2010/09/02 - 2010/09/07
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りゅーちんさん
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ブログを移転し、こちら↓に日記の改訂版ございますので、
ぜひご覧ください。
https://ryutravelhack.com/
ルーマニア編です。
東欧で唯一のラテン民族であり、文字も何となくのローマ字で読めると言えば読める。
たしかに顔立ちはブルガリアよりも目鼻立ちがくっきりしていたし、
CasaはおそらくCasa(家)ということであろう。
日本での友人が大学のボランティアで行ったルーマニアの土産でドラキュラのまがまがしいマグカップをもらい、
ドラキュラ発祥の地ということを知った。
あとは世代が少し違うが、コマネチのロボットの如き精密な演技もルーマニアだと記憶している。
ロマ(日本ではジプシーのほうがよく聞く)が多くいるのもぼんやり知っていたぐらい。
でも来てみると、ブルガリアとは違い、
何となく自分が(デジカメ片手に)中世に迷い込んだかのよう。
地元の人たちも、景観を破壊して得られる利便性は求めていないような、ゆったりした雰囲気が感じられた。
ルーマニアでの目標は、
世界遺産、カジノで勝負、出来るだけ北に行く、でした。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩
-
国境を越え、国境からしばらく続く無国籍感漂う土地も通り過ぎて、
行き着いたバス停。
おそらくブカレストなのだが、
どうも本の地図に載っていない、少し離れたバス停らしい。
これだけで自分の中に寂寥感が細胞分裂のように増殖してくるのだから恐ろしい。
いったんとりついてしまった感覚は、周囲に見える全てのものを自分の敵に見せてしまう。
周りの人の目が全て俺ら東洋人二人に注がれている気がする。
そこから路線バスで中心街へ。
ソフィアよりも大きく、発展している感を受けた。
後ろの席のお婆ちゃんがよそ者に、あれが国立劇場で、あっちがオデオン劇場という風に教授してくれる。
バスを降り、両替所で、韓国ドラマを見ているおっさんからレイに両替してもらい、
宿をロマーナ広場から東にあるユースホステルにする。
ドミ54.5レイ。(約1400円) -
中心街にあるレストラン、カルクベレ。
歴史のあるレストランらしく、飛び込みで行っても満席で入れなかった。
仕方ないからコメディ劇場近くのレストランへ。 -
外で食事をするが、半袖短パンではいよいよ本格的にきつくなってきた。
これだけ寒いのに蚊にも食われた。
しかし飯は旨かった。
特にチョルバというルーマニアのスープ。
ナスのペーストは味は悪くないが、いただけなかった。
近くの別の客の席に、ずーっとロマと思われる女性が花を買ってくれと言っていた。
客は無視していたがこの問答は俺らが退席するまで続いていた。
人は生まれながらにして平等だというデマはいつ流れたのだとどうしても思ってしまう。
インドではこのような光景は至るところで目撃したが、
幾分街が整ったヨーロッパで目撃すると、また違った印象を受ける。 -
翌朝。
宿で出会ったオランダ人のマヌーフ。
年下だが、何とマイカーでオランダから一人で旅行にやってきたのだと言う。
島国の国民からするとどうあがいてもすごいなという感想を抱いてしまう。
そんなマヌーフの車で国民の館まで乗せてってもらう。
カーナビはTomTomというオランダ製で、ヨーロッパ中で使えるという。
やはりすごい。
国民の館はケチって中に入らなかったが、
大きさで言えば世界で2番目らしい。(1番はペンタゴン)
マヌーフとお別れし、地下鉄で移動。ちっちゃなバス停から、日本の救急車ぐらいの大きさの車で一気にトランシルヴァニア地方のシギショアラへ。
途中の休憩所で売っていた、
バームクーヘンの中身を全部くりぬき、外の皮だけをドネルケバブのようにあぶって砂糖をまぶしたお菓子が気になった。
同乗者の妊婦さんは買っていたようだ。
そういえば天川さんが道中ずっとぼやいていたが、
どうも隣のデブが天川さんの領域までぐいぐい入ってくるらしく、
1.5リットルのスプライトを飲むわ、汗はかくわ、ガーガー寝るわで苛立っていた。 -
ルーマニア人が観光客に必ずすすめる町(らしい)、シギショアラ。
川を境に観光地と居住区に分かれている。
その居住区の駅近くのカサ・コステアを宿にする。
今回は少し疲れたので2泊にする。
ドミ一人30レイ。 安くなってきた。 -
正確に言うと、俺らが泊まった宿は宿と言うよりは余っている部屋を貸してもらっているような感じだ。
東欧ではこういったプライベートルームは一般的らしい。
大きな納屋にはなぜか卓球台があった。
誰が(少なくとも体育館以外で)東欧で卓球台を見ると想像しただろう。
天川さんは中学卓球部だったので対戦した。
手加減されても敗北したが、シギショアラの卓球は楽しかった。 -
ドミトリーの部屋。
といっても俺ら以外にドミに泊まる人はいなかったので個室のようなものだ。
MTVをつけっぱなしで少し昼寝をした。 -
川にかかる橋からシギショアラを望む。
今回の旅で一番北となったため、寒さがピークとなった。
長袖を買おう。 -
下から見上げた時計塔。
-
翌日、時計塔から街を見下ろす。
赤茶けた屋根はハンガリー方面から受けた影響か。
より一層自分の中世のイメージが現実の景色とシンクロした。 -
バームクーヘンの皮のようと形容した物がこれ。
kurtoskalacs(クルトゥシュ・カラーチ)というそうで、
トランシルヴァニア地方やハンガリーなどで食べられているそう。
5レイ。
くるくるちぎって食べる。
日本でも売れると思う。 -
現役の荷馬車。
このときは丁度土日に当たってしまい、
宿のキッチンで飯を作ろうにもスーパーは空いてない。
ヨーロッパの安息日には少し戸惑った。 -
音楽祭みたいなのをやっていた。
どっかで聞いたことあるような音楽。
クラシックには滅法疎いのが露呈してしまった。 -
ヴラド・ドラクル(いわゆるドラキュラ)の生家。
今は御土産屋兼レストランとして生きながらえている。
レストランではブラッドジュースからドラキュラスープ、
トマトを使ったものならドラキュラ〜と名付けられている。
ネーミングセンスはともかくとして、
何度も言うが、ルーマニアのチョルバはお世辞なしに本当においしい。
何も特別なことはしてないと思うのだが、こんなにも旨いものか。
ルーマニアの至るところで毎回のように飲んだが、はずれはなかった。
もちろんここも。 -
宿の外観。
オーナーのおばあちゃんが、
俺が薄着でいるのを気遣ってくれ、
(おそらくじいちゃんのと思われる)防寒具をくれたのには驚いた。
爺ちゃんは見かけなかったので、もしかしたらもういなかったのかもしれないが、
そんな防寒具を見ず知らずのアジアの極東から来た異国民にくれるなんて。
少しサイズが小さかったのは気にしない気にしない。 -
朝、おばあちゃんに別れを告げ、シギショアラから電車でブラショフに行く。
ブラショフのメインストリートで声をかけてきたおばさんのプライベートルームを借りる。 一人50レイ。
部屋を見ると、大きなベッドが一つだけ。
最悪だ。。
でも他の部屋はないというから仕方ない。
天川さんも苛立っていたが、何とか互いにベッドをきしませないというルールを作って対応した。
まずはかのヴラド・ドラクルの城、ブラン城へ。
バスで少し走ると、城が近づくにつれて雲がどす黒くなってきた。
城に入る頃には小雨に。
城内は思ったより入り組んでいて、
こじんまりしていて、
思ったより怖い感じはしなかった。
ただ森にポツンと佇むその外観は少し不気味だった。 -
ブラン城前の土産屋。
このアーケードの奥にはお化け屋敷がある。
ここでCDとドラキュラのパーカーを買う。 -
-
黒の教会。
夜見るとかなり荘厳だ。
この教会は昔火事にあったのだが、火が消されたころには真っ黒に焦げたまま残っていたからこの名になったそう。 -
ブラショフの朝。
ダブルベッドから目覚めると、どうやらDiscoveryChannelをつけっぱなしで寝ていたらしい。
カニ漁船の話をやっていたが、ファックやら何やら暴言ばかりで、
ほとんどの音声がピーだった。
外に出ると、ストリートのBGMがWeezerのisland in the sunだった。
全然街に合ってなかったが、気持ちの良い朝だ。
さぁ、ブカレストに戻ろう。 -
その前に宿の横のコンビニで朝食を買う。
ついでにSUUDOKUも購入。
意外なことにヨーロッパでやっている人が多いことにびっくりした。
電車やカフェでやっていた。
初めてやってみたがおもしろかった。 -
ブラショフから電車でブカレストへ。
遅延電車を待っている間、ルーマニア女性と話をした。
英語が流暢で、「If you have a question, I'm here.」と言っていたのが印象的だった。
それと同時にタバコをすぱすぱ吸ってはその辺にポイ捨てするのも。
たしか実家がブラショフで、ブカレストの大学に行ってるとか言ってたな。
国内の学生は電車も半額で乗れるらしい。
女性とは別の車両だったので別れを告げ、
自分たちの席に着くと、そのボックス席には違うルーマニア女性がいたので、また話した。
その女性はたばこはすぱすぱ吸わなかったが、
代わりに(といってはあれだが、)中国語を学んでいる(学んでいた?)らしく、
漢字を書いては俺らに見せてきた。
こちらも漢字には少しばかり精通しているので、
いくつか漢字を書くと、
「なぜ漢字は同じ音を持つものがいくつもあるの?」
という、ある意味漢字の本質を貫くような質問をしてきたのには面食らった。
「それは漢字は表意文字で・・」
なんて説明するのも気難しいし、何より出来ない。
「分からない。俺らも生まれた時からそうだったんだ。」
結局これが両国に納得いきそうだ。
そういやブカレストで入れなかったレストラン、カルクベレのことをこの人に聞いてみたら、
ここはやはり有名だということなので、
その女性がありがたいことに携帯で予約を入れてくれた。
ムルツメスク(ありがとう)。
ブカレストの、治安が悪くて有名なノルド駅に到着し、
宿をカルパツィにする。
一人75レイ。
今回はツインなので安心した。
写真は旧共産党本部とそのモニュメント。 -
カルクベレの近くで見つけたアーケード。
鳩の糞の少しむせた匂いがしたが、お洒落。
これと同じ場所の同じアングルの写真を日本の旅雑誌で見たときは嬉しかった反面、見る人は見てるんだなと悔しかった。 -
ついに伝説の(いつのまにか俺らの中では伝説になっていた。)カルクベレ。
中は歴史的建造物のようで、それに大混雑していた。
ギャルソンも忙しそうだった。
2階の踊り場のような席に着き、飯を食べた。
味が格別にうまかったかどうかは分からなかったが、
定評はありそうな味だった。
もちろんスープは絶品。
どうやら俺にとってルーマニアはスープに尽きそうだ。 -
食事後、宿の近くのノボテル併設のカジノで、
50レイ、30分一本勝負をすることに。
結果からいうと、まず50レイという設定が低かったと後で後悔したものの、
俺が61レイ、 天川さんが25レイという惨憺たるぱっとしない結果に終わった。
恰幅のいい中国人が、ディーラーのいるブラックジャックで100レイをスイスイ吸われているのがどこか小気味良かった。
それにしてもあのディーラーは21を出し過ぎではないか。
健全な大学生は健全に宿に戻り、いつも通りMTVのレディーガガ、アレハンドロを聞きながらSUUDOKUをし、いつの間にか床につく。
そして朝、天川さんは最後の日だったので、共に治安の悪いノルド駅に行き、
マックでチキンナゲットを食べ、
天川さんはソフィアへ、俺はイスタンブールへ。
こうしてみると、多少の自由は制限されるものの、
二人旅も楽しい。
カルクベレなんて俺一人だったら、怖気づいて入ってなかったかもしれない。
常に話し相手がいることも、(話すか話さないかはさておき)お互い退屈をしのぐことが出来る。
ここからは再び一人旅だ。
電車に乗る前に別れをかわし、同じ電車の別車両に天川さんは乗り込む。
途中で切り離されるのだろう。
荷物が怖かったので電車内では会いに行かなかったが、
天川さんは偽車掌に切符代金を二重で支払わされたらしいw
さぁ、(飛んでならぬ)走ってイスタンブールだ。
トルコ編へ続く。
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