2011/06/11 - 2011/06/13
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kazuuzooさん
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6月11日:ブリュッセル‐ワルシャワ
6月12日:グダンスク‐マルボルク‐トルン
6月13日:トルン‐ワルシャワ‐ブリュッセル
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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トルンからマルボルク城にやってきました。マルボルク城、ドイツ騎士団のお城で洪水の心配のないと考えられていたこの土地に14世紀に完成したそうです。
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早速お城に向かって橋を渡ります。
お城の入口、門に向かう間にはドイツ騎士団にまつわる武器、防具に由来するお土産がたくさん売られていました。そして多分、地元の?小学生らしき団体も…
社会科見学の有名な訪問地なのでしょうか!? -
早速マルボルク城に入場します!!
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マルボルク城は大きく分けてミドルキャッスルとハイキャッスルに分けられます。
まずは、入口の門から入場して奥にあるハイキャッスルを見学しました。 -
ハイキャッスルの中庭にやってきました。ここには小さな小屋の様な井戸があります。
この井戸、戦の際に敵の攻撃により毒が混ざった水を飲まないようにこの場所に安全な水源を確保したのだそうです。 -
お城の中に入ってきました。ここには昔の暮らしを再現した展示がなされています。
食事に関しては地元の動物由来の肉、乳牛などを使用したものを食していたそうです。それとは別にこの地で取れないお米などの珍しい品目も食べられていたのだとか。 -
続いてちょっと忘れてしまったのですが、多分ハイキャッスルの一角の部屋だったと思います…
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ハイキャッスルから続く塔にあった…トイレです!!
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この塔にはこんな感じで下に通ずる穴が開いています。
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再びハイキャッスルに戻ってきました。展示室の様な所でパチリ。
中央の何かの破片、実は十字架に貼り付けられたキリストの彫刻の一部です。 -
展示室に飾ってあった彫刻が元々あったのがハイキャッスルの一部にあるセントマリー教会。残念ながら今はこんな状態です…
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ちょっと忘れてしまったのですが、確か教会の一部だったと思います。
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ハイキャッスルには大掛かりな製粉所もありました。
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ハイキャッスルの見学が終わって今度はミドルキャッスルの見学です。
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ミドルキャッスルの中庭にある像をパチリ。
名前は分かりませんが、この像、ここマルボルク城の昔の城主の方々のようです。 -
ミドルキャッスルのメインは城主の住居塔の見学です。
部屋を見学する前にまずは地下へ。そこには炉があります。
この地下で焚かれた空気を循環させ住居塔の暖房に使われていたのだそうです。 -
まずは大食堂。ここは、ドイツ騎士団、そしてポーランド統治時代はポーランド王主催の宴にも使われていた大食堂。
そのほかにもナポレオン軍が進軍した際の野戦病院として使われていたこともあるそうです。 -
ちょっと凝ったドアです。ドイツ騎士団の紋をイメージしたものでしょうか??
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もうひとつミドルキャッスルで有名なのが夏の食堂と呼ばれる部屋。そこでは政治的な会議などがおこなわれたりしていてインテリアが有名なのですがちょっとこの写真がその時のものかどうか…忘れてしまいました。が窓にはこのように十字の飾りがあったりしてたような…
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ミドルキャッスルの中はドイツ騎士団時代の生活に関しての展示もされてました。その中からまずはコインを造る金型そして金槌。
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そしてドイツ騎士団時代の服の展示。ちょっと暗い感じ!?
マルボルク城の見学はこのくらいにして今回の旅の最終目的地トルンへと向かいます。 -
最終日、半日かけてトルンの街をブラブラします。
トルンの街の紋章は天使。天使が鍵を持っていて、ドアが片方空いています。この空いたドアからお客さんを迎えるという意味だそうです。 -
トルンの街の元々1233年に若干今の街より西に築かれたそうです。ちなみに現在も元々のトルンの街の位置は分かっていないのだそうです。
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ドイツ騎士団の勢力拡大がトルンの繁栄を支え、トルンの街にはドイツ騎士団の城も築かれました。その後トルン市民の蜂起で15世紀に破壊されました。ドイツ=敵との考えからゴミ捨て場としてここが使われていたこともあるそうですが、現在は修繕が進んでいるそうです。
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続いてやってきたのが新市街広場です。
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新市街広場のそばにある聖ヤコブ教会です。14世紀前半に建てられた教会です。
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中はこんな感じです。
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新市街地の周りの建物をパチリ。
店の看板に年数が書いてあります。トルンの街の建物の看板には建物が建てられた年が書かれているそうなのですが、"1489"、1489年からここに立っているんでしょうか!? -
モストバ門を抜けて一度トルンの街を出て外にやってきました。
写真には写ってませんが、この前にはヴィスワ川が流れていてドイツ騎士団の時代にはバルト海へつづくこのヴィスワ川は重要な航路だったそうです。 -
街を歩いていたら結婚記念写真を撮っているカップルを発見です!!
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聖ヨハネ大聖堂に到着です。1260年から約200年かけて完成した教会で、トルンで生まれたコペルニクスが洗礼を受けたと伝えられています。
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続いてこの工事中の建物、はっきりとは覚えていないのですが確か昔は小麦粉の貯蔵庫だった建物だったと思います。
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ぱっと見た感じ分からないかもしれないですが…左側の建物ちょっと傾いています。斜塔と呼ばれるこの建物、14世紀に建てられ19世紀には住居として使われていたそうです。
ピサの斜塔同様、地盤が不安定で建物が傾いたと言われています。 -
この斜塔、壁に背中を着けて立っていられると正直者と言われているそうです。試しにやってみると…
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双子のようなこの建物。1473年2月19日、コペルニクスがこの2つの建物のうちの1つで生まれたそうです。現在はコペルニクス博物館、今回は時間が無くて内部の見学はしませんでした。
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続いて旧市庁舎にやってきました。この場所はもともといくつかの建物がこの場所にはあったのですが、1393年、1つの建物にして建てられました。
この旧市庁舎の前には1853年に創られたコペルニクスの像があります。 -
旧市庁舎の中庭になってきました。
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ここにもトルンの天使がいました!!
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市庁舎の前に建っているアルトゥスの館です。
ここでは第2次トルン和約が結ばれました。
この和約でドイツ騎士団からポーランドにトルンが返還されることになったそうです。
この建物は19世紀に再建されたものだそうです。 -
聖霊教会の前にやってきました。
地元の小学生の遠足でしょうか??
記念写真を撮ってました。 -
記念写真を撮っていたところにある銅像。バイオリン弾きの像です。
詳細は…分かりませんでした。 -
続いてやってきたのが聖母マリア教会です。
高さ27m、もともとは修道院が併設されていたそうですが、残念ながら19世紀、スウェーデンからの攻撃で破壊されてしまったそうです。 -
教会の内部はこんな感じです。
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おっ、街を歩いてたら犬が!!
この犬を撫でると良い人が見つかる??のだそうです。 -
続いて街を歩いていると今度はロバ??
このロバが背負っている金具、拷問で使われたものなのだとか。
確かにこのロバに乗ったら痛そうです。 -
そろそろトルンの街を出発する時間。街を後にして駅へと向かいます。
トルンの駅は街からヴィスワ川を挟んで反対側。駅に向かう途中、ヴィスワ川の向こうに見えるトルンの街をパチリ。 -
トルンの駅に到着。ほどなくほぼ定刻どおり列車が到着。トルンの街を後にして旅も終了です。
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