2011/09/25 - 2011/09/26
94位(同エリア120件中)
かおりんさん
石動山(せきどうざん・いするぎやま)は、古代から近世にいたるまで加賀、能登、越中の山岳信仰の霊山として栄え、最盛期の中世には北陸七カ国に、勧進地をもち、院坊360余り、衆徒約3,000人の規模を誇ったと伝えられる。南北朝時代と戦国時代の二度の全山焼き討ちと明治の廃仏毀釈によって衰亡した。現在では伊流岐比古神社と旧観坊などの建物が現存するのみだが、山内には当時を偲ばせる石仏や石塔、石垣、数多くの坊跡が残されている。山頂一帯は国の史跡に指定。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
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大宮坊の正門
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大宮坊の跡地と復元。礎石が残っています。
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日澄寺
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首の無いお地蔵さんがあちらこちらに沢山あります。
頭が見つかったものは、近くに置かれています。 -
頭が見つからなかったお地蔵さん
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首のないお地蔵さんは何体もありました。
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焼け跡が残る礎石。かくて寺坊に放たれた戦禍の火は、二昼夜にわたって燃えさかり、一山は全くの焦土と化したそうです。
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礎石 柱の跡が残っています。
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石動山城跡 七尾一体と氷見湾が見えます。
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石動山城跡
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山頂にある石動山城への入り口
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凡字で何か書いてあります。 と、下に『天潮』と漢字があります。
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動字石(どうじせき)
動字石は、古縁起・新縁起の中で、石動山(いするぎやま・せきどうざん)という呼名の由来として書かれており、古くから石動山信仰のシンボルとして崇敬されている。
また、古絵図には厳重な柵で囲った動字石が描かれ、能登名跡誌には「此山は、天より星落ちて石と成、天漢石と号す。今講堂の前にあり、開山泰澄大師養老二年登山以前は、石ゆるぎて山震動してあれしに依り石動山と云り」
と記されている。ちなみに、この石は隕石ではなく安山岩だそうです(^_^;) -
前田十二代供養等?
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杉林を歩きました。
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広い広い場所に出てきました。とても静かです。
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けっこう歩きました。休憩所が見えましたが、静か過ぎて怖いので休みませんでした。
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礎石が残っているのみ。
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