2010/08/15 - 2010/08/15
16位(同エリア38件中)
Giraudさん
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ロンドンから日帰りで、主にイングランドのゴシック建築を巡る旅。
4日目はウィンチェスター。
アングロ・サクソン七王国時代には、のちの統一イングランドの前身となるウェセックス(西サクソン)王国の都だったところで、初期イングランド史でも重要な舞台となった街です。
おもにウィンチェスター大聖堂とウルヴジー城を見学しました。
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午前中はテート・ブリテンを見学して、
ロンドン・ウォータルーLondon Waterloo駅12:35発
ウィンチェスターWinchester駅13:43着 -
ウィンチェスター駅
旅の前半は悩まされた雨も、もうやってきませんでした。 -
グレート・ホール
中世のウィンチェスター城の一部。
修復されているので、あまり古い感じはしません。 -
ウエストゲート
中世から残るウィンチェスターの市門のうちひとつ。
上は博物館になっているそうです。 -
ウィンチェスター大聖堂
Winchester Cathedral
1079年に建立。その後、何度も改築されて現在の姿になりました。
教会の身廊を意味する"Nave"とは中世ラテン語の「舟」という言葉からきている(NavyやNaviと同語源)そうですが、ウィンチェスター大聖堂は本当に泥炭湿地に浮かべた筏の上に建設されていたため、19世紀になると倒壊の危機に直面。
勇敢なダイバー、ウィリアム・ウォーカーがコンクリートブロックや煉瓦を抱えて真っ暗闇の地下水の中に潜り、5年かけて土台の補強作業を行いました。 -
ウィンチェスター大聖堂の外観。
南北の袖廊と1202年再建の塔はノルマン様式(ロマネスク様式)。
地盤が弱いためか、最初の塔は倒壊。
建て直された現在の塔もあまり高くありません。
身廊は1394年から16世紀まで続いた工事でゴシック様式に改築。
北側の空地には、オールド・ミンスターの土台跡が残っています。 -
オールド・ミンスター(旧修道院)の平面図。
サクソン時代の648年、この地に初めて建てられた石造の教会堂。
ウィンチェスター大聖堂の守護聖人である聖スウィザンが862年に埋葬されました。 -
新旧の修道院の想像図。
901年にはアルフレッド大王の息子エドワード長兄王(Edward the Elder)によってニュー・ミンスター(新修道院)が完成。
アルフレッド大王やクヌート大王がここに埋葬されました。
しかしオールド・ミンスター(旧修道院)と近すぎたため、隣で行っている儀式の歌が互いに聞こえてきてしまったそうです。
ノルマン征服後の1093年、旧修道院は解体され、現在のウィンチェスター大聖堂がノルマン様式で建設されました。 -
ウィンチェスター大聖堂の西窓。
イングランド内戦で破壊され、1660年に再製作。 -
大聖堂の身廊。
差し込む光が神秘的でした。 -
12世紀から伝わるという洗礼盤。
サンタクロースのモデルで、船乗りの守護聖人でもある聖ニクラウスの生涯が彫られています。 -
聖歌隊席の木製の衝立。
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聖人と天使(?)のステンド・グラス。
左の槍と書物を持っているのが使徒マタイ、
右のオリーブを持っているのが大天使ガブリエル、でしょうか?
みな立派な翼が生えています。 -
聖人と天使(?)のステンド・グラス。
右の剣を手にしているのは大天使ミカエル?
兜や盾が誰の象徴なのかはわかりません・・・ -
南の袖廊。
創建当時のまま残っているところ。
シンプルな正円アーチが特徴のノルマン様式(ロマネスク様式)。
天井も木製です。
残念ながら、同じく創建当時のままという地下には入れませんでした。 -
内陣の石造の衝立。
15世紀のもの。 -
内陣の天井。
袖廊とは対照的な尖頭アーチのゴシック様式。 -
祭壇。
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ホーリー・ホール
Holy Hole
かつて巡礼者たちが聖スウィザンの遺骨に近づくためにくぐった穴。 -
奥内陣
Retrochoir -
ウィンチェスター大聖堂の外観。
全長170mは、現存する中世の教会建築では世界最長、通算でも6位。
ちなみに全長の世界ランキングは・・・
1位 サン・ピエトロ大聖堂、211m(ルネサンス期の改築)
3位 クリュニー修道院、187m(中世建築ですがフランス革命で破壊)
6位 ★ウィンチェスター大聖堂、170m
8位 ★イーリー大聖堂、165m
9位 ★ウェストミンスター寺院、161m
11位 ★カンタベリー大聖堂、158m
14位 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、149m
15位 ★ピーターバラ大聖堂、147m
16位 アミアン大聖堂、145
23位 ランス大聖堂、138m
25位 ケルン大聖堂、134m
26位 ★ソールズベリー大聖堂、134m
27位 シュパイヤー大聖堂、134m
32位 パリのノートル・ダム大聖堂、130m
36位 トレド大聖堂、122m
★印は今回の旅で見学したイングランドの教会堂。
有名どころを抑えて、結構上位に入っています。 -
ウィンチェスター市街を流れるイッチン川。
せせらぎに面して立派な庭のある邸宅が並んでいました。 -
イッチン川に沿って続く中世の市壁の跡。
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ウルヴジー城
Wolvesey Castle
中世には広大な所領を有していたウィンチェスター司教の居館。
司教ヘンリー・オブ・ブロワ(在位1129〜71年)が拡張。
市壁に面しており、外庭に厩舎、羊毛市場、牢獄などがありました。
現在は廃墟となっています。 -
ウルヴジー城の想像図。
フランス貴族出身のウィンチェスター司教ヘンリー・オブ・ブロワ(仏語ではアンリ・ド・ブロワ)は、実兄スティーヴンのイングランド王位獲得を教会の権威と富で援助しましたが、即位した兄が教会に干渉するようになると、敵であったマティルダ(通称、女帝モード)の支援に回った人物。
当時のイングランドは無政府時代(アナーキー)と呼ばれる内乱期で、1142年にはウィンチェスター近郊も戦場となりました。
そのためヘンリー・オブ・ブロワによって司教館は城塞化されました。 -
無政府時代の国王スティーヴン(左)と女帝モード(右)。
ケン・フォレットの小説『大聖堂』と、それをリドリー・スコットが監督したTVドラマにも登場します。
原作の小説では教会建築の様式がロマネスクからゴシックへ移る過程が描かれていますが、ロマネスクとかゴシックという言葉は後世の呼び名のため、作中では単に昔ながらの技法、大陸(フランス)の最新の流行、などとしか言わないところが、当時の雰囲気をよく表してしました。 -
ワイモンドの塔
Wymond's Tower
衛兵小屋のある防御塔。
もとは厠だった場所を、1141〜54年に石を積み上げて強化。
外敵を上から弓矢で撃退できるようにしました。 -
東の広間
East Hall
司教ヘンリー・オブ・ブロワが新築した公式謁見場。
1138年に建築。20年もしないうちに、床面を2階に上げるよう改築。
ウィンチェスターの年代記作者は「宮殿のような館」と記録したそうです。 -
東の広間、1160年頃の想像図。
教会の指導者を召集して会議を主催するヘンリー・オブ・ブロワ。
カンタベリー大司教はもとより、国王よりも権力があると言われました。 -
大厨房
Great Kitchen
塔のような形状ですが、防御施設ではないので薄い壁。 -
大厨房の想像図。
1141〜51年に建築、以後500年間使用されました。 -
ウルヴジー城の中庭。
中世初期には先端技術であった屋内給水管を備えていました。 -
現在のウィンチェスター主教の居館。
(国教会成立後は、Bishopの訳語は"司教"から"主教"になります)
1684年に建てられたバロック風の建築。
旧ウルヴジー城時代からある礼拝堂はこの敷地内にあります。
ただし私邸なので中には立ち入れません。 -
キングスゲート
Kingsgate
ウエストゲートとともに中世から残るウィンチェスターの市門。
門の上に聖スウィザン(St. Swithun)の教会があります。 -
バター・クロス
Butter Cross
ウィンチェスター旧市街の中心に立つ15世紀のモニュメント。
その名の通り、バター税で建設されました。
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