2011/05/07 - 2011/05/10
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けいたろうさん
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私は今湖北省武漢に留学のため暮らしています。しかし6月始めに帰国することになり、心残りは何かと考えたとき、まだまだ中国を旅行できていないことが一番に浮かびました。正直授業もあるのですが、最後の中国生活でまだ見ていない中国を見ないと帰るに帰れません。ということで、まずは身近なところからということで、湖北省の襄樊と恩施に行ってきました。日本から中国のアクセスが便利になったと言ってもそれは上海、北京の話。帰国後湖北省に行こうと思えばかなりの労力を使うでしょう。今のうちに行かない手はありません。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 船
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
武昌を7時半の動車組に乗って9時45分に襄樊着。本当に動車組を使えば移動が楽になりました。実はこの襄樊市は去年改名して
(というか古来の名前に戻して)今は襄陽市が正式な名前となっています。 -
食事をして512路バスに乗車。中心地を通って40分ほどで古隆中に到着です。ここが第一の目的地です。
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私は中国を愛していながら三国志には非常に疎いのですが、やっぱり中国で旅行していると三国志は切り離せず今になって興味が出てきました。ここは日本では「三顧の礼」中国では「三顧茅蘆」という成語の舞台です。
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諸葛亮がこの地の草庵で隠遁生活をしていたときに劉備が三度訪ねやっと軍師に招聘できたという故事です。
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「八卦の陣」はレッドクリフでも見た気がしますが、入ってみると中国版迷路でした。
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諸葛亮は臥龍と言われていたそうです。なるほど、まだ寝ているが名声はすでに知れ渡っていたんですね。
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そして同じ512路で引き返し二つ目の目的城壁へと来ました。日本を代表する建築が城の天守であれば、中国といえばこの城壁、そして塔だと思っています。明治時代日本の天守閣が政府によって壊されたように中国でも城壁がそのまま残っている町は多くはありません。文革で壊されたと中国の友達は言っていましたが、数十年前までは至る所に城壁があったのでしょうか。
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この襄樊は明時代の城がほぼ完璧に残っています。歩いて一周できるほどのこじんまりとした城壁です。
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城内の中心にはこの鼓楼があります。「明昭台」と言います。中は博物館です。
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最後に臨漢門に3元を払って上りました。城壁の上からは漢江の流れが綺麗に見えました。
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門の上から襄樊の町を見て見ます。古い町並みのようですが、マクドナルドケンタッキー、ブランドショップなども目立ちすぎず同居しています。
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漢江という川を偶然見つけた渡し舟で渡りました。離れていく城壁がよく見えて、いい眺めです。
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渡し舟がついた所には米公祠という書道で有名な人の邸宅跡があり、10元で観光しました。中国人には有名な人みたいで友達は興味を持っているようでした。
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夜の諸葛亮広場。巨大な諸葛亮がちょっと不気味に聳え立っています。
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襄樊―昆明の普通列車の硬座に乗車。空調もなく、日本の鈍行と新幹線の格差など可愛いものです。私は3時間の乗車でしたが、汗をかいた体には情けないことにこれが限界です。
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