2011/05/14 - 2011/05/14
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Deep Blueさん
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5月14日(土)住友重機械工業?浦賀工場(横須賀市浦賀町4−7)の敷地内で、咸臨丸フェスティバルが開催。 当日は記念式典・屋台出店・フリマ・アトラクション等多彩なプログマムが用意されていました。
幕末の安政7年(1860年)1月、遣米使節の随行艦として勝海舟を船長格とする咸臨丸はここ浦賀港から出航。
日本人初の太平洋横断を成し遂げ、5月に帰港。 その壮挙を称えるイベントとして開催され、今年は13回目。
因みに、住友重機械工業?浦賀工場は現在事業所としては閉鎖されたまま。(追浜事業所は大型船の造船・修理等を担当) やはり、単価の安い韓国あたりへ発注が流れているようで、寂しい思いですね。
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京浜急行電鉄利用。 特急で「堀ノ内駅」まで行き各駅停車に乗換え、終点「浦賀駅」へ。
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終点の「浦賀駅」です。 自宅を出てから乗継がスムーズだったので、約1時間半で到着。
駅の脇はバス乗場です。 会場までは徒歩数分なのでちょっと浦賀の町を散歩。 -
開場まで何処へ行こうか、看板を見て行先をチェック。
この地図は上の方向が南です。 -
船番所跡まで来ました。(現在の浦賀病院のあたり)
両側の陸地の先が太平洋。
咸臨丸はこの西岸の手前の浦賀港から出航しています。 -
この浦賀港の出入りする全ての船は「船改め」と称する検査を受ける必要が有ったらしい。
陸の箱根の関所に様に、主目的は「入り鉄砲と出女」。 -
少し時間潰しが出来たので、会場の方へ戻り西通用門から入場。
入った直ぐの所の機関工場で、式典・ジャズコンサートが開催されるようだ。 -
機関工場の南側の、「レンガドック」。
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レンガの積み方は、長辺ー短辺ー長辺ー短辺ーを繰り返すフランス方式。 「見た目は良いが、建築力学的には強度は弱い。」と、ガイドが後で言っていました。
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アトラクション会場では、団体「ハイカラサンキズ&マーキュリー」による演技が始まっています。
観客の大半はカメラ・ビデオを持った子供達の両親だ。 何処も同じ風景ですねぇ。 -
食べ物の模擬店が並んでいて、まだ開店準備のお店も。
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横須賀と言えば「海軍カレー」でしょう。
限定300食で、@300円 -
「厚木シロコロ・ホルモン」焼き。 @400円
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B級グルメで御馴染みの「富士宮やきそば」。 @500円
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こちらもB級グルメで御馴染みの「宇都宮餃子」。 @600円
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フリマのお店も多数でプロ・アマ一緒。
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若い女性3人組の店で衣類の傍にあった古本を見ていたら、女性の一人が
「タイのバンコクへ行った時の本。 東急(MBK)の近くとカオサンで泊まったよ。」
こちらを初心者と思ったのか「BKKって、 面白かったよ。 よかったら買って!」と。
08〜09年度版だし、他にも本があり考えていたら、「使わないから、一冊50円で買って。」と再度ねだられ、、、。
若い女性に甘い私は、2冊で100円でお買い上げ。
「おじさん、有難う。」と言われ、重いが持って帰ることに。 -
本会場の本部前を通りかかると「只今、並んで頂いた限定100名様に、渡し舟の無料乗船券をお配りしています。」のアナウンス。
タダと聞いては、、、貰っておこう! 危なかった、残り2枚だった。 -
隣のテントの受付で、写真のような参加無料の史跡案内があるらしい。
「直ぐ出発する。」というので参加することに。 その回は参加者8名。
実際のコース:西通勤門→大木戸跡→浦賀コミュニティセンター(文化センター)→西叶神社→旧浦賀街道経由→渡船→徳田屋跡→東叶神社→東林寺→専福寺→東通勤門→会場
所用:約90分 -
ボランティア・ガイドによる出発前の説明。
ガイドの経験は長いらしく大変詳しそう。「中島三郎助(船番所の与力で、浦賀発展の功労者)の会の会員だ」、とも言っていました。
何時も一人旅の私には、このように解説をして貰うと理解が深まり、有り難い限りです。 -
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浦賀の町の「大木戸」があった場所。
写真の右側が昔の浦賀の町。
右側は原っぱで、大木戸が閉まると夜は人通りが少なくなる。 故に、道の両側には遊郭があったようだ。
勝海舟の浦賀の逸話は、この辺りから出たらしい。 -
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次に浦賀文化センターへ到着しました。
普通の日でも開館しているので、自由に見学出来るようです。 -
在りし日の、浦賀灯台の模型
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幕末の頃の、浦賀の町を模型で復元。
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咸臨丸の復元模型。
江戸幕府が1857年3月に発注した軍艦。 オランダで建造。
全長47.8m、全幅7.8m、3本マストの木造船
12砲門
100馬力蒸気機関搭載 -
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来日したペリー提督の似顔絵
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西叶神社
京都神護寺の文覚上人が源氏の再興を祈願して岩清水八幡宮を勧請した。 平家滅亡によりその願いが叶ったことから「叶大明神」の称号が与えられた。
社は火災で焼失したが、天保13年(1842年)に再建された。
神社の階段は、登る時は左端を、降りる時は右端を。
中央は神様が通る場所らしい。 -
拝礼の仕方
お賽銭は鈴を鳴らした後に。 -
ここの狛犬が珍しい。
左右に一匹づつの狛犬が「かくれんぼ」しています。 -
社殿正面の、3匹の子挽き竜の彫刻
安房の彫刻家後藤利平衛の作品。 -
屋根の棟柱を支える力士像の彫刻は文化財。
安房の彫刻家後藤利平衛の作品。 -
石川善吉「三浦の善吉」の鏝絵
水瓶を割る子、割れた水瓶から流れる水の中に童子が顔を覗かせ、助けられた一瞬の出来事を漆喰で表現している。
ふっくらした丸い顔、生き生きとした漆喰細工は装飾壁の傑作。 -
旧浦賀街道を歩いて「浦賀の渡し」に到着。
大人150円ですが、史跡ツアーだったので無料でした。(実際は、当日の来客の為に、運営している横須賀市から乗船券を事前取得していたらしい。) -
浦賀湾の東西を結ぶ渡し舟は、享保10年(1725年)頃から記録が残っているらしい。
船の名前は「愛宕丸」。
時刻表は無く、渡船が対岸にいる時は、呼出ボタンを押すと直ぐ来てくれます。 -
乗船時間は僅か3分程度の短いものですが、この航路は「浦賀海道」と呼ばれ、全国でも珍しい水上の市道(2073号線)です。
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浦賀湾の東岸に到着。
最初の訪問地は「徳田屋」が有った場所。 -
その説明看板。 政府の認可を受けた旅館で番所の「船改め」を受けずに房総半島に直行できる船便を持っていた。
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その徳田屋で、ペリー来航の際に吉田松陰と佐久間象山が相会して対応策を協議し、日本の将来を話し合ったらしい。
因みに二人は兄弟で、吉田松陰が兄、佐久間象山は弟。 -
東叶神社
祭神は応神天皇。 西浦賀の本社を勧請したので、西を本宮、東を若宮と呼んでいました。
石垣の奥に弁才天が祭られ、海難・難事の際には身代わりなって人々を救う「身代わり弁天」として祈願されている。 -
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東叶神社の狛犬。 西と違って普通のタイプですね。
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「勝海舟が断食のときに使用した井戸」という事になっていますが、実際は勝海舟が下痢をしており、何も食べられなかった状態だった、と言うのが真実らしいのですが、、、。
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東林寺
浄土宗のお寺で、境内に函館で戦死した中島三郎助親子の墓がある。
また、相撲の雷電為右門がここで奉納相撲をした記録が残っている。 -
専福寺
浄土宗のお寺で、入口に呑龍上人の碑があり、本堂に上人像が祀られている。
小林一茶の初恋の女性が葬られており、墓参に一茶が訪れた記録がある。 -
浦賀工場の東通勤門まで戻ってきたので、次の予定が有ったのでツアーから離脱して裏が駅へ向かう。
ゆっくり史跡を廻ろうとすると充分1日は掛りそう。 今日の訪問地も入場していない所が有ります。
朝から良く歩きました、1万歩近くか。 疲れました。
終
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