2011/06/12 - 2011/06/12
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Elliott-7さん
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コンクリート船・武智丸・・・港の防波堤・・・
安浦町の沖合いに浮かぶ無人島で毎年恒例の祭りが行われている。今年は6月12日だったが梅雨の真っ最中で生憎の雨、雨・・・
島に渡る渡船を待つ間、三津湾の防波堤として利用されているコンクリートでできた”武智丸”を見学することにした。
以前からここ安浦港の防波堤としてコンクリート船が利用されていることは知っていたが、この中を見たことがなかった。
この日の祭りに誘ってくれたMr.ファイアーマンが、このコンクリート船を案内がてら説明してくれた。
武智丸(たけちまる)は、第二次世界大戦(太平洋戦争)中の日本でコンクリート船として竣工した大日本帝国海軍所属の貨物船だったそうだ。
戦時体制下にあった日本では輸送手段の貨物船が不足し、貨物船を造る鋼材にも不足していたので、コンクリートで貨物船を造ることにしたようだ。
このコンクリート船を5隻造ったのが兵庫県の武智造船所だったので、そこから「武智丸」と呼ぶようになったそうだ。
武智丸は鉄筋コンクリートで船体を造られたために、どうしても鋼鉄船に比べ重くそれだけ積載量が少ないという欠点があったが、米軍によって瀬戸内海に敷設された機雷が反応しないという利点もあったとか・・・、
戦後これらのコンクリート貨物船は港で係留されていた。
この頃、広島県の安浦漁港が防波堤がなく台風襲来のたびに被害を被っていたため、漁協側は県当局に防波堤設置を陳情したという。
しかし、安浦漁港沖合いの海底が軟弱地盤のため防波堤築造がむつかしいのでこの代案としてコンクリート船を防波堤として転用することを思いついたようだ。
大蔵省から払い下げを受け、海底にバラストを投棄し、「第一武智丸」と「第二武智丸」の船尾同士を繋げる形で2隻を沈め固定し1949年に完成したのである。
この防波堤が現在も安浦漁港を守る防波堤として現存しているのである。
関連のHPは・・
http://www.hint.or.jp/kure-kouiki/yasuura/kanko.htm
http://cucanshozai.com/kure_travel/yasuura/concrete-ship/
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
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フェンスに沿って通路が・・
コンクリート船を見学できるようになっている・・ -
かなり朽ち果てた様子・・・ -
デッキがあったようだ・・・
すべて板はなく、とめていた釘だけが残っていた・・ -
船倉のようだ・・ -
雑草が生い茂っていた・・ -
鋼鉄製でなく、コンクリート製の貨物船を考え出したのは、
舞鶴の海軍工廠技術中佐であった林邦雄だそうだ・・ -
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水槽のようだが、船倉跡・・・ -
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60年以上も前の遺物だが、金属の腐食は思ったほどではない・・
当時、良質の鋼鉄が使用されていたことが伺える・・・ -
しかしすごい耐久年数だ!
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【武智丸Data】
総トン数 800t
全長 60m
全幅 10m
材料 コンクリート/鉄筋
1944年建造 -
ここにも雑草が・・・ -
丸い舷窓から中を・・ -
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中の様子・・・ -
これから柏島へ向かう・・
渡船からみた防波堤・・・ -
第一、第二武智丸が船尾どうし繋がっている・・ -
「海のまもり神 武智丸」の看板が・・・ -
生憎の空模様・・
60年以上も前の旧軍遺物が、現在もなお安浦漁港の防波堤として現存していることは驚くべきことである・・
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