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リトアニアは人口334万人でバルト3国では最大、面積は北海道の約80%でラトヴィアとほぼ同じの6万5千m2、リトアニア人が8割でロシア人は1割未満。首都ヴィりニュスの人口は約55万人、大統領制の共和国である。 <br /><br />バルト3国の首都をを北から順番に「エラリ」の順に訪問した。エストニアのタリンは07年12月、ラトヴィアのリガは08年2月、リトアニアのヴィリニュスへはだいぶ遅くなって08年11月にやっと訪れることができた。サンクトペテルブルクから夜行列車で約14時間(写真1、冬期は1日おきとなる)、列車で乗り合わせたリトアニア人はドイツ語を流暢に話した。多くのリトアニア人がサンクトペテルブルクで働いており、勤勉で重要な労働力となっている。 <br />エストニア、ラトヴィアと違ってリトアニアはカトリックの国であり都市の景観も少し違う。ドイツ商人の影響を受けずに建設されたため、ヴィリニュスには天を突くゴシック教会は見当たらず、柔らかな線のカトリック教会が温和な雰囲気を漂わせる。 <br /><br />ヴィリニュスは1323年、ゲディミナス大公がローマ法王に宛てた手紙の中にその名が初めて記されている。彼によってヴィリニュスは大公国の首都と定められ、東西貿易の中継地として町は発展していく。その後14世紀の終わりからポーランドとの連合関係が強化され事実上支配を受ける。再びヴィリニュスがリトアニアの首都として返り咲くのは、第二次世界大戦後のことである。 <br /><br />大聖堂と鐘楼(写真4,5)はヴィリニュスの中心に建ち、ヴィリニュスのシンボルとなっている主教座教会。最初の教会は13世紀に十字軍騎士団の圧力を逃れるため、キリスト教を受け入れたミンダウガス王によって建てられた。その後王は暗殺され、この地は自然崇拝の聖地に戻されたが、1387年にヨガイラ公によって再びキリスト教化され、教会がまた建てられた。その後18世紀にクラシック様式に大改修がされ、今に至っている。1996年にはソ連時代に撤去されていた三聖人の像が、大聖堂正面の屋根の上に再び据え付けられた。大聖堂の手前には高さ53mの鐘楼が建っている。 <br /><br />聖ペテロ&パウロ教会と外観と内部(写真6−9)。バロックの町ヴィリニュスを代表する記念碑的建築。建物そのものは1668年から7年をかけて造られた。内装にはその後30年の歳月がかけられている。教会に入ったとたん2,000以上ある漆喰彫刻群に圧倒される。 <br />これらの漆喰彫刻は聖人、天使、想像上の獣、植物その他聖書、神話から取られたテーマを基に、イタリアから招かれた彫刻家たちが技術と想像力のすべてを注いで制作した。 <br /><br />聖アンナ教会(写真10、11)は16世紀後半に建てられたゴシック様式の教会。建設には33種類もの異なった形のレンガが使われており他に例がない。1812年ナポレオンがロシアへ攻め上る途中ヴィリニュスに入城した際、この教会を見て「我が手に収めてフランスに持ち帰りたい」と語ったという。 <br /><br />聖ミカエル教会(写真12)は17世紀初頭に当時リトアニア大公国の最高位にあったレオ・サピエガにより建てられた教会。1655年にコサックの襲撃によりダメージを受けたが、その後何度も修復され、今に至っている。 <br /><br />聖ヨハネ教会(写真15、16)は1387年にリトアニアがキリスト教を受け入れて直ぐに建設が始まった。18世紀には大学の教会となり、1737年の火災の後、現在のバロック様式に改築された。聖ヨハネ教会の鐘楼は高さ63m、旧市街ではもっとも高い。 <br /><br />聖三位一体教会(写真17)はユニエイトという珍しい宗派で、ビザンチン正教の儀礼を残しながら、ローマ法王に仕えるというもの、宗教的妥協のため作られた宗派である。 <br /><br />夜明けの門(写真18)。11月のヴィリニュスは日が短い。あっという間に日が沈んでしまう。夜明けの門の日没後の写真になってしまった。夜明けの門は元々9つあった城門のうち、現在ただひとつのこる門。内部には聖母のイコンをまつる小さな礼拝所がある。 <br /><br />カウナス は リトアニア の首都 ヴィリニュス の西およそ100Kmにある、同国第二の都市。ドイツ軍侵攻に伴い隣国ポーランドから逃れてきた大量のユダヤ人に対し、当時在カウナス日本領事館に赴任していた杉原千畝は、本国外務省の意向に反し、ユダヤ人に対して日本通過を可能とした査証を発給し、数千人のユダヤ人を救った。日本のシンドラーとして知られており、旧日本領事館は現在資料館になっている(写真21−24)。

リトアニアの世界遺産No.1:首都ヴィリニュスとカウナスの日本のシンドラー杉原千畝記念館

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2008/11/22 - 2008/11/23

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ハンク

ハンクさん

リトアニアは人口334万人でバルト3国では最大、面積は北海道の約80%でラトヴィアとほぼ同じの6万5千m2、リトアニア人が8割でロシア人は1割未満。首都ヴィりニュスの人口は約55万人、大統領制の共和国である。

バルト3国の首都をを北から順番に「エラリ」の順に訪問した。エストニアのタリンは07年12月、ラトヴィアのリガは08年2月、リトアニアのヴィリニュスへはだいぶ遅くなって08年11月にやっと訪れることができた。サンクトペテルブルクから夜行列車で約14時間(写真1、冬期は1日おきとなる)、列車で乗り合わせたリトアニア人はドイツ語を流暢に話した。多くのリトアニア人がサンクトペテルブルクで働いており、勤勉で重要な労働力となっている。
エストニア、ラトヴィアと違ってリトアニアはカトリックの国であり都市の景観も少し違う。ドイツ商人の影響を受けずに建設されたため、ヴィリニュスには天を突くゴシック教会は見当たらず、柔らかな線のカトリック教会が温和な雰囲気を漂わせる。

ヴィリニュスは1323年、ゲディミナス大公がローマ法王に宛てた手紙の中にその名が初めて記されている。彼によってヴィリニュスは大公国の首都と定められ、東西貿易の中継地として町は発展していく。その後14世紀の終わりからポーランドとの連合関係が強化され事実上支配を受ける。再びヴィリニュスがリトアニアの首都として返り咲くのは、第二次世界大戦後のことである。

大聖堂と鐘楼(写真4,5)はヴィリニュスの中心に建ち、ヴィリニュスのシンボルとなっている主教座教会。最初の教会は13世紀に十字軍騎士団の圧力を逃れるため、キリスト教を受け入れたミンダウガス王によって建てられた。その後王は暗殺され、この地は自然崇拝の聖地に戻されたが、1387年にヨガイラ公によって再びキリスト教化され、教会がまた建てられた。その後18世紀にクラシック様式に大改修がされ、今に至っている。1996年にはソ連時代に撤去されていた三聖人の像が、大聖堂正面の屋根の上に再び据え付けられた。大聖堂の手前には高さ53mの鐘楼が建っている。

聖ペテロ&パウロ教会と外観と内部(写真6−9)。バロックの町ヴィリニュスを代表する記念碑的建築。建物そのものは1668年から7年をかけて造られた。内装にはその後30年の歳月がかけられている。教会に入ったとたん2,000以上ある漆喰彫刻群に圧倒される。
これらの漆喰彫刻は聖人、天使、想像上の獣、植物その他聖書、神話から取られたテーマを基に、イタリアから招かれた彫刻家たちが技術と想像力のすべてを注いで制作した。

聖アンナ教会(写真10、11)は16世紀後半に建てられたゴシック様式の教会。建設には33種類もの異なった形のレンガが使われており他に例がない。1812年ナポレオンがロシアへ攻め上る途中ヴィリニュスに入城した際、この教会を見て「我が手に収めてフランスに持ち帰りたい」と語ったという。

聖ミカエル教会(写真12)は17世紀初頭に当時リトアニア大公国の最高位にあったレオ・サピエガにより建てられた教会。1655年にコサックの襲撃によりダメージを受けたが、その後何度も修復され、今に至っている。

聖ヨハネ教会(写真15、16)は1387年にリトアニアがキリスト教を受け入れて直ぐに建設が始まった。18世紀には大学の教会となり、1737年の火災の後、現在のバロック様式に改築された。聖ヨハネ教会の鐘楼は高さ63m、旧市街ではもっとも高い。

聖三位一体教会(写真17)はユニエイトという珍しい宗派で、ビザンチン正教の儀礼を残しながら、ローマ法王に仕えるというもの、宗教的妥協のため作られた宗派である。

夜明けの門(写真18)。11月のヴィリニュスは日が短い。あっという間に日が沈んでしまう。夜明けの門の日没後の写真になってしまった。夜明けの門は元々9つあった城門のうち、現在ただひとつのこる門。内部には聖母のイコンをまつる小さな礼拝所がある。

カウナス は リトアニア の首都 ヴィリニュス の西およそ100Kmにある、同国第二の都市。ドイツ軍侵攻に伴い隣国ポーランドから逃れてきた大量のユダヤ人に対し、当時在カウナス日本領事館に赴任していた杉原千畝は、本国外務省の意向に反し、ユダヤ人に対して日本通過を可能とした査証を発給し、数千人のユダヤ人を救った。日本のシンドラーとして知られており、旧日本領事館は現在資料館になっている(写真21−24)。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
3.5
ショッピング
3.5
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩 飛行機
航空会社
フィンランド航空
旅行の手配内容
個別手配
  • ヴィリニュス駅に到着した夜行列車

    ヴィリニュス駅に到着した夜行列車

  • ヴィリニュス駅前の風景

    ヴィリニュス駅前の風景

  • クリスマスのヴィリニュスの街並み

    クリスマスのヴィリニュスの街並み

  • ヴィリニュスのシンボル大聖堂(アルキカテデュラ)

    ヴィリニュスのシンボル大聖堂(アルキカテデュラ)

  • ヴィリニュス大聖堂の鐘楼

    ヴィリニュス大聖堂の鐘楼

  • 聖ペテロ&パウロ教会のファサード

    聖ペテロ&パウロ教会のファサード

  • 聖ペテロ&パウロ教会の祭壇

    聖ペテロ&パウロ教会の祭壇

  • 装飾で埋め尽くされた聖ペテロ&パウロ教会の内部

    装飾で埋め尽くされた聖ペテロ&パウロ教会の内部

  • 装飾で埋め尽くされた聖ペテロ&パウロ教会のドーム

    装飾で埋め尽くされた聖ペテロ&パウロ教会のドーム

  • 聖アンナ教会のファサード

    聖アンナ教会のファサード

  • 聖アンナ教会のマリア像

    聖アンナ教会のマリア像

  • 聖ミカエル教会のファサード

    聖ミカエル教会のファサード

  • ヴィリニュスには珍しいガラス張りの近代建築

    ヴィリニュスには珍しいガラス張りの近代建築

  • リトアニア国立美術館

    リトアニア国立美術館

  • ヴィリニュスの街並み(小道)

    ヴィリニュスの街並み(小道)

  • 聖ヨハネ教会の鐘楼

    イチオシ

    聖ヨハネ教会の鐘楼

  • 聖ヨハネ教会のファサード

    聖ヨハネ教会のファサード

  • 聖三位一体教会

    聖三位一体教会

  • 夜明けの門

    夜明けの門

  • クリスマス飾りされたヴィリニュスのレストラン

    クリスマス飾りされたヴィリニュスのレストラン

  • カウナスの杉原記念館の道案内

    カウナスの杉原記念館の道案内

  • カウナスの日本のシンドラー杉原千畝の家

    カウナスの日本のシンドラー杉原千畝の家

  • カウナスの日本のシンドラー杉原千畝の家

    カウナスの日本のシンドラー杉原千畝の家

  • カウナスで見かけたイスラム教モスク

    カウナスで見かけたイスラム教モスク

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