2011/11/03 - 2011/11/07
338位(同エリア807件中)
akkiy363672さん
- akkiy363672さんTOP
- 旅行記220冊
- クチコミ8件
- Q&A回答6件
- 605,510アクセス
- フォロワー5人
秦以来2000年の歴史を刻み、幾多の文人墨客が訪れ、数多くの名画や名文を残した、深山幽谷の景勝他…、桂林…。
H観光社が募集した激安観光ツアーにて、墨江の世界へ行ってきました。
【写真】は、伏波山の地下に空いた洞窟。
この壁面や鍾乳石にも、多くの漢文が彫られています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
午前6時、「津みなとまち港」出港の始発船に乗って、「セントレアに向かいます。
6時40分、セントレアの管制塔が見えてきました。 -
7時30分、搭乗手続きが始まりました。
「セントレア〜上海〜広州便も、広州〜桂林便も、できれば窓際の席を」という章くんの勝手な要求に、「はい、わかりました」とにこやかに答えてくれたのですが、広州〜桂林便は中国の国内便…。
何かと面倒だったらしくて、10枚ほどの搭乗券をパーにしていました。
先輩が援助に来てくれて、なんとか完了。
ごめんね、無理を言って! -
この飛行機で、〜上海〜広州へと飛びました。
午前9時35分、定刻のフライトです。中国の飛行機は全部遅れるものと思っていましたが、やれば出来るンですね。
えらいぞ、中国南方航空! -
セントレア〜上海までは、雲が厚くて、下界の様子を撮ることも出来ないままに飛んできました。
午後0時15分(現地時間午前11時15分、以後は全て現地時間表記とします)、2時間40分のフライトで上海(浦東)空港に到着しました。
-
ここで、中国への入国審査。社会主義国家の入国審査は、いつものことながらちょっと不気味です。
-
上海(浦東)空港滞在は1時間と35分間。
午後0時50分、同じ飛行機にまた乗って、広州空港を目指します。 -
広州市が見えてきました。林立する高層ビル…、広州は大都会です。
広州市は広東省の省都であり、華南地域全体の経済的な中心です。2010年の市内総生産は1兆604億元(約13兆円)あり、上海市、北京市に次ぐ第3位です。
戸籍人口は773万人ですが、466万人を超える流動人口があり、実際の常住人口は1,000万人を遥かに超えているとみられています。 -
午後3時40分、広州空港に着きました。
この空港の大きさにも驚きましたが、黒人客が多いのにもビックリしました。
中国の南の玄関口といったところでしょうか。 -
午後8時30分の桂林行きの便まで5時間近くの待ち時間があったので、広州市内を見物しました。
案内してくれたのは、華南平野を流れる大河「珠江」に臨む「沙面公園」です。 -
沙面は珠江の砂洲につくられた町。
アヘン戦争の後に締結された「南京条約」によって、イギリスとフランスの租借地になりました。
← この通りは「沙面三街」。街のあちこちに銅像が建てられています。 -
メインストリートの斜面大街を中心に150を越える洋館が建てられましたが、現在も残っているそれらの建物を、樹齢100年を越えるガジュマルの大木が覆う景観は、異国情緒たっぷりです。
← 広州ゆかりの魯迅が、少年に語りかけているところでしょうか。 -
珠江の流れを臨むビューポイントです。この前で珠江は二つに分かれて、砂州である斜面を囲んで流れていきます。
-
公園内には大きなガジュマルの木が何本も茂り、市民がその根元で腰を下ろしたりして休息していました。
-
1800年代、沙面と陸地の間には、この橋1本しかなかったそうです。これは、清朝が外国人と中国人との接触を好ましく思わなかったためとか。
現在は、15本ほどの橋が掛けられています。
← この橋、ライトが点って、刻々と色が変わっていきます。 -
沙面公園をあとにして、空港へトンボ返りです。
空港に隣接する中華レストランで食事した後、午後8時30分に広州空港を飛び立ちました。 -
午後10時、桂林空港に到着。午前9時35分にセントレアを飛び立ってから、約12時間かかったことになります(苦笑)。
桂林空港は思ったよりも大きくて、日本の地方空港とは比べ物にならないほどの規模でした。 -
桂林市は英語でGuìlín、カタカナ表記ではヴィリン。広西チワン族自治区にあって、首府の南寧市とならぶ中心都市で総人口499万人、市部人口は72万人。
古来、百越の住む地であり、秦始皇帝が征服して桂林郡を設置したという、2千年の歴史を持つ。
← 空港から市内に向かう国道(中国では、国道は有料道路)
午後11時20分、宿泊先の「桂林幸福大酒店」に着きました。 -
第2日目。午前8時起床。機能の長旅に配慮してくれたのか、ちょっとゆっくり目の起床です。
この旅の宿「ザ・フォーチュンコンドミニアムホテル(桂林幸運酒店公寓)」は、日本に本社を置く管理会社が運営するコンドミニアム型のホテル。桂林随一の高級住宅街、施家園路の一画「龍隠園」の中に位置しており、有名な七星公園や穿山公園、南城百貨、国際会議場などへは徒歩圏内です。 -
ホテルの壁面にかけられていた案内板。
日本人客も多いのでしょうね、英語、中国語とともに、日本語での表示もありました。
日本語スタッフも常駐しています。 -
客室はホテルのフロントから徒歩3分ほどの別棟、章くんの部屋は「1441号室」。14号棟、4階の1号室です。
部屋は、広いリビングに、ツインベッドが置かれたベッドルームが2室、冷蔵庫・流し台・収納庫・ガスレンジなどが完備したキッチン、バスタブのついた風呂、水洗トイレ、それに何も置いてない洋室が2間の合計7部屋もあります。
-
ホテルの前の小公園では、朝、近所の人がくつろいでいる姿がありました。
← その一角で、これはニワトリを散歩させているところ。
おじさん、横へ行くニワトリがいると、岳竿で戻していました。 -
9時30分 出発。
ビルの並ぶ桂林の市街を抜けていきます。
-
でも、ここは中国…。
メイン道路でも、いろんなものが走っています。 -
横断中です。
-
1時間ほど走って、バスは助]江(りこう)沿いの小さな村「大墟古鎮」に着きました。
村の入り口の大きな木の下に村人たちが集まって、何やら作業中です。 -
バスを降りて近づいてみると、おびただしい量の唐辛子をより分けて、袋に小分けしているところでした。
桂林は、乾燥唐辛子や豆板醤など、中華料理に不可欠の唐辛子の大産地なのです。 -
この古鎮は、清時代の面影を残す古い家々が続いています。
ただ、若い人たちは都会に出て行き、この地域はお年寄りが守っているといいます。
今の中国の生活費は、都会で4〜5万円、田舎では1〜2万円とか。この歴史的な地区を守るため、ここに住む人たちに中国政府は月額1万5千円ほどの援助を出していると、ガイドの黄さんは説明してくれました。 -
手作りのお土産品を並べている店がありました。
店番をしながら編んでいる、毛糸のスリッパなどを売っています。 -
町は、数10メートルごとに土塀で区切られています。
火事に備えるとともに、土塀から土塀までの一区切りの地域に住む人々は、ひとつの家族なんだとか。 -
赤ちゃんを囲んで…。
-
この三輪(?)、ジーゼル発動機が動力です。
後日、これで堂々と国道を走っているのを見かけました。 -
この乳母車(?)も、手作りです。
-
立派な石橋がありまた。
-
家々の裏手を、灕江が流れていました。
河原では牛や馬が飼われ、船は村人の足です。
時がゆったりと流れ、大きな美しい自然に囲まれた人々の暮らしがありました。 -
昼食を市内のレストランで済ませて、午後1時、「象山公園」に寄りました。
-
岩山が助]江と桃花江の合流点に落ちるところ、その姿が象が水を飲んでいるように見えることから、「象鼻山」の名前がつきました。
ほらね象が鼻先を水の中に突っ込んでいるようでしょう。 -
でもね、ここからは遠くの風景の中に、もう一匹の象がいるんですよ。
左手の山、大きな象がいるでしょう。 -
少数民族の衣装をまとってカメラに収まる女の子…。
河畔には、衣装を貸し出す店があって、色とりどりの衣装をそろえています。 -
岸辺の大きなガジュマルの木には、赤い紙片がぶら下げられていました。
日本の「おみくじ」のようなものだとのことです。 -
「王先生の像です。書道の達人です」と黄さんの説明。
「王…、書道…」と聞いて、「王義之か?」と聞き直したら、「そうです」と言う。
失礼ながら、黄さんの口ぶりはホントに王義之のことを知っているのか、ちょっと疑問…。だから、王義之の像かどうか、あやしい。 -
バスに乗り込んで移動…。
車窓からパチリと撮ったのはタクシー。
黄さんの説明では、赤は国営タクシーで、黄色は民営会社のもの。民営は料金を水増ししたりすることがあるから、赤色のタクシーを利用するほうがよいとのことでした。 -
着いたのは「両江四湖」。助]江の水を引き入れて4つの湖が連なっています。
そのシンボルの日塔・月塔。
夜、ここから、クルーズ船に乗ります。 -
「両江四湖」の案内図。
湖が連なっているのがわかりますか。 -
湖に伸びる橋。
-
橋の先端に、小さな島があります。
-
その島には、きれいな庭園があって、小さな館にカフェテラスがありました。
章くん、ホットコーヒーを頼みました。 -
左側の女の子がオーダーを受けてくれたのですが、「日本の方ですか? 今、日本語を習っています。」と話しかけてくれました。
あとは英語になってしまいましたが、「いつか日本に行きたいと思っている」と言うので、「ぜひ、来てくださいね」と章くん、かわいい子にはやさしい(笑)。
でも、コーヒーが出てきたのがバスの集合時間まであと5分…。
章くん、一口飲んで、もと来た橋を急いで戻りました。 -
次に訪れたのは「伏波山」。2百数十段の階段を登って頂上へ達する山の前に、伏波将軍の騎馬姿の像があります。
伏波とは 「渦巻く波を阻止する勢い」という意味。世の騒乱を平定するといったところでしょうか。 -
その地下には洞穴が穿たれていて、壁面に多くの仏像や碑文が彫られていました。
-
これは、鍾乳石らしい。百万年に1?延びるとか。地面まであと3?ほどですから、3百万年したら地続きになりますね。
ここにも碑文が掘り込まれています。
ここを初めとして、桂林市内にたくさん残る壁や石碑などに掘られた書画碑文は、「桂海碑林」と呼ばれています。
そこで、桂林にちなんだ漢詩をひとつ…。近代の詩人「呉遇」が詠んだもので碧連峰にある石刻に刻まれたものとあります。この詩は、遊覧船のチケットも書かれているとか
桂林山水甲天下 (桂林の山水は天下第一)
陽朔堪称甲桂林 (陽朔は桂林の第一とたたえる)
群峰倒影山浮水 (群峰倒影、山水に浮ぶ)
無水無山不入神 (水無く山無くば、神入らず) -
10分ほどをかけて、頂上へ上りました。
桂林市内と、遠くの山々が、一望されます。 -
次に立ち寄ったのは、市内の{西門市場}。
← ここは、野菜売り場です。 -
これは、魚屋さんですね。
川魚が並べられていました。ドジョウもいましたよ。
肉、米、果物などを並べているコーナーが続き、2階は衣料品売り場です。
生きたニワトリをぶら下げているおばさんとすれ違ったときには、さすがにギョッとしましたね。 -
市内のレストランで夕食。
章くん、食卓に必ず添えられている「豆板醤」が気に入って、炒飯や餃子をはじめ、何にでも付けて食べることを覚えました。
豆板醤のビン詰めを、15個も買ってしまいました。帰りの荷物の重かったこと…(苦笑)。 -
夜は「両江四湖」のナイトクルーズに出かけました。
昼間に見た日月塔は、金銀にライトアップされ、「金さん、銀さん」と呼ばれているとか。 -
クルーズ船が出る船着場では、胡弓や二胡など中国楽器を使った演奏が客をもてなしています。
-
あたりのホテルやビルもライトアップして、一帯の雰囲気作りに協力しています。
湖を取り巻く遊歩道もライトアップされ、桂林の恋人たちは、夜毎この湖のほとりを散歩するのだとか。 -
この船に乗って、杉湖(さいこ)・榕湖(ようこ)・桂湖(けいこ)・木龍湖(もくりゅうこ)の4つの湖をめぐります。
木龍湖はかつて埋め立てられて工業団地になっていたことがあるそうだが、桂林を元の姿に戻そうということで、団地内の企業を移転させ、昔の湖に掘り返したという。
中国のパワーの大きさを思わせられる話です。 -
桂林市内の2つの川(漓江?桃花江)と4つの湖(杉湖?榕湖?桂湖?木龍湖)の位置関係は、この図の通りです。
この地図は、ガイドの黄さんにもらいました。
この2つの川と4つの湖に囲まれた地域が、桂林の中心街です。
桂林を訪れる観光客は、山水画のような山々のイメージで桂林の街を想像するので、実際に見る街の大きさに驚いてしまいます。
実際の桂林は中国を代表する国際観光都市なので、観光客を迎え入れる数々のイベントが毎日のように企画され、とくに夜はカラフルなライトアップで街が照らされ、昼とはまったく違う街に変身することを知りました。
街の中心を南北に横切る中山路では、夜の8時から片道3車線の道路を閉鎖して夜市が始まります。
ここ「両江四湖」では、光と音楽で演出された噴水ショーが毎晩開催されます。
いずれも中国らしいド派手さで、見るものを圧倒する迫力がありました。 -
午後7時10分、クルーズ船に乗り込んで、出航です。
周囲も屋根も透明なプラスチックに覆われていて、夜景を堪能することができます。 -
岸辺の木々も、きれいにライトアップされています。
-
噴水が上がりました。
-
正面に見えてきたホテルは、桂林一の格式を誇る「桂林榕湖飯店」。12万平方メートルの敷地内に、8棟の建物が建ち、それぞれにレストランがあります。
桂林を訪れるVIPは、みんなこのホテルに泊まるとか。 -
ホテルの横の橋には、「凱旋門」の下をくぐっています。
「桂林榕湖飯店」に泊まる客は、皆この橋を渡り、凱旋門をくくるのだとか。 -
凱旋門の次は、サンフランシスコの金門橋が見えてきました。
-
紫禁城を思わせるいでたちのホテルです。
-
日本の錦帯橋のような、太鼓橋だそうです。
-
この形…、万里の長城をイメージしているらしい。
-
両岸には、世界の民家が立ち並び、まばゆいばかりの光を放っています。
-
その民家には、胡弓を奏でる人たちや、中国舞踊を踊る人たちが、クルーズ船を歓迎してくれます。
この人たちは、中国の少数民族の人たちで、それぞれの民族の楽曲や踊りでもてなしてくれているのだとか。 -
最奥部、やはり少数民族の皆さんが、太鼓の演舞で歓迎してくれました。
-
帰りは、もと来たコースを取って返します。
まばゆいばかりの光を放つ塔ですが、歴史的遺産ではありません。建物も橋も塔も<観光用に造ってイルミネーションで飾ったものです。
それにしても、この広い四湖全体に観光用の建物を造り、周囲をぐるりと取り巻くイルミネーションを施すとは、中国のスケールの大きさを思い知らされました。
日本も、ボーっとしていると、呑みこまれてしまいますね。 -
塔の下から撮ったものです。
精巧で、しっかりした建造です。 -
帰りはスピードアップして走るものですから、夜景を撮るにはなかなかピントが合いません。
← ここは、昼間、コーヒーを一口飲んで、可愛い女の子とおしゃべりしたテラスです。 -
金さん銀さんのお出迎え…。
午後8時27分、乗船場へ戻ってきました。
1時間20分ほどのクルーズでした。 -
クルーズ船の船着場から歩いて5分、「桂林助]江大瀑布飯店」の壁面瀑布が始まっていました。
ここは、旧「助]江飯店」を改装した5つ星ホテル。ホテルの壁面を幅75m、高さ45mの人工の大滝「九天銀河」が流れ落ちます。
ギネスブックにも登録されていて、毎日、夜の8時30分から45分まで、大瀑布が見られるのことです。
近くにいると水しぶきがかかります。この水は、助]江から汲み上げているのだとか。 -
正面から見るとこんなカンジです。
近くではなかなかカメラに収まりきらず、少し離れて撮りました。 -
せっかくですから、中に入ってみました。
エントランスは10階までの壮大な吹き抜け…。さすがは5つ星の豪華さです。
この裏手が繁華街なのですが、明日は6時に起床…。ホテルに帰って、寝ました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
桂林(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
78