2011/06/06 - 2011/06/06
2006位(同エリア4379件中)
杏仁豆腐さん
久しぶりのビアンキでの都内散策です。
11月にビアンキで転倒してからは、初めての都内です。
南千住から、カフェバッハ、待乳山聖天、浅草界隈を巡りました。
この日は、とても暑かったです。浅草からスカイツリーのそばまで走ろうと考えていましたが、暑さのため、断念。浅草から電車に乗り帰宅しました。
念願のカフェバッハ。
いつもの浅草。
久しぶりの来集軒。
下町は、変わらずにそこにあります。
でも、スカイツリーの出現によって、そこから見える風景は一変しましたね。
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南千住で降り、ビアンキを組み立て、スタート。スカイツリーが見えます。
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泪橋の交差点です。あしたのジョーで盛り上がっていますかね。
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カフェバッハに着きました。
山谷のドヤ街に隣接しており、近くでは昼から路上で一杯やっているおっちゃんたちも。
昔に比べて、治安はかなり良くなりました。
外国人向けのホテルも最近では増えました。 -
店内は、山谷とは別世界です。
しっかりとした接客が気持ちいいです。
無駄な動きがなく、きびきびとした店員たちの動作。
清潔な店。
無言で、珈琲を入れる様子を見つめてしまいます。
http://www.bach-kaffee.co.jp/ -
アイスコーヒーを注文しました。
本当は、バッハ・ブレンドをと思っていましたが、喉の渇きに耐えられずに、アイスコーヒー。
グラスに氷を入れて、一気に引きたての熱いコーヒーを注ぐ。
香りの高い、アイスコーヒーです。 -
チョコレートケーキも注文しました。
ほどよい甘さと苦さ。
ショーウインドウの中のケーキを皿にのせ、そのまま入れておきます。コーヒーが運ばれてから、そのケーキを出します。
タイミングと間がいいですね。お見事! -
最初はブラックで。そしてミルクを入れていただきました。
南千住は、鰻の尾花と珈琲のカフェバッハの2軒で人が遠方から来ます。
http://4travel.jp/traveler/19563147/album/10461322/ -
ごちそうさまでした。
念願のカフェバッハ、さすがです。 -
カフェバッハの店の前から見たスカイツリー。
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山谷掘公園の吉野橋です。今では、川のない橋です。
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山谷堀は日本堤から現在の桜橋あたりで隅田川に注ぎ込む堀割でした。
遊郭吉原への水路として使われ、猪牙が行き交う両岸には船宿や茶屋が多くあったそうです。
山谷堀公園は、その山谷堀を暗渠にした公園です。 -
朝倉文夫作「あこがれ」
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聖天橋です。
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紫陽花がきれいに咲いていました。
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山谷掘公園の説明です。
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十二支が刻まれた方位石塔。
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隅田川公園では、園児の鼓笛隊が練習ていました。
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待乳山聖天(まつちやましょうでん)に着きました。
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浪曲相輪塔。
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トーキー渡来碑。
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歓喜地蔵尊。
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歓喜地蔵尊の説明です。
数度の火災に遭いその尊容とどめていないが古来より子育地蔵として伝承され、霊顕あらたかな尊として信仰されている。 -
手水舎。
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待乳山聖天は、金竜山浅草寺の支院で正しくは、待乳山本龍院といいます。
その創建は、推古天皇九年(601)夏、早魃のため人々が苦しみ喘いでいたとき、十一面観音が大聖尊歓喜天に化身してこの地姿を現し、人々を救ったため、「聖天さま」として祀ったといわれています。 -
大根・巾着の意匠は、当寺の御利益を示すもので、大根は健康で一家和合、巾着は商売繁盛を表すそうです。
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現在の本堂は昭和三十六年に再建されたものです。
本堂の裏には、天狗坂。 -
天狗坂から見たスカイツリー。
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糸塚です。
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糸塚の説明です。
十一世杵屋六左衛門(後に三世杵屋勘五郎)建立
この糸塚は元治元年(1864)十一世杵屋六左衛門が父十世杵屋六左衛門の遺志に依り供養の為建立せるものにして十世六左衛門三世勘五郎共に長唄三絃の名人と云われた人である。 -
銅造宝篋印塔です。
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銅造宝篋印塔の説明です。
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大根をどうぞ。
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庭園があり、散策できます。
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鯉がたくさん泳いでいました。
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庭園の木々とスカイツリー。
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築地塀(ついぢべい)です。
江戸時代の名残をとどめる唯一のもので貴重な文化財です。
全長二十五間(45,5メートル)、広重の錦絵にも描かれています。 -
築地塀にスカイツリー。
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提灯に大根。
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提灯に巾着。
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出世観音像です。
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出世観音像の説明です。
昭和11年境内整地のおり御頭のみ出土しされ、足利末期(1600年頃)の作と鑑定され、学業、芸道を志す者の尊信を集めている。 -
ここにも、大根と巾着。
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浅草寺方面に向かいました。
大学いもの千葉屋です。 -
浅草に来ると、ついつい寄ってしまいます。
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大学いもと切揚を買いました。
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来集軒に来ました。
ここで、ラーメンを食べるのは、二十数年ぶりです。
昔と変わらない様子。 -
浅草にも、新しいラーメン屋がたくさんできています。
昔ながらの中華蕎麦屋さんです。 -
ラーメンです。醤油のスープの東京ラーメンです。
昔と同じです。 -
店内には色紙がたくさんあります。
昔より、増えています。 -
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色紙を一枚一枚眺めながら、ラーメンを食べるのも、なかなかです。
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来集軒の前から見たスカイツリー。
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新仲見世から見たスカイツリー。
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入山せんべいで煎餅を買いました。
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入山の煎餅は、私のお気に入りです。
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浅草公会堂前のスターの広場に来ました。
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大衆芸能の振興に貢献した芸能人の功績をたたえ、後世にその業績を伝えるためといいます。
大衆芸能の様々なジャンルから、毎年5名程度の芸能人を選出しているそうです。 -
伊東四朗。
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萩本欽一。
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浅草寺からのスカイツリー。
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浅草寺本堂の階段の西南手前にある「迷子しるべ石」です。
「迷子しるべ石」というのは、江戸時代に迷子の情報を交換するための石柱です。石柱の右には、「志らする方」と書いてあります。
そしてその反対側には「たずぬる方」と書いてあります。
「私のところに、このような迷子がいます。」という内容の紙を「志らする方」の側に貼り付けていきます
反対側の「たずぬる方」には、迷子になった子供の人相や特徴を書いた紙を貼りつけておきます。この紙をみて、迷子を捜しました。
これは、江戸時代には仁王門(現在の宝蔵門)の前にありましが、昭和20年の戦災で倒壊したため、昭和32年に復元されたものです。 -
鳩ポッポの歌碑。
東くめ(1877〜1969)作詞、滝廉太郎(1879〜1903)作曲の
「鳩ポッポ」は1901(明治34)年に発表された童謡で、浅草寺の境内で鳩と戯れる子供たちをモデルにしているそうです。 -
スカイツリーが見えると、写真を撮りたくなります。
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二尊仏(濡れ仏)です。
「濡れ仏」の名で知られるこの二尊仏は、観音(右)、勢至(左)二菩薩の金銅坐像です。
願主は、上野国(群馬県)館林在大久保村の高瀬善兵衛、かって奉公した日本橋伊勢町の米問屋成井家より受けた恩を謝し、観音像は、旧主善三郎の菩提を弔うため、勢至像はその子次郎助の繁栄を祈るため、貞享(1687)八月に造立したそうです。
江戸時代初期の優秀な鋳造仏の一つで神田鍋町の太田久衛門正儀の作。 -
阿弥陀如来像です。
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地蔵菩薩像 阿弥陀如来像です。
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河竹黙阿弥住居跡に建つ顕彰碑です。
河竹黙阿弥は、幕末から明治時代にかけて活躍した歌舞伎作者です。生涯で360もの作品を書きました。そのほとんどの作品がこの地で書かれたといいます。 -
河竹黙阿弥と浅草の説明です。
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仲見世会館敷地内にあります。
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亀十でどら焼きを買いました。
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やはり、最後はスカイツリー。
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暑かったです!
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亀十のどら焼き。皮がうまい。
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千葉屋の大学いも。芋の中は、ソフトです。
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切揚。パリパリがいい。
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入山の煎餅。味が薄くて、堅焼き。
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待乳山聖天でいただいた大根。おろしでいただきました。
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