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杭州・紹興・無錫・上海4日間のツアーに参加した。<br />

杭州・紹興

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2011/04/21 - 2011/04/21

142位(同エリア251件中)

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ka-keiko

ka-keikoさん

杭州・紹興・無錫・上海4日間のツアーに参加した。

  • 関空から上海へ、着後バスで杭州へ移動中バスの中から。

    関空から上海へ、着後バスで杭州へ移動中バスの中から。

  • 上海から杭州への移動中バスの中から。

    上海から杭州への移動中バスの中から。

  • 上海から杭州への移動中バスの中から。

    上海から杭州への移動中バスの中から。

  • 上海から杭州への移動中バスの中から。

    上海から杭州への移動中バスの中から。

  • 上海から杭州への移動中バスの中から。

    上海から杭州への移動中バスの中から。

  • 上海から杭州への移動中バスの中から。<br />道路沿いの家々が こういうタイプになってきている事に驚いた。

    上海から杭州への移動中バスの中から。
    道路沿いの家々が こういうタイプになってきている事に驚いた。

  • 杭州に入って。

    杭州に入って。

  • 杭州の街。

    杭州の街。

  • 杭州での交差点。<br />

    杭州での交差点。

  • 西湖遊覧。<br />生憎のお天気、カメラの不調で イマイチの画像だが仕方が無い。

    西湖遊覧。
    生憎のお天気、カメラの不調で イマイチの画像だが仕方が無い。

  • 西湖遊覧。

    西湖遊覧。

  • 西湖遊覧の後、西湖の一角にある西冷印社へ。

    西湖遊覧の後、西湖の一角にある西冷印社へ。

  • 「西冷印社」---冷は漢字が違うが---。<br />「西冷印社は1904年に創設された印章学の学術団体で 印章学の大家による金石書画や省内最古の石碑が見られる」そうだが さっぱり分からなかった。

    「西冷印社」---冷は漢字が違うが---。
    「西冷印社は1904年に創設された印章学の学術団体で 印章学の大家による金石書画や省内最古の石碑が見られる」そうだが さっぱり分からなかった。

  • 案内図を見れば 階段を上がって見学できそうで面白いと思ったが<br />ガイドさんに登ってはダメと言われ---。

    案内図を見れば 階段を上がって見学できそうで面白いと思ったが
    ガイドさんに登ってはダメと言われ---。

  • 左の建物には何か書かれた物が並んでいる。<br />重要な物だと思うが理解できないので戻る。

    左の建物には何か書かれた物が並んでいる。
    重要な物だと思うが理解できないので戻る。

  • 杭州から紹興へ行く途中、バスの中から。

    杭州から紹興へ行く途中、バスの中から。

  • 杭州から紹興へ行く途中、バスの中から

    杭州から紹興へ行く途中、バスの中から

  • 杭州から紹興へ行く途中、バスの中から

    杭州から紹興へ行く途中、バスの中から

  • 紹興に入って。

    紹興に入って。

  • 紹興のバス停に大きなお酒のボトル。<br />メイン通りのバス停に置かれていたので バス停の場所がよく分かる。

    紹興のバス停に大きなお酒のボトル。
    メイン通りのバス停に置かれていたので バス停の場所がよく分かる。

  • 紹興の駅。

    紹興の駅。

  • 紹興の街。

    紹興の街。

  • 紹興の街。

    紹興の街。

  • 紹興の街。

    紹興の街。

  • 紹興の魯迅故居(魯迅が青年期までを過ごした)。<br />「文豪魯迅(本名 周樹人)は、1881年に紹興で生まれ、1898年までの少年期を過ごし、1910年〜1912年に教師として帰郷した。魯迅の家は紹興で14代続き、官僚も輩出した良家だったが 魯迅の祖父の下獄を機に没落し、1919年にこの生家は人手に渡った。」---昭文社「中国」より

    紹興の魯迅故居(魯迅が青年期までを過ごした)。
    「文豪魯迅(本名 周樹人)は、1881年に紹興で生まれ、1898年までの少年期を過ごし、1910年〜1912年に教師として帰郷した。魯迅の家は紹興で14代続き、官僚も輩出した良家だったが 魯迅の祖父の下獄を機に没落し、1919年にこの生家は人手に渡った。」---昭文社「中国」より

  • 紹興の魯迅故居。

    紹興の魯迅故居。

  • 周家老台門(魯迅の祖父母の家)。<br />周家老台門(周家の古い屋敷)は、清時代の乾隆帝時代に建てられ、<br />魯迅の先人が代々住んでいた所。<br />南向きの青瓦・白壁の屋敷で、レンガ・木造建築。<br />玄関、広間、香火堂、座楼などから構成されていて、<br />現在 紹興で最も良く保存された清時代の台門建築のひとつである。<br />「徳寿堂」は、周家が客をもてなしたり、冠婚葬祭の儀式を行ったりした所。

    周家老台門(魯迅の祖父母の家)。
    周家老台門(周家の古い屋敷)は、清時代の乾隆帝時代に建てられ、
    魯迅の先人が代々住んでいた所。
    南向きの青瓦・白壁の屋敷で、レンガ・木造建築。
    玄関、広間、香火堂、座楼などから構成されていて、
    現在 紹興で最も良く保存された清時代の台門建築のひとつである。
    「徳寿堂」は、周家が客をもてなしたり、冠婚葬祭の儀式を行ったりした所。

  • 紹興魯迅記念館。内部撮影禁止。

    紹興魯迅記念館。内部撮影禁止。

  • 小さな運河を挟んで寿家台門(寿家の家)へ。

    小さな運河を挟んで寿家台門(寿家の家)へ。

  • 寿家台門。

    寿家台門。

  • 寿家台門は清時代の建築で、魯迅の熟の師である寿鏡吾一家が代々住んでいた住居。<br />門外の小屋、大広間、座楼、平屋、脇部屋などからなる。その中で東の脇部屋が三味書屋で、寿鏡吾はここで教室を設けて学問を教えていた。

    寿家台門は清時代の建築で、魯迅の熟の師である寿鏡吾一家が代々住んでいた住居。
    門外の小屋、大広間、座楼、平屋、脇部屋などからなる。その中で東の脇部屋が三味書屋で、寿鏡吾はここで教室を設けて学問を教えていた。

  • 三味書屋---若き日の魯迅が学んだ私塾。<br />魯迅は12歳から17歳までここで学んだ。内部には椅子と机が並び当時の様子が再現されている。

    三味書屋---若き日の魯迅が学んだ私塾。
    魯迅は12歳から17歳までここで学んだ。内部には椅子と机が並び当時の様子が再現されている。

  • 現存する最古の石橋、「八字橋」。<br />のどかな風景が今でも残っている。<br />橋の反対側では、この川の水で洗濯をしている婦人を見かけた。

    現存する最古の石橋、「八字橋」。
    のどかな風景が今でも残っている。
    橋の反対側では、この川の水で洗濯をしている婦人を見かけた。

  • 現存する最古の橋、八字橋にて。<br />

    現存する最古の橋、八字橋にて。

  • ツアーに組まれた紹興酒の酒造元。

    ツアーに組まれた紹興酒の酒造元。

  • 紹興酒の酒造元、内部は写真撮影禁止。<br />ここで四葉のクローバーを2つも見つけたので <br />紹興酒に興味の無い私はラッキーだった。<br />翌日は無錫にあるドラマ撮影セット跡のテーマパーク三国城へ。

    紹興酒の酒造元、内部は写真撮影禁止。
    ここで四葉のクローバーを2つも見つけたので 
    紹興酒に興味の無い私はラッキーだった。
    翌日は無錫にあるドラマ撮影セット跡のテーマパーク三国城へ。

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