1994/09/19 - 1994/11/07
8594位(同エリア30180件中)
1ウォンさん
★★ 台北円環 ★★
円環(ロータリー)の中の、台北で最も歴史のある屋台街。
80年代まではガイドブックの表紙写真を飾るなど観光の名所だった。
しかし、90年代に入ると2度の火災に見舞われるなどして
かつての賑わいもなくなってしまいました。
私が最初にここを訪れたのは1994年
その90年代半ばの円環屋台街の姿を ・・・
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
南京西路 × 承徳路との交差点歩道橋から見た円環屋台街
まっすぐ歩いて行くと、屋台街の東側の出入口に突き当たります。 -
中央の赤い看板は、南東方向の出入口と思います。
出入口は全部で6ヵ所あったかも知れません? -
(南東出入口)
この出入口付近は荒れ模様で、当然営業はしていません。
白い帯状の看板はきれいにペイントされて、
当然、リニューアルされるものと思っていました。 -
こちらは南側の出入口
台北駅、新光三越ビル方向になります。
左に西側の入口看板も少し見えます。 -
北側 (寧夏夜市側)の出入口
入口看板の右側に、代表料理のメニューが大きく書かれ
当時営業していたのはこの一角の10数店舗だけで、全体の五分の一ほどでした。
バック中央には新光三越ビルが見えます。(当時台湾一高いビル) -
【屋台街の全体像(1995年撮影)】
西側(左)と南側の出入口が見えます。
西側の入口看板右には、前回来た時には空白だったのが魯肉飯と書かれています。
再建に向かって少しずつ前進か・・・
上方から見ると
樹木が数本、屋根を突き抜けるように立ってますが、
屋台街になる前は公園になっていたようです。
中央は空洞で、一応ドーナツ状になっていますが、
屋根は不揃いで、まるでスラム街の様です。
しかし! これぞ 台湾独特のエキゾチックな風景!
☆ちょっと加工してみました。 -
加工画像その1
絵画風 -
その2
レトロ -
その3
レントゲン写真みたいになっちゃった
− お遊び おわり ^^ ー -
魯肉飯と書かれた右隣から南東出入口にかけて大きく崩れています。
全面白いシートのようなもので覆われて
火災が発生した現場2カ所の内の一ヵ所だと思われます。 -
その裏側(通路側)の状態です。
このあたりが最も損傷が激しく
つぎはぎだらけの屋根といい、屋台街全体を見ても改装は難しいように見えます。 -
中央は空洞で、広場になっています。
円還の構造は
【外側(屋台)】 ー 通路 − 【内側(屋台)】 と、二重構造になっていたと思います。
外側、内側共に2店舗ずつ・・
中心から外側までは、3店舗ないし4店舗だったような・・
バイク後方には、蚵仔煎(オーアチェン:牡蠣オムレツ)のお店。
屋台料理の代表格でもあり、この他にも数店舗あったと思います。
この屋台街では、ロータリーということで交通量が多く
あまり食事をする気にはなれませんでしたが、一度だけ蚵仔煎を食べました。
左には、ここの主? ワンちゃんが番をしています。^^ -
バイクと重なった部分には、通路と人影が見えますが
バックの景色から、南東の出入口ではないかと思います。
表側が荒れていた所です。 -
【屋台街 夜の姿】
営業してない店舗も電気はついていました。
かつて賑わっていた頃のことは知りませんが
その頃と比べると大分寂れた光景でしょう。
それでもエキゾチックな光景であることは変わりありません。
残念ながら、この数年後に
白くペイントされた看板には何も書かれることなく、閉鎖されてしまいました。
あのワンちゃんは締め出し食らって何処へ? -
写真左の光が煌々としている所は、寧夏路夜市の入口です。
-
寧夏路夜市
こちらは今でも賑わっています。
80年代まではこの夜市と共に観光客で賑わっていたことでしょう。
円環屋台街の最も賑わっていた頃を見てみたかったものです。 -
2001年頃に取り壊され、現在の台北円環の姿です。
<ウィキペディアの画像より>
新しく生まれ変わり、現代的で素敵な建物だと思いますが
エキゾチックな建物が消えてしまい、すごく残念!
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