湯~居酒屋浜~娘宅(泊)<br /><br />四日目11月17日(木)<br /><br /> JA南国直販店かざぐるま市(南国市)~高知自動車道・徳島自動車道・美馬、脇町うだつの街並み散策~川田光栄堂~従兄弔問~別埜池~お墓参り~西光寺(阿波市)~安楽寺(6番札所)~地蔵寺(5番札所)~五百羅漢~大日寺(4番札所)~金泉寺(3番札所)~極楽寺(2番札所)~霊山寺(1番札所)~鳴門観潮船~休暇村南淡路(泊)<br /><br />五日目11月18日(金)<br /><br /> ~別所水産~おのころ島神社~伊弉諾神社~北淡震災記念公園~明石大橋・山陽・中国自動車道・名神~<br /><br />大日寺<br /><br /> 弘法大師が42歳にあたる弘仁6年、この地に長く留まり修行していたとき、大日如来を感得された。大師は、一刀三礼をして55センチほどの大日如来像を彫造され、これを本尊として創建し、寺号を本尊に因んで「大日寺」と命名したと伝えられる。また「黒厳山」の山号は、境内が三方を山に隔てられており、人里はなれたこの地は「黒谷」と称されたのが由来といわれ、地元では「黒谷寺」とも呼ばれていたという。寂本(1631~1701)の『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)によると、かつては立派な堂塔が並び、美しく荘厳な小門から入った境内は広々としていた。しかし、歳月が経ち、伽藍の軒は風化していたが、応永年間(1394~1428)に松法師という人に夢の託言があって修復されたという旨が記されている。<br /> 伽藍は再び荒廃し、天和、貞享年間(1681~88)に再興されている。また、阿波藩主・蜂須賀家は代々大日如来を守り本尊としており、とくに5代藩主・綱矩公の帰依があつく、元禄から宝暦年間(1751~64)には手厚い保護をうけ寺塔の大修理がほどこされている。本堂と大師堂を結ぶ回廊には、西国三十三観音霊場の木造観世音像三十三を安置している。江戸時代の中頃、大阪の信者により奉納されたという。また、先々代の住職は不治の病とされたハンセン病の遍路さんを、手厚く接待していたことで知られる。境内は、板野町史蹟に指定された防災区域で、霊地にふさわしい幽玄な雰囲気を漂わす。<br /><br /><br />

香川・高知・徳島・鳴門・淡路島旅行~大日寺(4番札所)~

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2011/11/14 - 2011/11/18

447位(同エリア1481件中)

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satoshi.s2

satoshi.s2さん

 病後3年振りに従兄の弔問、お墓参りに行くので,ついでに近辺を観光してきました。

一日目11月14日(月)

 ~名神、中国、山陽自動車道(龍野西SA休憩)、瀬戸大橋経由坂出JCT~讃岐うどん山下うどん店(休憩)~高松自動車道・善通寺~高知自動車道~娘宅(泊)

ニ日目11月15日(火)

 ~佐岡寮(香美市土佐山田)~室戸の魚や(土佐山田市)~国分寺(29番札所)~娘宅(泊)

三日目11月16日(水)

 ~黒潮 竜馬の湯~居酒屋浜~娘宅(泊)

四日目11月17日(木)

 JA南国直販店かざぐるま市(南国市)~高知自動車道・徳島自動車道・美馬、脇町うだつの街並み散策~川田光栄堂~従兄弔問~別埜池~お墓参り~西光寺(阿波市)~安楽寺(6番札所)~地蔵寺(5番札所)~五百羅漢~大日寺(4番札所)~金泉寺(3番札所)~極楽寺(2番札所)~霊山寺(1番札所)~鳴門観潮船~休暇村南淡路(泊)

五日目11月18日(金)

 ~別所水産~おのころ島神社~伊弉諾神社~北淡震災記念公園~明石大橋・山陽・中国自動車道・名神~

大日寺

弘法大師が42歳にあたる弘仁6年、この地に長く留まり修行していたとき、大日如来を感得された。大師は、一刀三礼をして55センチほどの大日如来像を彫造され、これを本尊として創建し、寺号を本尊に因んで「大日寺」と命名したと伝えられる。また「黒厳山」の山号は、境内が三方を山に隔てられており、人里はなれたこの地は「黒谷」と称されたのが由来といわれ、地元では「黒谷寺」とも呼ばれていたという。寂本(1631~1701)の『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)によると、かつては立派な堂塔が並び、美しく荘厳な小門から入った境内は広々としていた。しかし、歳月が経ち、伽藍の軒は風化していたが、応永年間(1394~1428)に松法師という人に夢の託言があって修復されたという旨が記されている。
伽藍は再び荒廃し、天和、貞享年間(1681~88)に再興されている。また、阿波藩主・蜂須賀家は代々大日如来を守り本尊としており、とくに5代藩主・綱矩公の帰依があつく、元禄から宝暦年間(1751~64)には手厚い保護をうけ寺塔の大修理がほどこされている。本堂と大師堂を結ぶ回廊には、西国三十三観音霊場の木造観世音像三十三を安置している。江戸時代の中頃、大阪の信者により奉納されたという。また、先々代の住職は不治の病とされたハンセン病の遍路さんを、手厚く接待していたことで知られる。境内は、板野町史蹟に指定された防災区域で、霊地にふさわしい幽玄な雰囲気を漂わす。


同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配

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